[{"content":" セキュリティ、レスポンス、メンテナンス性等を向上させるため、Webサイトを新しくしました。\n従来のサイトで公開していた情報は継続して掲載しておりますが、タグを含むURLをブックマーク等に保存していた場合には「ページが見つかりませんでした」というエラーになりますことは何卒ご容赦いただけば幸いです。\n※2026/08/01追記：タグを含むURLでのアクセスに対応しました\n今後も有益な情報のご提供を心がけてまいりますので、引き続きお付き合いのほどよろしくお願いいたします。 ","date":"2026年7月30日","externalUrl":null,"permalink":"/info/2026-07-site-renewed/","section":"お知らせ","summary":" セキュリティ、レスポンス、メンテナンス性等を向上させるため、Webサイトを新しくしました。\n従来のサイトで公開していた情報は継続して掲載しておりますが、タグを含むURLをブックマーク等に保存していた場合には「ページが見つかりませんでした」というエラーになりますことは何卒ご容赦いただけば幸いです。\n※2026/08/01追記：タグを含むURLでのアクセスに対応しました\n今後も有益な情報のご提供を心がけてまいりますので、引き続きお付き合いのほどよろしくお願いいたします。 ","title":"Webサイトを更改しました","type":"info"},{"content":"","date":"2026年7月30日","externalUrl":null,"permalink":"/info/","section":"お知らせ","summary":"","title":"お知らせ","type":"info"},{"content":"お問い合わせいただき、誠にありがとうございます。\n内容を確認の上、担当者より折り返しご連絡させていただきます。\nトップページへ戻る\n","date":"2026年7月30日","externalUrl":null,"permalink":"/contact/thanks/","section":"トップページ","summary":"お問い合わせいただき、誠にありがとうございます。\n内容を確認の上、担当者より折り返しご連絡させていただきます。\n","title":"お問い合わせありがとうございました","type":"page"},{"content":"","date":"2026年7月24日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/","section":"Archives","summary":"","title":"Archives","type":"archives"},{"content":"","date":"2026年7月24日","externalUrl":null,"permalink":"/categories/","section":"Categories","summary":"","title":"Categories","type":"categories"},{"content":"","date":"2026年7月24日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/pmbok/","section":"Tags","summary":"","title":"PMBOK","type":"tags"},{"content":"","date":"2026年7月24日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/pmbok8/","section":"Tags","summary":"","title":"PMBOK8","type":"tags"},{"content":"","date":"2026年7月24日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/pmp/","section":"Tags","summary":"","title":"PMP","type":"tags"},{"content":"","date":"2026年7月24日","externalUrl":null,"permalink":"/tags/","section":"Tags","summary":"","title":"Tags","type":"tags"},{"content":" PMI®から『アジャイル実務ガイド』第2版 がリリースされました。\n英語版だけでなく日本語版や各国語版（亜/中/仏/独/葡/西）もあり、PMI®有料会員であれば無料でダウンロード可能です。\nPMP®受験準備用の書籍として有用なため、PMBOK®ガイド 第8版と併せて読んでおくと心強いでしょう。\n※ PMBOK、PMI、PMPはプロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute, Inc.)の登録商標です。\n","date":"2026年7月24日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1866/","section":"Archives","summary":" PMI®から『アジャイル実務ガイド』第2版 がリリースされました。\n英語版だけでなく日本語版や各国語版（亜/中/仏/独/葡/西）もあり、PMI®有料会員であれば無料でダウンロード可能です。\n","title":"アジャイル実務ガイド第2版リリース","type":"archives"},{"content":"","date":"2026年7月24日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/category/blog/","section":"Categories","summary":"","title":"ブログ","type":"categories"},{"content":"PMBOK®ガイド第8版日本語版のPDFがPMI®会員向けに公開されたことが、PMI日本支部のWebページのお知らせ(2026.04.14付け)に掲載されました。\n↓\n『PMBOK®ガイド』第8版日本語版（デジタル先行版）のPMI会員向けPDFがリリースされました。\n本記事作成時点では、PMI日本支部による説明等は特に書かれておらず、PMI本部のWebサイトのPMBOKページへのリンクのみです。\nダウンロードしたPMBOK8日本語版PDFには「デジタル先行版」の電子透かしが入っており、後日の書籍版の刊行や正式版PDF公開が予想されます。\n※ PMBOK、PMIはプロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute, Inc.)の登録商標です。\n","date":"2026年4月16日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1855/","section":"Archives","summary":"PMBOK®ガイド第8版日本語版のPDFがPMI®会員向けに公開されたことが、PMI日本支部のWebページのお知らせ(2026.04.14付け)に掲載されました。\n↓\n『PMBOK®ガイド』第8版日本語版（デジタル先行版）のPMI会員向けPDFがリリースされました。\n本記事作成時点では、PMI日本支部による説明等は特に書かれておらず、PMI本部のWebサイトのPMBOKページへのリンクのみです。\n","title":"PMI®会員向けPMBOK®ガイド第8版日本語版（デジタル先行版）PDF公開","type":"archives"},{"content":" PMI®のWebサイトにて、PMP®対策講座の新テキスト移行日、およびPMP®新試験移行日が告知されました。\n※ リンクは本記事作成時のものです\n新テキスト移行日：2026年04月14日\n新試験移行日　：2026年07月09日\n米国時間で記載されているとすると、日本では実質翌日からの移行となるでしょう。\n※ PMP、PMBOK、PMIはプロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute, Inc.)の登録商標です。\n","date":"2026年2月13日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1839/","section":"Archives","summary":" PMI®のWebサイトにて、PMP®対策講座の新テキスト移行日、およびPMP®新試験移行日が告知されました。\n※ リンクは本記事作成時のものです\n新テキスト移行日：2026年04月14日\n新試験移行日　：2026年07月09日\n","title":"PMP®新試験および新テキストの移行日","type":"archives"},{"content":"当社代表を装い「今オフィス/会社にいらっしゃいますか？」「Lineグループを作成しました/作成してください」等の本文で、返信を促す偽メールが数多く確認されています。\nこの類のメールには、当社は一切関与しておりません。\nこのようなメールが届いた場合には、決して返信せず、また、もし添付ファイルがある場合にはファイルを開かず、本文中にリンク等がある場合にはクリックやタップはせず、迷惑メールとして処分なさってください。\nこれまでのところ、これらの迷惑メールは、返信先がGmail（ドメインが「@gmail.com」のメールアドレス）になっていることが多いですが、様式等にかかわらず、怪しいメールやメッセージ等には十分にご注意くださいますようお願いいたします。\n","date":"2026年1月21日","externalUrl":null,"permalink":"/info/2026-01-meiwaku-mail/","section":"お知らせ","summary":"当社代表を装い「今オフィス/会社にいらっしゃいますか？」「Lineグループを作成しました/作成してください」等の本文で、返信を促す偽メールが数多く確認されています。\nこの類のメールには、当社は一切関与しておりません。\nこのようなメールが届いた場合には、決して返信せず、また、もし添付ファイルがある場合にはファイルを開かず、本文中にリンク等がある場合にはクリックやタップはせず、迷惑メールとして処分なさってください。\nこれまでのところ、これらの迷惑メールは、返信先がGmail（ドメインが「@gmail.com」のメールアドレス）になっていることが多いですが、様式等にかかわらず、怪しいメールやメッセージ等には十分にご注意くださいますようお願いいたします。\n","title":"当社役員を装った迷惑メールにご注意ください","type":"info"},{"content":" ※ 2026/02/13追記：日程が告知されました。こちらの記事もご覧ください。\nPMBOK®ガイド第8版英語版のリリースと同じタイミングで、PMP®試験の改定予定がPMI®から告知されました\u0026lt;https://www.pmi.org/certifications/project-management-pmp/new-exam\u0026gt;。\nこれによると、\n2026年7月に新試験に移行する（具体的な日付は未定 → 7月9日と告知されました ※2026/02/15追記） 2026年4月に学習教材が改定される（4月14日と告知されました ※2026/02/15追記） という日程で移行を進めていくようです。 現在PMP取得のために学習中の方は、2026年7月（具体的な日付は7月8日 ※2026/02/15追記）までに受験する（合格する）のが確実です。\nまた、2026年6月頃までに取得が必須の方は、2026年3月まで（遅くとも4月中旬頃まで ※2026/02/15追記）に学習を開始する（PMI認定の公式研修を受講する）のが望ましいです。\nその他、上記の告知には、出題分野の配分変更、PM経験の期間、試験問題数と試験時間の変更、などの概要が書かれていますので、2026年にPMP受験予定の方はご一読をお勧めします。\nなお、本記事執筆時点では、まだ詳細は分からず、PMIからの追加情報が待たれます。 ※2026/02/15この一文を無効にしました\n※ PMP、PMBOK、PMIはプロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute, Inc.)の登録商標です。\n","date":"2025年11月16日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1826/","section":"Archives","summary":" ※ 2026/02/13追記：日程が告知されました。こちらの記事もご覧ください。\nPMBOK®ガイド第8版英語版のリリースと同じタイミングで、PMP®試験の改定予定がPMI®から告知されました\u003chttps://www.pmi.org/certifications/project-management-pmp/new-exam\u003e。\nこれによると、\n","title":"PMP®試験が2026年7月に改定予定","type":"archives"},{"content":"日本の日付で2025年11月14日にPMBOK®ガイド第8版英語版のPDFが公開されました。\n現状は、英語版のみで、PMI®の有料会員が（無料で）ダウンロード可能です。\n書籍販売は2026年1月の予定です。PMIの書籍販売Webサイト上では具体的な日付は表示されていませんが、Amazonでは2026年1月13日となっています。\n気になる日本語版についての情報は、本記事作成時点ではまだなく、PMI日本支部からの告知が待たれます。\n参考に、第7版のリリースは、英語版が2021年8月1日、日本語版は2021年10月26日でした。\nPMBOK7日本語版はPMI日本支部による独自和訳で、PDFの無料ダウンロードは日本支部の有料会員（PMI本部とは別料金）のみという扱いでした。\n※ PMBOK、PMIはプロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute, Inc.)の登録商標です。\n","date":"2025年11月16日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1820/","section":"Archives","summary":"日本の日付で2025年11月14日にPMBOK®ガイド第8版英語版のPDFが公開されました。\n現状は、英語版のみで、PMI®の有料会員が（無料で）ダウンロード可能です。\n書籍販売は2026年1月の予定です。PMIの書籍販売Webサイト上では具体的な日付は表示されていませんが、Amazonでは2026年1月13日となっています。\n","title":"PMBOK®ガイド 第8版英語版PDF公開","type":"archives"},{"content":"2025年05月04日からWebサイトが閲覧できない状態になっておりましたが、現在は復旧しております。\nアクセス不可の期間にご利用いただいた方々にはご迷惑をおかけしましたことを深くお詫びいたします。\n","date":"2025年5月10日","externalUrl":null,"permalink":"/info/2025-05-site-restored/","section":"お知らせ","summary":"2025年05月04日からWebサイトが閲覧できない状態になっておりましたが、現在は復旧しております。\nアクセス不可の期間にご利用いただいた方々にはご迷惑をおかけしましたことを深くお詫びいたします。\n","title":"Webサイト復旧しました","type":"info"},{"content":"平素より当社サービスをご利用くださり誠にありがとうございます。\n2014年01月06日の創立から、本日で当社は満十年を迎えることができました。\nこれもひとえに当社をご支援くださる方々あってのことと心より感謝申し上げます。\n発足時の初心をあらためて顧みて、次の十年も変化に対応して価値を生み出しご提供してまいります。\n今後もご愛顧のほど何卒よろしくお願いいたします。\n","date":"2024年1月6日","externalUrl":null,"permalink":"/info/2024-01-10th-anniversary/","section":"お知らせ","summary":"平素より当社サービスをご利用くださり誠にありがとうございます。\n2014年01月06日の創立から、本日で当社は満十年を迎えることができました。\nこれもひとえに当社をご支援くださる方々あってのことと心より感謝申し上げます。\n発足時の初心をあらためて顧みて、次の十年も変化に対応して価値を生み出しご提供してまいります。\n今後もご愛顧のほど何卒よろしくお願いいたします。\n","title":"創立十周年を迎えました","type":"info"},{"content":"会社概要に登録番号（適格請求書発行事業者登録番号）を追加しました。\n","date":"2023年10月1日","externalUrl":null,"permalink":"/info/2023-10-invoice-number/","section":"お知らせ","summary":"会社概要に登録番号（適格請求書発行事業者登録番号）を追加しました。\n","title":"会社概要に適格請求書発行事業者登録番号を追加しました","type":"info"},{"content":"（※2023/05/05：再開しました）\n当社Webサイト（Topページ以外）の公開を一時中止いたします。\nご不便をおかけし申し訳ございませんが、何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします。\n","date":"2023年5月2日","externalUrl":null,"permalink":"/info/2023-05-site-suspended/","section":"お知らせ","summary":"（※2023/05/05：再開しました）\n当社Webサイト（Topページ以外）の公開を一時中止いたします。\nご不便をおかけし申し訳ございませんが、何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします。\n","title":"Webサイトの公開を一時中止します（※2023/05/05：再開しました）","type":"info"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号はDX（Digital Transformation）の最終回です。\n前回、独立行政法人情報処理推進機構IPAによるDXへの取組み状況に関する調査結果『DX白書2023』\u0026lt;https://www.ipa.go.jp/publish/wp-dx/dx-2023.html\u003eから、現在の日本のDXへの取り組みの傾向として９点を取り上げました。\nその９点を「組織・戦略」「人材」「制度・仕組み」の観点で分類し、考察したのちに、私見を述べてみます。\n組織・戦略 DXで何をやればよいのかわからず態度を決められない危機感は持っているが戦略的とはいえず場当たり的な対応がみられるリスクをとってチャレンジしても評価されない DXに限らず、日本企業（組織）の短所が凝縮されています。\n具体的には\n・目的(DXの\"X\")と手段(DXの\"D\")を混同している\n・最初から正解を求めてしまうがために動けない\n・新しいことは失敗が当たり前なのにそれを許容できない\nです。\n組織の文化、仕事の取り組み方、の両面において極めて残念な点で、競争力の低さという結果として如実に現れてしまっています。\n人材 権限を持つ上層部にITの素養がある人が少ないDX人材を外に求めるよりも社員を育成している 人材の育成に関しては、悪くない傾向であると私は捉えています。\n・ITを外部に丸投げしたうえ、軽視してきたツケが大きい\n・それに気づき育成を始めた（リスキリングの意味もあるでしょう）\n・DXとはビジネス変革であり外に依存するのではなく内でやるべきだ\n出だしの遅れと、効果が出るまで時間がかかるというのは大きな欠点ですが、しっかりと取り組もうとしている印象を受けます。\nただし、DXは特定の人がやるものでその人数を増やしているだけ、ということにならないことを切に願います。\n制度・仕組み デジタル化やIT化による生産性向上はできているDXやIT化を推進しても価値創出や顧客貢献等の評価や効果測定を行っていない新製品やサービスの創出に活かされていないアジャイル（Agile）的なアプローチができていない デジタル化（IT化）はできたが、その後につなげることができていない、突き詰めると、データ活用ができていない、と解釈できます。\n加えて、その次の新しい価値の創出で手が止まっているということなのでしょう。換言すれば、正解がないものを導き出していくということが不得手である、ということです。\n総論 Digital(IT)に特化せずに、日本の特徴（短所になっている）が出ています。 目的と手段を混同している計画をしっかりと固め、その通りに遂行し、精度の高いものを求める失敗を許さない責任は重く、賞賛は小さい上記が積み重なり、新しいものを創出できない 先述していますが、組織の文化、仕事の取り組み方、の両面で変革が必要です。\n文化の刷新は一朝一夕に叶うものではありませんが、取り組み方については一つの解がまがりなりにもあります。\nDXの本質は「変化する(Transformation)」ことで、その目的は「価値」を生み出すこと、\"Digital\"はそのための手段です。\nただ、多くの人は変化を嫌い現状維持に固執するものです。そして、新しいことは失敗なしには先に進めません。\nそれを踏まえて、\n・小規模、短期間で試す\n・初めてのことは失敗は当たり前、二回は行う\n・小さな価値を生み出してメリットを感じてもらう\n・それを反復して改良する、あるいは範囲を広げていく\nが実際的な取り組み方です。\n調査項目にもありますが、まさに『アジャイル（Agile）』です。日本がまだまだ苦手としている手法です。\nAgile的な取り組み 調査結果に現れていた「DXで何をするのかわからない」はその通り、最初から全ての絵を描けるわけがありません。\n失敗も含めて反復的に実行し（試行錯誤とも呼びますね）ようやくわかるものです。\nDXに限らず、新しいことを実現するのに同調者を増やすのは大変なことですが、有効な手段があります。\nそれは、机上の空論ではなく実際に具現化されたものを目の前に出してメリットを感じてもらうこと（前項の三番目に挙げたこと）です。\nこれを『MVP（Minimum Viable Product：最小限の実行可能なプロダクト）』と呼びます。\n2007年の初代iPhoneがまさにそれで、コピペやアプリ追加すらできない不完全な電話機でしたが、その後どうなったかは周知の通りです。\nまとめ 繰り返しとなり恐縮ですが、重要なのは「変化」です。\n「デジタルで」というのも、例えば「今さら連絡にFaxは使わんでしょ」と身近なITで始めて、後でもっとよいものに変えればよく、最初から最新技術が必須ということではありません。\n変化への適応とは、正解のないものを導き出す行為であり、最初からうまくいくわけがなく、小さな試行錯誤を繰り返す必要があり、それを許容・推奨する文化や仕組みが必要です。\nDXとは、トランスフォーメーション（変化・適応）を目的に、その手段としてDigital（IT）が有効ということであり、DXという言葉に浮き足立つのでなく、今一度「何をしようとしているのか」を再確認すること、小さく始め、段階的に実行していくことが有効です。\nそして何よりも「人」そのものが変わる必要があるのです。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2023年3月31日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1770/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号はDX（Digital Transformation）の最終回です。\n","title":"DX(3)","type":"archives"},{"content":"","date":"2023年3月31日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/it%E5%9F%BA%E7%A4%8E/","section":"Tags","summary":"","title":"IT基礎","type":"tags"},{"content":"","date":"2023年3月31日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/category/itknowledge/","section":"Categories","summary":"","title":"IT基礎知識","type":"categories"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号はDX（Digital Transformation）の続きです。\n前回の最後に「DXの取組みへの考慮事項を次回述べる」と書きましたが、つい先日、その根拠となりうるDXの取組みに関する調査結果が独立行政法人情報処理推進機構IPAから公開されましたので、今回はその調査結果を引用して、現在の日本のDXの傾向値からどのようなことが読み取れるかを記します(考慮事項等への当方の見解は次号で述べます)。\n日米比較のDX取組み状況の調査 IPAが公開したのは、DXの取組み状況に関する調査結果を分析した『DX白書2023』https://www.ipa.go.jp/publish/wp-dx/dx-2023.htmlです。\n米国と日本を比較した棒グラフに加え、ITについて少し突っ込んだ解説も掲載し、総ページ数377と充実しています。\nこの白書は、限られた企業や組織へのインタビューおよびアンケート結果であることを前提に読む必要はありますが、数字とともに傾向を把握するのに有用です。\nなおかつ、他国（米国）との比較ができるのも大きな利点で、これもまた、日米で回答の仕方の違い（楽観的・悲観的、厳しい・あまい、など）がおそらくあることを差し引く必要はあるでしょうが、具体的な数値となって差が見えるのは大変ありがたいです。\n「米国が理想で、日本は劣る」と決めつけるつもりはさらさらありませんが、なにやかやでITを牽引する国と相対的に遅れている国の比較結果は、日ごろから感じている実状とも合致しています。\n以下、興味深いものを選択して記します（調査結果には2021年と2022年の数字が載っていますが、最新の2022年のものを記します）。\n調査結果 ●DXの取組み内容と成果（P.14）\nデジタル化によりすでに成果が出ている・・・・・・・・・・日本76.1%、米国86.2%\n業務効率化による生産性向上で成果が出ている・・・・・・・日本78.4%、米国79.1%\n新規製品・サービスの創出で効果が出ている・・・・・・・・日本24.8、米国66.8%\n顧客視点の価値創出によるビジネスモデルの根本的な変革で成果が出ている\n・・・・・・・・日本21.5、米国71.3%\n●DXに取組んでいないと回答した企業に対して、今後のDX取り組み予定（P.87）\n取り組む予定がない・・・日本38.0%、米国78.0%\n不明・・・・・・・・・・日本48.1%、米国12.2%\n●人に関する調査結果\nITに見識がある役員が三割未満（P.16） ・・・・・・・・日本72.2%、米国39.1%\nDX推進人材の量の確保ができている（P.21、158）・・・日本10.9%、米国73.4%\nDX推進人材の質の確保ができている（P.22、160）・・・日本 6.1%、米国50.8%\n●組織に関する調査結果\n経営者・IT部門・業務部門が協調できている（P.17） ・・・・日本37.1%、米国80.1%\nDXの推進をミッションとする専門部署がある（P.114）・・・日本72.9%、米国93.0%\n●DX推進のための予算確保状況（P.116）\n継続確保している・・・・日本23.8%、米国40.4%\n都度申請し承認する・・・日本45.1%、米国36.0%\n●DXの成果や評価に関する調査結果\nDXの取り組みの成果（P.88）\n成果が出ている・・・・・・・・・・・・・・・・・・日本58.0%、米国89.0%\n出ていない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・日本24.7%、米国6.6%\nDigitalizationにより既存製品やサービスの高付加価値化で成果が出ている（P.107）\n・・・・・・・・・・・・・・・・・・・日本69.3%、米国93.6\n業務製造プロセスのデジタル化で成果が出ている（P.107）\n・・・・・・・・・・・・・・・・・・・日本83.0%、米国87.7%\n顧客への価値提供の成果測定をしていない（P.18）・・・日本36〜65%、米国11〜17%\n（※業種や部門別等分割して数字をが掲載されているものは数字の幅を記します）\n●Agileの原則とアプローチを取り入れている割合（部門別）(P.109)\n・・・・・・・・・・・・・・・・日本28.5〜49.0%、米国65.9〜78.8%\n●DX推進のための企業文化や風土（P.25）\nリスクを取りチャレンジすることが尊重される・・・日本15.0%、米国42.5%\n高スキルを持っていることが報酬に反映される・・・日本10.9%、米国41.2%\n調査結果から読み取れること これらの数字から、日本のDXにはおおよそ以下の傾向が見られます（※あえて言い切った表現をしております）。\nデジタル化やIT化による生産性向上はできているDXで何をやればよいのかわからず態度を決められない権限を持つ上層部にITの素養がある人が少ない危機感は持っているが戦略的とはいえず場当たり的な対応がみられるDX人材を外に求めるよりも社員を育成しているDXやIT化を推進しても価値創出や顧客貢献等の評価や効果測定を行っていない新製品やサービスの創出に活かされていないアジャイル（Agile）的なアプローチができていないリスクをとってチャレンジしても評価されない 調査結果から読み取れた傾向を明文化してみましたが、想像から外れていないのではないでしょうか。\n上に列挙した調査結果から読み取れる日本の傾向をもとに、次号（DX最終回）で当方の見解を述べます。\n今号は以上です。\nでは、また次回お会いしましょう。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2023年3月1日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1763/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号はDX（Digital Transformation）の続きです。\n","title":"DX(2)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今回はDX(Digital Transformation)です。\nあちこちで\"DX\"という言葉が連呼され、その説明や事例を読んでも、なんだかよく分からない、という方も多いでしょう。実態不明の言葉が先行するというのはITの世界によくあることで、「インターネット(The Internet)」「マルチメディア(Multimedia)」「クラウド(Cloud)」などが話題に挙がった時にも同様でした。\nDXの必要性・重要性が叫ばれて久しく、情報があふれている現状ではありますが、私見を述べていきます。\nDXの定義 DX(Digital Transformation)は「デジタルによる変化」のことですが、単なるデジタル化だけでなく「現状を変えること」を指します。\nなお、\"transformation\"を\"X\"と記すのは、\"trans-\"に「横切る」という意味がありその形状を表す\"X\"で略記するため、と言われますが、通信機器の送信側(Transmitter)を\"TX\"と記すだけでなく受信側(Receiver)も\"RX\"と記すので、正確な由来は不明です…\n\"Digital Transformation\"という言葉が最初に使われたのは、スウェーデンのウメオ大学のErik StoltermanとAnna Croon Forsの両氏による2004年の著述『INFORMATION TECHNOLOGY AND THE GOOD LIFE』(※正確には\"Information Systems Research: Relevant Theory and Informed Practice\"という書籍の中の記述)とされています。\nこの６ページの論述の中に、\n\"The digital transformation can be understood as the changes that the digital technology causes or influences in all aspects of human life.\"「デジタル技術が人間の生活のあらゆる面で引き起こす、または影響を与える変化のこと」\nと記されています。さらに、\n\"One of the most important changes that come with the digital transformation is that our reality by and through information technologies slowly becomes more blended and tied together.\"「デジタル トランスフォーメーションに伴う最も重要な変化の1つは、情報技術によって、また情報技術を通じて、我々の現実が徐々に混ざり合い、結び付けられるようになること」\nとも書かれています。\nなお、昨年(2022年)に、さらに社会/公共/民間の三つの観点に細分化して再定義されました。和訳されたものがここに掲載されています。\n我が国では、\n総務省は「企業が外部エコシステム（顧客、市場）の劇的な変化に対応しつつ、内部エコシステム（組織、文化、従業員）の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム（クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術）を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること」、\n経産省は\n「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」\nのように定義しています。\n※ 経産省の定義のリンクは2019年の文書に対するもの。最初に定義を行った2018年時点の文書は削除されている模様。\nDXへの段階：Digitization → Digitalization → DX DXは、Digitization → Digitalization → DX のように、デジタル化の延長の第三段階としてしばしば説明されます。\n最初のDigitization(デジタイゼーション)はいわゆる\"デジタル化\"のことで、紙などを電子化することです。まずはここから始まり、実際にリモートワークへの本格移行時に最初に行ったことではないでしょうか。\n第二段階のDigitalization(デジタライゼーション)もデジタル化のことですが、こちらは\"IT化\"のことです。電子化を前提として、業務などの人的行為をITにより自動化・効率化することを指します。\nなお、digitalizationには「ジギタリス(強心剤の一種)投与」という意味があり、「心拍を強める」という効果が第二段階の意味合いとして都合が良いということも裏にはあるのでしょう。\nDXが第三段階（現時点の最終形）で、IT化により得られた余力とデータを活かして変革を起こし新たな価値を生み出そう、というものです。AIがもてはやされていることの理由の一つがこれでしょう。\ndigitizationやdigitalizationと比べて、IT技術よりもビジネス寄りになっています。\nDXがなにものかよく分からない理由 巷にあふれるDX関連の書籍を読んでも分かったような分からないようなということが多いのですが、\n「DXは単なるデジタル化(IT化)とは異なる」と書いているのに、色々と紹介されている事例がIT化と大差ない 成功事例が書かれていても、その企業のビジネスモデルに特化した話で、我が事に置き換えにくい 失敗事例は「そうそう、よくありがち」というものばかりだが、これはDXに限らず、digitization/digitalizationの両デジタル化段階でも当てはまること という理由からではないかと考えています。\nもっとも、これはやむを得ないことで、\nDX（＝変革）は定型のものではなく各社が三者三様でもがきながら試行錯誤中あるいは継続中で第三者が外から見ても分からないことも多い という事実があり、容易に「わかった」とは言えないものです。\n加えて、IT技術とビジネス両面の素養が求められ、それをすでに備えている人（DX人材）はなかなかいない、ということもあるでしょう。\nましてや実践するとなると様々な障壁があり、成功率が低いのもこれまた事実です。\nではどのような考慮事項があるのか、それについては次号で記してまいります。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2023年1月31日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1741/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今回はDX(Digital Transformation)です。\nあちこちで\"DX\"という言葉が連呼され、その説明や事例を読んでも、なんだかよく分からない、という方も多いでしょう。実態不明の言葉が先行するというのはITの世界によくあることで、「インターネット(The Internet)」「マルチメディア(Multimedia)」「クラウド(Cloud)」などが話題に挙がった時にも同様でした。\nDXの必要性・重要性が叫ばれて久しく、情報があふれている現状ではありますが、私見を述べていきます。\n","title":"DX(1)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\nブロックチェーンとその関連技術について記してきましたが、今回もその続きです。\n今号では分散型金融\"DeFi\"ついて、いつものようにざっくりと書いていきます。\nDeFiとは DeFiは\"Decentralized Finance\"の略で、分散型金融と訳されます。なお、\"ディファイ\"と発音します。\n先々号に述べたブロックチェーンを使った、管理者なしで運営する金融システムのことで、銀行などを通さずに当事者同士が直接取引できる仕組みのことです。\n間に介在する管理者や金融機関がいないため、インターネットに接続できれば誰でもどこからでも利用でき(審査や認証が不要)、手数料(ガス代と言います)が圧倒的に安くすみます。\n狭義の「暗号資産(仮想通貨)による投資や資産運用の方法」という意味でこの言葉が使われることもありますが、その場合にはDeFiを使用したサービスの実例のことを指しています。\n「管理者無しで金融という極めて重要なシステムを運営できるのか」とお考えになるかもしれませんが、現実には、管理者(運営者)が完全にいないというよりは、従来の\"中央集権型金融(Centralized Finance:CeFi)\"よりは関与度合いや権限が小さい管理者(運営者)がいるというのが実際でしょう。\nいずれにしても、国や利用者を問わず誰もが使える透明性の高い低コストの金融システムという点で期待されています。\nDeFi誕生の背景にあるもの 日本では金融機関(中央管理者)が不正をおこなったり不便を強いることは基本的にありません（現実には起きてはいますが...）。世界でも指折りのサービス品質ですし、上限はあれどペイオフ制度もあります。世界的に見ると、低信用者が銀行口座を作れない、取引時間が限られている、入出金が自由にできない、審査が通らない、諸々の手数料が高い、ということはザラにあり、特に途上国では顕著です。\nまた、そもそも国自体が外貨の流入(入金)は歓迎するが流出(出金)は不可ということも多くあります。\nこういった背景もあり、誰もが自由に使える低利用料の金融システムに対する渇望は、我々日本人が考えている以上に大きいものです。\nなお、DeFiのサービスを利用するにはインターネット接続が前提ですが、これはスマートフォンの普及によりほぼ解決済みです（そう考えると、スマートフォンってあらためてスゴいですね...）。\nスマートコントラクト DeFiを実現している重要な技術が「スマートコントラクト(Smart Contract)」です。\n前回の\"NFT\"で登場しているキーワードですが、ブロックチェーン上で動くプログラムのことです。\n「この条件になったらこういう処理を自動で行う」というプログラムを作成し、公開し、DeFiのブロックチェーンに組み込みます。これにより中央管理者が不要となり、結果的に処理時間短縮とコスト削減が可能になります。\nDeFiの代表的なサービスに\"レンディング(Lending)：暗号資産(仮想通貨)の貸し借り\"や\"DEX(Decentralized EXchange)：暗号資産(仮想通貨)同士の交換取引所\"などがありますが、これらはスマートコントラクトにより実現されています。\nまた、スマートコントラクトにより自動処理が実装されてしまえば、中央管理者の都合によりサービスが終了されるということが起きず、サービスの継続が約束されるのも長所の一つです。\nスマートコントラクト自体はDeFiに特化したものではなく、金融取引以外の\"契約\"にも適用できます。例えば、金銭（正確には金銭の\"トークン\"。トークンについては前号を参照）の代わりに投票権や議決権（ガバナンストークン:Governance Tokenといいます）を扱えば、組織における物事の決定に使え、管理者なしで組織運営を行うことができます。このように、分散型で組織運営する仕組みのことをDAO（Decentralized Autonomous Organization：分散型自律組織）といいます。DeFiはDAOの一形態です。\nDeFiの課題 中央管理者がいないということは、問題が起きたときには全て自己責任です。詐欺行為、クラッキング(不正侵入や改ざん等)やバグ(システムの誤り)を含むシステムトラブル、暗号資産(仮想通貨)の変動損失などのリスクは常にあります。\nまた、国を問わず誰もが自由に使えるということは、法規制が困難であり、マネーロンダリング(Money Laundering：資金洗浄)対策も必須です。\nなにぶん新しく生まれた技術や仕組みである上、実際にいくつかの問題も起きており、御多分に洩れず法などの整備も追いついていません。認知度や理解もこれから徐々に、という段階ではありますが、今後何らかの形で従来型システムに取り入れられることが予想されます。\n今号は以上です。\nでは、また次回お会いしましょう。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2022年12月27日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1737/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\nブロックチェーンとその関連技術について記してきましたが、今回もその続きです。\n今号では分散型金融\"DeFi\"ついて、いつものようにざっくりと書いていきます。\n","title":"DeFi","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号は、前回のブロックチェーン技術を応用したNFTについて記します。\nNFTは著作物等の所有権/利用権や価値を証明する技術として使われています。\nNFTによるデジタルアートやゲームの希少アイテムの売買市場も形成されてきており、取引額も年々急増しています。\n米国Twitter社の創業者ジャック・ドーシー氏の初ツイートが、2021年3月に約291万米ドル(当時のレートで約3億2千万円)で取引されたことでも話題になりました。\nNFTとは NFTは\"Non Fungible Token\"の略で「代替不可能なトークン」という意味です（\"トークン\"については後述します）。\n「代替不可能＝唯一無二もの」ということであり、「デジタルデータのための証明書」と言えます。\nご存知のようにデジタルデータはコピーが容易で、著作権や所有権の主張が困難ですが、NFTを使えば正規の所有者が誰かを証明することができます。\nブロックチェーンには、仮想通貨等の取引履歴（結果的に誰がいくらの仮想通貨を所有しているか）が記録されています。仮想通貨の取引の代わりにデジタルデータの著作権や所有権をブロックチェーン上に登録したらどうか、という発想から生まれた技術です。\n著作物の管理をブロックチェーンで実現すると、著作物が転売された時に、作者に転売料の一部が自動的に支払われるようにすることなども可能になります（\"Smart Contract\"：スマートコントラクトという技術です）。これが、著作権管理団体のようなものを仲介せずに自動で行うことができるのも大きな長所です。\nトークン トークン（token）は「しるし」「象徴」「証拠」「権利」「代用貨幣」「名ばかりのもの」という意味の単語で、「それ自体には意味や価値はないが価値を代替するもの」を指します。\n例えば、電車の切符や映画館の鑑賞券などはトークンの一種です。特定の場所（鉄道や映画館）でのみ使え、料金の代わりとして機能し、乗車や視聴の権利の証となるものです。\nトークンの代替可能/代替不可能とは、トークン同士の交換に支障がないのか(代替可能)、支障があるのか(代替不可能)、を意味します。\n同じ電車の切符(自由席乗車券)が２枚あったとして、どちらも価値は同じで、交換しても問題ありません。これが代替可能（Fungible）です。\n一方、座席の指定されている映画鑑賞券は唯一無二で交換に支障があります（席が変わる＝価値は異なる）。これが代替不可能です（Non Fungible）。\n暗号資産(仮想通貨)は代替\"可能\"です(Ａさんが持っている１ビットコインとＢさんが持っている１ビットコインは価値が完全に同じ)が、著作物は代替\"不可能\"です（唯一無二）。\n※：もちろん、ある著作物をビットコインで購入したり、著作物同士を交換する場合には、交換対象同士が同等の価値であると当事者間で認められれば売買や交換が成立しますが、これは技術ではなく契約の話ですね。\nなお、トークン自体はブロックチェーンとは別物です。ブロックチェーンは取引のインフラであり中央管理者が原則いません。トークンは取引の対象で管理者（発行者）が存在します。先の例では、トークン管理者（鉄道会社や映画館）が発行したトークン（乗車券や入場券）の取引（売買など）が、ブロックチェーンというインフラ上で行われているわけです。日本銀行券という日銀が発行したトークンの取引が、金融機関等のインフラ上で行われているのと同じです\nNFTの実際 NFTでブロックチェーン上に直接登録されるのは著作権/所有権と著作物へのリンク(保存場所情報)です（著作物自体のデータはリンク先のコンピュータに保存されます）。NFTは複製を禁止する技術ではないため、デジタルデータの複製自体を防ぐことはできず、海賊版の防止策にはなりません。\n「複製可能ならば意味がないのでは？」と思われるかもしれませんが、これも使い方や考え方次第です。\nデジタル絵画を描き画像データにしてNFTに登録し著作権者が自分であると証明したとします。その絵画の画像データは技術的にコピー可能で、これは現時点では避けようがありません。しかし、コピーの数が多くなるほど多くの人が欲しがっている証左と言え、それだけその絵画の価値は上がっているとみなせます。その著者であるという価値に加え、権利譲渡の話があれば金額も相応に上がるでしょう。\nいずれにしても、それまで泣き寝入りだったコピー問題も、著作権者/所有権者を特定することができるようになった点だけでも大きな進歩です。\n今号は以上です。\nでは、また次回お会いしましょう。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2022年11月29日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1731/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号は、前回のブロックチェーン技術を応用したNFTについて記します。\nNFTは著作物等の所有権/利用権や価値を証明する技術として使われています。\nNFTによるデジタルアートやゲームの希少アイテムの売買市場も形成されてきており、取引額も年々急増しています。\n米国Twitter社の創業者ジャック・ドーシー氏の初ツイートが、2021年3月に約291万米ドル(当時のレートで約3億2千万円)で取引されたことでも話題になりました。\n","title":"NFT","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n暗号資産(仮想通貨)やフィンテック(Finance Technology)等の話とともに『ブロックチェーン(Blockchain)』という言葉をよく聞くようになりました。\n今回はこのブロックチェーンを取り上げます。\nブロックチェーンとは何物？ 「インターネット以来の発明・技術革新」との呼び声も高いブロックチェーンは、『情報の塊をつないだもの』という意味合いで、『分散型台帳(技術)』と書き表されることもあります。\n仮想通貨ビットコインを実現するために「サトシ・ナカモト(Satoshi Nakamoto)」と名乗る人物(正体不明)が2008年に発明したとされます。\n情報の塊を数珠繋ぎにして保持し、それらが常に正しいものであること(改ざんされていないこと)を運営者全員で確認していく、という仕組みです。\n偽造防止や真正性証明に有効なため、ビットコイン以外にも、たとえば著作権管理やサプライチェーンの製品管理にも応用されています。\nもう少しイメージしやすいように例示してみます。\nブロックチェーンのイメージ 銀行の入出金をブロックチェーンで管理しているとしましょう。\n入出金を記録する用紙（１枚に50件分記録できるとする）がある 「ＡさんがＢさんに１万円振り込んだ」「Ｂさんが口座から５千円引き出した」「Ｃ社がＤ社に100万円振り込んだ」「Ｅ社が銀行から1千万円融資を受けた」・・・という取引を記録用紙に書き込んでいく 取引を50件分書き込んだら、その記録用紙を提出して入出金処理を申請する 台帳ファイル(記録用紙を束ねたもの)の所持者は、特殊なクリップを作成して、提出された記録用紙を台帳ファイルの最後に綴じ込む その際に台帳ファイル関係者に誤りや不備がないか確認してもらう（OKが出たら綴じ込み完了） 記録用紙に書かれている50件分の入出金処理がまとめて実行される 紛失や不正な書き換えに備えて、常に複数人（５の台帳ファイル関係者）で同じ台帳ファイルを複製して保管しておく という感じです。\n３の50件分書き込まれた記録用紙がブロックで、５で１枚追加されたことでチェーンが延びていきます。\nブロックチェーンでは、記録用紙（ブロック）が一本の鎖でつながれていて枝分かれすることはなく、順番や内容は一切変更できません。\n４の「特殊なクリップ(※１)」や、６の「台帳は複数人で同じものを保管しておく」というところがブロックチェーンの特徴です。\n※１:\n特殊なクリップは「ハッシュ(Hash)」という技術を使って作られます。詳細説明は割愛しますが、ハッシュを使うと改ざんがあっても容易に判別できます。\n管理者がいない！ ブロックチェーンの特徴の一つは、中央で管理する人がおらず、運営者全員で確認をしているということです。\nITによるサービスは、多くの場合に「サーバー(Server)」と呼ばれるコンピュータが中央集権的に処理を行なっています。日常的に使っているメールもWebページも、メールサーバーやWebサーバーがサービスを提供してくれています。\nしかしブロックチェーンの場合には、ブロックチェーンを処理するコンピューターが世界中に存在して対等につながっており(P2P：Peer-to-Peerといいます)、しかも「早い者勝ち」で処理を競っています（※２）。\n上のイメージ解説のところでは煩雑になるので書きませんでしたが、４で記録用紙の提出を受けると、台帳ファイルを持っている人たちは「我先に」と大急ぎで特殊なクリップを作り始めます（作成には時間がかかります。※２参照）。世界中で最初にクリップを作り上げた人のみが記録用紙を台帳ファイルに綴じる権限をもらえ、二番手以降の人は、５番の確認作業にまわり、綴じ込みが完了した後に更新された台帳ファイルのコピーをもらいます。\n※２：\n早い者勝ち以外の方法もあるのですが、暗号資産(仮想通貨)のビットコインの場合を例にとると、競争しているのは、上述の例の４番の「特殊なクリップを作成」という処理です。ものすごい回数の試行錯誤を行い10分間程度かかる処理で、かなりの演算処理能力を要しますが、一番の人には賞金(ビットコインで支給される)が与えられます。これがいわゆる『マイニング(mining)』です。\n７で「常に複数人で同じ台帳ファイルを複製して保管しておく」というのは、世界中のブロックチェーン処理コンピューターが同じ台帳ファイルをコピーして持っていることを意味します。中央管理者がいないため、複数人が同じものを持ち合わせ、他者と確認することで真正性を担保しています。誰かが持っている台帳ファイルの過去の取引が改ざんされても、他の人が持っている台帳ファイルと照らし合わせれば改ざんがすぐに判明します。\n管理者がいない→全員が同じものを持っておく→誰かが改ざん→他の人と異なるのでバレる\nという図式で、これが「分散型台帳」と呼ばれる所以です。\n「管理者がいなくても全員で同じものを所持してお互いに照らし合わせていれば不正はできない」というのはコロンブスの卵のような発想ですね。\n今号は以上です。\nでは、また次回お会いしましょう。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2022年10月28日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1720/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n暗号資産(仮想通貨)やフィンテック(Finance Technology)等の話とともに『ブロックチェーン(Blockchain)』という言葉をよく聞くようになりました。\n今回はこのブロックチェーンを取り上げます。\n","title":"ブロックチェーン","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今回は、AI編の最後として「AIの限界」や「AIは人間に置き換わるのか」について触れていきます。\nシンギュラリティ(Singularity) AIが人間の能力を超える時点あるいは概念のことをシンギュラリティと言い、日本語では「特異点」と訳されます。\n米国のレイ・カーツワイル（Ray Kurzweil）氏による2005年の著書\n\"The Singularity Is Near: When Humans Transcend Biology(シンギュラリティは近い-人類が生命を超越するとき)\"\nの中で『シンギュラリティは2045年に到来する』と記され、有名になりました。\n著者執筆時の未来予測であり、すでに現実(2010－2020年代)との乖離があることや、機械と人間の融合というSF\u0026nbsp;(Science Fiction)\u0026nbsp;のような話が出てくることもあって、正直この『2045』という数字が一人歩きしている感が強いように私には思えます。\nもっとも、天才の著者によれば\n「人間の脳のシミュレーションを行うのに必要な計算量の推定値が十億倍違っても到来が21年（百万倍なら15年、一千倍なら8年）遅れるだけ」\nなので、私ごとき凡人の評論に何の意味もありませんが…\nAIの失敗 有能なAIも、時に人間では考えられないような結果を出すこともあります。\n少々古い事例ではありますが、失敗事例の有名どころとして、\nGoogleの画像認識で肌の色が濃い人が動物(ゴリラ)に判別された（2015）AmazonのAI採用システムで女性の評価が下がる傾向があった（2018）Uberの自動運転車がAIが歩行者を認識せず死亡事故が発生した（2018） があります。\n数年前のAIの発展途上における事例で、当然今は進化改良されているはずですが、実際に現在でも、AI導入済みの企業における日常的な業務において「どうしてこんな結果が出たんだ？？？」と首を傾げたということも頻繁に聞きます。\nAIは負の意味でも想像以上のことを行いうるという事実も念頭に使用する必要があります。\nAIの限界 AI自体は、\n人間が設定した問題に対して過去の事象を学習して最適解を機械的に導出する というものであるため、それらを裏返せば、\n意志がない自ら目的を設定できない五感による知覚ができない事例が少ないと対応できない人の感情を汲み取れないひらめき(第六感)がない新しいものを想像/創造できない倫理や常識に基づく判断ができない が短所であり限界と言えます。\n※※※\n上記短所は\n「見かけ上それっぽい動きをすることはできるが、あくまでプログラムされたものであって、人間が行うようにはできない」\nという観点で記載しています\n※※※\nまた、AIは「人を動かすことはできない」「責任を取れない」ということを短所として挙げる人もいます。\nしばしば話題にあがることとして\n自動運転でどちらの経路も人身事故を起こす場合にどうするか（トロッコ問題）AIの結果が事故を起こした場合の責任は誰にあるか ということがありますが、これらは最終的に人間が判断し、責任を負うものであり、AIの限界としてしまうのは酷だろうと感じます。\nいつだってコンピュータは人の仕事に置き換わってきた AIの長所短所も踏まえた上で、これまたよくある「AIは人に置き換わるか」について、ここでも触れてみます。\n人力からコンピュータに完全に置き換わって久しいものに「電話の交換手（ちょっと古過ぎか..）」「切符の販売や改札」など、また、最近進んでいるものの例として「小売店のレジ(支払い)」「空港のイミグレーション(immigration)」など、さまざまなものが新しい技術により自動化されてきました。\nそしてそれは今後も変わりません。正確で高速で疲れを知らないのですから必然です。\n今までは、既存の明確なルールに基づいて行う作業がコンピュータ化されてきました。それが、AI(を支える技術)の進化により、多少曖昧なもの(ある程度の判定を行うもの)も置き換え可能になってきたわけです。\n該当する仕事をしている人には脅威に映るかもしれませんが、これはコンピュータ（AI）に限った話ではなく、人間の社会でも、競合や新しいサービス、新産業の登場により、競争力の低い人や組織が淘汰されてきたのと変わりはありません。\n逆に自動化により浮いた労力を、他の価値のあることに回したことで、新しい価値の創造、事業領域の拡大、ができているのもまた事実です。\n詰まるところ、現状にあぐらをかき安穏としていてはいずれ他のものに取って代わられるリスクからは逃れられない、ということですね（自戒）。\nAIに置き換わられないために AI化するには、対象の簡素化やモデル化が必要です。\n現状ではAI化できるのは形式知(文字や図などで書き表せる知識)であり、暗黙知(その逆で、人の頭や心の中にあり表記できない知識)をAIに置き換えるのは事実上無理です。\n形式知でなく暗黙知を活用して行う仕事はAIに肩代わりはできません。\nこのため、先述の「判断」やAIの短所・限界を遂行する仕事、換言すると、「AIを作る（AI利用の企画をする、AI自体を作る・保守する）」「AIを利用する（AIを使い生産性を上げたり付加価値をつける）」側に立てば、AIに取って代わられることは当面ないでしょう。\nAIは以上です。\nでは、また次回お会いしましょう。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2022年9月29日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1707/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今回は、AI編の最後として「AIの限界」や「AIは人間に置き換わるのか」について触れていきます。\n","title":"AI(3)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今回はAI(Artificial Intelligence)の続きで、技術的な説明ではなく、知財や規制について記してみます。\nAI関連の知的財産権 AIを使って執筆した小説が賞をとるようにまでなった当世、著作権や所有権の帰属について議論されています。\n著作権法によれば、\n『著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう』\nと規定され、さらに文化庁のWebサイト\u0026nbsp;\u0026lt;https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/gaiyo/chosakubutsu.html\u0026gt;\u0026nbsp;には\n単なるデータが除かれる アイデア等は除外する 工業製品等は除外する 小説、音楽、美術、映画、コンピュータプログラム等が該当する 編集著作物として、新聞、雑誌、百科事典等が該当する と明記されています 。\n法律の解釈ゆえAIによる著作物の著作権の帰属を一概に決め打ちにはできませんが、\n人が主体となり、AIを道具として創作したならば、その創作物の著作権は著作者に帰属する AIが主体となり生成されたものは、著作物には当たらず、著作権は発生しない という見解が大勢を占めています。\n同時に、「そのAIを開発した開発者の権利は保護するべき」という見解も共通的です。\n内閣に設置された「知的財産戦略本部」にて「知的財産推進計画2021\u0026nbsp;\u0026lt;https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/chizaikeikaku20210713.pdf\u0026gt;\u0026nbsp;」が策定され、AIに関しても記載がありますが、そこでは、2019年12月に経済産業省から発表された「AI・データの利用に関する契約ガイドライン 1.1版\u0026nbsp;\u0026lt;https://www.meti.go.jp/press/2019/12/20191209001/20191209001-1.pdf\u0026gt;\u0026nbsp;」が参照先として記されています。\n同ガイドラインの著作権に関する部分には\n既存の法（著作権法、民法）で定まっているものは、それをデフォルト(初期設定)としたうえで、利用条件を契約できめ細やかに設定せよ（※公序良俗に反しない限り、法の定めよりも契約が優先されます） 定まっていないものは、利用条件をきめ細やかに契約で設定せよ とあり、詰まるところ、現行の法には定めはないため、契約で運用せよ、ということになります。\nAIの場合には、AI自体（アルゴリズムやそれを実装したプログラム）に加えて学習用のデータも保護の対象になり、契約の際のポイントとして\n利用目的 利用期間 利用態様 第三者への利用許諾・譲渡の可否・範囲 利益配分 が具体的に列挙されています。\nAIの法規制 新たな技術や産業等の登場に伴い法や倫理の整備は不可欠です。\n例えば、自動車、遺伝子組み換え、インターネットなども、その普及とともに法律や規制、ガイドラインが作られてきました。\nAIに関しても「どこまでAIを使ってよいか」等の枠組みが必要ですが、急激な進歩に追いついていないのが現状です。\nAI分野における法規制は欧州（EU）が世界で最も先行しています。\n2021年４月に、欧州AI規制法案(EU AI Act)\u0026nbsp;\u0026lt;https://artificialintelligenceact.eu/the-act/\u0026gt;\u0026nbsp;が公表され、2024年の施行予定に向けて整備が進められています。\nさすがに英語で法案を読むのは辛いですが、幸い要約\u0026nbsp;\u0026lt;https://www.ceps.eu/wp-content/uploads/2021/04/AI-Presentation-CEPS-Webinar-L.-Sioli-23.4.21.pdf?\u0026gt;\u0026nbsp;も公開されており 、その文書に目を通してみると、AIの規制として、リスクの程度に応じて４段階設けていることがわかります。\n受容不可のリスク（例：社会的評価に使用）：禁止 高リスク（例：雇用、医療機器）　：要件と事前の適合性査定を条件に許可 透明性義務を有するAI（例：擬人化）　：情報や透明性の義務を条件に許可 最小限のリスクまたはリスクなし　：制約無しに許可 ※上記EU法案の概要は、それを引用した経産省の日本語文書\u0026nbsp;\u0026lt;https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/2021_001_05_00.pdf\u0026gt;\u0026nbsp;がわかりやすいです。\n法案公開後、企業や団体などからの反応はさまざまですが、成立し施行されれば、世界初のAI関連法規となり、世界各国がこれを参考に法整備が進んでいくでしょう。\n今号は以上です。\nでは、また次回お会いしましょう。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2022年8月31日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1674/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今回はAI(Artificial Intelligence)の続きで、技術的な説明ではなく、知財や規制について記してみます。\n","title":"AI(2)","type":"archives"},{"content":"平素より当社サービスをご利用くださり誠にありがとうございます。\n個人情報保護方針を改定しました。\n本件についてのご確認やご指摘等がございましたら、お手数ですが「お問い合せ」のページからご連絡いただければ幸いです。\n","date":"2022年4月1日","externalUrl":null,"permalink":"/info/2022-04-privacy-updated/","section":"お知らせ","summary":"平素より当社サービスをご利用くださり誠にありがとうございます。\n個人情報保護方針を改定しました。\n本件についてのご確認やご指摘等がございましたら、お手数ですが「お問い合せ」のページからご連絡いただければ幸いです。\n","title":"個人情報保護方針を改定しました","type":"info"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n前号では「そろそろDX(Digital Transformation)と思っていたけど、その前に」と、まだ取り上げていなかったクラウドを題材にしましたが、DXには不可欠とも言える『AI(Artificial Intelligence)』についてもまだ触れていませんでした。\n「人間のように判断や予測を行う」とか「学習するほどに賢くなる」とは一体どういうことなのか不思議な方も多いでしょう。\nなにぶん高度な技術で方法も色々あるため全てを正確に述べるわけにはいきませんが、「AIとか学習ってこんな感じのもの」というイメージをお掴みいただくことを目的に、いつものように思いっきり概容を記していきます。\nAIとは Artificial Intelligence：人工知能（昔は人工頭脳と呼ばれたこともありましたね）には、意外なことに明確な定義がありません。\n1956年に米国のJohn McCarthy氏が世界で初めてこの語句を使用したとされ、同氏は、\n\"It is the science and engineering of making intelligent machines, especially intelligent computer programs.\"\n（知的な機械、特に知的なコンピュータープログラムを作成する科学や工学のことである）\nとしています。\n漠然としていますが、おおまかに「人間の思考をコンピューターで実現する技術」と言えるでしょう。\n人間の思考をコンピューターで実現しようとするためにはいくつか方法がありますが、わかりやすいものに「明確な、数多くの判断条件をコンピューターに提示し、それに従って判断させる」というものがあります。雑誌やネットなどで「○○診断」と名を打ったYes/Noの分岐チャートを見かけますが、あれの大掛かりなものといえばよいでしょうか。この方法は、経験などによる暗黙知を判断条件にするのが難しい、判断条件が増えると矛盾が生じやすくなる、などといった原因により、すぐに限界が来ました（正確には「用途が限定された」というべきで、現在でもこの方法は第一線で使われています）。\nこのため別のアプローチが必要となり、考え出されたものが「学習」方式です。\nコンピューターが自ら学習して徐々に賢くなり判断ができるようになる、という不思議な話ですが、別の言い方をすると、人間が条件を指定するのではなく、コンピュータ自身が「目的にたどり着くための条件を試行錯誤しながら探っていく」という方法です。この「試行錯誤しながら探っていく」が「学習」にあたります。\nなんとなくイメージを掴んでいただくために、比較的わかりやすいものを例示します。\n※学習の方法も色々とあり、ここに示すのはあくまでイメージを掴むための説明である点はご理解ください\n学習方法の一例 人間が学習する方法には「先生に教えてもらう」「経験を積んで法則を導き出す」があります。AIの学習でも「教師あり学習(正解あり)」「教師なし学習(正解は分からないが分類はできる)」があり、人間の場合と全く同じです。ここでは「教師あり学習」を例示します（その中のさらに一つの方法です）。\n又聞きした話で恐縮ですが、某「夢の国」を運営している会社では、入場者数の予測を、膨大なデータをもとに行なっているそうで、ちょっとその真似事をしてみましょう。\n入場者数を左右するものとして「曜日」「天気」「気温」「競合イベント」があるとしましょう。それらが入場者数に及ぼす程度（重み）はそれぞれ異なります。そこで、\n入場者数予測値 ＝ 曜日に関する情報×曜日の重み\n＋ 天気に関する情報×天気の重み ＋ 気温に関する情報×気温の重み\n＋ 競合イベントに関する情報×競合イベントの重み\n＋ 調整のための値\nのような数式で表してみます。\n「入場者数」「曜日」「天気」「気温」「競合イベント」は過去のデータが山ほどあります。これを「教師データ」としてAIに教えることで、入場者数予測値を導く数式の精度を上げていってもらおう、という寸法です。\n問題は「重み」や「調整のための値」をどんな数値にすればよいかです。\nこれは人間にもコンピュータにもわからないので、とりあえず最初は「適当な値」を設定しておきます。\nそのうえで、教師データを使って入場者数の計算をすると、正解のはずの値（実績値）と計算値の間に当然誤差が出ます。100件の教師データを使って計算すれば、100件の誤差が出ます。ならば、この誤差が最小になるように重みの値と統制のための値を試行錯誤でちょっとずつズラしていけば、過去の実績をもとにした式ができあがります。これが学習です。コンピュータは「とりあえず適当な値を割り当てる」「値をずらして試行錯誤する」ということは得意です（おなじみのExcelにも該当の機能としてRAND系の関数やソルバーがあります）。\n学習を重ね、調整を行い、入場者数を求める理論ができあがれば、未来の入場者数の予測ができるようになるというわけです。\n※重ねてですが、あくまでイメージを掴むための説明である点はご理解ください\n学習のためには、良質なデータを集めることが重要になってきます。正確で、欠損がなく、偏っていないデータ群を大量に必要とします。色々な企業が情報を欲しがり、やっきになって収集しているのも頷けますね。\nもうちょっと書きたいこともあったのですが、字数が来てしまいました。\n今号は以上です。\nでは、また次回お会いしましょう。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2022年3月28日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1661/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n前号では「そろそろDX(Digital Transformation)と思っていたけど、その前に」と、まだ取り上げていなかったクラウドを題材にしましたが、DXには不可欠とも言える『AI(Artificial Intelligence)』についてもまだ触れていませんでした。\n「人間のように判断や予測を行う」とか「学習するほどに賢くなる」とは一体どういうことなのか不思議な方も多いでしょう。\nなにぶん高度な技術で方法も色々あるため全てを正確に述べるわけにはいきませんが、「AIとか学習ってこんな感じのもの」というイメージをお掴みいただくことを目的に、いつものように思いっきり概容を記していきます。\n","title":"AI","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n時節柄新入社員研修向けのテキストを書いていて、その時にふと「そういえばコラムで\"クラウド(Cloud)\"について取り上げていなかったな」と気づきました。\nそろそろDX(Digital Transformation)について書こうかと思っていた所、その際にクラウドやクラウド上のサービスの\"XaaS(Xxx as a Service)\"が出てくるはずで、今更の感は否めませんが、DXの前にクラウドについて触れておきます。\nクラウドの利用は、システム面での利点のみならず、後述するように会計・税務上の効果もあります。\nクラウド(Cloud) クラウドという言葉を最初に使ったのは、1997年に米国のどこぞの大学教授とか、2006年にGoogleの当時のCEOとか言われていますが、コンピューターネットワーク(Computer Network)を雲の形で図示することはかなり昔(1980年頃)からやられていました。\n我が国の総務省は\n「クラウドとは、『クラウドコンピューティング（Cloud Computing）』を略した呼び方で、データやアプリケーション等のコンピューター資源をネットワーク経由で利用する仕組みのことである」\nと説明しています。\n他にも、経済産業省、国際標準化機構ISO、それを和訳したJIS規格など、いろいろなところで定義がなされていますが、米国国立標準技術研究所NISTの定義が有名で、\nOn-demand self-service（必要時に必要な分を自分で） Broad network access（標準的な通信方式で様々な機器から利用可能） Resource pooling（コンピュータ資源は複数の利用者で共用される） Rapid elasticity（迅速に拡張・縮退できる） Measured Service（サービスの提供状況が可視化され公開されている） の5つの特徴を持つ、としています。\nいずれにしても、自分の目の前にあるコンピュータではなく、インターネット上のコンピュータやそれ上で提供されるサービスを、クラウド業者から必要時に必要なだけ借りて利用する、ことを指します。\n最近のコンピュータは性能や資源があり余っているので、一台が持つ演算能力や記憶装置などを独り占めせずに他の利用者と共用して使用し、結果的に商用サービスは安価に設定されています。\n昨今の有名なIT系サービスのほとんどはクラウド上で提供されていると言ってしまってもよいでしょう。\n以下、クラウドとクラウド・コンピューティングは特に区別なくクラウドと記していきます。\nクラウド上のサービス 先述のNISTでは、3種類のサービスが定義されています。\nIaaS(アイアースと発音。Infrastructure as s Serviceの略)：ハードウェアやネットワーク機器などを貸してくれるPaaS(パースと発音。Platform as a Serviceの略)：IaaSに加えて、LinuxやWindowsなどのOSやデータベース(Database)までを貸してくれるSaaS(サースと発音。Software as a Serviceの略)：PaaSの上で動くソフトウェアサービスまでを貸してくれる これらをあわせてXaaSと記します(ザースと発音)。\nSaaSは、例えば、GoogleのGmailとかMapとか、ブラウザ経由で使えるソフトウェアサービス（アプリケーション）を使わせてくれるサービスのことで、一番馴染みがあるでしょう。\nPaaSはアプリケーション（ソフトウェア）が動作する土台の環境(まで)を借りるもので、それ上で動くサービスは自前で用意します。\n私の仕事柄、クラウドの実際の利用方法をデモンストレーションをする時があるのですが、クラウド事業者の管理画面にログインして、PaaS環境を借りて初期設定し、超簡単なアプリケーションを作成して動作させる、というところまでを、30分程度で実演します。\nIaaSはハードウェアやネットワーク機器など(まで)を借りて、システム構成を自由に構築できる環境です。\nPaaSとIaaSは、利用者ではなくシステム会社向けの環境です。\nシステムの開発や構築をするのでなければSaaSの利用を考えればOKです。\n自分たちが所属している組織向けにシステムを構築するのは、細部にわたる対応が可能で理想的ですが、なにぶん、時間と費用がかかるうえ、品質の確保に相当な努力が必要です。この点、SaaSによる汎用的なサービスを使うと、自分たちの利用の仕方をサービスに合わせる必要はありますが、時間と費用を抑えつつ一定線の品質を確保しやすくなります。\nクラウドの効果 これは、システム会社向けの会計や税務の話になりますが、クラウドを利用することで従来の固定資産を変動費に変えることが可能になります。\n自前でコンピュータ機器を購入すると、通常は固定資産として処理することになります。4年間にわたる減価償却や、そもそもそれ以前の購入のための予算承認や、実際の調達などが面倒なうえ、時間がかかります。\n一方で、クラウドを利用すると、使用した分の利用額を払うだけとなり、変動費で処理ができます。また、機器の増設や削減も自在にでき、繁忙期だけ機材を増やし、閑散期は減らす、というのも容易です。\n機材類を設置する場所や冷却のための空調も不要というのも大きな利点です。\nクラウドの短所 AmazonやGoogleなどのクラウド事業者からコンピュータ資源を\"借りる\"ため、自分たちで自由に使える（システム構成を変える、など）のは事業者が貸してくれている範囲内のことに限定されます。\nまた、インターネット上のサービスを利用する以上、セキュリティ面の考慮は常に必要です。\nクラウド事業者自体でシステムトラブルがあると自分たちのシステムも影響を受けます（これはたまに起きていて大きく報道されていますね）。\nこのため、高度なシステム構成をとったりセキュリティや可用性（稼働の維持）を厳重に確保する場合には、クラウドは使わずに自前で環境を用意する（オンプレミス：On-premiseと言います）ことも多く、また、他者と共有せずに占有するプライベートクラウド（private cloud）を使うこともあります。\nITの利用が避けられない今日、何らかの形でクラウドを必ず利用します。\nその長所と短所をわきまえたうえでサービスを選択するのが賢い利用法です。\n今号は以上です。\nでは、また次回お会いしましょう。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2022年2月25日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1651/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n時節柄新入社員研修向けのテキストを書いていて、その時にふと「そういえばコラムで\"クラウド(Cloud)\"について取り上げていなかったな」と気づきました。\nそろそろDX(Digital Transformation)について書こうかと思っていた所、その際にクラウドやクラウド上のサービスの\"XaaS(Xxx as a Service)\"が出てくるはずで、今更の感は否めませんが、DXの前にクラウドについて触れておきます。\nクラウドの利用は、システム面での利点のみならず、後述するように会計・税務上の効果もあります。\n","title":"クラウド、XaaS","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n前号まで、アジャイル(Agile)とは何かに加えてプロジェクト(Project)について述べてきました。\n今回は、アジャイルの考え方に基づいた作業の進め方について記してみます。\nおさらい 前号までの要点をあらためて記すと、\nアジャイルとは「変化に適応し、価値を提供し続ける」という思想であるプロジェクトとは「独自のプロダクト(Product)、サービス(Service)、所産(Result)を創造するために実施される有期的な業務」 です。\n第一項の通り、アジャイルとは考え方であり、方法論ではないのですが、ソフトウェア(Software)開発に適用されて、色々なプロセス(Process)や経験則が得られています。\n第二項は、特定の目的を達成するために期間を区切って活動する、と捉えることもできます。\nこの二つを基にして述べていきます。\nアジャイル的な活動 アジャイル的なソフトウェア開発で一般に行われている活動は、おおよそ以下の通りです。\n「全体としてやること一覧」を作成し、優先度の高い順に並べる 作業の反復期間を決める（一般的には1-4週間で、2週間が割と多い） 「全体としてやること一覧」から、今回の反復作業でやることを選択して、「今回やること一覧」を作成する（粒度はもう１段階細分化する。各作業を付箋紙に書いて壁に貼る。壁に「作業予定」「作業中」「完了」「困っている」の枠を作り、付箋紙を「作業予定」に移動する） 今回の作業の開始時に、作業の見通しを立てる（作業分担をしたり、何をもって作業完了とみなすかを決める） 作業を実施し作業状況を可視化する（該当作業の付箋紙を「作業中」の枠に移動する。終わったら「完了」に、他者の助力が必要ならば「困っている」に移動する） 毎日、決まった時間に、15分間のミーティング(Meeting)を行う（ミーティング時間を延長しない） 週次で「全体としてやること一覧」を更新する（漠然と記したことを具体化したり、優先順位を変えたり、やることを増減したり変更したりする） 作業が終わったら第三者に見せてフィードバック(Feedback)をもらう（合格が出ることもあれば、修正や追加作業を依頼されることもある。「全体としてやること一覧」を更新する） 反復期間が満了したら、作業の完了/未完了を問わず、今回の作業の振り返りを行う（できたこと、できなかったこと（次回への申し送り事項）を明確にする。「全体としてやること」一覧を更新する）。 まず最初に１と２を行い、以降は３から９までのことを繰り返して（反復して）いきます。\n２の期間は、週単位でなくても、極端な場合１日間でも構いません。\n６の日次ミーティングは、一人作業の場合、現状の把握と今日一日何をするかを決める、でよいです。\n９の振り返りが重要で、「反復すること＝次に活かして変化に対応していくこと」の肝になります。\n見積もりについて 作業にかかる時間、お金、人や物（資源）など、仕事では必ず見積もりが発生します。日々管理対象とするもののうち最も多いのは時間（スケジュール）でしょうか。\nどの項目にしても、「未経験なことに対する正確な見積もりは不可能」です。予定（見積もり）と実績に差異が生じた時に「なんでこんなことになっているんだ、見積もりをもっと正確にしろ！」と叱責しても/されても、それは無理なことで、それを無理と認めて、どう対処していくかに考えを切り替える必要があります。\nとはいえ、可能な範囲でも精度は上げたいものですし、類似の経験がある作業であれば相応の見積もりは可能です。このような場合には、絶対的な見積もり（例：この作業は二人で2.5日間かかる）は難しくても、相対的な見積もり（例：あの時の作業Ａを基にして、1.5倍くらいかかりそうだ）ならば比較的容易です。\n大事なこと１ 「全体としてやること一覧」は随時更新されますし、更新していきます。新しい作業項目を追加したり、優先順位を変更することは往々にして発生しますが、その際に、新しく入れたものがあればその分元の作業から落とす必要があります。筋論からしたら当たり前のことですが、「いや、元の作業はそのままやってもらわなければ困る」と無理強いする/されることは残念ながら少なくないでしょう。作業の許容量は大きく変わりませんし、一時的に残業や休出等で増やすことはできても継続はできず、あきらかに質が下がります。\n大事なこと２ 業務や作業に際しては、顧客、委託先、上司、部下、同僚、など必ず他者(相手)がいます。依頼、説明、指示、合意などを行って仕事は進んでいきますが、これを適時かつ定常的に行うことが必須です。理想は対面で行うことですが、電話やチャット(Chat)による双方向コミュニケーション(Communication)でもOKです。要は、書類による時間のかかる方法よりも対話により合意をして先に進めていく、ということです。もちろん、形として(証左として)残り後で見返すことができる書類には意味があり必要なものですが、それに形式的にこだわって時宜を逸しては本末転倒です。\nアジャイルは、「アジャイル(2)」の回で述べたように、長所ばかりでなく短所もあり、万能な方法ではありません。しかし、現状の作業の仕方になんらかの問題を抱えている場合には、別の方法として試してみる価値はあります。「変化に対応する」ことはいつの世にも必須で、それを実現するには何はともあれ実行することです。従来の方法を変えるのには勇気がいりますが、なにも100%変えることはなく、10%でも5%でもいいのです、できることから始めていく、くらいの気持ちで取り入れてみてはいかがでしょうか。\n今号は以上です。\nでは、また次回お会いしましょう。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2022年1月29日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1641/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n前号まで、アジャイル(Agile)とは何かに加えてプロジェクト(Project)について述べてきました。\n今回は、アジャイルの考え方に基づいた作業の進め方について記してみます。\n","title":"アジャイル(3)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n前回まで、\"アジャイル(Agile)\"の考え方に基づくシステム開発について述べてきました。\n「アジャイル方式で日々の業務を実行するにはどうするか」について書くつもりでいたのですが、そのためには\"プロジェクト(Project)\"について触れておくとわかりやすくなります。\nそこで、今回は\"プロジェクト\"について取り上げます。\nプロジェクトは、プロジェクトの進め方＝プロジェクト管理の仕方＝プロジェクトマネジメント(Project Management)と切っても切れない関係にあるため、ここではプロジェクトマネジメントについても触れておきます。\nプロジェクトマネジメントの世界標準 プロジェクトの管理の仕方に正解はありませんが、自己流で行なっていると不安になってくるもので、何か\"拠り所\"を求めたくなってくるのが人情です。\n1960年代後半以降、世界的にその必要性が声高に叫ばれるようになり、一冊のガイド本が世に出されました。米国のプロジェクトマネジメント協会（PMI(R)：Project Management Institute）が策定した\"PMBOK(R)ガイド\"と呼ばれる書籍で、今日ではプロジェクトマネジメントに関する事実上の世界標準とされます。PMBOKは\"Project Management Body of Knowledge\"の略で、\"プロジェクトマネジメント知識体系\"と訳されます（※(R)は登録商標の記号です）。1987年にホワイト・ペーパー(White paper。日本語だと\"白書\")として発行された後、1996年に正式に初版が刊行されました。現在(2021年12月時点)の最新版は、2021年7月(日本語版は同年10月)に公開された第７版です。前版の第６版から完全刷新されて衝撃的だったのですが、これもアジャイル(Agile)形式のプロジェクトに対応する（＝従来型からの変化が必須という）背景があります。\nプロジェクトとは PMBOKガイドでは、プロジェクトを\n「独自のプロダクト、サービス、所産を創造するために実施される有期的な業務」\nと定義しています。\"所産\"とは耳慣れない言葉かもしれませんが、英語では\"result\"、つまり「結果」のことです。\nこの定義をもう少し平たく書けば、「プロジェクトとは、目的の成果を得るために期限を切って行う活動のこと」となります。\n一般に、モノやサービスなどの新規開発が該当し、工場での生産やサービスの提供など継続的に繰り返す活動（定常業務と呼びます）とは区別しています。\n一回こっきりの活動と、繰り返し行われる活動では、「前回と同じ」というのが効きにくいため、より考慮事項が多い、というわけです。\n今日では大半の業務がプロジェクト？ システム開発はプロジェクト（Project）方式で行われているというのはいいでしょう。\nでは、上記プロジェクトの定義に合致しない\"定常業務\"についてはどうでしょうか。今日日(きょうび)の業務において、たとえ繰り返し行う活動であったとしても、「期限を決めて」「都度目的/目標を定め」「それを達成するように動く」ということは多く、それはプロジェクトと見なせます。\n正直、先述のプロジェクトと定常業務の区別は、説明のためには有用ですが、実務においては大した意味はありません、我々実務家にとっては実益が得られればそれで十分です。\n定常業務であってもプロジェクトとみなせるということは、PMBOKガイドに書かれていることは、そのまま業務を遂行する時に当てはめることができます。まぁ、現実的には「この部分は良さそうだな」というものがあれば実際に取り入れてみるというのが実際的で、「PMBOKガイドを頭から最後まで読んで業務に適用するぞ」とまで考えるとかなり大変です…\nプロジェクト方式を業務に取り入れてみる 前号で書いたAgileの本質は「変化に適応しながら小さな価値を継続的に提供し続ける」ということで、これは今日の業務においても必要不可欠なことです。そして、Agileを実務に適用しようとするならば、プロジェクト様式で遂行するのが実際的です。前述のように、定常業務であってもプロジェクトのように仕事を扱うことができ、Agileを取り込む余地もあるわけです。\n特に、これまでとは違った新しいことを手がけるとか、試行錯誤が必要、といった場合にはこの取り組み方は有効です（もちろん、従来の方式で何ら困っていない、別の方法に変えたらそのほうが混乱する、という場合には、無理に変更する必要はありません）。\nAgileは「短い反復」を繰り返し行うことが作業の土台になっています。Agile的な活動では、各反復の「開始時」「毎日」「週次」「成果物完成時」「反復終了時」に何を行うとよいか、というのがおおよそ決まっています。この観点や具体的に何を行うかを知って、現状の業務に取り入れてみると、きっとなにがしかの変化が起きるでしょう。\nAgileな活動ではどんなことを行うか、どんな留意事項があるかは、次号で記します。\n今号は以上です。\nでは、また次回お会いしましょう。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n※PMBOK、PMI、PMPは、プロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute, Inc.)の登録商標です。\n","date":"2021年12月28日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1635/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n前回まで、\"アジャイル(Agile)\"の考え方に基づくシステム開発について述べてきました。\n「アジャイル方式で日々の業務を実行するにはどうするか」について書くつもりでいたのですが、そのためには\"プロジェクト(Project)\"について触れておくとわかりやすくなります。\nそこで、今回は\"プロジェクト\"について取り上げます。\nプロジェクトは、プロジェクトの進め方＝プロジェクト管理の仕方＝プロジェクトマネジメント(Project Management)と切っても切れない関係にあるため、ここではプロジェクトマネジメントについても触れておきます。\n","title":"アジャイル(3)の前にプロジェクト","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n前号では「アジャイル(Agile)」という考え方が提唱されるまでの流れと概要について記しました。\nまた、今日の日本のシステム開発に関する特徴（＝課題）として「計画性と高品質を重視する」「外部委託比率が高い」を挙げました。\nアジャイルを一言で言うと、「変化に適応し、価値を提供し続ける」です。この中には「関係者間で密に連携して先に進める」「無駄なものを作らない」「短期間の反復を繰り返し学習と変更対応を可能にする」ということが含まれます。\nトヨタ生産方式と似ているところがありますね。それもそのはず、アジャイルはトヨタ生産方式の影響を受けています。\n今回は、アジャイル宣言という思想(哲学)に基づいた開発方法や、上記課題への対策について触れていきます。\nアジャイルに基づく方法論 先述の通りアジャイルとは\"思想\"であり、方法論ではないため、実践するには何らかのプロセス(Process)化(手順や規則等を決める)が必要です。\nアジャイルに基づく開発方法には様々あります。アジャイルを実現するために作られたものもあれば、別個に生まれたのだが結果的にアジャイルの思想と合致している、というものもあります。\n私自身の古い話で恐縮ですが、20年以上前の極めて困難な某システムの開発(業界でも有名だったらしい…)において、従来の進め方では土台無理という厳しい現実に置かれて、今で言う\"アジャイル\"とほぼ同様の手法を編み出して対処していました。そうせざるをえなかったのです。人間は突き詰められた状況になれば、本当に必要なことのみを自ずと選択するようになるし、皆同じようなことを考えるということなのでしょう（逆に言えば、必要に迫られないと変わらない、ということにもなるのですが…）。\nアジャイルの実践行為 「2〜4週間単位の作業を繰り返す(\"反復\"と呼びます)」「やる事一覧を作成し、優先順位をつけて並べ、直近の作業分は詳細化する」「毎日(同じ時間に)15分間の小会議を行う」「成果物ができたら関係者(特に顧客)に見せてフィードバック(feedback)をもらう」「各反復が終わるごとに\"振り返り\"を行い、成果と課題を明確にする」\nこれらを繰り返します。その際に大事なことは「現実性」です。「優先順位付け」「実際的な見積もり」「反復開始条件と反復終了条件の明確化」「萎縮しない環境作り」など、書いてみると当たり前のことですが、従来型の進め方よりもより実際的というか”現場”的です。筋論と強制で無理なことをやろう/やらせようとしても、一つの反復が終わる、わずか2〜4週間後にはその無理が露呈してしまうのですから。\nいいことばかりではない アジャイルの長所を並べていると、魔法のように思えてしまいますが、良いことばかりではありません。\n要は「管理がしにくい」のです。正確には、管理の手法やノウハウ(know-how)が固まっていない、というべきかもしれません。\n従来法は最初に計画をがっちりと立てて「いつ誰が何をやる」が明確になっているため、分業しやすいうえ、状況を追いかけるのも比較的容易です。アジャイルは真逆の方法を取るため、「いつ何ができあがるか」が分かりません（確定されません）。「変化に対応する」がために、状況は常に変わっている（＝状況把握も大変）し、期限内に出来上がるものが状況によって変わりうるわけです。\nまた、アジャイルは、作業を行う人の「自律性」を重んじます。指示を出す人・受ける人でチーム(team)が構成されるのでなく、自ら積極的に幅広く作業を行なっていく自己組織化チーム（self-organizing team）が前提です。理想的な話ではあるのですが、現実にはそのような人ばかりでチームが作れるわけでもありません。\n結果、小規模な開発には向いていますが、大規模なものには現状としては不向きと言えます（大規模プロジェクトへの適用は、色々な試みがなされてまいます）。\n外部委託の際にも悩ましく「いつまでにこれとこれをやってほしい」ということが明示できないため、止むを得ず「この期間で、できるところまでをお願いする」としている現場も少なくありません。\nハイブリッド(Hybrid) 短所を補う、あるいは長所の「いいとこ取り」をするために、従来型とアジャイルを混ぜて実施する、という方法もあります。先に挙げた、私の古い例がそれでした。従来方式でシステムの必須部分をガッツリと作り込んだ後、細かな機能の追加をアジャイルで反復実現しました。その逆の、アジャイルの一部の中に従来型を組み込む、というやり方も可能です。\n日本のITの課題に対して 「計画性と高品質を重視する(ために柔軟性に欠ける)」「外部委託比率が高い」という課題は、アジャイルを適用すれば解決するという単純かつ安易なものではありませんが、従来型に固執してきた故に起きていることは想像に難くありません。\nしっかりとした計画と高品質は決して悪いことではなく、むしろ理想的ですが、それが許されない状況下で過剰なことを行っても無駄になるということを認め、腹を括って変えていく必要があります。新しいやり方に変えていくには大きな勇気が伴いますが、それをせずに従来と同じことを漫然と続けているのならば、思考が停止し、意思も判断力も責任感も欠如していることに他なりません。結果、他者依存性が強まり、外部委託に逃げるということにつながります。「システムのことはシステム屋がすべてやってくれる」という妄想から脱却し、「自分のことは自分たちでやっていく」という意思と責任が文字通り不可欠です。昨今声高に叫ばれる”DX(Digital Transformation)\"は、これなしには実現はできません。\n今号は以上です。\nでは、また次回お会いしましょう。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2021年11月30日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1629/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n前号では「アジャイル(Agile)」という考え方が提唱されるまでの流れと概要について記しました。\nまた、今日の日本のシステム開発に関する特徴（＝課題）として「計画性と高品質を重視する」「外部委託比率が高い」を挙げました。\nアジャイルを一言で言うと、「変化に適応し、価値を提供し続ける」です。この中には「関係者間で密に連携して先に進める」「無駄なものを作らない」「短期間の反復を繰り返し学習と変更対応を可能にする」ということが含まれます。\nトヨタ生産方式と似ているところがありますね。それもそのはず、アジャイルはトヨタ生産方式の影響を受けています。\n今回は、アジャイル宣言という思想(哲学)に基づいた開発方法や、上記課題への対策について触れていきます。\n","title":"アジャイル(2)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n2021年9月29日付の日本経済新聞「解読 経済白書」欄に『ソフト開発手法 硬直的』という記事が載っていました。\n要約すると、\n「日本でシステム開発に主に用いられている従来方式は時間、変更対応、費用面等で課題が多い。これらの課題に対して柔軟性のあるアジャイル開発を広め、そのノウハウを持つ人材を確保すべきだ」\nというものです。\nそこで、前号の「システム開発」の続きとして、「アジャイル」開発について取り上げてみます。\nVUCAの時代の２つの課題 \"VUCA\"という言葉をご存知でしょうか。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の略で、予測が困難な状況を意味し、裏を返せば、いかに変化に対応していくべきか、ということを表します。1990年代から米国の軍関係で使われている単語だそうですが、最近頻繁に見聞きするようになりました。\n日本人は、計画をしっかりと立て、リスクを洗い出して入念に判断し、高品質を必須とする・・・というやり方を得意としますが、VUCAはこれが適用できない状況を表します。こと、新規ビジネスやシステム開発にはこれが当てはまり、対応できなければ時間を浪費し置いていかれる、というのが現実です。\n話をシステム開発に絞ると、日本のシステム関係の特性として「計画性と高品質を重視する」「外部委託比率が高い」が挙げられます。これが「他国の周回遅れ」と揶揄される（自虐している）日本のIT業界の課題です。\nシステム開発の方式には複数ありますが、「計画性」や「外部委託」と相性が良いのが「ウォーターフォール型」開発、これとは反対の特性を持つ「動くものを作って評価改良を反復的に継続する」というのが「アジャイル」です。\nこの２方式について解説と比較してみます。\n従来方式ウォーターフォール(waterfall)型 システム開発の方式にはいくつかありますが、日本では、冒頭で\"従来方式\"と記した、ウォーターフォール型が多いです。統計データ(※)によると97.4%が採用しており、この数字は過去10年以上変わっていません。正直極端な数字という印象で、アンケートの取り方（対象、選択肢）によるところも大きいとは想像していますが、傾向としては正しいでしょう。\nこの開発方式は1970年に論文が書かれています。一つの開発工程を終わりにしてから次の工程に移る、ということを続け、水が段々に流れていく様からウォーターフォールの通称で呼ばれるようになりました。\nこれがシステム開発の最も基本的な手法とみなされ、この手法の短所を補うために、その後いろいろな手法が編み出されてきました。\nウォーターフォールの短所とは\n・完成までに時間がかかる\n・後工程で要件(システムで何を実現するか)に変更が入ると手戻りの影響が大きい\nです。\n逆に長所は\n・全員が足並みを揃えて同じ工程を実施しているので管理がしやすい\n・上流と下流の区分けが明確で分業がしやすい\nです。\nこの長所が、日本でシステム開発の外部委託比率が高いことと直結し、言い換えれば、ウォーターフォール以外の方式を取りにくい原因の一つです。\nウォーターフォールの短所を行う方法 この方式の本質は「大きなものは小分けにする」という、\"リスクヘッジ(risk hedge)\"の基本中の基本をシステム開発に適用したものです（資産運用などでも全く同じですね）。システムの分析をしてプログラムを書く、という二段階だけではリスクが大きいので、もっと工程を分割してマネジメントすべき、ということです。この根本は正鵠を射ており、ウォーターフォール型が間違っているわけではありません。時代が進むにつれて、それだけでは足りなくなり、さらなるリスクヘッジの多様化が必要になった、というのが妥当な見方でしょう。\nウォーターフォールの短所を補う方式として、試作品を作って完成系のイメージを掴んでから本番の開発に進む「プロトタイプ」方式、ウォーターフォールを複数に分ける「スパイラル」方式（一連の工程を一周、二周・・・と螺旋のように回す）、実現すべき要件を複数に分割して少しずつ追加していく「反復」方式、などが編み出され使われてきました。\nそして、現在は、この反復式が進化した「アジャイル」式が最も重要視されています。\nアジャイル Agileは「俊敏な」という意味で、「変化に素早く対応し、価値を生み出す」ことを最優先に行動します。\n2001年に\"アジャイルソフトウェア開発宣言\"と題して\n\"プロセスやツールよりも個人と対話を、包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを、契約交渉よりも顧客との協調を、計画に従うことよりも変化への対応を\"\nという思想が世に出されました（https://agilemanifesto.org/iso/ja/manifesto.html）。\n先述の日本のシステム開発の特性と逆であることは説明不要でしょう。\nこのマニフェスト(宣言)自体は、具体的な方法論ではなく哲学のようなものです。アジャイル型の開発がどのようなものか、先に挙げた課題への対策には何があるのか、続きは次号にて記します。\n今号は以上です。\nでは、また次回お会いしましょう。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2021年10月29日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1625/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n2021年9月29日付の日本経済新聞「解読 経済白書」欄に『ソフト開発手法 硬直的』という記事が載っていました。\n要約すると、\n「日本でシステム開発に主に用いられている従来方式は時間、変更対応、費用面等で課題が多い。これらの課題に対して柔軟性のあるアジャイル開発を広め、そのノウハウを持つ人材を確保すべきだ」\nというものです。\nそこで、前号の「システム開発」の続きとして、「アジャイル」開発について取り上げてみます。\n","title":"アジャイル(1)","type":"archives"},{"content":" PMI®日本支部会員向けに、PMBOK®ガイド第7版日本語版のPDFが公開されました。パスワード付きPDFで、PMI®日本支部のWebサイトからダウンロードし、同サイトからパスワードを申請します。\nダウンロードとPW申請のリンクは、PMI®日本支部Webサイトの2021年10月04日付お知らせのページにあります。\n※PMBOK、PMIはプロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute, Inc.)の登録商標です。\n","date":"2021年10月4日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1611/","section":"Archives","summary":" PMI®日本支部会員向けに、PMBOK®ガイド第7版日本語版のPDFが公開されました。パスワード付きPDFで、PMI®日本支部のWebサイトからダウンロードし、同サイトからパスワードを申請します。\n","title":"PMBOK®ガイド第7版日本語版のPDFが公開されました（日本支部会員向け）","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\nデジタル庁発足、システム障害の続発で業務改善命令、など、ITに関する大きな話題が連日報道されています。\n知るや知らざるや日常のありとあらゆるものが\"システム\"化されて生活の基盤になっており、それを基に生活している以上は、システムというものの特性(特に短所や難しさ)や、それをどうやって作り上げていくのかという最低限の知識と無縁ではいられません。今回は「システム開発」について述べてみます。\nシステムとは システム(System)とは\"体系\"のことで、複数の要素が一つに集まって機能しているものを指します。太陽系(Solar system)が一例です。\n今日ではコンピュータを使ったシステム(computer system)の意味で使われることも多いですが、実際にはコンピュータだけで完結することはなく、何らかの形で必ず\"人\"が介在します。\nシステムを使っているのが人である以上、そして、例えばそれが企業の情報システムの場合に、複数の社員が共同して業務にあたっている場合、人による入力、選択、判断などが入ります。\nシステムを作る段においては、「システムに何をやらせたいか」(※これをシステム要件(System requirements)と言います)を決めるのは人間で、これを明確に決めない限りはシステム開発はできません。\nよしんば、なんとか出来上がったとしても期待通りに動くものではありません。システム構築の発端である「システム要件を決めること」、これが何にもまして重要（そして難しい！）なのです。\n以前、あるシステム会社の部長さんのお話で\n「システム化により、自分の業務がリスクや変化なしに全て楽になると思い込んでいる人がなんと多いことか…そんな魔法はないという現実をシステム屋は啓蒙していかなければならない」\nとありました。全くもって同感です。\nこと要件定義、すなわち、「システムに何をやらせたいのか」の決定はシステムの利用者（発注者）が何をしたいのかに極めて大きく依存し、開発者だけでは決められません。ここが大事なところです。\nあくまで説明上の例ですが、企業の合併により新システムを構築する際に、複数社の業務のやり方自体を整理しそれをシステム化する、あるいはどこか一社の業務方法とシステムに統一する、という戦略とその実行が必要不可欠で、システム(開発者)だけでどうにかなるなどというのはとんでもない妄想です。\nその事実だけでも、システムを作る前と出来上がった後にもやることが山ほどあるというのは想像に易いでしょう。\nシステム開発＝プログラミングではない 前回は\"プログラミング\"について述べました。システム開発＝プログラムを作ること、と思う方も多いかもしれません。最終的にはプログラム化するので間違いではないのですが、その前後に実施すべきことがごまんとあります。\nシステムの開発手法は色々とあり、方法論によって差異はあるのですが、一般には複数の工程（開発工程と呼びます）を踏んで進めていきます。モノを作るのは、何だってそうですね。\n工程の呼び方や区切り方、何をするのかは開発組織でまちまち(宗教戦争があるくらいです…)ですが、ここでは引用する統計データ(後述)に合わせて、「要件定義」「基本設計」「詳細設計」「製作」「結合テスト」「総合テスト」の六工程で話を進めます。\n各工程の概要は以下の通りです。\n要件定義：システムに何をやらせるのかを決める\n基本設計：要件実現のためにどのようなシステム構成や方式にするのかを決める\n詳細設計：システムを小さな部品に分解し部品の役割を決定する\n製作　：プログラム作成＋小さな部品単位での動作確認(＝単体テスト)\n結合テスト：小さな部品を結合した状態で動作確認を行う\n総合テスト：完成品としての動作確認を行う\n上述のように、プログラミングは『製作』に含まれます。\nでは、ここでクイズです。プログラミング(製作)が全開発工程に占める期間の割合はどれくらいだと思いますか？\n答えは、およそ『20%』です。思っていたよりもだいぶ少ないのではないでしょうか？\n厳密にいうと、この統計データの『製作』は「プログラミング＋単体テスト」と解釈され、「単体テスト」を除くと、実際の数字はさらに小さいです。\nこの数字は「期間」比率ですが、工数（マンパワー）比率にするともう少し大きくはなります。\n各工程に割り当てる人の数は均一ではなく、上流工程は少人数で実施し、製作近辺の工程は人数を増やす（外部委託を多く使う）ことが多いので、工数比率にするとおよそ『30%』くらいになります。それでも想像よりも小さいのではないでしょうか。\nでは、他の工程がどれくらいか、統計データから算出したざっくりとした数字（※当方で複数のデータから算出した値です）を載せておくと、以下の通りです（※数値を５％単位に丸めています）。\n◆期間の割合\n・要件定義　：15%\n・基本設計　：20%\n・詳細設計　：15%\n・製作　：20%　※単体テスト込み\n・結合テスト：15%\n・総合テスト：15%\n◆工数の割合\n・要件定義　：10%\n・基本設計　：15%\n・詳細設計　：15%\n・製作　：30%　※単体テスト込み\n・結合テスト：20%\n・総合テスト：15%\n実際には、上記の「総合テスト」の後に、利用者(顧客)側が実施する「総合テスト2（受入れテストとか運用テストとか呼ばれます）」も実施するのが常のため、さらに期間や工数がかかります。\n※上記の数値は、独立行政法人情報処理推進機構「ソフトウェア開発データ白書2018-2019」https://www.ipa.go.jp/ikc/our_activities/rs_04.htmlP.178-183の「新規開発」「改良開発」「再開発」各データの\"中央値\"を基に、要件定義工程も含めた比率として算出し、それらの平均をざっくりと求めたものです\nデジタル化からDX(Digital Transformation)へ \"DX\"という言葉も毎日のように見聞きします。DXの説明は別の回にするとして、システムに何をやらせるか、を考える時に、日々の業務やサービス、あるいは事業と無関係なはずがありません。システムも業務も、変革や最適化していく必要があります。\nこれを行うのが\"DX\"で、旧来のデジタル化(＝システム化)から、ビジネス観点に重点が移ってきたのです。もはやITは技術者だけにとどまらず、業務視点、事業視点でも不可欠となり、IT人材の獲得・育成・確保が声高に叫ばれているのは時代の趨勢なのです。\n今号は以上です。\nでは、また次回お会いしましょう。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2021年9月29日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1608/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\nデジタル庁発足、システム障害の続発で業務改善命令、など、ITに関する大きな話題が連日報道されています。\n知るや知らざるや日常のありとあらゆるものが\"システム\"化されて生活の基盤になっており、それを基に生活している以上は、システムというものの特性(特に短所や難しさ)や、それをどうやって作り上げていくのかという最低限の知識と無縁ではいられません。今回は「システム開発」について述べてみます。\n","title":"システム開発","type":"archives"},{"content":" ※※※ 2023.12.12追記 ※※※\nPMBOK\u0026reg;ガイド第6版は2023.07.31をもって提供が終了されましたが、プロセスを詳述した『プロセス群：実務ガイド』の日本語版が2023年12月04日にPMI\u0026reg;から発刊されました。\nPMBOK\u0026reg;ガイドの姉妹書の位置付けで、プロセスの詳細が網羅されており、実務にはもちろんのこと、PMP\u0026reg;受験準備に有用な書籍です。\nPMI®日本支部会員はPDF版を無料でダウンロードできます。\n※※※※※※※※※※※※※※ ※※※ 2023.08.02追記 ※※※\nPMBOK\u0026reg;ガイド第6版は2023.07.31をもって提供が終了され、PMI\u0026reg;のWebサイトでのPDF版ダウンロードもできなくなりました。\n※※※※※※※※※※※※※※\n2021年8月（※PMI®会員向けには2021年7月）にPMBOK®ガイド第7版の英語版が公開されましたが、同日本語版は未リリースの状況で、\n「PMP®の準備にはPMBOK®ガイドのどの版を読めばいいのか」\nというご質問をよくいただきます。\n結論を書きますと、『PMBOK®ガイド第6版』です。\nPMI日本支部のWebサイトの2021年4月6日付のお知らせの「関連情報」に、\n1月から実施されている新試験の内容は Examination Content Outline (試験内容の概要）の変更に沿って行われており『PMBOK®ガイド』の改訂により行われているものではありません。『PMBOK®ガイド』は試験問題作成時に参照される資料の１つとされていますが、現在はリリースされている第6版が参照されています。\nPMP®認定の受験を予定されている方は継続して『PMBOK®ガイド第6版』を参考書籍としてご利用ください。\nと記されています。\nまた、PMI日本支部では現在でもPMBOK®ガイド第6版のセミナーを実施しており、そのセミナー概要にも\nPMBOK®ガイドは2021年8月に第7版が発刊されますが、PMBOK®ガイド第6版におけるプロセスベースの管理手法については、デジタルコンテンツとして引き続き提供される予定となっています。これは第7版発刊以降も第6版のプロジェクト管理手法が有用であることを意味しており、第6版の学習が無駄になることはありません。 と書かれており、当面は第7版と第6版が併存します。\nプロセス面の理解には第6版に頼るところが大きいため、PMP®の準備にも第6版がまだまだ活躍します。\nなお、PMBOK®ガイドはPMI®の有料会員になると無料でダウンロード可能です（※2021/10/10注追記：無料でダウンロード可能なのは「第6版」です。PMBOK®ガイド第7版の日本語版はPMI®日本支部の会員のみ可能です）。有料会員はPMP®の受験料が割引になり、1度でも受験すれば元が取れてしまいます（年会費+入会金139USDに対して、初回受験料は150USD割引になり、11USDお得）。\n試験対策に有用な「アジャイル実務ガイド」も無料でダウンロードできますので、受験予定の方は有料会員になることをお勧めします。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです。最新情報はPMI®のWebサイト等でご確認ください\n※ PMP、PMBOK、PMIはプロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute, Inc.)の登録商標です。\n","date":"2021年9月11日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1595/","section":"Archives","summary":" ※※※ 2023.12.12追記 ※※※\nPMBOK®ガイド第6版は2023.07.31をもって提供が終了されましたが、プロセスを詳述した『プロセス群：実務ガイド』の日本語版が2023年12月04日にPMI®から発刊されました。\nPMBOK®ガイドの姉妹書の位置付けで、プロセスの詳細が網羅されており、実務にはもちろんのこと、PMP®受験準備に有用な書籍です。\nPMI®日本支部会員はPDF版を無料でダウンロードできます。\n※※※※※※※※※※※※※※ ","title":"PMP®の準備にはPMBOK®ガイドのどの版を参照するのか","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今回は、先号記した「アルゴリズム」を実装するプログラム(Program/Programme)を取り上げます。\nプログラミング(Programing/Programming：プログラムを作成する行為)が義務教育で必修化され、小学生以上は知っていて当然となる中、大人が「知らない」とは言ってもいられなくなってきました。いつものようにプログラムにまつわることをつらつらと書き連ねていきます。\nプログラムとは Programは、Pro(前もって)＋Gram(書いたもの)からなる単語で、これから行われることを事前に決めて記述したものを指します。実際に、「計画」「放送予定」「訓練課程」などの意味で使われますね。\nITのプログラムも全く同じで、コンピュータに行わせたい処理を、所定の文法で記述したものです。「コンピュータに行わせたい処理」とは「アルゴリズム」のことであり、アルゴリズムを「コンピュータ向けの言語(後述します)」で記述した命令書がプログラムです。\n最終的には、プログラムはコンピュータが直接解読できる形式に変換され、その結果出来上がったものがソフトウェア(Software)です。アプリケーション(Application：文書作成やメッセージ交換など特定の用途に使用するソフトウェア)やドライバ(Driver：コンピュータに周辺機器などを接続して利用可能にするための仲介のソフトウェア)など、様々な用途で使用されます。\n新聞その他でLinux(WindowsやiOSなどと同様、コンピュータ機器自体を動かすための基本ソフトウェア)などの無料のソフトウェア(Open Source Software：OSSと言います)について「ソフトウェアの\"設計図\"が無料で公開されている」と書かれていますが、あれは正しくは\"プログラム\"が公開されています（設計図は、プログラムとは別に存在するか、もしくは作られていません）。\nITやプログラムは、詰まるところ、「人間がいかに楽をするか」という欲求(?)によって生まれ、発展してきたものです。一度命令書を書いてしまえば、何度でもコンピュータに仕事をやらせることができるわけです。\nなお、プログラマー(programer/programmer：プログラム作成者)とは「楽をするためならば苦労を厭わない」という興味深い習性を持った人種のことです。私がプログラミングの研修をご提供する時には、受講者に「皆さんもモノ臭の仲間入りです！」と褒め称えて鼓舞します。\nプログラム言語 先に「コンピュータ向けの言語」と記したものをプログラム言語あるいはプログラミング言語といい、現在使われているものでおおよそ数百種類存在します。ただ、人間が話す自然言語に、日本語、英語、スペイン語・・・などと様々な種類があるのとはちょっと事情が異なり、コンピュータに何をさせるか（人間がどのような用途で使うか）に合わせて使い分けます（ちなみに、自然言語の数はおよそ数千種類あると言われ、すごい数ですね）。\n人間の言語は人の共同体において自然発生的に生まれたものですが、プログラム言語は、コンピュータに何をやらせるかによって命令書の書き方や書く内容が異なるという理由で、楽に記述できるような言語が考案され、用途によりプログラマーが選択していきます。何を食べるのかによって箸やフォークやスプーンを使い分けるのと同じです。\n古くから存在するプログラム言語は文法が簡素で、新しいものは複雑なことを簡潔に書き表せる仕組みが入っていたりしますが、前回書いたように「3つの制御構造で全てのアルゴリズムを記述できる」という原理がある以上、一つの言語を習得していれば他言語の理解は容易です。\n開発者以外に何の役に立つか 仕事あるいは趣味でソフトウェアを開発して他者に提供するあるいは自分で使っているという人はさておき、そうでない人にとってプログラムは何の役に立つでしょうか。\nあくまで私見ですが、本音と建前を述べると…\n【建前】論理的思考を養える、仕事の効率化を図れる\n【本音】ぶっちゃけ、必要がなければ不要\n元も子もない本音も混じっていますが、以下ご説明します。\n論理的思考を養える、仕事の効率化を図れる コンピュータはプログラムに書かれていることを正確に高速に実行します。書いた通りにしか動いてくれません。勘で書いても正しく動かず、論理的に正しい手順を記すことが絶対です。私は論理的思考よりも感覚で動きたくなる人間で、プログラミングを学んだ時にはえらい苦労しました。直感で書いたプログラムは誤動作し、頭を使わない試行錯誤による修正では直ることもなく、面倒で苦手な論理を組み立てるという訓練を続けてようやく修得していきました。\nしかし、これができるようになると、色々なことに応用が聞くことになります。\n大量の単純処理をプログラムとして記述してしまえば、高速かつ正確に処理してくれます。先述の「プログラマーは楽をするための苦労を厭わない」理由です。別にプログラミング言語を習得しなくても、Excelの関数の組み合わせだったり、OS(WindowsやmacOSやLinuxなど)のコマンドの羅列(バッチ処理とかスクリプトなどと呼びます)であっても、手作業とは比較にならない効果が得られます。複数段階にわたってとんでもない数の処理をしなければならい時にスクリプトによる一発処理で片付けることができると、プログラムを苦労して学んで良かった、と今でも思います。\n必要がなければ不要 はい、書いた通りです。だって、必要ないんですから！\n母親が存命中に、便利だからとiPadをあげました。「こんな高価なものを！」と喜んでくれましたが、何に使っていいか思い当たらず、結局使わずじまいでした。食事の献立を探せるアプリとか、調べ物の仕方を教えましたが、本人は必要としていないのですから、そりゃ使いません。母親の遺品を整理した時に出てきたiPadを見て、親切の押し売りをちょっとだけ悔やみました...\nですので「便利だから」「こういう時代だから」という理由で押し付けることはいたしません。「プログラムならばこの部分に役に立つな」「これ面倒臭い、楽をしたい！」と思うことがあれば是非学んで実際に使ってみてください。相応の益はありますよ。\n今号は以上です。\nでは、また次回お会いしましょう。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2021年8月31日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1591/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今回は、先号記した「アルゴリズム」を実装するプログラム(Program/Programme)を取り上げます。\nプログラミング(Programing/Programming：プログラムを作成する行為)が義務教育で必修化され、小学生以上は知っていて当然となる中、大人が「知らない」とは言ってもいられなくなってきました。いつものようにプログラムにまつわることをつらつらと書き連ねていきます。\n","title":"プログラム","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n前号では、情報やデータについて記しました。\n今回は、それらと対になる\"アルゴリズム(Algorithm)\"について述べていきます。\n※本コラムの特性上、用語の厳格な定義にはこだわらず「\"情報\"と\"データ\"は同じもの」「\"処理\"と\"アルゴリズム\"は同じこと」として以下述べていきます\n情報処理技術＝データ＋アルゴリズム アルゴリズム(Algorithm)とは「問題を解決するための処理や手順」のことです。小さな子供に買い物を頼む際に、\n１）Ａ店で○○を買う\n２）Ｂ店に行き××の値段を調べる\n３）Ｃ店に行き××の値段を調べる\n４）Ｂ店とＣ店の安いほうの店で××を買う\nのように書いて示す手順書のようなものです。\n一度手順書を書いてしまえば、いつでも誰でもその通りに実行すれば期待された結果が得られます。\n一般に、特定の目的を達成するためのアルゴリズムは一通りとは限らず、他の手順もありえます。\nIT(Information Technology)は\"情報技術\"と和訳されますが、日本で従前から\"情報処理\"という言葉が使われています。日本の国家試験に\"情報処理技術者試験\"とあるのが典型です。\n\"情報\"を\"処理\"する、すなわち、データを(アルゴリズムによって)処理するのがITであり、冒頭で「アルゴリズムは情報やデータと対になるもの」と記したのはそのためです。\n例えばこんな感じ 非常に単純なアルゴリズムを３パターン記してみます。\n例１）カップの中身を入れ替えるアルゴリズム\nティーカップにコーヒー、コーヒーカップに紅茶が入っているのを入れ替える手順は、\n１：待避用カップに、ティーカップの中のコーヒーを移し替える\n２：ティーカップに、コーヒーカップの中の紅茶を移し替える\n３：コーヒーカップに、待避用カップの中のコーヒーを移し替える\n例２）年齢によって料金を決定するアルゴリズム\n6〜11歳ならば子供料金(1,500円)、12〜70歳ならば大人料金(2,500円)、それ以外ならば無料というルールで料金を決定する手順は、\n１：年齢が６歳未満(５歳以下)ならば無料\n２：１には該当しなくて、12歳未満(11歳以下)ならば子供料金(1,500円)\n３：２にも該当しなくて、70歳以下ならば大人料金(2,500円)\n４：３にも該当しなければ、無料\n例３）一番安い商品を探すアルゴリズム\n横一列に並んでいる10種類の商品の中から一番安いものを探す手順は、\n１：左端の商品の値段を最安値として覚えておく\n２：一つ右隣の商品の値段と覚えていた最安値を比べて、\n３：右隣の商品の値段が最安値よりも安ければ最安値として記憶する\n４：左から何番目の商品か覚えておく\n５：２〜４を右端まで繰り返す\nなお、例１〜３における\"データ\"は、\n例１のデータ：コーヒー、紅茶\n例２のデータ：年齢、料金\n例３のデータ：各商品の値段、最安値、最安商品は何番目か\nです（処理の対象＝データ）。\n世の中のあらゆることは３つの処理構造で必ず書き表せる あらゆるアルゴリズムは以下に示す３つのパターンを組み合わせれば必ず実現できることが論理的に証明されています。\n構造１）順次：順番に処理を行う\n上記の例１です。ただ単に、示された順序で実行するだけです。\n構造２）選択：条件に合致した場合に該当の処理を行う\n「この条件に合致したら処理Ａを行う、合致しなければ処理Ｂを行う」\nという構造です。上記の例２と、例３の一部で使っています。「合致しない」場合の処理は必須ではありません。\n処理Ａや処理Ｂには、「構造１」で記した処理を記述します。\nまた、条件に合致した場合(あるいは合致しない場合)に、さらに別の条件判定を行うこともあります。つまり、構造２の中にさらに構造２が入ることがあります（例２も条件判定を重ねています）。\n構造３）繰り返し：条件に合致するまで処理を繰り返す\n「条件に合致する間はずっと同じことを繰り返し実行する」構造です。上記の例３がそうです。\n「固定回数繰り返す」「先頭から最後まで繰り返す」「目的に到達するまで繰り返す」「無限に繰り返す」などがあります。\n繰り返し構造の中に別の繰り返し構造を含めることもできますし、例３のように、繰り返し構造の中に構造２の選択構造を入れることもあります。\nプログラミング言語で記述してみる プログラミング(Programing/Programming)においては、上記の３構造を使って処理を記述します。\n以下に、上記の例１〜３をプログラミング言語で記述してみます。\nプログラムの知識がない方でも、何となく雰囲気は掴めるでしょう。\n※JavaやＣ言語という有名なプログラミング言語の文法をもとに記述していますが、あくまで雰囲気を掴んでいただくためのプログラム（抜粋）であり、このまま記述してもエラーが出て実行はできません\n※プログラム例中の「if」「else」「while」以外の単語は全て「データ」です。何のデータか直感で分かりやすいようなデータ名にしています。\n（例１）\nescape = teaCup;\nteaCup = coffeeCup;\ncoffeeCup = escape;\n（例２）\nif (age \u0026lt; 6) {\nfee = 0;\n} else {\nif (age \u0026lt; 12) {\nfee = 1500;\n} else {\nif (age \u0026lt;= 70) {\nfee = 2500;\n} else {\nfee = 0;\n}\n}\n}\n（例２の別の書き方）\nif (age \u0026lt; 6) {\nfee = 0;\n} else if (age \u0026lt; 12) {\nfee = 1500;\n} else if (age \u0026lt;= 70) {\nfee = 2500;\n} else {\nfee = 0;\n}\n（例３）\nlowestPrice = price[1];\nindex = 2;\nwhile (index \u0026lt;= 10) {\nif (lowestPrice \u003e price[index]) {\nlowestPrice = price[index];\n}\nindex = index + 1;\n}\nAIとはちょっと違う 昨今、コンピュータが判断してくれることを「AIがやってくれる」と表現しているのをよく見聞きしますが、「いやぁ、それはAIではなく、単なるアルゴリズムでしょ」ということもしばしばあります。\nAI(Artificial Intelligence：人口知能)は、アルゴリズムの進化版のようなもので、以下の特徴を持ちます。\n・アルゴリズムの組み合わせで実現されている\n・「学習機能」を有している　←　これが大事!!\n・学習を重ねていくと結果が変わっていく（精度が上がっていく）\n学習を行わず、毎回決まり切った手順を実行し、同じ条件で同じ処理を行うと同じ結果が出るのは単なるアルゴリズムです。\nAIや学習機能についてはまた別の回に記します。\n今号は以上です。\nでは、また次回お会いしましょう。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2021年7月27日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1584/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n前号では、情報やデータについて記しました。\n今回は、それらと対になる\"アルゴリズム(Algorithm)\"について述べていきます。\n","title":"アルゴリズム","type":"archives"},{"content":"","date":"2021年7月7日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/pmbok7/","section":"Tags","summary":"","title":"PMBOK7","type":"tags"},{"content":" PMBOK®ガイド第7版の英語版が公開されました。\nPMI®の会員であれば、PDFを無料でダウンロードできます。\neBook版も販売され、会員でなくても電子書籍であれば入手可能ですが、あくまで英語版です。\nPMIのWebページは こちら です。\n翻訳版の電子版の公開は8月、紙の書籍は10月中旬に発刊の見込みとのことですが、残念ながら日本語版は除外されています（対象は、アラビア語、中国語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、韓国語、ポルトガル語、ロシア語、スペイン語）。\nPMI日本支部の主導で別途日本語版を準備しているとのことですが、公開日は未定です。\n※PMBOK、PMIはプロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute, Inc.)の登録商標です。\n","date":"2021年7月7日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1578/","section":"Archives","summary":" PMBOK®ガイド第7版の英語版が公開されました。\nPMI®の会員であれば、PDFを無料でダウンロードできます。\neBook版も販売され、会員でなくても電子書籍であれば入手可能ですが、あくまで英語版です。\nPMIのWebページは こちら です。\n","title":"PMBOK7の英語版が公開されました","type":"archives"},{"content":" 2021年7月15日申し込み（正確には受験料支払い）時から、PMP®のオンライン受験方法が変更されます。\n変更後の最初の試験日は2021年8月21日です。\n主な変更点は以下です。 オンライン受験可能な日が、平日毎日→月二回（土曜日、日曜日） 監視員がネイティブ日本語話者に 試験会社がピアソンVUEからATAに オンライン受験の規則やFAQは\nhttps://vip.eztest.org/client/pmi/home/index?lang=ja\nに掲載されています。\nオンライン受験可能日がいつかは、上記リンクの「試験カレンダー」の「日本」をクリックすることで調べることができます。現時点で予定されているのは、各月土曜日一回、日曜日一回です（初回月の8月は21日の土曜日一回のみ）。\n上述のように受験可能な日が月2回の土日に限定された上、受験用のコンピュータ以外にも監視用（イーグル・アイ）のスマートフォンまたはタブレットを用意し設置することが義務付けられたため、受験を予定されている方は日程や環境にご留意ください。\n※試験制度は随時変更がありうるため、詳細はPMI®のサイトを必ずご確認ください。\nPMP、PMIはプロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute, Inc.)の登録商標です。\n","date":"2021年6月28日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1563/","section":"Archives","summary":" 2021年7月15日申し込み（正確には受験料支払い）時から、PMP®のオンライン受験方法が変更されます。\n変更後の最初の試験日は2021年8月21日です。\n","title":"PMP®オンライン受験方法変更","type":"archives"},{"content":" PMBOK®ガイド第7版のリリース日が2021年8月1日であるとPMI®から告知されました。 詳細はFAQのPDFに掲載の通りで、リリース予定日については、9項目の\u0026nbsp;\"When is the PMBOK® Guide – Seventh Edition expected to be released?\"\u0026nbsp;に\n\u0026quot;The PMBOK® Guide – Seventh Edition will be available on 1 August 2021.\u0026quot;\nと書かれています。\n※PMBOK、PMIはプロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute, Inc.)の登録商標です。\n","date":"2021年4月1日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1538/","section":"Archives","summary":" PMBOK®ガイド第7版のリリース日が2021年8月1日であるとPMI®から告知されました。 詳細はFAQのPDFに掲載の通りで、リリース予定日については、9項目の \"When is the PMBOK® Guide – Seventh Edition expected to be released?\" に\n\"The PMBOK® Guide – Seventh Edition will be available on 1 August 2021.\"\nと書かれています。\n","title":"PMBOK®ガイド第7版のリリース日は2021年8月1日","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n先号で「IoTが真価を発揮するのは、インターネットにつながったモノから集めた情報を効果的に使った時なのです」と書きました。\n今回は、あらためて\"情報(information)\"や\"データ(Data)\"とは何であるか、その二つの違いと、コンピュータにおけるデータの表し方について記してみます。\nデータ→情報→知識→知恵 『DIKWモデル』あるいは『DIKWピラミッド』と呼ばれる、データや情報に関する分類があります。\nData - Information - Knowledge - Wisdom の頭文字をつなげたもので、それぞれおおまかに以下のような意味です。\n・Data(データ)：単なる数字や記号の羅列\n・Information(情報)：データを分類や集計して意味を持つようにしたもの\n・Knowledge(知識)：情報から規則性や見解などを導出したもの\n・Wisdom(知恵)：知識を活用して判断したもの\nデータ → 情報 → 知識 → 知恵 の順に実際的な価値が昇華していくというものです。\nたとえば、ある組織で未知の病気の蔓延が発覚した時のことを想像してみましょう(※あくまで説明のための例です)。\nデータ：罹患者20人の体温は、37.6度、38.2度、37.7度、37.9度、・・・\n情報　：37度未満はなし、37.0-37.4度は2人、37.5-37.9度は8人、38.0度以上は10人\n知識　：発熱が37.5度以上の場合に感染の可能性が高い\n知恵　：毎朝検温し37.5度以上ある場合には傷病休暇を取るようにする\nのように、意味（価値）が変化していきます\nコンピュータ(IT)は、データを収集・保存し、それらを集計する（情報処理）のは得意中の得意ですね。\nそこから知識を導き出すのは、以前ならば人間の頭で行っていましたが、AI(Artificial Intelligence)の進歩により、部分的にはコンピュータが代わりを行えるようになってきました。知恵の部分は、一部はAIに肩代わりしてもらえるものは出てきていますが、本来は人間の役目です（コンピュータに決められたくはないです、私は…）。\nコンピュータのデータ量の単位 PCやフマートフォンのカタログを見ると、メモリがxx GB(ギガバイト)、のような数字が必ず出てきます。\nどのくらいの大きさのデータを記憶できるかを表しているものということはご承知の通りです。\n「コンピュータは二進数（0と1で数値を表す）でできている」とよく言われます。これは、コンピュータを構成する要素（CPUとかメモリとかDVDなどの記憶媒体とかです）が、「電圧の高低」「電子が貯まっている/空になっている」「光を当てた時の反射の方向がまっすぐか曲がっているか」などによって2値を区別し、それによって処理を行うように作られているからです。\nこの、0か1かを保持するための最小の器のことをビット(bit)と呼びます。\n計算等をするにはビットを束ねてある程度の大きさにしたほうが便利です。数ビットをまとめたものをバイト(byte)と呼びます。先程のギガバイトの\"バイト\"ですね。\n蛇足ですが、iPhoneやMacを出しているApple社の林檎のロゴが\"かじられた\"形状になっているのは、byteとbite(かじる)を掛けたからだと言われています。\n現在は通常「1バイト＝8ビット」ですが、コンピュータの黎明期は、1バイトが6ビットだったり9ビットとだったりいうこともあり、「1バイト＝8ビットと決めつけるのは知識不足」と言う人も以前はいました。このため8ビットのことをオクテット(octet)と呼ぶこともあります(octaはギリシャ語の8。オクトパス(タコ)、オクターブ(ドレミファソラシド)などでお馴染みですね)。\n1ビットで0か1を表すことができ、2ビットでは00,01,10,11の4パターンを表すことができます。8ビット(1バイト)ならば2の8乗で256パターンを表すことが可能なため、1バイトのデータは0〜255あるいは-128〜127を保持することができます。2バイトならば2の16乗で65,536パターン、すなわち0〜65,535あるいは-32,768〜32,767を保持することができます。\n2の10乗が1,024で、1,000に近い数値のため、2の10乗のことを1キロバイトとよび1KBと記します。\n以下、\n1MB（メガバイト）：2の20乗：百万に近い値（厳密には1,048,576）\n1GB（ギガバイト）：2の30乗：十億に近い値（厳密には1,073,741,824）\n1TB（テラバイト）：2の40乗：一兆に近い値（厳密には1,099,511,627,776）\n1PB（ペタバイト）：2の50乗：千兆に近い値（厳密には1,125,899,906,842,624）\nです。\nペタより後は、エクサ、ゼタ、ヨタと定義されています。\nハードディスク（Hard Disk Drive）やSSD（Solid State Drive）のような外部記憶装置の商品説明に「実際の記憶容量は表記の数値よりも少ない」旨が書かれているのは、例えばTB（テラバイト）単位の場合には、上述のように一兆ぴったりではなく10％くらいの誤差があるからです。使用可能な容量を確認した時に思ったよりも少なくてなんだか損した気分になりますね…\nなお、外部記憶装置の未使用分も、裏ではコンピュータの動作に必要な色々な用途で使用されているので、少なくとも10%以上は空けておく必要があります。\nAIの発展においても DIKWモデル(ピラミッド)を基に、生データに処理や判断を施すことによって最終的には知恵に昇華していくことをざっくりと説明しました。毎日のように取り上げられる\"AI\"も、現時点では知識への遷移まで行えるのも限定的です。この先さらに進歩し、さらに適用可能な範囲は広がってはいくでしょうが、データを情報化した後、知識ひいては知恵にまで導くためには、何らかの形であっても人の判断が必要不可欠です。\n今号は以上です。\nでは、また次回お会いしましょう。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2021年3月26日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1529/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n先号で「IoTが真価を発揮するのは、インターネットにつながったモノから集めた情報を効果的に使った時なのです」と書きました。\n今回は、あらためて\"情報(information)\"や\"データ(Data)\"とは何であるか、その二つの違いと、コンピュータにおけるデータの表し方について記してみます。\n","title":"データと情報","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n前回と前々回でネットワーク→インターネットと書いてまいりましたが、今回ようやく\"IoT\"に入ります。\nIoTとは \"Internet of Things\"の略で、モノのインターネットと訳せます。コンピュータに限らず、あらゆるモノをインターネットでつなげる、ということを意味します。\n「コンピュータ以外のものがネットワークでつながるってどういうことだ？」といぶかしく思う方もいらっしゃるかもしれませんが、「まずはネットワークと相性の良い電気製品に通信機能を追加してネットワークにつなげるところから始まって、その対象が広がってきている」と考えれば想像もつきやすいでしょう。\n\"IoT\"という言葉自体は最近見聞きするようになりましたが、モノをインターネットにつなげること自体は20年以上前から行われていました。\n携帯電話はその代表格で、もともとは通話をするための固定電話機が、個人が持ち運べるように小型化された後、インターネット接続機能が付与されて、メールやWeb閲覧ができるようになり、今日では電子マネー決済や位置情報を使った場所検知など、文字通り様々なことに使われています。\n他にも、例えば、ネットにつながる冷蔵庫などもすでに商品化されていますし、AIスピーカー(Artificial Intelligence Speaker)が家の照明や家電製品を制御したりしています。また、電車やバスが今どこを走っているのか分かるようになっています。これらは皆\"IoT\"を活用した例です。\nリモコンとはどう違うの？ テレビやエアコンなどのリモコン(remote control)も、機器本体とリモートコントローラーの間で通信（多くの場合赤外線通信でしょうかね）を行っています。しかし、インターネットにはつながっておらず、あくまで二者間通信に閉じており、これはIoTとは呼びません。機器本体とコントローラー自体がインターネット接続機能を持ち、外出先からインターネットを経由してエアコン(air-conditioner)をオンにできたなら、それはIoTと言えます。これって、すでに実現されていますね。\n＃IoTと呼ぶか呼ばないかなど、利便性が享受できて生活の質が上がるならば正直どうでもよいのですがね...\n実現の仕方は大きく二種類 「\"モノ\"をインターネットにつなげるってどうやるの？」と疑問に思う方も多いでしょう。\n\"モノ\"とインターネットの接続は、「直接的」「間接的」の二通りあります。\n「直接的」は、[モノＡ]-[インターネット]-[モノＢ] の形態です。コンピュータ同士がインターネットを経由してつながっているのと同じ方式で、モノ自体に通信機能を持たせることができる場合です。スマートフォンや、通信機能付き家電などがその例で、この後述べる「間接的」の場合よりもより多くの制御が可能です。モノに通信機能を持たせる際に携帯電話の「5G」が有効ということは、以前このコラムでも述べました。\n「間接的」は、[モノＡ(子分)]-[モノＡ(親分)]-[インターネット]-[モノＢ] の形態によるもので、こちらがIoTの本丸と言えます。\n[モノＡ(子分)]自体にはインターネットにつながる機能はなく、ごく限られた情報（微弱な電波を発するとか、光を当てられたら反射するとか、撮影画像とか）を[モノＡ(親分)]に送るだけです。[モノＡ(親分)]にはインターネットに接続する機能があり、子分から収集した情報を集計などした後、インターネット経由で[モノＢ]に送信することができます。\nおなじみのPOSだってIoT 最近、スーパーマーケット(supermarket)等の小売店で、セルフレジ(self check-out)が使われるようになってきました。購入する商品が[モノＡ(子分)]、セルフ・レジの機械が[モノＡ(親分)]に相当します。商品(子分)は光を当てられるとバーコード情報を反射させるだけですが、セルフレジ機(親分)は商品情報を読み取り、代金の計算をし、本部のコンピューターに売り上げ情報を送信しています。いわゆるPOS(Point of Sale)ですが、膨大の数の商品の売れ行きを集計し、在庫管理や商品企画などに使い、さらにはレジ打ちの人件費を削減しているわけです。\nIoTで何が嬉しいの？ 先述の、外出先からエアコンを制御できることも大きな利便ですが、IoTのさらに大きな長所は、情報の受発信が飛躍的に増えることです。\n人の世でも、情報の提供者が100人よりも1億人のほうが色々なことができますし、情報を受け取る人が多いほど重要事項の周知や商業的な成功が実現しやすくなります。\n情報の受発信者を少数→多数にする、あるいは、それまで声を上げることができなかった大勢から情報を受け取れるようにすることで、これまでできなかったことも可能になります。\nならば、情報の発信源や送信先を\"コンピュータ\"に特化するのでなく、世の中に散らばっている\"モノ\"に広げようと考えるようになるのも妥当なことです。\n新型コロナウィルスの感染拡大により、各国で感染者の追跡と接触者の特定が行われ、ご承知のように、スマートフォンが使われました。個々人が持ち歩くスマートフォンは位置情報を発信しており、それを収集して解析しています。\nまた、日本でも都心の外出者数の比較がよく報道されますが、これも個人の携帯電話の電波発信状況から指定日時の特定の地域の人数を割り出しています。\n近未来の技術として期待の大きい自動運転も、車単独では限度がありますが、道路(ガードレールや信号機や標識なども含みます)上の\"モノ\"と情報のやり取りをすることで制御の精度が上がっていきます。\n商品やサービスのマーケティング(marketing)にも大きな利点があり、大衆から情報を取得して企画や運用に活かしたり、逆に宣伝を発信することもできます。\nこうなると、収集した膨大なデータをどう使うか、ということが鍵になってきます。\nIoTが真価を発揮するのは、インターネットにつながったモノから集めた情報を効果的に使った時なのです。\n今号は以上です。\nでは、また次回お会いしましょう。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2021年2月26日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1523/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n前回と前々回でネットワーク→インターネットと書いてまいりましたが、今回ようやく\"IoT\"に入ります。\n","title":"IoT","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n\"IoT\"(Internet of Things：モノのインターネット)に触れる前段として、前号では\"ネットワークと通信\"について記しました。\n今号は\"インターネット(The Internet)\"です。\nインターネットとは Inter(〜の間)＋Network(通信網)で、コンピュータネットワーク同士を結んだ広範囲のネットワークのことを指します。全世界のネットワークを結合すれば、広範囲＝地球規模です。\n発端は、米国国防総省（正確には、国防総省下の高等研究計画局ARPA:Advanced Research Projects Agency）が主導して行った、敵国から攻撃を受けても通信を維持するための研究で、ARPANETと呼ばれていました。\n後に、ARPA/ARPANETの頭に国防(Defense)の\"D\"がついて、DARPA/DARPANETと名前が変わりました。時は1960年代、冷戦時代でした。\n通信経路が1本(一通り)だけだとそこを攻撃されれば通信が断絶してしまいます。そこで、通信経路を複数本設けて網目のようにしておき、どこかが破壊されても別の経路を使って目的地に到達するような仕組みを実現しました。これが今日のインターネットの始まりです。\n異なる経路を使って通信を行う仕組み 通信データを小分けにして送り、それぞれの小データがどこを経由してでも最終的に目的地に届けば、小データを結合してデータを復元し、通信を維持できます。このように、小さなデータに分けて、最終的に復元させる通信方式をパケット通信（Packet：小包）といいます。\nイメージとしてはこんな感じです。\n『こんにちは』を「1:こ」「2:ん」「3:に」「4:ち」「5:は」に分解して別個の小包にして送信します。途中どのような経路を通っても（中継する郵便局が異なっても）構いません。目的地にたどり着いた文字たちを集めて順番に並べて復元すると『こんにちは』になります。\n途中データが消失したことを考慮して、例えば「4番目が届いていない、再送してくれ」という機能もあります。\nネットワーク同士を結ぶとは 異なるネットワークを結ぶには「接続を行う物理的な機器」「共通の通信方式(プロトコル)」が必要です。インターネットは「ルーター(router。routとは道のこと)」という機器と、「TCP/IP」というプロトコルにより実現されています。\n\"プロトコル\"は、前号に出てきましたが、通信のための共通ルールのことです。\"TCP/IP\"という名前が小難しく思えるかもしれませんが、色々な細かい通信ルールをひとまとまりにしたため、代表格のルールであるTCPとIPをプロトコル名にしただけです。\nなお、この\"IP(Internet Protocolの略)\"というルールのおかげで、世界中のどのコンピュータにもデータを届けることができます。いうならば、配達機能を司っているインターネットの立役者です。\n\"ルーター\"はネットワークの接続機器のことです。NTTなどの通信事業者が敷設している光ファイバー等にルーターを接続すると、ルーターを仲介して自分が所属しているネットワークが他のネットワークとつながり、結果的にネットワークの輪が生まれ、それにより世界中とつながるわけです。\nインターネット上のサービス インターネット自体は、上述のように、TCP/IPという通信方式に基づき、ルーターという機器を仲介して相互接続された広範囲の通信網にすぎません。世界中に道路と物流の仕組みが整備された状態ではありますが、ただそれだけです。この通信基盤上で様々なサービス（便利な機能といったほうがわかりやすいでしょう）が展開されているために、利用者は利便性を享受することができています。\nサービスの代表格は、皆さんご存知の、ブラウザ(Browser)という閲覧ソフトを使った\"ホームページ\"の参照や電子メールでしょう。\"ホームページ\"は日本独自の呼び方で、本来の意味とはちょっと違っているので、\"Webサイト(website)\"あるいは\"Webページ(Web page)\"というのが妥当です。Webとは蜘蛛の巣のことですが、インターネットの通信網のことをWorld Wide Webといいます。World Wide Webを略記した\"www\"は、Webサイトのアドレスの冒頭に出てくるのでお馴染みですね。\nWeb技術は常に進化し続けており、黎明期には文字や画像の表示や他のWebページに飛んでいくだけでしたが、現在は本来個々のコンピュータ上で専用のソフトウェアを使って処理していたことをブラウザだけでできてしまうまでになっています。ましてやそれが手元のスマートフォンからでもできてしまうわけですから、技術の進歩は凄いことです。\nサービスの仕組み インターネット上のサービスは、\"サーバー(Server)\"というコンピュータによって提供されています。特別な機器というわけではなく、個人の所有しているパソコン(PC)をサーバーにすることも可能です。サーバー・コンピュータ上にWebページ提供用のソフトウェアやメールの配信機能のソフトウェアを入れて稼働させて公開すれば、利用者がそのサーバーに情報を取りにいくことで、サーバーからサービスを受けることができます。\n世界中に存在するサーバーから目的のサーバーを指定するには、世界で唯一無二の\"住所\"を指定する必要があります。これを実現しているのが、\"URL\"そして\"IPアドレス\"です。\n\"URL\"はUniform Resource Locatorの略で、サーバーを識別するためにつけられる、世界で唯一無二のコンピュータ名前です。当社のWebサーバーのURLであるwww.corebridge.co.jpは世界中にただ一つで、ブラウザにこのURLを入力すれば当社のWebサーバーにつながります。\n住所を指定するにはもう一つ別の手段があり、それがIPアドレスです。IPアドレスとは、インターネットに接続している機器に割り振られた数字表記の住所で、たとえば、日本のGoogleの検索サーバーには216.58.220.131が割り振られています。利用者のパソコンやスマートフォンにもIPアドレスは振られていて、そのおかげでサーバー側から利用者の機器にデータが送られてくるわけです。\nインターネット上の住所としてURLとIPアドレスが別々のものとしてあるように思えたかもしれませんが、インターネットの裏側では、URLがIPアドレスに変換されてからデータの送受信がなされています。先程のGoogleの例で言えば、ブラウザに「www.google.co.jp」と入力すると、「216.58.220.131」に変換され、世界中のコンピュータの中から住所が216.58.220.131のものを探して、Googleの該当サーバーに到達する、ということが行われています。数字で表記するかアルファベットで表記するかの違いなだけで、最終的にはIPアドレスで処理が行われています。\n極論すると、世の中の電子データにIPアドレス（正しくはIPヘッダ(IP Header)ですが、説明が長くなるのでご容赦を！）を付与してインターネット上に送信すると、そのデータはインターネット上を流れます。そしてこれが\"IoT\"を実現する原理です。\n今号は以上です。\nでは、また次回お会いしましょう。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2021年1月29日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1514/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n\"IoT\"(Internet of Things：モノのインターネット)に触れる前段として、前号では\"ネットワークと通信\"について記しました。\n今号は\"インターネット(The Internet)\"です。\n","title":"IoT、の前にインターネット","type":"archives"},{"content":"平素より当社サービスをご利用くださり誠にありがとうございます。\n当社への連絡手段として設けておりましたファックス（Fax）につきまして、直近2年間の利用頻度を鑑みて、廃止いたしました。\n今後、当社へのご連絡には、「会社概要」に記載の電話とＥメール、または、「お問い合わせ」をご利用ください。\n何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします。\n","date":"2021年1月18日","externalUrl":null,"permalink":"/info/2021-01-fax-abolished/","section":"お知らせ","summary":"平素より当社サービスをご利用くださり誠にありがとうございます。\n当社への連絡手段として設けておりましたファックス（Fax）につきまして、直近2年間の利用頻度を鑑みて、廃止いたしました。\n今後、当社へのご連絡には、「会社概要」に記載の電話とＥメール、または、「お問い合わせ」をご利用ください。\n何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします。\n","title":"Faxを廃止しました","type":"info"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n前回は携帯電話の「5G」を取り上げ、最後に『IoT(Internet of Things：モノのインターネット)』について少しだけ触れました。\n今回は「IoT」について書き・・・のつもりでしたが、IoTに触れるには「インターネット」について触れる必要があり、どうせならばその前に「ネットワーク」「通信」について触れてみようと考えました。\nということで、IoTまでの道のりは少し長くなりますが、ネットワークと通信から順に書いてまいります。\nネットワークと通信 ネットワーク(Network)とは、今更の言葉ではありますが、文字通り、「網(Net)のようにつながっていること」という意味で、ITにおいてはコンピュータ同士が有線あるいは無線で接続されていること、あるいは接続のための手段を指します。通信する前提になるわけですね。\nコンピュータの通信のことを英語でCommunication(コミュニケーション)というのですが、初めて知った時には「え、コミュニケーションっていうんだ」と思ったものでした。日本人が使っている\"コミュニケーション\"という単語と\"通信\"の意味の間に違和感を持ったためですが、つまるところ、コンピュータ同士が会話をするようにデータをやりとりしているということなのですね。\n今はコンピュータ（スマートフォンやタブレット、それ以外の機器も含みます）がネットワークでつながって通信をしているのは当たり前ですが、コンピュータ同士がつながって会話(通信)をしているというのは、どうやって実現しているのかちょっと不思議です。\n以下、仕組みについて簡単に説明していきます。\n通信を実現している仕組み まずは人間のコミュニケーションについて考察してみます。\nドアがノックされると、「用があります、入ってもいいですか？」という合図と察し、「どうぞ」と返事をして中に招き入れます。または、数秒待っても返事がなければ、ノックが聞こえなかったことを考慮してもう一回ノックし、それでも無応答ならば相手が留守と判断して入室せずに立ち去ります。\nこれは、入室におけるコミュニケーションの作法、コミュニケーション方式と言えます。\nコンピュータの通信においてもこれと同様のことが行われています。\nコンピュータ同士をケーブル等の媒体でつなぎ、電気信号の送受信が可能な状態にします(厳密には、この「媒体」や「電気信号」にも方式(ルール)があるのですが、ちょっとここでは割愛します)。\n通信し合うコンピュータの間でやりとりされる電気信号には背番号(管理番号)が振られていて、たとえば、\n１番：あなたと通信したいんだけどいいかな？\n２番：１番に対する返答（YesかNoか）\n３番：Yesだった場合に内容を伝える\n４番：ごめん、もう一回送ってくれる？\n５番：通信終了するけどいいかな？\n６番：４番に対する返答（YesかNoか）\n７番：相手と通信経路を閉じる\n：\nのようにルールを決めておけば、送受信する電気信号の背番号を使い分けることにより、相手への要求や返答を行うことができます。\n２番と６番の「YesかNoか」や、３番の「内容」は、背番号の後ろに、相手に伝えたいことを続けて、背番号と一緒にひとかたまりにして相手に送ります。受け取った方は「あぁ、３番だ、じゃぁ、その後ろに書かれている内容を読もう」となるわけです。\n実際の電気信号には、背番号や内容以外にも、送信元の住所、送信先の住所、信号の大きさ(文字数)、電気信号の順序、なども含まれています。また、相手から応答がなかった時にどうするか、再送依頼する条件、なども決めておきます。\n上記のようなルールを設けておけば、同じルールを適用している相手との通信が可能になります。\nこの「ルール」のことを『プロトコル(Protocol)』といいます。コンピュータが相手と会話する時の\"言葉\"のようなもので、同じ\"言葉\"をしゃべっていれば通信ができるというわけです。\nインターネットで世界中のコンピュータが通信できるのは、インターネットで接続されているコンピュータ全てが『TCP/IP』と呼ばれるプロトコルを\"しゃべって\"いるからなのです。\n最初期のネットワーク「手紙」 別の視点で、人の営みにおける\"通信\"を考えてみましょう。離れたところにいる人同士の手紙のやりとりを例にあげます。\n郵便の制度や基盤が出来上がっている今日では使えて当たり前すぎるのですが、これが実現していく過程がコンピュータネットワークの普及にも通じます。\n郵便網ができあがるまでは、\n手紙をしたため、相手がいる地域に出かける人に運んでもらう 手紙を運ぶのを商売にする人が出てくる。特定の地域で常時文通が可能になる 運べる地域を増やす。関与する人も増やす 制度化と基盤の整備を行い全土に広げる こんな感じで順を追っていったのでしょう。\n１を実現するには「手紙」「配達人」が必要です。\n手紙　：相手に伝えたい内容（宛先や差出人の記載付き）\n配達人：仲介する人や途中の道\nと言えるでしょう。\nこれが有用とわかるや、２のように、郵便を専門に行う人が出てきて、「域内」の文通は実現します。\n各地域間を結ぶことで、３の「地域間」の文通が可能になり、より範囲が広がります。\nこれを全地域（日本中、世界中）に広げるには、４のような、統一ルールや基盤が必要になります。\nITの世界でも同様の手順を踏んで、今日のインターネット(世界的規模の通信)ができあがってきたわけです。\n今号は以上です。\nでは、また次回お会いしましょう。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2020年12月29日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1488/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n前回は携帯電話の「5G」を取り上げ、最後に『IoT(Internet of Things：モノのインターネット)』について少しだけ触れました。\n今回は「IoT」について書き・・・のつもりでしたが、IoTに触れるには「インターネット」について触れる必要があり、どうせならばその前に「ネットワーク」「通信」について触れてみようと考えました。\nということで、IoTまでの道のりは少し長くなりますが、ネットワークと通信から順に書いてまいります。\n","title":"IoT、の前にインターネット、の前にネットワーク通信","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n毎年秋の発表で注目を浴びるApple社の新型iPhone、今年発表・発売されたiPhone12シリーズの目玉の一つは「5G」対応でした。\niPhoneの対応により5Gの普及に拍車がかかると期待されています。\n今回は、携帯電話の「5G」について書き記していきます。\n5Gとは 5Gは\"5th Generation\"の略で、携帯電話通信方式の「第5世代」を意味します（通信量を表す単位でも使われる\"ギガ\"ではありません、念の為...）。\n5Gに限らず、携帯電話の世代を「#G」と表記します。\n5Gのサービスは、2018年末から米国や韓国を皮切りに開始した国が出てきて、日本では今年(2020年3月)にようやく提供が始まりました。\n携帯電話の新方式は、インフラ(通信基盤)の整備に多大なコストと時間がかかり、対応端末(電話機)も当初は高額で、普及するまでにしばらく時間がかかるのが常です。\n3Gや4Gなど、一つの世代の通信方式は、およそ10年間使用されて、次の世代に交代してきています。\n各世代が使われた大体の年代は、\n1G：1980年代、2G：1990年代、3G：2000年代、4G：2010年代、です。\n通信方式が新方式に変わると、端的に言えば「速く」なるわけですが、進化による利点は他にもあります。\n携帯電話は、無線を使って利用するため、大勢の人が同時に使用すると、つながりにくくなったり、応答が遅く(＝遅延が大きく)なったりします。\n5Gの利点は、高速に加え、同時接続数が増える、遅延が非常に小さい、ということです。\n携帯電話の仕組み 通信方式以前の話になりますが、携帯電話は昔の\"自動車電話\"で使われていた技術を発展させたもので、利用者が使っている端末(携帯電話機)が、無線を使って、まずは「基地局」とつながります。\n基地局は、電波を送受信するアンテナが付いた装置で、ビルの屋上や電柱などに設置されているのを街中で見ることができます。\n利用者が移動して電波が弱くなると、強い電波を発する近接の基地局と接続し直すことで、移動通信を可能にしています。\n携帯電話の画面上部にアンテナのアイコンが表示されていますが、あれは基地局との繋がりの強さを表しています。\n基地局だけでは、同じ基地局に接続している人(機器)の間のみの通信になってしまうため、複数の基地局を束ねる「基地局制御局」というものを設け、異なる基地局に接続している利用者(機器)同士の通信も可能にしています。\n基地局制御局同士は既存のネットワーク(有線)を使ってつながっており、日本国中で、ひいては世界中で携帯電話が使えるわけです。\n固定の電話網をあらたに整備することと比較すると、無線電話網は設置がしやすい(利用者端末をケーブル接続する必要がない)ため、新興国では固定電話よりも携帯電話が普及しています。\n1Gから4Gまで 携帯電話は、アナログで実現→デジタル化→より速くより効率的に、のように進化してきました。\n最初の1Gから現在主流の4Gまでの特徴をざっと挙げると、\n1G：アナログ音声通話\n2G：デジタル音声とSMS(Short Message Service：短い文章のやりとり)、後にデータ通信\n3G：IMT-2000(W-CDMAもしくはcdma2000)という方式で、多人数を効率的に接続できるような小難しい技術が使われ、また、常に3つの基地局と接続して通信品質を高める(切れにくい)考慮がなされています。通信も劇的に速くなりました。\n4G：現時点(2020年11月)で最も普及している方式で、商業的にはLTE(Long Term Evolution)やWiMAX(Worldwide Interoperability for Microwave Access)という2つの通信規格が該当します。\nなお「2.5G」「3.5G」「3.9G」と呼ばれる世代もありますが、高速通信を先取りして提供したものの通称です。\n2.5Gは、ドコモ社のｉモード(i-mode)を実現していた通信と言えば「あぁ、あの時代の方式ね」と察しがつく方も多いでしょう。\n3.5Gは、EV-DO(Evolution Data Optimized/Only)方式などで高速通信を可能にし、このあたりから、通信速度の不安がなくなってきました。\n上ではLTEやWiMAXは\"商業的には\"4Gと書きましたが、実際には3.9Gで実現されています。\n5Gで何ができるの？ 現在の4Gでも通信速度が足りていて5Gのメリットを実感しない人も多いでしょう。\nつまり、現存のサービスにおいては、大容量の通信が必要な場合を除けば、4Gでも十分であり、むしろ5Gは新しいサービス向けのものといえます。\n先述のように、5Gの高速以外のメリットは、同時接続数が多いことと、遅延が小さいことです。同時接続数が増えるということは、人間が通話や通信に使うだけでなく、人間以外のモノも携帯電話の無線を使った通信が容易になるということです。\nしかも、その通信の遅延が非常に小さく、即座の応答が必要な用途にも適用できるのです。\nすぐにイメージできるものとして、自動運転、遠隔操作、遠隔監視などがありますが、まだ世の中に出てきていない使い方がこれから多数実現されていくでしょう。\n5GとIoT \"IoT\"という単語もお聞きになったことがあるでしょう。\n\"Internet of Things\"の略で、モノをインターネットでつないだもの、という意味です。\n先述のように、携帯電話の5GはIoTと相性が良く、逆に言えば、IoTをより実用的にすることを意識して5Gが作られているとも言えます。\nIoTの解説はそれだけでコラム何回分かになりうるため、別の回であらためて取り上げます。\n今号は以上です。\nでは、また次回お会いしましょう。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2020年11月30日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1480/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n毎年秋の発表で注目を浴びるApple社の新型iPhone、今年発表・発売されたiPhone12シリーズの目玉の一つは「5G」対応でした。\niPhoneの対応により5Gの普及に拍車がかかると期待されています。\n今回は、携帯電話の「5G」について書き記していきます。\n","title":"5G","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今回でリモートワーク編は終了です。\n前回は、リモートワークの「ルール」まで記しました。\nありがちな誤解 オンライン業務に移行して「やはりうまくいかない」「以前よりも生産性が落ちた」という声をよく聞きます。\nオンライン化が適さない職種ももちろんあるでしょう。そうでない場合に、やり方を変えたので、すべてが理想的に進むはずはなく、従来と比べてできないことも当然あります。\nそれを除いたとすると、うまくいかない原因は本当にオンライン化にあるのでしょうか。\nリモートワークがうまく機能しない時に、それを環境のせいにしてないでしょうか。\n「そもそも、本来の環境でうまくいっていたのか？」という問いも必要不可欠です。\n変化に対応できていないことを新しい方法に責任転嫁している、従来もうまくできていないことを新しい方法のせいにしている、ということは往々にしてあります。\nこれはオンライン化に限らず、仕事をするうえであらゆる場面でこれまでもなんどもされていることで、同じことが別の事象で現れているだけです。\n現在置かれた環境で最大限対処する 環境が一変した、これはどうしようもできないことで、その変化に対応するしかありません。\nあれがない、これは無理、云々をあげつらっても何も解決せず、なんとか進めようとしている人の足をひっぱるだけです。\n不便が残るのもやむなし、使える機材やインフラ、物品等で先に進め、不足するものは手順やルール、方法等で補うしかありません。\nもちろん失敗はありますが、都度改善・改良していくほかありません。\n幸いなことに、人間は良くも悪くも馴れて順応していき、割り切ったり別の対処法を編み出したりしていくものです。\n当方も、この４月から完全リモートワークに移行しましたが、機材等で新しく購入したものは実質なく（買い足したのはケーブル類とかの小物くらい）、手持ちの古い機材をかき集めて環境を作って間に合わせ、あとはやりながら徐々に整備・改良していきました。\n第２回や第３回で述べたリモートワークに必要なものもそれに由来し、今も工夫と改良を続けています。\nその中で実感したこととして、最初は機材やシステムの充実が喫緊の課題でしたが、それを過ぎると「やり方」の問題に変わってきます。\n媒体(紙→電子など)、役割と人数(主２＋従２→主１＋主２など)、ルール(これはやらない、これを追加、など)、手順(Ａ→Ｂ→Ｃ→Ｄ→Ｅだったのを、ＢＣを統合、Ｄを削除してＡ→ＢＣ→Ｅにするなど)、実施方法(一緒にやっていたのを分割する、その逆、など)等、大きなことから細かなことまで様々です。\nもちろん、それを解決するのにITを手段として使うこともありますが、ITは関係なく工夫や改良だけで済ませることも多々あります。\nこうなってくると、技術や知識等は二の次で、純粋に「現状をどう改善・改良していくか」という気概と実行力があるか、そしてそれを継続できるか、ということになります(実はそれが一番難しいことかもしれませんが)。\n第1回から「ITは手段にすぎない、目的ありきのもの」と繰り返し主張しているのは結局そこに行き着くためです。\n\"テレワーク\"という単語 当社Webサイト(いわゆる\"ホームページ\")のアクセス解析(どのような人がWebサイトを訪問しているのかの分析)をしてみると、検索サイトから「テレワーク　何の略」という類のキーワードで検索をしてたどり着いている方が複数人いらっしゃいました。\n第1回でテレワークの英語のスペルは触れているのですが、補足してあらためて記します。\nテレワークのスペルは\"telework\"で、tele+workからなる造語ですが、\"tele\"自体は「遠い」という意味の接頭辞です。\nteleは、telephone(遠い所からの音→電話)以外にも、television(遠い所からの映像→テレビ)、telegraph(遠い所からの文字→電報)などでもおなじみですね。\nteleworkは、正しくは、「電話(回線)を使った仕事」ではなく、「離れた場所から仕事をする」という意味です（まぁ、実質ネットワーク回線使うのが通常なので、どうでもいいっちゃいいのですが）。\n他に、通勤をせずに自宅から仕事をするという意味の\"telecommute\"(commuteは「通勤」の意)という単語もあります。\nもっとも、会話では \"work from home\" という言い回しをすることが一般的です。\n完全な蛇足ですが、学生時に化学を専攻していた私は、\"tele\"と聞くと「テレフタル酸」という物質を思い浮かべます。\nテレフタル酸とは、六角形のベンゼン環にカルボキシル基(お酢の主成分をが持っている部位です)が2つ結合している有機化合物で、カルボキシル基が六角形のうちでお互いに最も離れた場所に存在しているものを「テレ」フタル酸と呼びます。\n＃そうか、私が「テレ」を電話とすぐに結びつけないのはそういう理由だったのか...\n私事で大変失礼しました。\n4回に渡って「テレワーク」を題材に思うところをツラツラと書いてきました。\n実は、このコラムの開始時期の情勢を鑑みて、当初書こうとしていたこととはのっけから外れてしまったのですが、今後のネタの仕込みは相応にできました。\n次回以降で、このコラムの本題である「IT基礎知識」に立ち戻ります。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2020年10月23日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1468/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今回でリモートワーク編は終了です。\n前回は、リモートワークの「ルール」まで記しました。\n","title":"リモートワーク(4)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今回もリモートワーク(テレワーク)についての続きです。\n前回は、リモートワークに必要な事項として「オンライン会議システム」「機器や通信回線等の設備」「目的」「情報共有の手段」「ルール」を挙げて、前の3つについて書きました。\n続けて、残りの「情報共有の手段」「ルール」について記します。\n情報共有の手段 これには、適切な手段を選択できる、ということに加えて、トラブルに備える(業務を継続できるようにする)という意味があります。\nオンライン会議システム自体が手段だろう、と思われるかもしれませんが、会議システムも手段の一つにすぎず、それで全てをまかなおうとしないほうがよいです。しかも、会議システム自体が障害で使えなくなることが時折あります(実際に当方も何度か遭遇しています)。この時に何もできなくなってしまうのでは、オンラインに移行した意味も半減です。\nファイル共有、個人との会話用のチャットシステム(Chat。SMSやLineのような文字で対話するシステム)、全体周知用の掲示板などが該当し、「会議形態でなくても情報共有や伝達ができる」「会議システムが使えなくなっても代替手段がある」ということを実現するためです。\nITを活用している職場ではすでに該当の環境を持っているでしょうし、そのような投資はしていない所でも、たとえばGoogleの無料のサービスなど何らかの代替手段を用意しておくとよいです。この時に最優先で考えることは、最低限でよいので、他者と「つながっている状態を維持できる」ことです。\nこの「つながっている状態を維持できる」ことを阻害するのが「システム障害」「停電」です。\n「システム障害」は、自前の環境（コンピュータ機器、ネットワーク機器など）自体の不良は自分で対処が必要ですが、サービス自体の障害は復旧を待つしかありません。待つ間は、先述したように代替サービスを利用する、あるいは従前のアナログ方式に戻すことで対処できます。\n2016年の3月に、全日本空輸(ANA)の国内線予約システムが模障害を起こし、空港が大混乱に陥ったことがありました。原因はネットワーク機器の不具合だったのですが、復旧するまでの間、手書きの搭乗券を発行して現場を回しました。驚嘆すべきは、それにそなえて用紙が現場に常備され、職員が訓練されていたということです。\nITの最大の弱点が「停電」でしょう。\n当方もリモートワークに移行してから、障害(停電以外も含む)発生時にお客様へのサービス提供(※ここではオンラインでの研修のご提供を想定して書きます)をいかに継続させるかで悩みました。「自宅でできる最大限のことを」という方針で、「ポータブル電源の調達」「通信回線を複数本確保」「予備機器の常用(この後述べます)」「代替可能な複数のITサービスを併用」を実行しました。費用は会社持ちにしましたが、意外に安価に実現できています。\n可能な限り長時間サービス(業務)を継続させようとすると、バッテリーで長時間動作し、通信機能も備え、PCの代替が(相応に)できること、という機器要件が出てきますが、予備機としてこれに最も適していたのが、当方の場合にはタブレット端末(iPadなどの機器)でした。PCに比べると操作性等や汎用性は落ちますが、障害時にお客様を待たせることなくサービスを持続させることを優先して判断しました。障害時のサービス継続の観点では文字通り\"必要最低限\"を見極めておくことが重要です。これも「目的にそって、やることとやらないことを決める」という大原則の実践にあてはまります。\nルール 新しい方法を採用したら、それに応じたルールを整備していく必要が出てきますが、大事なのは「やりながら」作っていく・変えていくということで、最初に全て整備することではありません。\n自宅での勤務のため、住宅環境、生活音、家族対応、服装など、業務以外の配慮が必要になってきます。その際に「xxをしてはいけない」ということよりも「・・・を許容する」のような寛大なルールを整えるほうが得策です。カメラから生活感が見えてしまう、服装が普段着、家族の声が聞こえたり姿が映ったりしてしまう、などいろいろなことが起きますが、私の感覚ではどれも目くじらをたてるようなことではなく、業務ができればそれでよいという考えです。\nただし、やり方に対しては寛容であっても、業務である以上は実行責任が伴います。リモートワークの普及をきっかけに、何をする責任が課せられるのかを明示し、作業時間や経過手段ではなく結果を確認する、という職責の定義と評価の仕方についてあらためて注目されています。20年以上前に「成果主義」を取り入れた日本の大企業が軒並み失敗した事例がありました。その考察は本コラム外のこととして、ここで申し上げるのは、そこまで大袈裟なことではありません。リモートでの業務にあたり、いつまでに何をやるのかを決める、裁量の範囲を明確にする、業務の途中状況と成果(結果)を確認(評価)する方法を決める、など、挙げてみれば当たり前のことをする必要に迫られた、しかもそれらは多くの組織では普段からうまくできていないこと、ということです。全社での統一が無理でも、各部署(少人数の単位)に閉じた運用は十分可能です。業務形態が変わった今は、試行錯誤も許され、それを整える好機です。\n「ありがちな誤解」について記すつもりでしたが、今月もまた字数が尽きてしまいました。\nでは、また次回お会いしましょう。\n","date":"2020年9月26日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1461/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今回もリモートワーク(テレワーク)についての続きです。\n前回は、リモートワークに必要な事項として「オンライン会議システム」「機器や通信回線等の設備」「目的」「情報共有の手段」「ルール」を挙げて、前の3つについて書きました。\n続けて、残りの「情報共有の手段」「ルール」について記します。\n","title":"リモートワーク(3)","type":"archives"},{"content":" 2020年9月14日から日本でもオンラインでPMP®を受験できるようになりました。\n受験会場に行かずとも、自宅からあるいはオフィスから受験できます。\n受験環境の要件はピアソンVUEのWebサイトの「OnVUEオンライン監督試験」のページに掲載されています。\n※※※\n[2021年6月28日追記]\nPMI®から、オンラインの試験実施会社がピアソンVUEからATAに変更になる旨が告知されました。\n変更については、2021年6月28日の別記事『PMP®オンライン受験方法変更』に掲載しましたので、そちらもご覧ください。\n※※※ PMI®から認定トレーニング・パートナーATPや登録教育機関R.E.P.（※当社もATPおよびR.E.P.の認定を受けております）宛にFAQが送られてきており、以下に要点を抽出して列挙します（上述のピアソンVUEのWebサイトに記載のシステム要件についても含めています）。\nオンライン受験は月曜日から金曜日の9:00〜17:00に限定される（土日祝日は対象外）日本語または英語で受験可能1Mbps以上の安定したインターネット回線とWebカメラを備えた機器が必要Windows10/8.1、macOS10.13以降（Windows7やそれ以前、Linuxは不可）試験中はオンライン監督官によるマイクとカメラを介した監視がつく監督官は、日本語または英語を話す人を選べる試験30分前に、室内の備品、壁への掲示物、机の上などをカメラで見せて監督官の確認を受ける（この確認作業はチェックインと呼ばれる）携帯電話等は手の届かない場所に置くこと（※後述の、技術的トラブル発生時に電話を使うことがありうるので、室内に電話機があったほうがよい）身分証明書（写真と氏名が書かれたもの。原本。コピー不可）試験中は受験している室内への他者の立ち入りはもちろんのこと、会話、離席、立つことも禁止試験用のコンピューター以外のモニターやコンピューターの電源を切る試験中はコンピュータはロックされ、他のソフトウェアやインターネットアクセスは使用できなくなる紙や筆記用具の持ち込みは禁止。かわりに、電卓アプリケーションと白板アプリケーションが使えるテストは第一部と第二部に分かれており、一部と二部の間で10分間の休憩を取れる(取らなくてもよい)休憩時には部屋を出ることができるが、再入室時にあらためて監督官の確認（チェックイン）を受ける試験中に技術的な問題が起きた場合には、チャットまたは音声により監督官に連絡をとって問題解決にあたる。その連絡には、例外的に電話の使用も許される問題解決に要した時間も試験時間に含まれる ※申し込みおよび受験にあたっては、必ずPMI®やピアソンVUEの情報をご確認ください\nPMP、PMIはプロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute, Inc.)の登録商標です。\n","date":"2020年9月22日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1443/","section":"Archives","summary":" 2020年9月14日から日本でもオンラインでPMP®を受験できるようになりました。\n受験会場に行かずとも、自宅からあるいはオフィスから受験できます。\n","title":"PMP®がオンラインで受験できるようになりました（※2021年6月28日追記あり）","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n前回は「IT+通信=ICT」「ICTにより場所を選ばない、有事に強い、という長所が生まれる」「IT(ICT)は手段であり、目的と混同すると失敗する」ということに触れ、リモートワーク(テレワーク)について書き始めました。今回はその続きです。\nリモートワークの実感 当方も4月以降はリモート環境での業務に移行しました。お客様のご都合に合わせつつ、急遽突貫工事で環境整備とサービスの提供を進めていきました。試行錯誤をしていく中で、色々と気づいたことがあります。 万能ではないが、思った以上に困らない「普段と比べてうまくいかないだろう」という先入観は、感覚的に、３割はあたり、７割ははずれあれもこれもはダメ。やることは絞る。絞り込みにより結果的にうまくいった打ち合わせの\"はしご\"やチーム間の行き来がしやすい性善説でいく。意外にサボらない移動時間がないのが最大の長所だが、その分業務時間も増えやすい伝え方は明確にオンライン会議システム以外のコミュニケーション手段の整備が必須「放置されている」感を持たせない。必ず反応する個々人の環境(PCの性能、通信回線の速度、等)を整えることが不可避家庭環境(特に小さなお子さんがいる家庭)は要考慮。寛大に！実は良い「椅子」が有用 本稿では、リモートワークに必要な要素として「オンライン会議システム」「機器や通信回線等の設備」「目的」「情報共有の手段」「ルール」を挙げて、それぞれ言及していきます（字数の都合で、後者2つは次号に記します）。\nオンライン会議システム すでにお使いの方には説明は不要でしょう。\nPC(Personal Computer：パソコン)の画面越しに会議を行う『オンライン会議(online meeting)』について、Zoom（\"ズーム\"と発音）のようなアプリの名前とともに毎日のように話題にあがるようになりました。コロナ前にはなかったことです。しかし、少し規模の大きな組織や、一同が集まれない場合の打ち合わせ手段として、「テレビ会議」「電話会議」「Skype(※)など無料通話サービスによる会議」などは、これまでもよく使われてきました（※Skype:スカイプと発音。PCやスマートフォン向けのインターネット電話サービスで無料でも使える。2011年に米国マイクロソフト社が買収した）。\n企業向けのテレビ会議システムは相応のシステム導入が必要でしたが、今はオンライン会議のサービスを契約すればPCやスマートフォンで簡単に実現できます。\n現在普及している一般的なサービスで、月次料金が一人あたり無料〜3千円程度です。無料プランでも40〜50分程度のオンライン会議を回数無制限で実施できます。\n機器や通信回線等の設備 これについても説明は不要でしょうが、PCやスマートフォン等の機器、PCに接続するカメラとマイクとスピーカー(ノート型PCならば内蔵しているものが多いです)、ネットワーク回線が該当します。\n他に「仕事の空間」「座り心地の良い椅子」も大事ですね。\n「空間」は住環境に依存するのでどうこうしにくいものですが、その場合には別途(次号で)述べる「ルール」で補うなどの工夫が要ります。\n「椅子」は、色々な人から異口同音に意見が出ました。事務所で使用している什器はやはり長時間の業務に適して作られています。体が痛くならない椅子は在宅業務をどれだけ快適に行えるかという点で直接影響してきます。\n目的 設備を整えてオンライン会議ができればリモートワークと言えるのでしょうか？ここにも『手段と目的を混同すると失敗する』という落とし穴があります。\nオンライン会議自体をしたいわけではありませんね。「リモートワークで何をするか、何をしないか」を決めておくことで、後々うまくいかなくなった時に軌道修正が容易になります。\n例えば、\n「事務所で行なっている業務を自宅で行いたい」→具体的にはどんな業務？どこからどこまで？\n「訪問しておこなっていた打ち合わせを自宅で行いたい」→何を打ち合わせる？何は対象外にする？\nのように、やることとやらないことの目星をつけます（実際にやってみて初めて判明することが多々あるので「目星」でOK）。\nどうしてもリモートワークではできないことが出てくるため、それに対して「許容されるならば廃止や中止(中断)する」「別手段にかえる」「従来の方法で続ける」を決めることになります。\nあれもこれもはできないため、腹をくくる必要があります。今回のような非常事態は改善の機会でもあり、普段過剰になっている事項を削減する好機です。\nまた、ITを得意とする人や組織にありがちなこととして、全てをITでやろうとするとむしろ難渋します。リモート環境でのワークをすることがやりたいことであり、非ITの方法を混在させても全く構わないのです。\n「情報共有の手段」「ルール」については次号に記します。\nでは、また次回お会いしましょう。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2020年8月31日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1433/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n前回は「IT+通信=ICT」「ICTにより場所を選ばない、有事に強い、という長所が生まれる」「IT(ICT)は手段であり、目的と混同すると失敗する」ということに触れ、リモートワーク(テレワーク)について書き始めました。今回はその続きです。\n","title":"リモートワーク(2)","type":"archives"},{"content":"株式会社日税ビジネスサービス様のメールマガジンに新規連載を開始するコラムを当Webサイトにも「IT基礎知識」として掲載いたします。\n堅苦しいものではなく、肩肘張らずに読み流せるくらいの内容です。よろしければご笑覧ください。\n※2021/01/25※\nコラム名を「誰もが知っておくべきIT知識」から「IT基礎知識」に変更しました。\n","date":"2020年7月29日","externalUrl":null,"permalink":"/info/2020-07-itknowledge-started/","section":"お知らせ","summary":"株式会社日税ビジネスサービス様のメールマガジンに新規連載を開始するコラムを当Webサイトにも「IT基礎知識」として掲載いたします。\n堅苦しいものではなく、肩肘張らずに読み流せるくらいの内容です。よろしければご笑覧ください。\n※2021/01/25※\nコラム名を「誰もが知っておくべきIT知識」から「IT基礎知識」に変更しました。\n","title":"コラム「IT基礎知識」を開始しました（2021/01/25追記あり）","type":"info"},{"content":" はじめに 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳(やなぎ)と申します。\n今回、IT（\"Information Technology\"の略。『情報技術』）について苦手あるいは詳しくないという方を想定して「ITの基礎を知っていこう」という意図で、本連載を開始することにいたしました。\n「ITの用語や概念を平易に知る」「自事務所へのIT活用のきっかけにする」「関与先の方とIT用語が出てくる会話ができる」ということを狙ってはおりますが、堅いことは抜きにして、肩肘張らずに読み流せるくらいの文面で書き連ねていくつもりです。\nご興味がおありの方は、どうぞお付き合いのほどよろしくお願いいたします。\nこれまで、株式会社日税ビジネスサービス様からのご依頼で「海外ビジネス情報」や「海外基本情報」というコラムを執筆しておりました。アジア各国を出張していた時のことを記したものです(ITにはほとんど触れていません)。その中の「中国-上海編」の記事で、「カタカナ表記は外国人に嫌われている」ということを書きました。原語の発音を日本語表記したカタカナ語は外国人を混乱させるだけで（意味が理解できない！）で、原語で書いたほうがよっぽど良い、という、日本語を母国語としていない人たちの極めて強い主張です。同じことは技術的な専門用語についても言えます。特にITの世界では、数文字のアルファベットの略語が頻繁に出てきます。これも「ちょっと何言ってんだかわかんない」となる大きな原因の一つで、IT業界の人にすら当てはまります。よって、本コラムでは、言葉の説明の際には、原則としてアルファベット表記や何の略かを付記していきます。\n当方のITに関する考えをあらかじめお伝えしておきます。私にとってITはあくまで「手段」であり、それ自体を「目的」とはしません。つまり、是が非でもIT化を、とは考えていないのです。これまでIT業界に長らく接してきたにもかかわらず、かなり前時代的と言えるかもしれませんが、この理由は、ITを目的と捉えてしまったがために実務に支障をきたす、という本末転倒の悪事例を、身の周りで数多く見てきているからです。技術に詳しくない人(や組織)も、詳しい人(同)も、そのような過ちを往往にして犯すのです。IT活用は「現状を変えたい」「変化に対応しなければ」という場合に考えるもので、それ自体は極めて真っ当ですが、本質の「目的と手段をはき違えない」ことは常に留意する必要があります。\nリモートワーク 前置きが長くなりました、ようやく本題に入ります。\n今の時勢を踏まえて『リモートワーク』を題材にして書いていきましょう。\n新型コロナウィルスの世界的流行により、世の中が一変しました。その一つが、働く形態(場所)です。\nテレワーク（Telework）、リモートワーク（Remote Work）という言葉を毎日のように見聞きしますが、これの土台になっているのがまさにIT、正確にはICTです。\nICTは\"Information and Communication Technology\"の略で『情報通信技術』を指します。ITに「通信」が加わっていますが、今日では当たり前すぎてIT＝ICTと捉えてなんら問題ありません。\n余談ですが、コンピュータの歴史からすると、一般的な人が通信(インターネット)を利用し始めたのは割と最近です。コンピュータが生まれて(1945年頃。諸説あります)から今日までを100とすると、インターネットが一般に普及したのは70あたりからです。\n「通信」は「ネットワーク(Network)」を介して行います。人間同士の会話が人のつながり(＝ネットワーク)を介して行われるのと同じですね。\nパソコン(Personal Computer略してPC)よりもスマートフォン(Smart phone。\"smart\"は\"賢い\"の意)の普及のほうが圧倒的に早かった理由の一つが、電話機を入手すれば通信機能も付随していて、何もせずともICTによる利便性を享受できたからです。\n言わずもがなですが、テレワークは通信基盤(=ネットワーク)があって実現しています。\nICTは「場所を選ばない」すなわち「有事に強い」という強力な長所を生み出します。\n2011年の大地震の時に、電話（通話）がしばらく不通になったのに対し、携帯電話の通信サービスは利用でき、連絡手段としてあらためて見直されました。その時は主に情報量が少なくて済む文字情報のやりとりに使われましたが、今回のコロナ禍では通信網に影響はないため、音声・画像・ファイル共有によりテレワークが実現しています。\nテレワークは、日本では今回のような有事の退避策としてやむなく使われたのが実状ですが、国土が広い国ではこれまでにも当たり前に使われています。私がこれまでに関与したところでは、例えば米国やインドネシア、マレーシアなどです。これがようやく日本でも必要に迫られて導入され、結構使えることが実証されました。コロナ後でも一定数は定着するでしょうし、そうあることを強く願っています。\n初回の今回は前置きが長くなり、あっという間に字数が尽きてしまいました。\n次回も、リモートワークにまつわることを書いていきます。\n※本文中の情報、状況、数値等は執筆時点のものです\n","date":"2020年7月29日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1418/","section":"Archives","summary":" はじめに 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳(やなぎ)と申します。\n今回、IT（\"Information Technology\"の略。『情報技術』）について苦手あるいは詳しくないという方を想定して「ITの基礎を知っていこう」という意図で、本連載を開始することにいたしました。\n「ITの用語や概念を平易に知る」「自事務所へのIT活用のきっかけにする」「関与先の方とIT用語が出てくる会話ができる」ということを狙ってはおりますが、堅いことは抜きにして、肩肘張らずに読み流せるくらいの文面で書き連ねていくつもりです。\nご興味がおありの方は、どうぞお付き合いのほどよろしくお願いいたします。\n","title":"はじめに、リモートワーク(1)","type":"archives"},{"content":" PMI®（米国プロジェクトマネジメント協会）の公式blogに、PMBOK®ガイド第7版を2020年内に公開する予定であると掲載されています。\n※※※\n[2021/04/02追記]\nPMI®から、PMBOK®ガイド第7版は2021年8月1日にリリースするとの告知がされました\n→ blog記事にて記載しました\n※※※\n現行の第6版のPDFが公開されたのが2017年9月、その前の第5版公開が2012年12月でしたので、第7版が上記の通り公開されれば、4年に一回という当初の改定周期に戻したことになります。\nあくまで現時点での情報ですが、発表によると、PMBOK®ガイド第7版の構成は以下の通りです（※引用元のURLはログインが必要な会員専用ページのため割愛します）。\n■\u0026nbsp;プロジェクトマネジメントの標準\n●\u0026nbsp;はじめに\n●\u0026nbsp;価値提供のためのシステム\n●\u0026nbsp;プロジェクトマネジメントの原則\n・受託責任（原文：Stewardship）\n・チーム\n・利害関係者\n・価値\n・システム思考\n・リーダーシップ\n・テーラリング\n・品質\n・複雑さ\n・リスク\n・適応性と回復力\n・変更を可能にする\n■\u0026nbsp;知識体系ガイド\n●\u0026nbsp;遂行領域（原文：Performance Domains）\n・利害関係者\n・プロジェクト作業\n・チーム\n・提供\n・ライフサイクル\n・測定\n・計画\n・不確実性\n●\u0026nbsp;テーラリング\n●\u0026nbsp;モデル、方法、所産（原文：Artifacts）\n『プロジェクトマネジメントの標準』『知識体系ガイド』という二部構成で、従来の「5つのプロセス群」と「10の知識エリア」がなくなり、『12のプロジェクトマネジメントの原則』『8つの遂行領域』に変わっています。\nCOVID-19の状況によって予定変更の可能性は多分にありますが、2021年はPMBOK®ガイド第7版対応、PMP®試験改定、登録教育機関R.E.P.（Registered Education Provider）制度のA.T.P.プログラム（Authorized Training Partner Program）への移行など、PMI®にまつわる大きな変更が目白押しです。\n※PMI、PMBOK、PMPはプロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute, Inc.)の登録商標です。\n※本文中の数値やURL、情報等は執筆時点のものです。\n※PMBOK®ガイド第7版の構成の記述は、当方の独自の和訳によるものです。\n","date":"2020年7月25日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1393/","section":"Archives","summary":" PMI®（米国プロジェクトマネジメント協会）の公式blogに、PMBOK®ガイド第7版を2020年内に公開する予定であると掲載されています。\n","title":"PMBOK®ガイド第7版（2021/04/02追記あり）","type":"archives"},{"content":"平素より当社サービスをご利用くださり誠にありがとうございます。\nCOVID-19感染拡大に伴い、4月からオンラインによるサービスのご提供に移行しました。\n4-6月は新入社員研修のご提供が主ですが、4月は100%オンラインで実施しました。\n一ヶ月間のご提供の後、お客様方からは、\n「開始前はオンライン研修の効果に疑問があったが、集合研修に引けを取らない質の高さに驚いた」\n「日々柔軟にご対応いただき感謝しきれない」\nとの高いご評価をいただいております。\n感染状況が落ち着き、安全と見なされるまでの間は、原則オンラインによるサービスのご提供となりますが、ご理解のほどお願いいたします。\n","date":"2020年5月7日","externalUrl":null,"permalink":"/info/2020-05-covid19-online/","section":"お知らせ","summary":"平素より当社サービスをご利用くださり誠にありがとうございます。\nCOVID-19感染拡大に伴い、4月からオンラインによるサービスのご提供に移行しました。\n4-6月は新入社員研修のご提供が主ですが、4月は100%オンラインで実施しました。\n一ヶ月間のご提供の後、お客様方からは、\n「開始前はオンライン研修の効果に疑問があったが、集合研修に引けを取らない質の高さに驚いた」\n「日々柔軟にご対応いただき感謝しきれない」\nとの高いご評価をいただいております。\n感染状況が落ち着き、安全と見なされるまでの間は、原則オンラインによるサービスのご提供となりますが、ご理解のほどお願いいたします。\n","title":"COVID-19感染拡大に伴うサービスのオンライン化状況","type":"info"},{"content":" PMI®から、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、PMP®の新試験制度移行を2021年1月2日まで延期することが発表されました。\n当初は2020年6月30日で終了となっていた現行の試験は、2020年12月31日まで継続されます。\nリンク先のページには、試験会場に関する注意事項のリンクも掲載されています。\nPMP®を受験予定の方は、PMI®のWebサイトをご覧になり、最新情報をご確認ください。\n※PMI、PMPはプロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute, Inc.)の登録商標です。\n","date":"2020年3月19日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1365/","section":"Archives","summary":" PMI®から、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、PMP®の新試験制度移行を2021年1月2日まで延期することが発表されました。\n当初は2020年6月30日で終了となっていた現行の試験は、2020年12月31日まで継続されます。\nリンク先のページには、試験会場に関する注意事項のリンクも掲載されています。\nPMP®を受験予定の方は、PMI®のWebサイトをご覧になり、最新情報をご確認ください。\n","title":"PMP®認定試験の変更が2021年1月2日まで延期されました","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号は台湾の歴史の続きです。\n前号での「清(による)領有時代」の後、日本支配に移るところから、引き続き思い切り要約して記します。\n日本支配時代 1871年、宮古島の住民が台湾南部に漂着し台湾先住民に殺害されるという「牡丹社事件」が起き、この事件の解決を名目に1874年に台湾に出兵し、南部を占領します。日本は清との講和により台湾から撤退しますが、その20年後の1985年には、日清戦争の戦利として、下関条約(日清講和条約)によって台湾は日本に割譲されます。\n台湾を領有した日本軍は、ここから現地民の継続的な抵抗に遭い続けることになります。\n日本の台湾総督は、樺山資紀、桂太郎、乃木希典、のように継がれていきますが、腰掛け程度です。次の兒玉源太郎、その後の佐久間左馬太の総統時代に、総統を補佐し政策実行を行う民政局長(民政長官)として後藤新平が就任し、ようやく台湾経営に本腰が入ります。\n後藤は、軍隊ではなく警察網による反乱の鎮圧、台湾の慣習の調査、人口調査、インフラ(建物、港湾、鉄道、電気、水道、通信)整備、銀行の設立と紙幣の流通、水利灌漑事業と農業振興、教育機関の設置、等を進めます。しかもこれらを原則として台湾の住民を主導することで推し進め、台湾自身で運営し、稼げる状況に持っていき、領有後10年で、日本からの補助金に頼らず台湾が自力財政で経営できるようにしたのです。\nその後も台湾の成長は続き、近代化においては中国に大きな格差をつけます。\n時代は1900年前半、大正デモクラシー、第一次世界大戦後の被植民地の民族自決、ロシア革命など、世界的にも様々な運動や革命が起きていました。\n台湾住民の抵抗は、徐々に武力行使から政治運動に変わっていきます。自治の獲得と、その先の独立を目指して抵抗運動が盛んに行われるようになります。\n国民党政権 1945年の日本の敗戦で、日本軍は台湾から引き上げ、代わりに中華民国政府(国民党政権)が台湾を接収します。\nポツダム宣言により、日本軍は蒋介石大元帥に投降することとなり、蒋介石麾下の中国国民党軍が台湾に入ってきます。\nここから台湾は国民党政権の支配下に移ります。\nこの頃、中国本土においては、国民党と共産党が内戦(第二次国共内戦)に入っていました。\n前述の通り、台湾に入ってきたのは国民党の軍です(日中戦争で日本軍に交戦していたのは共産党ではなく国民党)。\n国民党政権は日本が残していった財産や制度を我がものとしたうえ、強奪、狼藉等汚濁と腐敗は甚だしく、台湾人は大きく失望します。「犬が去って豚が来た（日本軍は役に立ったが、国民党軍は欲望を貪るだけである）」と言われたほどです。\n日中戦争(1937-1945年)と内戦で崩壊寸前の中国は、食料確保のために台湾の米や砂糖を買い叩き、台湾元と中国元の為替レートを不当に低いレートに固定し、あっという間に台湾は食料不足と経済的困窮に陥り、失業者は増大し、治安も悪化します。しかし国民党政権は何の打開策も打たず、台湾人の不満は頂点に達します。\n台北市中山堂。元は台北公会堂と呼ばれ、日本敗戦時に降伏調印式が行われました。 中華民国総統府。日本統治時代は台湾総督府として使われていました。 白色恐怖 1947年2月28日、前日に起きた事件(密輸タバコを販売していた女性に官憲が暴力をふるい、周囲に集まってきた民衆に対する威嚇発砲で死者が出た)がきっかけで、台湾全土の規模で大暴動が起きます。「二二八事件」です。\n国民党は虐殺により事態を鎮圧しますが、事件後も、反政府の人間や指導者をあぶり出し、弾圧や処刑を続けます。これは白色恐怖(白色テロ)と呼ばれます。「白色」はフランス王権の象徴である白百合に由来し、権力者/為政者を意味します。\n恐怖政治と武力によって人々を無理やり押さえ込み、政府に都合の悪い人間を不法逮捕し処刑し続けました。同国民を殺戮するという、極めて愚かな行為が台湾でも行われていたのです。\n台湾全土に戒厳令がしかれ、1987年に解除されるまでの38年間という期間は世界最長です。\n台北市の総統府の向かい、二二八公園の斜向かいに建っている「白色恐怖政治受難者紀念碑」。 台北市にある馬場町紀念公園。白色恐怖の時代には処刑場でした。 近現代 中国本土での国民党と共産党の内戦は、1949年に共産党の人民解放軍が首都南京を制圧して共産党が勝利を収めます。\n中国共産党は中華人民共和国を建国し、国民党は政府機構を台湾に移し、台北市を臨時首都とします。これにより「二つの中国」が生まれたわけです。\n1950年に朝鮮戦争が勃発すると、米国が第七艦隊を台湾海峡に派遣し、また、人民解放軍が朝鮮戦争に介入していたため、これを契機として中国と台湾の軍事抗争が止みます。\n台湾に逃れて名目上は中華民国の政権を維持した蒋介石と息子の蒋経国は一党独裁の政権を続けますが、1979年の美麗島事件(高雄事件。世界人権デイに行われた反体制デモと治安部隊の衝突による騒動。逮捕された指導者には、現在の与党である民主進歩党(民進党)の中心人物が複数含まれていた)をきっかけとして、政党結成を容認して独裁を終結し、民主化に舵を切ります。蒋経国の後に総統に就任した李登輝は総統を直接選挙により選出するよう改定し、1996年には国民による総統選挙に移行します。\n2000年の選挙では国民党は民進党に敗れ、初めて下野します。2008年には再度与党に返り咲きますが、2016年以降は民進党が再度政権を取り、今日に至ります。つい先日の総統選挙で民進党の蔡英文氏の続投が決まったのは周知の通りです。\n日本とは正式な外交はありませんが、地震や水害などの災害時に真っ先に救いの手を差し伸べてくれてきたのが台湾で、世界で最も親日の国であると言えます。\n台湾総統選挙では「一国二制度は断固として拒否する」と声高に主張した蔡英文総統が続投になりました。\n昨年の香港動乱を背景に、中国との関係をどのように落ち着かせていくのかに焦点が集まります。\n台湾編は以上で終了です。\n※本文中の数値等は執筆時点のものです\n","date":"2020年2月28日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1345/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号は台湾の歴史の続きです。\n前号での「清(による)領有時代」の後、日本支配に移るところから、引き続き思い切り要約して記します。\n","title":"2020.02号 台湾編(3)","type":"archives"},{"content":"","date":"2020年2月28日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/category/overseasreport/","section":"Categories","summary":"","title":"海外情報","type":"categories"},{"content":"","date":"2020年2月28日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/%E6%B5%B7%E5%A4%96%E6%83%85%E5%A0%B1/","section":"Tags","summary":"","title":"海外情報","type":"tags"},{"content":"","date":"2020年2月28日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/%E5%8F%B0%E6%B9%BE%E7%B7%A8/","section":"Tags","summary":"","title":"台湾編","type":"tags"},{"content":"","date":"2020年2月28日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/%E6%AD%B4%E5%8F%B2/","section":"Tags","summary":"","title":"歴史","type":"tags"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今回から2回にわたって台湾の歴史についてお届けします。\n台湾の歴史は、「他国侵入前」「オランダ支配時代」「鄭氏政権時代」「清領有時代」「日本支配時代」「国民党政権」「近現代」に分けることができます。\n今号では、日本が支配する前までを、例によって思い切り要約して記します。\n地理的状況 先に、中国大陸から台湾本島にかけての地理的状況を記しておきますと、\n中国大陸東南部の福建省廈門(アモイ)-金門島(キンメン島)-澎湖島(ポンフー島)-台湾本島\nのように、中国と台湾の間には重要な島が存在しています。\n他国侵入前 マカオ編の歴史の回で、「ポルトガルがマカオを領有した後、17世紀に入りオランダがマカオを奪取しようと侵入してきたが、ポルトガルに撃退された」という旨を書きました。\n台湾が欧州人に知られたのはこの頃で、台湾島を船から見たポルトガル人は、その見た美しい島影ゆえ「イラ・フォルモサ(麗しい島)」と呼びました。現在も台湾が別名\u0026quot;フォルモサ島\u0026quot;と呼ばれる所以です。\n当時の台湾は先住民の複数部族や中国大陸からの少数の移民が居住する島で、日本と中国の貿易の中継地であると同時に、倭寇や海賊の巣窟ともなっていました。\nまた、中国の歴代王朝(清の途中まで)は、台湾本島に対して積極的な関与はしてきませんでした。\nオランダ支配時代 海洋進出においてポルトガルやスペインの後塵を拝していたオランダは、やっきになってアジアへの進出を行い、オランダ東インド会社を設立し貿易を拡大しようとしていました。\n当時オランダはバタヴィア（現在のインドネシアのジャカルタ）を拠点にしていて、貿易の中継地を探しており、台湾の離島の一つである澎湖島(ポンフー島)を占領しようと艦隊を向けます。中国(当時は明)は軍勢を向け撃退します。\nオランダは先述のようにマカオ争奪戦に敗れた後、再度澎湖島に侵攻し、今度は占領に成功します。\nしばらく明とオランダの間で澎湖島を巡る抗争が続きますが、明はオランダとの間に「澎湖島撤退を条件に台湾本島の占有を認める」という停戦協定を結び、台湾本島がオランダの支配下に移ります。オランダにとっては離島ではなく本島の支配権を得られるという予想外の好事となったわけですが、これは、先述のように、明が台湾本島に関心を持っていなかったためです。\nオランダは現在の台南の安平に上陸し、38年間台湾を領有しました。\nオランダにとって対策しておかなければならないことは、現地民の抵抗、そして、競合国ポルトガル・スペイン・イギリスの侵入です。こと、オランダに限らず後の日本支配においても、最もやっかいだったのが、先住民や中国大陸からの移住民による抵抗でした。「台湾では、五年に一度大乱があり、三年に一度小乱が起きる」と言われていたほどです。\nこのため、内外に備える軍事的拠点として熱蘭遮城(ゼーランジャ城)〜現在の安平古堡〜を、また、本来の目的である貿易の拠点も兼ねて普羅民庶城(プロビンシャ城)〜現在の赤嵌楼、別名紅毛楼〜を築きます。\n台南にある安平古堡（熱蘭遮城：ゼーランジャ城） 同じく台南にある赤嵌楼（普羅民庶城：プロビンシャ城） 台湾、インドネシア、中国、日本の原産物を中継する貿易は、オランダに巨額の利益をもたらします。\n貿易の中継拠点として台湾を狙っていたのはオランダだけではありません、スペインも植民地のフィリピンから艦隊を派遣し、台湾の東北部から侵入し、現在の基隆にサン・サルバドル要塞を、淡水にサン・ドミンゴ要塞〜現在の紅毛城〜を築き、北部を占領します。\nオランダがスペインを撤退させるまでの17年間、スペインが台湾北部を占領しました。 鄭氏政権時代 この頃、中国大陸では、漢民族の明から満州族(女真族)の清に王朝が交代しようという時でした。\n満州族に押され後が無い明は、海賊の頭領である鄭芝竜に助力を求め最後の抵抗を行いますが、結局清に滅ぼされます。\n鄭芝竜の子の鄭成功は、漢民族でない清王朝を認めず、明の復興を誓い、清への抵抗を続けますが、状況は好転せず、大陸の東南部にある廈門(アモイ)と金門島(キンメン島)に追い詰められます。\n鄭成功は廈門と金門島を息子の鄭経に任せ、自らは台湾に向かいます。澎湖島を占領した後、台湾本島に入り、オランダの軍勢を追い払います。これによりオランダの38年間の支配は幕を下ろします。\n抑圧者であるオランダを追い払い、台湾を開拓した鄭成功は、台湾において英雄です。\n鄭成功は台湾を\u0026quot;東都\u0026quot;と命名し、中国東部の島という位置付けにし、明王朝再興の拠点としますが、一年も経たないうちに死去します。\n父の死により鄭経が廈門から台湾に移ると、清国はすかさず台湾との間の交通を封鎖し、台湾を衰退させようとしますが、逆に密貿易が盛んになり、結果として台湾の人口が増え開拓も進みます。\n鄭氏は、財源確保のため様々な徴税を行い、それが住民の怨嗟を買います。しかも、一族で後継者争いの内紛を起こし、末期的状態です。\n鄭氏政権を潰す好機と見た清は、台湾に艦隊を派遣し、鄭氏を降伏させます。鄭氏政権による台湾支配は23年間でした。\n鄭成功の像。台南のいたるところに鄭成功の像が建てられています。 淡水にある紅毛城（サン・ドミンゴ要塞）。 清領有時代 鄭氏政権を排除した清朝ですが、台湾の経営には相変わらず消極的で、反政府勢力や盗賊・海賊の根拠地になることを防ぐ程度でした。しかし中国本土からの移民者は増え続け、農業を中心に台湾の発展は進んでいきます。\n1840年からの清とイギリスによるアヘン戦争の最中、イギリス艦隊は台湾にも侵入してきますが、占領には至りませんでした。しかし、イギリスは、1856年のアロー戦争後の天津条約により、清に対して台湾の淡水、基隆、高雄を開港し、キリスト教の布教を認めさせます。\nまた、同時期に日本から帰国したペリーは「台湾は貿易の拠点として占領すべき島である」と本国に報告しています。欧米列強の台湾への関心が高まってきたのです。\n時を同じくして、明治維新後の日本も台湾に食指を動かしていました。\n今回は以上で終了です。\nではまた次回お会いしましょう。\n※本文中の数値やURL等は執筆時点のものです\n","date":"2019年12月22日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1331/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今回から2回にわたって台湾の歴史についてお届けします。\n台湾の歴史は、「他国侵入前」「オランダ支配時代」「鄭氏政権時代」「清領有時代」「日本支配時代」「国民党政権」「近現代」に分けることができます。\n今号では、日本が支配する前までを、例によって思い切り要約して記します。\n","title":"2019.12号 台湾編(2)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号から台湾編をお届けします。今回は台湾の基本情報です。\n台湾概要 台湾(臺灣)は、中華民国(中華民國)ともいい、英語ではTaiwanまたはRepublic of China(R.O.C.)、あるいはTaiwan R.O.C.と表記します。スポーツの世界大会や国際機関ではChinese Taipei(中華台北)という名称を用います。\n中華人民共和国(中国)との関係があるため(※後述)、台湾の置かれている状況は複雑で、国名(地域名)を使い分けなければならない事情があります。\n1971年に中華民国に代わって中華人民共和国が中国代表であると国連において決議され、台湾が国連から追放された後、日本とは政治的な国交は断絶しており、台湾と正式な外交を行う国は15カ国のみです。\n面積は、台湾本島と実効支配の及ぶ周辺の島を合わせると、日本の九州やオランダと同じくらいです。\n台湾が実効支配する金門島から中国を見たところ。対岸は中国の廈門(アモイ)で、距離は数km。 金門島にある北山播音牆。48個のスピーカーが設置され、対岸の中国にプロパガンダ放送を流していた施設。 公用語は中国語(北京語、普通語)ですが、台湾語、客家語、原住民語を使う人もいます。英語はあまり通じず、むしろ日本語のほうが伝わることが多々あります。文字表記には香港やマカオと同様に繁体字(元々の漢字)を使います(中国は簡体字＝画数が少なく簡略化された漢字)。\n人口はおよそ2,360万人(数字は\"STATISTICAL YEARBOOK OF THE REPUBLIC OF CHINA 2018\"から引用)、首都は台北です。\n日本との時差は1時間(日本が進んでいる)、通貨は台湾ドル(ニュー台湾ドル、台湾元)で、本稿執筆時点でのレートは1台湾ドル＝3.6円です。物価はものによりますが、感覚的に日本より少し安い程度です。\n台湾本島を北回帰線が横切っており、その北側は亜熱帯、南側は熱帯に属し、夏場や陽が出ているとかなり暑いですが、冬場は冷え込み、暖房設備などないため、防寒具が必要です。\n治安は良く、交通や電気、通信などのインフラも整い、何ら不安がありません。\nなお、コンビニエンスストアやスーパーマーケットなどで買い物をすると、基本的にレジ袋はもらえません。 入出国 台湾には国際空港が７つありますが、日本からの直行便が到着するのは、台湾桃園、台北松山、高雄、台南、台中の各空港です。台湾の空港は空軍施設と並存していることが多く、その場合には写真撮影は原則禁止です。\n入国時には、まず荷物のＸ線検査を受けます。イミグレーションでは、パスポートと入国カードを提示・提出し、左右の人差し指の指紋を採取(スキャン)されます。入国カードは事前にオンラインで申告することもできます。\n出国時には、自動出国機で処理を行うため、審査官の審査なしであっさりと終わります(出国スタンプは押されません)。\nなお、過去12ヶ月以内に三回以上の入国実績がある場合には、オンラインで「常客證(常客証)」を申請すると、優先カウンター(Speedy Immigration Counter)で入国審査を受けることができます。\nビザは90日間以内の滞在であれば原則として不要です。\n両替、SIM、市街地への移動 空港の制限区域内(入国前のエリア)と到着ロビーに両替所があります。手数料を30台湾ドル取られますが、レートは街中とほとんど変わりません。\n携帯電話のSIMカードも同様に制限区域内と到着ロビーで売られています。以前はSIMカードの延長利用が可能でしたが、現在は利用期限を超えた使用はできません。\n空港から市街地に行くには、MRT(地下鉄)、バス、タクシーがあり、予算や時間に応じて使い分けができます。\n二つの中国と一国二制度 共産党と国民党の対立により\u0026quot;中国\u0026quot;が二つに分裂し、中華人民共和国と中華民国の二国がそれぞれ\u0026quot;中国\u0026quot;政府の正当性を主張しているのが\u0026quot;二つの中国(Two Chinas)\u0026quot;です。先述のように、国際連合としては中華人民共和国を正統政府と見なしています。\n\u0026quot;一国二制度(One country, two systems)\u0026quot;は、中華人民共和国が台湾に対して資本主義と高度な自治を認めるというもので、いずれ社会主義の中華人民共和国に統一することを狙って作られた制度ですが、香港やマカオにも適用されています。\n現在、中国の支配力強化に対して香港で大掛かりな反対デモが継続実施されているのは周知の通りですが、台湾の蔡英文総裁は「香港の一国二制度は失敗し秩序を失った。台湾はこの制度の受け入れを拒否する」と明言しています。\n台湾の離島 台湾には、本島の周辺に大小の島が存在します。詳しくは次回の歴史編で触れますが、台湾の立地上、貿易や防衛において周辺の島が鍵となります。特に、本島の南西側に三日月型に長く伸びた澎湖(Penghu：ポンフー)島や、中国の目と鼻の先に位置する金門(Kinmen：キンメン)島などは、歴史的に重要な役目を担い、また、本島とは異なる性質を持ちます。\n今回は以上で終了です。\nではまた次回お会いしましょう。 ※本文中の数値やURL等は執筆時点のものです\n","date":"2019年11月6日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1322/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号から台湾編をお届けします。今回は台湾の基本情報です。\n台湾概要 台湾(臺灣)は、中華民国(中華民國)ともいい、英語ではTaiwanまたはRepublic of China(R.O.C.)、あるいはTaiwan R.O.C.と表記します。スポーツの世界大会や国際機関ではChinese Taipei(中華台北)という名称を用います。\n中華人民共和国(中国)との関係があるため(※後述)、台湾の置かれている状況は複雑で、国名(地域名)を使い分けなければならない事情があります。\n1971年に中華民国に代わって中華人民共和国が中国代表であると国連において決議され、台湾が国連から追放された後、日本とは政治的な国交は断絶しており、台湾と正式な外交を行う国は15カ国のみです。\n面積は、台湾本島と実効支配の及ぶ周辺の島を合わせると、日本の九州やオランダと同じくらいです。\n","title":"2019.11号 台湾編(1)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号では、マカオの歴史について触れます。\nマカオと同様に中国の「一国二制度」の対象となっている香港は、アヘン戦争の\u0026quot;戦利\u0026quot;としてイギリスが中国から奪い取ったのに対し、マカオはポルトガルと中国が共存してきたという点に大きな違いがあります。\nまた、16-17世紀に行われたポルトガルと日本との間の\u0026quot;南蛮貿易\u0026quot;は、マカオを拠点として取引が行われていました。あわせて、キリスト教布教の拠点でもあり、我々にもなじみのある\u0026quot;フランシスコ・ザビエル\u0026quot;もマカオを経由して日本に来ています。このように、日本とマカオには深いつながりがあります。\nポルトガルの貿易 マカオを構成するマカオ半島、タイパ島、コロネア島のうち、この400年あまりの間の歴史に登場してくるのはマカオ半島のみで、タイパとコロネアは住民もほとんどいない小さな島でした。\n香港の対岸にあるマカオ半島は、海運の利便性が高い場所にあり、ヨーロッパーインドー中国を結ぶ貿易の中継点に位置しています。\nマレーシア編(2)で触れていますが、ポルトガルは、16世紀初めにインドのゴアを攻略後にマレー半島西側のマラッカを占領し、そこから東に進んで香辛料諸島のマルク諸島(モルッカ諸島)に到達し、翌年には中国にも入ってきます。\n中国に入ってきた最初の人物\"ジョルジェ・アルヴァレス\"の像。後述の\"十二・三事件\"時にデモ隊により壊されます。 ポルトガルは中国（当時は\"明\"）と国交を開くべく使節団を派遣しますが、中国側の拒絶により追い出されてしまいます。このため中国南方の広東省に引き下がって密貿易を行い、この地にとどまります。種子島にポルトガル人が漂着した背景でもあります。\nこの頃、中国の沿岸部は海賊(倭寇)に悩まされており、ポルトガルは海賊退治に手を貸します。これにより、ポルトガルは租借料を払うことでマカオに居住することを許されます。\n当時、ポルトガルがアフリカやアジアに侵入する際には必ず武力が伴っていましたが、マカオと日本(長崎)だけは例外的です。\nマカオと中国本土との間には細い陸路があり、中国人がそこに関門(關閘)を設置しました。この門を閉ざされてしまうと、半島のマカオは孤立してしまい、食料すら調達できなくなります。必然、ポルトガルは中国と共存の道を選ばざるを得ませんでした。ポルトガル人が日本において長崎の出島に居住していたのと類似しています。 現在の關閘。中国との国境で、陸路の入出国の施設です。昔の門が\"オブジェ\"として残されています空港とよく似た施設です この頃、中国と日本の間では倭寇の存在により公には貿易をしていませんでしたが、ポルトガルが中国の生糸や絹織物を日本の銀と交換する、という仲介役を担っていました。日本で得た銀を中国に売ることで二度利益が得られるため、マカオのポルトガル商人は巨額の富を築きます。 ポルトガル対オランダ 上述のように、香辛料諸島や日本との貿易により躍進の一途だったポルトガルでしたが、遅れてアジアに侵入してきたオランダに、ポルトガル領のマラッカや香辛料諸島への海路を奪われます。\nオランダはマカオにも手を伸ばし、1601年に海上戦が行われ、ポルトガルはオランダ船を撃退します。しかし、翌年と翌々年にはオランダ艦隊に交易船を奪われます。\n1607年にはオランダ艦隊がマカオ海域を封鎖したことにより、ポルトガルは日本に貿易船を出せない状況が続きます。折しも、日本側は幕府が鎖国政策を進めた時期と重なり、また、オランダも長崎の平戸に商館を開いて日本との貿易を行うようになり、ポルトガルのマカオ経由の日本貿易はしぼんでいきます。\nオランダは執拗にマカオに攻め込み、1622年には艦隊を派遣してマカオに上陸しますが、ポルトガルは要塞から砲撃し、オランダを撃退します。\n1627年にもオランダは再び艦隊でやってきます。これもポルトガルは辛くも追い払い、マカオを死守します。\nモンテの砦にある大砲。砲弾がオランダ軍の火薬樽に命中し、オランダ軍が総崩れしたと言われています マカオの獲得 前述のように日本との貿易が終焉し衰退の一途をたどったマカオでしたが、十八世紀後半に、貿易の中継地として再び機能し始めます。ヨーロッパ諸国が中国(清朝)との広東貿易（清が外国との貿易を広東港でのみ許可した）の拠点として使われるようになったためです。\n19世紀になり、アヘン戦争の敗北により中国(清)がイギリスに香港を割譲すると、その流れを受けてポルトガルもマカオを獲得し、自由港とします。もっとも、貿易港としての地位は香港に奪われます。\n1887年に、ポルトガルは清との間に友好通商条約を結び、マカオの永久統治権を認められます。しかし、ポルトガルが得たのは「統治権」で、主権は清が有しており、清の意向が多分に通るものでした。\n戦後のマカオ ポルトガルは第二次世界大戦では中立国の立場を取ったため、マカオも中立港と位置付けられ、太平洋戦争下に日本軍による占領はなく、経済的に活況を呈します。\n1966年、十二・三事件と呼ばれるマカオ暴動（文化大革命をきっかけとして起きた、中国共産党系住人とマカオ政庁の対立。警官隊がデモ隊に発砲して死者が出た）が起き、当時国力が低下していたポルトガルには、暴動の収拾にあたって、中国(中華人民共和国)の要求を全面的に受け入れざるを得ず、これを機に中国の影響力が増大します。\n1987年、中国ポルトガル共同声明を発表し、マカオの中国への返還が合意されます。\n1999年にマカオが返還され、一国二制度が適用される中国の特別行政区となり、今日に至ります。\nマカオ編は以上で終了です。\nではまた次回お会いしましょう。\n※本文中の数値やURL等は執筆時点のものです\n","date":"2019年8月26日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1312/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号では、マカオの歴史について触れます。\nマカオと同様に中国の「一国二制度」の対象となっている香港は、アヘン戦争の\"戦利\"としてイギリスが中国から奪い取ったのに対し、マカオはポルトガルと中国が共存してきたという点に大きな違いがあります。\nまた、16-17世紀に行われたポルトガルと日本との間の\"南蛮貿易\"は、マカオを拠点として取引が行われていました。あわせて、キリスト教布教の拠点でもあり、我々にもなじみのある\"フランシスコ・ザビエル\"もマカオを経由して日本に来ています。このように、日本とマカオには深いつながりがあります。\n","title":"2019.08号 マカオ編(2)","type":"archives"},{"content":"","date":"2019年8月26日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/%E3%83%9E%E3%82%AB%E3%82%AA%E7%B7%A8/","section":"Tags","summary":"","title":"マカオ編","type":"tags"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今回も、タイの特別編をお届けします。\n5月初旬に行われた新国王戴冠の一連の儀式の後、3月末に実施された総選挙の結果がようやく発表され、6月に入ってから首相指名も行われました。5年間続いた軍政から、選挙後の民政に形としては移行したのです。\n総選挙結果 3月24日に実施された総選挙(下院500議席)の最終結果が、選挙後一ヶ月半経った5月7日に、タイの選挙管理委員会からようやく発表されました。暫定結果(得票数)は投票日の四日後に出ていましたが、公式な結果は、小選挙区(350議席)の結果は5月7日に、比例区(150議席)の結果は5月8日と、二段階で発表されました。\n上位5党の議席数は以下の通りです。\n1. タイ貢献党　：136議席　※タクシン派政党。反軍政\n2. 国民国家の力党：116議席　※プラユット暫定首相が立ち上げた親軍政の新党\n3. 新未来党　： 81議席　※新党、反軍政\n4. 民主党　： 53議席　※反タクシン、反軍政\n5. タイの誇り党　： 51議席\n連立の画策 今回の選挙制度の特性もあり、圧倒的多数の議席を獲得した党はなく、結果的に連立工作により政権が決まり、上院(軍政が任命する250人)＋下院500人の合計750人に対する過半数で首相が選ばれます。\nどの党も単独での過半数には達せず、軍政のプラユット暫定首相が立ち上げた党(親軍政)、タクシン派政党(反軍政)、反タクシン派政党(どちらにつくか不明)、新党(同左)、少数政党(同左)が入り乱れての陣営作りです。\n政権獲得後の大臣職や議長のポストに言及した露骨な駆け引きなども報道されていました\u0026lt;https://www.bangkokpost.com/thailand/politics/1679700/palang-pracharath-closer-to-coalition\u0026gt;。\n結果として以下の二陣営に別れました。\n◆親軍政：国民国家の力党のプラユット氏を首相指名\n116議席：国民国家の力党（第2党）※プラユット暫定首相が立ち上げた新党\n53議席：民主党　（第4党）\n51議席：タイの誇り党　（第5党）\n◆反軍政：新未来党のタナトーン氏を首相指名\n136議席：タイ貢献党　（第1党）\n81議席：新未来党　（第3党）※新党\n上記陣営に、その他の多くの少数政党が加わって大連立を形成したわけです。\nタクシン派政党と軍政の両方に距離を置いていた民主党の動向が注目されましたが、紆余曲折を経て、軍政側につきました。民主党前党首アピシット元首相は、自らの政治信条と合わないという理由で議員辞職を表明しています。\n首相指名 首相指名の投票は6月5日夜に行われました。親軍政党は暫定首相のプラユット氏を、反軍政党は新未来党党首のタナトーン氏を推し、結果として、得票数500対244で、プラユット氏が新首相に指名されました。\n首相指名投票では、プラユット氏は、軍政が指名した上院250名と下院の親軍政の連立政党（19政党！）から票を獲得し、ダブルスコアの圧勝でした。しかし、下院のみを見ると、文字通りギリギリの過半数です。連立与党を形成する19の政党のうち、1つか2つの党が造反しただけで半数割れしてしまい、予算案や法案が通らなくなるわけで、とても安定した政治運営は望めません。\n長らくタクシン派と反タクシン派(＋軍や司法)の争いとクーデターによる政権転覆が続き、タイの成長も頭打ちになってしまっている現状では、混乱に終止符を打ち、安定して国を運営して行くことが何より望まれています。しかし、残念ながら、今回の新体制ではそれは期待できません。\n連立構想中に、すでに新内閣がうまくいかないことを見据えて、反軍政の立場をつらぬき次に備えるべきだという考えを持ったグループも出てきています（https://www.bangkokpost.com/thailand/politics/1680112/speaker-plan-upsets-pheu-thai）。\n軍政から民政へ 軍事政権下では、軍の超法規的な権限により国事を決めることが可能で、良くも悪くも、即断・即実行ができました。しかし、選挙により新体制に移行してからは、国会において合議で決めなくてはなりません。\n累卵のような連立与党におけるプラユット氏の政権運営に対して\n「造反者が出て過半数割れが起きるのはたやすく、物事が決まらずに停滞する」\n「軍に確固とした支持基盤を持つプラユット氏は、クーデターを起こされる心配はなく、造反者が出ても影響は限定的で、任期を全うする」\nという両方の見方が出ています。\nいずれの見解が正しいにせよ、政治の世界ゆえ、与党、野党共に、次の選挙とその後の内閣を見据えて戦略を練っている模様です。\n今後も不安定な状況は続きます。日本をはじめとする、タイに投資・進出している諸外国は、慎重に状況を見て行く必要があります。\n今号は以上で終了です。\nではまた次回お会いしましょう。\n※本文中の数値やURL等は執筆時点のものです\n","date":"2019年6月20日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1301/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今回も、タイの特別編をお届けします。\n5月初旬に行われた新国王戴冠の一連の儀式の後、3月末に実施された総選挙の結果がようやく発表され、6月に入ってから首相指名も行われました。5年間続いた軍政から、選挙後の民政に形としては移行したのです。\n","title":"2019.06号 タイ特別編(3)","type":"archives"},{"content":"","date":"2019年6月20日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/%E3%82%BF%E3%82%A4%E7%B7%A8/","section":"Tags","summary":"","title":"タイ編","type":"tags"},{"content":"","date":"2019年6月20日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/%E6%B5%B7%E5%A4%96%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E6%83%85%E5%A0%B1/","section":"Tags","summary":"","title":"海外基本情報","type":"tags"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n前回に引き続き、タイの特別編をお届けします。\nこの5月には、69年ぶりとなる新国王の戴冠式が行われ、一連の儀式が終わった後に、3月末の総選挙の結果が発表されています。\n今号では、新国王の戴冠式について書いていきます。\nタイの戴冠式 「即位式」と「戴冠式」は同じ(同時に行う)と思いがちですが、タイでは即位から間を空けて戴冠式を挙行することが大抵です。プーミポン前国王は即位後4年経ってからの戴冠でした。\n戴冠式直前(3日前！)に、「新国王が4度目の結婚をした」と発表され、驚きが広がりました。元々事実婚状態で、戴冠式には王妃も関与するということもあるのでしょうが、唐突感は否めませんでした。\n街の様子 タイの副首相が「新国王戴冠に祝意を示すため国民は4〜7月の四ヶ月間黄色い服を着ること」を推奨しました。\n何度かお伝えしていますが、タイには曜日ごとに色が決められていて、新国王の誕生日は月曜日(プーミポン前国王と同じ)で、シンボル・カラーは黄色です。\nそのため、黄色いシャツを着た人をよく見かけ、店でも黄色い服や身の周り品の特設売り場が設けられたりしています。\n百貨店の\u0026quot;Yellow Item\u0026quot;売り場 建物の柵には金と白の横断幕が掲げられ、お祝いの言葉を記入する記帳台が置かれ、花壇には黄色い花が植えられています。\nどこかで見覚えが...そう、この光景は、慶事と弔事の正反対ではありますが、2年前の前国王崩御時および1年前の葬儀時に見たものと同じです。\n前国王と誕生日カラーが同じだったという偶然は、合理的なタイ人には準備等の面で幸いだったのではないか、と考えてしまうのは、うがって見過ぎでしょうか... 戴冠式 戴冠式は事前に入念な準備とリハーサルがなされ、奇しくも日本のゴールデン・ウィークと重なる、4/28(日)〜5/6(月)に戴冠式モードに移りました。普段は観光客で賑わう王宮や寺院は休館になり、王宮周辺には交通規制が敷かれました。\n戴冠式自体は5/4(土)から3日間かけて挙行され、最終日5/6(月)は臨時祝日となりました。5日と6日は公共交通機関は無料でした。\n戴冠の儀式自体は王宮や周辺の寺院で行われるため直接見ることはできませんが、テレビ中継されていました。百貨店や公共施設などには大型のテレビやスクリーンと椅子が設置され、儀式の様子を流しています。\n大型百貨店の特設モニタで放映されていた戴冠式の様子。国王が頭上に戴くのが重さ7.3kgの黄金の冠。 二日目の17:00から21:00にかけて街頭パレードが実施され、金色の玉座の置かれた神輿に乗って、伝統的な金色の衣装を身にまとった新国王が国民に姿を見せました。連日昼間は38度の酷暑で、パレードの日は夜になっても32度と厳しい暑さでしたが、沿道には多くの人が待機して新国王が通るのを待っていました。\nタイでは憲法により国民の信仰(宗教)の自由が保障されていますが、国王は仏教徒であることが定められています。\n戴冠式も仏教の影響が色濃く、寺院に入って儀礼を行ったり僧侶とやりとりする様子がしばしば映されていました。 パレードにて、金色の玉座に座り移動する国王同じく市中を行進する隊列（※共にTV中継を撮影したものです） 国王の交代 戴冠式の期間に現地であらためて感じたことは、前国王が偉大でいかに愛されていたのか、ということでした。\nタイには皇室に対する不敬罪が存在するのであまり口にはできませんが、タイの知人は「前の国王は大好きだった、今の国王は嫌い」と私に話し、戴冠式に興味はないと言い放っていました。奇行が多いと伝わる新国王に対する偽らざる感情なのでしょう。\n街に黄色い服が目立ち、パレードの沿道には見物人が待機していたと書きましたが、正直なところ、それほどの高揚は感じられませんでした。同様に、記帳台でお祝いを書いている人は見かけず、百貨店のモニター前に集まる人も少し関心があるニュースとして見ているにすぎないように感じられました。\n前国王も最初から人気があったわけではなく、それこそ文字通り一歩一歩国中を自分の足で周り信頼を築き上げたきた結果、絶大な信頼と敬愛につながったわけです。\n新国王のこれまでの不評を打ち消してプラスにするには先は長いでしょうが、王室や国そのものがマイナス方向に進むことがないよう切に祈ります。\n日本でも同じように天皇が交代しました。日本の皇室の\u0026quot;品の良さ\u0026quot;も手伝って、新天皇に否定的な声は聞こえず、期待が寄せられています。平成天皇がそうであったように、令和天皇もこれからの日一日の振る舞いと言動を積み重ねて行くことで国民から尊敬を勝ち得ていくことでしょう。これは国や時代を問わず、普遍的なことと言っていいのでしょう。\nタイの戴冠式に伴う行事は、今年10月にチャオプラヤ川で行われる御座船による水上パレードで締めくくられます。 今号は以上で終了です。\nではまた次回お会いしましょう。\n※本文中の数値やURL等は執筆時点のものです\n","date":"2019年6月15日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1291/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n前回に引き続き、タイの特別編をお届けします。\nこの5月には、69年ぶりとなる新国王の戴冠式が行われ、一連の儀式が終わった後に、3月末の総選挙の結果が発表されています。\n今号では、新国王の戴冠式について書いていきます。\n","title":"2019.06号 タイ特別編(2)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号は特別編として、3月24日(日)に総選挙が行われたタイについてお伝えします。\n2014年のクーデーター以来何度も先延ばしされてきた総選挙の実施は、2011年以来実に8年ぶり(*1)です。\nタイの選挙情勢 タイは「都市部の富裕層・特権階級」と「農村部の低所得者層」とに二極化しています。特に昨今はその差が甚だしくなってきていて、「世界一格差が大きい」という調査結果もあります(*2)。\n施政者や役人が自らの既得権益を守ろうとするのか、多数の非富裕層の支持を集めるのか、により政策も選挙戦略も変わってきます。\n今回の選挙に限らず、2001年以降の選挙戦は、都市部の中流階級以上を支持層にした政党と、農村部の低所得者を支持層にした政党の争いの構図になっています。\nそして、後者の政策を前面に出し、農村部の支持基盤を形成して選挙に勝ち続けてきたのが、2001-2006年に首相を務めた\u0026quot;タクシン・チラワット\u0026quot;です(敬称略、以下同)。現在は国外逃亡中ですが、今もなおタイの政界に大きな影響力を持ちます。\n現軍政にとって「タクシン派勢力をいかに減衰させるか」が重大事で、言うならば、クーデターの発端も、政権を握ってからの行動も、憲法改正も、それを狙ってのことです。\n総選挙2019の特徴 タイの国会は、下院(人民代表院)と上院(元老院)の二院制で、現在の定員は、下院：500、上院：250です。\n軍政は、軍政を支持する親軍政政党（具体的には「国民国家の力党」）を結党して、民主政党（非軍政政党。反軍政の党もあれば親軍政の党もある。「民主党」のことではない）と議席を争います。\n軍政により憲法や選挙関連法に改定がなされていて（選挙にめっぽう強い\u0026quot;タクシン派\u0026quot;勢力に不利になっている）、今回の総選挙は以下の制度の下で実施されています。\n総選挙の対象は下院のみ 上院議員は実質軍政が任命する（タクシン派は入りようがない） 下院500議席を、小選挙区350、比例区150に分ける 有権者が投じるのは小選挙区の一票のみで、その票が比例区の票も兼ねる 党ごとの得票率に応じて獲得議席数が決まり、選挙区の議席数が多いと比例の議席数が少なくなる仕組み（特定の党が大勝ちできない） 各党は首相候補を立てる（党首が首相候補とは限らない） 首相指名は上院250も合わせた750人で行う 首相指名のためには、\n・親軍政側は、下院＋上院の750の過半数376から上院の250を引いた126議席以上必要\n・タクシン派は、下院＋上院の750の過半数376議席以上必要\n親軍政側は、下院＋上院で過半数をとって首相指名ができても、下院で過半数をとらないと予算や法案が通りません。\n逆に、タクシン派としては、首相指名が通らなかったとしても、下院の過半数は死守したい。\n結果として、両陣営共、連立による数合わせを余儀なくされています。\n暫定結果 比例区も含めた最終結果が出るのは5月9日とだいぶ先(5/4-6に行われる国王の戴冠式への配慮)ですが、3月28日に選挙管理委員会から以下のような発表がされています。\n・投票者数：3826万8375人、投票率：74.69%\n・有効票：92.85%、無効票：5.57%、白票：1.58%\n・各党の得票（多い順）\n1. 国民国家の力党（親軍政。首相候補は現暫定首相のプラユット）・・・・・・・843万票\n2. タイ貢献党（タクシン派。反軍政。首相候補は元保健相のスダラット）・・・・792万票\n3. 新未来党（反軍政。リベラル系新党）・・・・・・・・・・・・・・・・・・・626万票\n4. 民主党（反タクシン。党首のアピシット元首相は惨敗により辞任を表明）・・・394万票\n5. タイの誇り党（キャスティングボート(Casting Vote)となりうる）・・・・・・373万票\n※6位以下は省略\nいずれの政党も過半数には届かず、連立の工作に入っています。\n親軍政の「国民国家の力党」が、比例区もあわせて126議席以上獲得すると予想されており、プラユットが首相を続投する見込みです。\nタクシン派勢力は七つの党で連立を組み、下院の過半数に達したと表明しています。\nこの通りであるとすると、下院は反プラユット派が過半数となりますが、上院はプラユットの議員指名により当然親軍政で占められるため、いわゆる「ねじれ」状態となり、困難な議会運営になると見られます。\n街中の通り沿いに立て掛けられている選挙の看板 現地の様子 軍による物々しい厳戒態勢の下で投票が行われるのかと思いきや、いたって静かな投票となりました。\n学校等の公共施設が投票所となり、8:00から17:00まで有権者が投票をしていました。\n日差しの強い暑い日で、私が覗いたバンコクの投票所二箇所は、真昼には投票者が皆無で閑散とし、のんびりした雰囲気でした。\n選挙の暫定結果を見るに、これまでのようなタクシン派の圧勝はなくなり、クーデター後の軍政に対する一定の評価と期待が持たれていることがうかがえます。\nタイ国民の「もう混乱はこりごり」という声が聞こえてきます。\n私立小学校内の投票所。軍の警備が物々しいのかと思いきや、そんなことはありませんでした。 百貨店横の特設投票所 (*1)\nインラック前首相が2013年12月に下院を解散した後、2014年2月に総選挙が実施されてはいるのですが、当時の野党が選挙をボイコットしたり、大規模デモによる選挙の妨害があり、憲法裁判所が「無効」の判決をくだしています。 (*2)\nクレディ・スイスの『Global Wealth Report 2018』より。\nこれによると、タイの上位1%の富裕層が富を占有している割合は66.9%、上位5%になると79.9%になります。\nなお、二位はロシア、三位はトルコで、日本はデータのある40カ国中で下から二番目です。\nしかも、軍政が始まった2014年時と比較すると、二位のロシアは占有率が減っているのに対し、タイは著しく占有率が増えています。\n◆2018年調査結果：富裕層が富を占有している割合（括弧内は2014年の値）\n一位：タイ　：上位1%:66.9%（50.5%）、上位5%:79.9%（66.9%）\n二位：ロシア：上位1%:57.1%（66.2%）、上位5%:73.7%（79.1%）\n三位：トルコ：上位1%:54.4%（N/A）　、上位5%:72.3%（N/A）　※2014年のデータなし\n参考：日本　：上位1%:18.6%（17.9%）、上位5%:36.6%（36.0%） 今号は以上で終了です。\n次号もタイの特別編を予定しています。\nではまた次回お会いしましょう。\n※本文中の数値やURL等は執筆時点のものです\n","date":"2019年4月1日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1267/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号は特別編として、3月24日(日)に総選挙が行われたタイについてお伝えします。\n2014年のクーデーター以来何度も先延ばしされてきた総選挙の実施は、2011年以来実に8年ぶり(*1)です。\n","title":"2019.04号 タイ特別編(1)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号からは、香港のお隣りのマカオについて、いつもより短い全二回でお届けします。\nマカオというと「カジノ」のイメージが強いですが、ポルトガルの植民地時代からの世界遺産が数多く存在する、歴史のある都市でもあります。\n香港と同様中国の一国二制度の対象地域であり、また、香港からフェリーでわずか一時間の場所にありながら、侵略や戦争との関わりはほとんどないという、特異性もあります。\nマカオ概要 マカオとは、正式には「中華人民共和国マカオ特別行政区」のことですが、ポルトガル語ではMacau、中国語では澳門(おうもん)と表記します。\n中国広東省の南部にある、小さな半島(マカオ半島)と島(タイパ島、コロアネ島、埋立地のコタイ)からなる都市で、1999年にポルトガルから中国に返還されました。\nマカオ半島は3つの大橋でタイパ島とつながっており、タイパ島とコロアネ島は間の造成地コタイを挟んでつながっています。\nマカオ半島とタイパ島をつなぐ西湾大橋。左に見えるのがマカオのシンボル\u0026quot;マカオタワー\u0026quot;。 面積は2017年時点で30.8平方キロメートル、埋立てが盛んに行われて陸地が年々増えており、2015年から2017年の3年間に0.4平方キロメートル増地され(内訳は、タイパ島が0.3平行キロメートル、コタイが0.1平方キロメートル)、増加率は1.3%です。\n人口は、2018年の第三四半期時点で66万3千人、人口密度は東京や香港の実に三倍と、数字上非常に過密です。\n日本との時差は1時間（日本が進んでいる）、公用語は広東語とポルトガル語で、街の標識は中国語とポルトガル語で表記されています。英語はあまり通じませんので、タクシーに乗るときなどには、行き先を書いた紙やスマートフォン等を見せるとよいです。\n通貨はマカオ・パタカ(MOP)で、執筆時点のレートは、1MOP=約13.6円です。マカオ内では香港ドルも使え(原則として硬貨はダメ)、1.03MOP=1香港ドルの固定レートです。物価は、モノにもよりますが、日本より少し安いくらいです。\nチップは、ホテルの枕銭や何かしてもらった時に10MOP、レストランなどで10%サービス料が加算されていれば不要です。\n治安は安定していて、油断することなく当たり前の用心をしていれば心配はありません。\n気候は亜熱帯に属し、高温多雨で、雨季の湿度は90%以上になり、陽が出ていないのに非常に暑く感じます。一方、冬場(12〜2月)は10度を下回ることもあり、上着が必要です。\n電気、水道などのインフラにはまったく心配がありません。インターネットや携帯電話も不自由なく使え、無線LANが街のあちこちで利用できます。\n交通は、鉄道が存在しないため車主体ですが、タクシーは不足しており、そのかわり、路線バスが張り巡らされています。外国人にとってバスに乗るのは不安なものですが、マカオのバスのすごいところは、IT化が進んでいることです。スマートフォンのアプリで、目的地から乗るべきバス路線を検索でき、バス停の写真が確認でき、さらにはどの車両が今どこを走ってどのバス停に向かっているかをリアルタイムで見ることができるようになっています。運賃は一律6MOP(約85円)です。マカオパスというプリペイド式ICカードを持っていると、乗車以外にも何かと使えて便利です。\n※数字は、マカオ政府統計調査局のWebサイトから引用\nバスとバス停 \u0026quot;巴士報站\u0026quot;というスマートフォンアプリケーション。どの車両がどこを走っているのかが一目瞭然。 マカオの入出国 マカオに入るには「空路(マカオ国際空港)」「海路(外港フェリーターミナル、タイパ・フェリーターミナル)」「陸路(関門、蓮花大橋)」の3つの経路があります。\n日本人は前者2つを利用することが多いでしょう。フェリーの場合、香港からちょうど1時間です。\n入国も出国もパスポートを見せるだけで、入国/出国カードの提出や顔認証の撮影、押印など一切ありません。搭乗券を見せるよう求められることがあるので、手元に用意しておくとよいです。90日以内の滞在であればビザは不要です。\n外港フェリー・ターミナル マカオ国際空港。こぢんまりとした空港です。 入国後の3タスク 両替は、フェリーターミナル、国際空港共に、建物内の両替所でできます。\u0026quot;Which do you like?\u0026quot;と聞かれるので、香港ドルとマカオ・パタカのどちらに両替するのか指定します。\n携帯電話のSIMカードは、空港/フェリーターミナルどちらとも、自動販売機で購入できます(フェリーターミナルではサービスカウンターもあります)。1日間で50MOP、3日間で100MOP、7日間で200MOPのプランがありました。\n市街地までは、タクシーかバス、あるいはホテルの無料シャトルバスがあります。マカオの大きなホテルにはカジノがあり、宿泊客でなくてもシャトルバスに乗れるので、近くのホテルのバスに乗ってしまうのもアリです。\nタイパにある空港からマカオ半島の中心部までは、タクシーで20分くらい、100MOP程度です。\n今号は以上で終了です。\nではまた次回お会いしましょう。\n※本文中の数値やURL等は執筆時点のものです\n","date":"2019年2月2日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1252/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号からは、香港のお隣りのマカオについて、いつもより短い全二回でお届けします。\nマカオというと「カジノ」のイメージが強いですが、ポルトガルの植民地時代からの世界遺産が数多く存在する、歴史のある都市でもあります。\n香港と同様中国の一国二制度の対象地域であり、また、香港からフェリーでわずか一時間の場所にありながら、侵略や戦争との関わりはほとんどないという、特異性もあります。\n","title":"2019.02号 マカオ編(1)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号は香港編の最終回ですが、香港に限定せず、アジアにおける日本企業の進出状況について触れます。\n日本企業の海外現地法人数 経済産業省の海外事業活動基本調査によると、2016年度における地域別の日本企業の海外現地法人数は以下のようになっています。\n地域企業数割合 アジア16,51266.2% 北米3,23513.0% 欧州2,90011.6% 中南米1,3955.6% オセアニア5872.4% アフリカ1780.7% 中東1520.6% 全世界24,959100.0% 上位五位の国は以下です。\n順位国企業数製造業非製造業 １位中国(本土)6.3633,7452,618 ２位米国2,9981,1091,889 ３位タイ2,1791,255924 ４位香港1,163204959 ５位シンガポール1,106193913 ※数字は経産省の「海外事業活動基本調査」の2016年度実績から引用\n※アンケート調査による回答を集計したもので、実際の数とは差異があるはずですが、東洋経済新報社から出版されている『海外進出企業総覧』でも、数値の差異はありますが、おおよそ同じ割合になっています\n■日本企業のアジア現地法人数 上記のうち、「アジア」の内訳と、直近5年間の推移は以下の通りです。\n国2012年2013年2014年2015年2016年直近増減 中国(本土)6,4796,5956,4326,6706,363-307 タイ1,8071,9442,0202,1742,179+5 香港1,2211,2121,1721,2301,163-67 シンガポール9741,0331,0371,0851,106+21 インドネシア7878679571,0181,027+9 台湾872907892921898-23 ベトナム610687740843883+40 大韓民国759797792818783-35 マレーシア714731733770769-1 インド410470495536553+17 フィリピン468467500531546+15 ミャンマー1329547481+7 カンボジア2231364549+4 バングラデシュ25272927270 スリランカ21192023230 ラオス1116142019-1 パキスタン1717161816-2 マカオ66487-1 ブルネイ443330 ネパール333330 その他11121514140 合計15,23415,87415,96416,83116,512-319 ※数字は経済産業省「海外事業活動基本調査http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/kaigaizi/result-1.html」の各年度調査実績から引用\n※2016年度の実績を基に2017年に調査が行われ、2018年に公開されています。このため、2016年度のデータが、2018年に公開された最新版です\n■直近の状況 上記を見ると、おおよそ以下のような傾向があります。\n・中国（本土、香港、台湾等を含む）への進出が減少した（撤退が増えた）\n・ASEAN諸国への進出が増えている（撤退は減っている）\n昨今の米中情勢を考えると、この傾向は次期調査結果でも続く可能性があります。\nまた、アジアの現地法人の売上高は、数字は載せてはいませんが、中国もASEANも同様に減少傾向にあります。\nしかし、経常利益は上昇を続け、過去最高水準にあります。内部留保が増え、製造業の研究開発比は総じて減少しています。\n香港編は以上で終了です。\nではまた次回お会いしましょう。\n※本文中の数値等は執筆時点のものです\n","date":"2018年12月24日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1242/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号は香港編の最終回ですが、香港に限定せず、アジアにおける日本企業の進出状況について触れます。\n","title":"2018.12号 香港編(3)","type":"archives"},{"content":"","date":"2018年12月24日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/%E9%A6%99%E6%B8%AF%E7%B7%A8/","section":"Tags","summary":"","title":"香港編","type":"tags"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号は香港の基本情報です。\n香港概要 香港(Hong Kong)は、香港島、九龍、新界の三地域からなる、中華人民共和国にある都市で、正しくは中華人民共和国香港特別行政区（Hong Kong Special Administrative Region：SAR）です。\n先号で述べたように、中国では香港がイギリスから返還されてから「一国二制度」を実施し、香港に「高度な自治」と「社会主義ではなく資本主義制度」を認めています。\n「国家」元首は中国の国家主席(習近平)ですが、行政は香港特別行政区政府の長官が代表をつとめます。任期は5年で再選は1度のみ可能であることが、香港の憲法に相当する「中華人民共和国香港特別行政区基本法」(Basic Law)で定められています。\n東京都の約半分の面積(約1,080平方km)の中に、人口は745万人(2018年時点)を抱えており、人口密度は東京都より1割ほど大きい値です。\n香港は19世紀半ばから埋め立てにより土地が造成されており、分かりやすいところで言えば、国際空港や香港ディズニーランドなどは埋立地に建設されています。\n現在も埋め立ては続けられており、香港の陸地面積は年々少しずつ増えています(2015年→2018年の3年間では0.9%増加しています)。\n※数字は、香港特別行政區政府および同統計處の「香港統計年刊Hong Kong Annual Digest of Statistics」から引用\n香港島と九龍半島を結ぶビクトリア・ハーバー。世界三大夜景の一つとして有名ですが、19世紀から埋め立てが続けられています 平均寿命(男女あわせた平均)は世界一で、世界銀行の統計データによれば、\n一位：香港(84.2歳)\n二位：日本(84.0歳)\n三位：マカオ(83.8歳)\n四位：スイス(82.9歳)\n五位：スペイン(82.8歳)\nとなっています（2016年時点）。\n言語は広東語（標準中国語と比べると非常に威勢が良い！）で、もちろんビジネスでは英語も使われますが、街中では英語が通じないことも多くあります。\n通貨は香港ドル（HKD）で、現時点でのレートはだいたい1HKD=15円くらいです。\n紙幣は、中国銀行、香港上海銀行(HSBC)、スタンダード・チャータード銀行の3行が発行しているため、デザインも3種類あります。\n日本との時差は1時間（日本が進んでいる）、気候は亜熱帯に属しますが、ゆるやかな四季があり、気温は年を通して日本と同じように変動します（東京の最高気温より3〜5度くらい高い）。\n香港というと高温多湿のイメージが強く、実際その通りですが、夏場は日本のほうが高温になりますし、冬場は香港でも防寒が必要です（暖房設備は基本的にありません）。\n入出国 香港は中国の一部ではありますが、中国以外の国はもちろんのこと、中国本土や、同じ特別行政区であるマカオに対しても、出入国の手続きが必要です。\n入国は、パスポートと記入済みの入国カード兼出国カードを提出するだけです。\n入出国カードはカーボン紙になっていて、記入するとそのまま二枚目の出国カードにも内容が写され合理的です。\n香港ではパスポートへのスタンプは廃止されていて、代わりに滞在期限が印刷された小さな紙を受け取ります。\n出国も、パスポートと出国カードを係員に渡すだけですが、2017年10月から\u0026quot;Smart Departure\u0026quot;という顔認証出国システムによる自動出国ゲートが導入されています。\nパスポートを読み取り機にかざし、顔写真を撮られて処理終了という、いたって簡単かつ短時間で済むものです。\n自動出国ゲートではパスポートのみ読み取るため、出国カードは実質不要です。\nなお、入出国の要領は、飛行機のみでなく、フェリーの場合でも同様です。\n入国後の3タスク 両替は空港内に両替所があります。携帯電話のSIMカードも一緒に販売しているので、まとめて済ませることが可能です。\n香港国際空港から市街地への移動には、エアポートエクスプレス(機場快線)、空港バス、タクシーが使えます。\nエアポートエクスプレスで25分(110HKD)、タクシーで40分(300HKD)くらいで中心部のセントラル(中環)に着きます。\n香港で交通機関や買い物をするには、日本のSUICAやPASMOにあたるオクトパスカード（八達通）が便利です。\n空港到着ホールを突っ切って、エアポートエクスプレス乗り場近くにある旅客服務(Tourist Services)で入手できます。\nエアポートエクスプレス。約25分の所要期間で、香港国際空港と中環を結びますオクトパスカード。カードリーダーで残額を確認しているところです 今号は以上で終了です。\nではまた次回お会いしましょう。\n※本文中の数値やURL等は執筆時点のものです\n","date":"2018年9月27日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1221/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号は香港の基本情報です。\n香港概要 香港(Hong Kong)は、香港島、九龍、新界の三地域からなる、中華人民共和国にある都市で、正しくは中華人民共和国香港特別行政区（Hong Kong Special Administrative Region：SAR）です。\n先号で述べたように、中国では香港がイギリスから返還されてから「一国二制度」を実施し、香港に「高度な自治」と「社会主義ではなく資本主義制度」を認めています。\n「国家」元首は中国の国家主席(習近平)ですが、行政は香港特別行政区政府の長官が代表をつとめます。任期は5年で再選は1度のみ可能であることが、香港の憲法に相当する「中華人民共和国香港特別行政区基本法」(Basic Law)で定められています。\n東京都の約半分の面積(約1,080平方km)の中に、人口は745万人(2018年時点)を抱えており、人口密度は東京都より1割ほど大きい値です。\n香港は19世紀半ばから埋め立てにより土地が造成されており、分かりやすいところで言えば、国際空港や香港ディズニーランドなどは埋立地に建設されています。\n現在も埋め立ては続けられており、香港の陸地面積は年々少しずつ増えています(2015年→2018年の3年間では0.9%増加しています)。\n","title":"2018.09号 香港編(2)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今回から東アジアに移ります。初回は香港編です。\nまずは、歴史から触れていきます。\n\u0026quot;香港\u0026quot;以前 元々は広東省の最南端に位置する、土着民が暮らしていた地域で、秦や漢の時代に中原の支配を受けるようになり、同時に漢族が移住してきます。\n宋の時代以降は、北方から侵攻してきた女真族(金)やモンゴル(元)が中国を支配したことに伴い、漢族の南方への移住はますます増えてきます。\n16世紀(明の時代)になると、ポルトガルが来航し、貿易の中継地点として便利なこの地を占拠する事件が発生しますが、明はこれを駆逐し、ポルトガルはマカオに移っていきます。\n清の時代になり開港すると、イギリスの東インド会社などが来航するようになり、商館が建てられます。\nイギリスは、支配下のインドを含めて、清→イギリス(茶)、イギリス→インド(綿織物)、インド→清(銀、後に阿片)の、いわゆる三角貿易を行います。\nイギリスの貿易は、インドとの間では黒字、清との間では赤字、合計すると赤字でした。対清の赤字を埋めるべく、インド→清に当時の国際通貨である銀を支払っていました。この状況を打開したいイギリスは、インドで生産された阿片(麻薬)を清に密輸し現金(銀)化します。\n清では、大量の銀がイギリスに流出し、阿片中毒が蔓延したため、阿片の密輸を厳しく取り締まり、これがきっかけでアヘン戦争が勃発します。\n結果として、イギリスが勝利し、1842年の南京条約で香港島がイギリスに譲渡されます(※現在の\u0026quot;香港\u0026quot;は「香港島」「九龍」「新界」の三地域からなります)。\n\u0026quot;香港\u0026quot;という名称は、19世紀初め頃から、イギリスによる地形調査において香港島を指す名前として使われるようになりました。\nイギリスの植民地時代 香港島がイギリスの直轄領になった後、清ではイギリス排斥の風潮が高まり、事件が多発し、イギリスも対抗する体制を整えていきます。イギリス船籍のアロー号への臨検(条約違反の調査のための強制立ち入り検査)をきっかけに、イギリスは第二次アヘン戦争(アロー戦争)を起こし、これに勝利します。今度は北京条約により香港島の南側の九龍半島の割譲を受けます。\n清は二度のアヘン戦争に負けただけでなく、その後アジアに進出してきたフランスとの清仏戦争でも敗北し、ベトナムの宗主権を剥奪され、弱り目に祟り目の状態です。そんな状況で、イギリスは、九龍の南側の新界地域の租借(99年後に返還する)に成功します。イギリスは三度に渡り徐々に領土を獲得していったのです。\nイギリスは香港を自由貿易港とし、輸入品に対して無関税としました。これにより世界中の商社が香港に進出してきます。\n銅鑼灣（Causeway Bay コーズウェイベイ）のヴィクトリア公園にあるヴィクトリア女王像 日本軍統治時代 1937年に日中戦争が始まり、1941年には日本軍が香港を占領し、終戦まで日本軍の統治下に置かれます。\n統治しやすいように人口を減らす意図での半強制疎開、香港ドルの使用を禁止し日本軍発行の軍票への切り換え、日本語教育の導入、主要道路の日本名への変更などが行われました。また、生活のあらゆることが日本軍の管理下におかれ、市民の生活は維持が難しいほど困窮していきます。\nしかし日本軍が行ったことはそれだけではなく、イギリス軍との戦闘によって停止状態に陥った経済や文教・福祉政策を復興させ、許可制による企業の再開、総貿易体制の再構築、学校の再開、福祉事業の再開なども実行しています。\n終戦により3年8ヶ月の日本軍の統治は解かれ、再びイギリス領に戻ります。\n九龍のメインストリートのネイザンロード(彌敦道)。日本統治時代には\u0026quot;鹿島通り\u0026quot;に改名されていました 第一次世界大戦と第二次世界大戦での犠牲者を弔うために建てられた平和記念碑 戦後の香港 戦後の中国は、国民党と共産党の内戦、中華人民共和国の建国、大躍進運動(毛沢東による工業・農業の大増産政策。失敗し2,000万人の餓死者が出る)、文化大革命(実質、文化大革命を失敗した毛沢東の復権と政敵失脚のための権力闘争)、など混乱が続き、難民が発生しますが、香港政庁(イギリスの植民地政府)は合法・不法によらず、難民を受け入れます。戦後の香港の著しい経済発展に伴い、労働力が必要であったこともその一因です。\nしかし、庶民の生活は苦しく、政府の福祉や弱者対策も不十分で、暴動が多発します。香港政庁は、社会福祉の拡大、公共住宅の建設、無料の義務教育、公的支援の提供、交通インフラの整備、労働関連法規の制定、汚職取り締まりなどを行い、改善していきました。これには、1997年の新界の租借期間満了後を見据え、優れた統治を行うことで中国との交渉を有利にするため、という打算もありました。返還時期が迫る中、イギリスはこれまで中国共産党政権からの圧力によりためらっていた民主化を決断します。普通選挙を実施し、民主化を進めます。折しも、天安門事件(民主化を求める一般人デモ隊を軍が武力で鎮圧した事件)が発生し、香港内で中国返還への恐怖が生まれ、イギリスは中国に対し民主化の必要性を訴え、中国政府も一応それを飲みます。\n中国への返還 イギリスは新界の租借期間満了の1997年以降も香港の統治を続けることを希望しますが、中国の最高指導者鄧小平はそれを受け入れません。当時の中国は、台湾(中華民国)に代わって国連代表権を獲得したばかりで、台湾問題の解決策として、社会主義の中に資本主義の体制を含む「一国二制度」を目論んでいて、まず香港をそのモデルケースにしようとしていたためです。\n北京でのイギリスのサッチャー首相と鄧小平との会談で、鄧小平が強硬な態度を示し、サッチャー首相が心労により会談後に転倒したという有名な話と映像が残っています。イギリスは香港統治の継続を断念し、1997年に香港は中国に返還されました。本来は返還対象は新界のみですが、香港島と九龍半島をあわせた三地域は事実上分離不可能であり、この時代に植民統治を続けるべきかという国際世論もあり、イギリスは三地区全てを返還したのです。\n返還後も、香港と中国大陸との間の隔たりは大きく、雨傘運動(※)に代表されるデモが頻発しています。\n※2014年に起きたデモ隊と警察との衝突。非民主的な選挙制度導入決定に怒った学生らが、警察からの催涙弾を避けるために雨傘を持ってデモに参加したことが名前の由来\n今号は以上で終了です。\nではまた次回お会いしましょう。\n※本文中の数値やURL等は執筆時点のものです\n","date":"2018年8月24日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1209/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今回から東アジアに移ります。初回は香港編です。\nまずは、歴史から触れていきます。\n","title":"2018.08号 香港編(1)","type":"archives"},{"content":" プロジェクトマネジメント協会 Project Management Institute, Inc(PMI)®からようやく A Guide to the Project Management Body of Knowledge (PMBOK® Guide) 6th Edition（PMBOK®ガイド第6版）の日本語版書籍が送られてきました。\nPMI®日本支部のブックストアでは「2018年1月29日より出荷いたします」と告知されていたもので、ようやく届きました。\nPDF版は持ち運びに便利で検索ができるのが大きな長所ですが、査読にはやはり紙が適しています。\n第6版の書籍は、無許可の複製を防止するために偽造防止印刷技術を施して印刷しているとのことで、紙面が白ではなく灰色になっています。書き込みをするにはちょっと不向きです...\n記述内容の修正はされていますが、なにぶん膨大な情報量のため、依然「あれっ？」という箇所は散見されます。\nPDF版では用語集で終わってしまっていましたが、巻末にきちんと索引が追加されて、結果的に30ページ増えています。\n本文の記述ページ（どのページに何が書かれているか）は不変であったため、テキスト類の引用箇所の記載を直す必要がなかったのは幸いでした。我々のような認定教育機関(R.E.P.)の場合には、PMI®標準からの引用を用いて作成したテキストは、引用ページもレビュー対象となり、誤ったページを記すわけにはいかないのです。\nPDF版も書籍と同様の修正がなされているので、公開直後にダウンロードされた方は再ダウンロードするとよいです。\nちなみに、ファイルサイズは、当方の環境で7MB弱増の111.6MBと、巨大なままです（英語版は7.3MBだったものが27MBに増量）。\n※PMBOK、PMIはプロジェクトマネジメント協会 (Project Management Institute, Inc.)の登録商標です\n※本文中の数値やURL、情報等は執筆時点のものです\n","date":"2018年2月2日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1190/","section":"Archives","summary":" プロジェクトマネジメント協会 Project Management Institute, Inc(PMI)®からようやく A Guide to the Project Management Body of Knowledge (PMBOK® Guide) 6th Edition（PMBOK®ガイド第6版）の日本語版書籍が送られてきました。\nPMI®日本支部のブックストアでは「2018年1月29日より出荷いたします」と告知されていたもので、ようやく届きました。\nPDF版は持ち運びに便利で検索ができるのが大きな長所ですが、査読にはやはり紙が適しています。\n第6版の書籍は、無許可の複製を防止するために偽造防止印刷技術を施して印刷しているとのことで、紙面が白ではなく灰色になっています。書き込みをするにはちょっと不向きです...\n","title":"PMBOK®ガイド第6版の日本語版書籍","type":"archives"},{"content":"","date":"2018年2月2日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/pmbok6/","section":"Tags","summary":"","title":"PMBOK6","type":"tags"},{"content":"皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今回は、ASEAN総集編をお届けします。前回のカンボジア編で、ASEAN10カ国を網羅しました。最初にお届けしたベトナム編から約4年かけての連載でした。\n変化が早く大きい新興国が多いため、現在ではだいぶ様変わりしている国も多数あります。\n連載開始からここまでの4年間(2014年1月-2017年12月)に起きた主な出来事を挙げてみます。 国家元首や為政者の交代（※国名は五十音順、人名は略称・通称、敬称略） 国名　：交代　：前職→現職(現職就任年月)　※備考\nインドネシア：大統領　：ユドヨノ→ジョコ・ウィドド(2014.10)\nカンボジア　：不変　：※最大野党の解党命令(2017.11)\nシンガポール：大統領　：前任２名→ハリマ・ヤコブ(2017.9)\nタイ　：国王　：プーミポン→ワチラーロンコーン(2016.10)\n：首相　：インラック→(代行→)プラユット(2014.5)　※軍政維持\nフィリピン　：大統領　：アキノ三世→ドゥテルテ(2016.6)\nブルネイ　：不変\nベトナム　：国家主席：チュオン・タン・サン→チャン・ダイ・クアン(2016.4)\nマレーシア　：国王　：アブドゥル・ハリム・ムアザム・シャー→ムハンマド5世(2016.12)\nミャンマー　：大統領　：テイン・セイン→ティン・チョウ(2016.3)　※スー・チー国家顧問\nラオス　：国家主席：サイニャソーン→ヴォーラチット(2016.4)\n主な出来事 2014年\nインドネシア：新大統領就任\nタイ　：クーデター発生、軍事政権へ移行\nフィリピン　：人口一億人突破、台風による大被害\nブルネイ　：新刑罰施工\nベトナム　：日越友好橋完成\nマレーシア　：航空機行方不明、クアラルンプール国際空港第2ターミナル開港\n2015年\nシンガポール：独立50周年、\u0026quot;建国の父\u0026quot;リー・クアンユー死去\nタイ　：爆弾テロ発生\nフィリピン　：国際警察とテログループとの銃撃戦\nベトナム　：ベトナム戦争終結40周年、ベトナムドン通貨切り下げ\nミャンマー　：総選挙実施、政権交代\n2016年\nインドネシア：爆弾テロ発生\nカンボジア　：成田-プノンペン直行便就航\nタイ　：前国王死去、新憲法案国民投票により可決\nフィリピン　：新大統領就任、日比友好60周年、天皇皇后陛下渡比\nベトナム　：ベトナム共産党新指導部発足\nラオス　：ラオス人民革命党新最高責任者就任\n2017年\nカンボジア：最高裁最大野党解党命令\nタイ　：前国王葬儀\nブルネイ　：国王即位50周年\nマレーシア：空港で北朝鮮金正男氏殺害、日マ外交樹立60周年\nミャンマー：ロヒンギャ避難民問題拡大\nその他もろもろ このコラムの前身を含めた連載開始時の5年前と比較すると、以下のようなことが起き、そして感じています。\n為替が円安になり、それとは別に、ASEAN各国の物価が上がっています。10カ国のコラムで、各国の物価が感覚的に日本のどれくらいかを記しましたが、為替や物価の変動により、各国が一様に「日本の半分くらい」という評価になってしまい、結果としてASEANの各国同士の比較の役には立たなくなってしまったことが自分としても不本意(?)です。\nまた、残念なことに、日本の存在感は低いまま回復せず、「日本に追いつき追い越せ」だったはずが、日本を除外あるいは軽視する雰囲気が出てきているのは否めません。\n中国の存在感が否応なしに大きいということもありますが、他国と比べて、相対的に、ビジネスの進展の遅さや実行力の低さ、労働環境の悪さ、昨年頃から露呈している企業の不正、など、魅力に乏しくなってきているのも事実です。\n多国語で書かれた看板や商品に貼付されている説明書に、以前は日本語の記述が含まれていたのがなくなっていたりなど、寂しい思いをすることが増えてきました。\nただ、日本食は相変わらず各国で人気があり、多くの日本料理店が営業しています。\n2020年の東京オリンピックに向けて多くの改善や変化の兆しが見えています。\nそれでどれだけ変わっていくか期待するとともに、自分にできることで日本の良さを伝えたいと強く思います。\nASEAN編は以上でひとまず一段落です。\n次号からは、ASEAN以外のアジアにも視野を広げていきます。\n※本文中の数値等は執筆時点のものです\n","date":"2018年1月26日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1184/","section":"Archives","summary":"皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今回は、ASEAN総集編をお届けします。前回のカンボジア編で、ASEAN10カ国を網羅しました。最初にお届けしたベトナム編から約4年かけての連載でした。\n変化が早く大きい新興国が多いため、現在ではだいぶ様変わりしている国も多数あります。\n連載開始からここまでの4年間(2014年1月-2017年12月)に起きた主な出来事を挙げてみます。 国家元首や為政者の交代（※国名は五十音順、人名は略称・通称、敬称略） 国名　：交代　：前職→現職(現職就任年月)　※備考\nインドネシア：大統領　：ユドヨノ→ジョコ・ウィドド(2014.10)\nカンボジア　：不変　：※最大野党の解党命令(2017.11)\nシンガポール：大統領　：前任２名→ハリマ・ヤコブ(2017.9)\nタイ　：国王　：プーミポン→ワチラーロンコーン(2016.10)\n：首相　：インラック→(代行→)プラユット(2014.5)　※軍政維持\nフィリピン　：大統領　：アキノ三世→ドゥテルテ(2016.6)\nブルネイ　：不変\nベトナム　：国家主席：チュオン・タン・サン→チャン・ダイ・クアン(2016.4)\nマレーシア　：国王　：アブドゥル・ハリム・ムアザム・シャー→ムハンマド5世(2016.12)\nミャンマー　：大統領　：テイン・セイン→ティン・チョウ(2016.3)　※スー・チー国家顧問\nラオス　：国家主席：サイニャソーン→ヴォーラチット(2016.4)\n","title":"2018.01号 ASEAN総集編","type":"archives"},{"content":"","date":"2018年1月26日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/asean/","section":"Tags","summary":"","title":"ASEAN","type":"tags"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\nカンボジア編最後の今回は、首都プノンペンの様子をお届けします。\n街の様子 アジアの他国と同様、車やバイクの数が非常に多く、信号の数が少ないです。歩く人はあまり見かけず、徒歩で移動しているとトゥクトゥク(バイクで車両を牽引する乗り物)の運転手が声をかけてきます。\n日本車、特にトヨタ車(レクサスを含む)を圧倒的に多く見かけます。\nとにかく渋滞が酷く、朝夕に限らず道路は混雑しています。久しぶりに出張でプノンペンに赴いたときに、5年くらい前よりも車の運転が穏やかになったかなと一瞬思ったのですが、車の数が増えたせいでしょう。\nカンボジアでは、タクシーを呼ぶのに、スマートフォンと連動した配車サービスが使われています。UBER(ウーバー)が代表格ですが、カンボジアでは、EXNET、iTsumo、PassApp、CamGoと乱立状態です。\n2014年からプノンペン市内には路線バスが開通して、先述のトゥクトゥクに加えて、安価な移動手段になっています。\n高層ビルから眺めたプノンペンの街 左側には高層ビルが見えます 治安 深夜に出歩かない、日本語で話しかけてくる人にむやみについていかない、など、海外で当たり前のことに気をつけてさえいれば、身の危険を感じるようなことはありませんが、ひったくりには注意が必要です。\n特に、スマートフォンは狙われやすく、背後からバイクで近づいてひったくる手口が多いです。滞在中は外でiPhoneを使う時には周囲に警戒しながら使用しました。\nまた、交通事故も多いです。\nある出張時に、わずか三日間の滞在中に二度立て続けに衝突事故を目撃しました。一件は、バスを追い越そうとしたバイクがバスからの降車客に追突しました。幸い被害に遭った人はしばらくして立って歩けていたので良かったのですが、警察を呼ぶでもなく、相手に文句を言うでもなく、その場を立ち去っていました...\nもう一件は、荷物を載せたバイクに別のバイクが衝突していました。ぶつけられたほうのバイクは過剰な荷物を運んでいたのでただでさえ危ないのですが、追い越しバイクが引っ掛けて、路上に荷物が散乱してえらい迷惑でした。運転マナーなどは無いに等しくらいに思ったほうがよいです。\nインフラ状況 カンボジアでは電力不足が深刻な問題で、タイ、ラオス、ベトナムなどの近隣国から電力を輸入していますが、新しい石炭発電所の稼働や水力発電への投資により、2016年はカンボジア国内での電力生産が増加し、輸入量が減ったとのことです。幸い、最近の出張で停電になったことはありませんが、ホテルの廊下には充電式の非常灯が置いてありました。\nプノンペンの上水道は、日本の北九州市の協力により、実は飲めるほどです。しかし、他国でもよくあるように、水道管が汚れているため、飲用には適しておらず、ミネラルウォーターを買って飲みます。\n道路は、都市部は整備されていますが、少し離れると未舗装のガタガタ道が多くあります。舗装道路でも、スコールが降ると冠水し、渋滞に拍車をかけます。\n現在、日本の無償援助により交通制御システムの整備が行われており、100箇所の信号機の設置と、中央制御のための交通管制センターを建設中で、2018年に始動する予定で工事が進められています。\nちなみに、日本はカンボジアへのODA最大援助国です(データはOECDの統計データによる)。\n通信事情 電話の普及率は、2016年時点で、固定電話は14.20%、携帯電話は117.09%です(数字はITU(国際電気通信連合)の統計データから引用)。\nスマートフォンはだいぶ普及してきていますが、まだまだ高級品で、フィーチャーフォン(ガラケー)も多く使われています。\n現地の友人に聞いたところ、\n「スマートフォンは、Apple、Samsung、Huaweiの順に人気があるが、前二つは高価なので中華製を使っている人が多い」\nとのこと。\n通信速度はまずまずで、支障なく使えます。\n食事 最後はいつものように食事で締めましょう。\nカンボジアの主食は周辺国と同様に米(インディカ米)です。\n汁つきの米麺(Kuy Teav：クイティウ)は朝食の定番です。肉や野菜で出汁を取ったあっさりしたスープで、つるっと食べられます。\n\u0026quot;アモック\u0026quot;も代表的なクメール料理(カンボジア料理)です。魚の切り身や野菜などにココナッツミルクを入れて蒸したもので、タイカレーに少し似ていますが、辛くなく、日本人の口に合います。アモック・トレイ(魚のアモック)には、雷魚(ライギョ)を使うことが多いようです。\n食事で気づいたことで、カンボジアではメニューに牛肉料理が並んでいます。ヒンドゥーの影響を受けているので、周辺国のように牛肉は食べないような気がしていたのですが、どうもそんなことはないようです。\n農水省のデータを見ると、日本産牛肉の輸出先は、2016年時点で、一位が香港、二位がカンボジア、三位が米国となっています。\nもっとも、BSE(牛海綿状脳症)で和牛の輸入禁止になった国にカンボジア経由で密輸されている、という話もありますが...\nアモック・トレイ。日本人の口に合います。 クイティウ。トッピングに牛肉を選びました 歴史的に政情不安を抱え続けながらも近年発展を続けているカンボジア。\n先日もカンボジアの最高裁が最大野党のカンボジア救国党に解党を命じるなど、まだ安定感は見えません。\nしかし、タイ、中国、ベトナムの次の投資対象国として、ミャンマーなどと並んで注目を集めています。 カンボジア編は以上で終了です。\nではまた次号でお会いしましょう。\n※本文中の数値やURL等は執筆時点のものです\n","date":"2017年12月26日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1174/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\nカンボジア編最後の今回は、首都プノンペンの様子をお届けします。\n","title":"2017.12号 カンボジア編(4)","type":"archives"},{"content":"","date":"2017年12月26日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%9C%E3%82%B8%E3%82%A2%E7%B7%A8/","section":"Tags","summary":"","title":"カンボジア編","type":"tags"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今回はタイ番外編をお送りします。\n昨年2016年10月13日にプーミポン前国王(ラーマ９世)が死去した際に、現地の様子を番外編としてお届けしました。\nそれから一年が経ち、先月10月に国を挙げての大規模な葬儀が行われ、国民が偉大な前国王に最後のお別れをし、喪が明けました。\n今回はその様子を記していきます。\n前国王死去から葬儀までの経過 昨年10月の死去から葬儀が終わるまで、およそ以下のような経緯がありました。\n2016年10月13日 前国王死去（1946年に18歳で即位、在位期間70年4カ月）\n2016年10月13日 タイ政府が30日間の半旗掲揚と公務員の1年間の服喪を発表\n2016年10月16日 タイ政府が黒服の代わりに黒リボン着用の公式見解を発表\n2016年10月17日 文化相が伝統行事ロイクラトン(灯籠流し。11月に実施)実施可の見解を発表\n2016年11月22日 前国王追悼式典実施\n2016年12月01日 ワチラーロンコーン新国王(ラーマ10世)即位\n2016年12月26日 火葬施設敷地境界決定の儀式\n2017年02月27日 火葬施設着工式\n2017年10月07日 葬儀リハーサル実施(15日、21日にも実施)\n2017年10月18日 火葬施設落成式\n2017年10月25日 葬儀期間開始\n2017年10月26日 火葬実施。休日。\n2017年10月29日 遺骨・遺灰を王宮と寺院に移送。葬儀期間終了\n2017年10月30日 喪明け\n日程は未定ですが、来月2017年12月に、ワチラーロンコーン新国王の戴冠式が行われると見られています。\n即位式と戴冠式は実質同じものと思っていましたが、タイの国王は即位をしてから戴冠式を行うまで間が空くことがたいていです(前国王は即位の四年後に戴冠)。\n前国王 1946年に兄である先王の死去(不信死)により即位しました。\nこの時期は、タイが絶対君主制から立憲君主制に移行して間もない時(立憲革命の14年後)で、王室の権威は失墜していたと言っていい状況です。\n戦後の高度経済成長期、タイを発端としたアジア通貨危機、10回を超えるクーデターを含む政治的混乱、洪水など、激動の時代に、自らタイ国中に足を運び、国民に寄り添うことを幾十年も続けることで絶大な信頼を勝ち得ていきました。\n国王自体は象徴的存在で政治を直接行ったわけではありませんが、政情混乱が起きた際には仲裁に入り事態を収拾してきたことで、権威が一段と上がりました。\n1992年の\u0026quot;暗黒の5月事件\u0026quot;(クーデターにより権力を掌握した陸軍に対して大規模な抗議デモが起こり、軍がデモ隊に発砲し多くの死傷者が出た)で、事態を憂慮した前国王が軍政のトップとデモ隊の指導者を呼び出し、自分の前に座らせ、衝突の収拾を指示した場面は、映像や写真でよく見られ、象徴的な出来事です。\nまた王室プロジェクトと呼ばれる開発計画を立案し、水資源や灌漑開発、農地や農作物の開発、など、特に貧困の農村地域の生活の向上と安定化に尽力されました。\n葬儀 2017年11月25日(水)〜29日(日)が葬儀期間とされ、26日(木)に火葬が行われ、この日は休日となりました。\n王宮近くはもとより、街のいたるところに黄色いマリーゴールドの花が植えられ、国王を偲んでいます(タイには曜日ごとに色が決められていて、前国王誕生日の月曜日は黄色)。\n運賃を無料にしている公共交通機関もありました。\n沿道には黄色いマリーゴールドの花が植えられていました。\n葬儀時期に花が咲くように植えたのでしょう。 中央のオレンジ色の花で形作られているのはタイ文字の数字の９。\n前国王のラーマ９世を表しています。 昨年の死去後一ヶ月もすると徐々に喪の色が薄くなってきてはいたのですが、葬儀期間中は死去直後の状態に一時的に戻ったかのようです。\n黒い服装が圧倒的に増え、広告や画像・映像は白黒、音楽や派手な照明は止まり、テレビ放送も葬儀の儀式について延々流しています。\n大規模な商業施設(百貨店)の電光掲示板では国王の偉業をたたえた映像を効果的な音楽とともに流し感動的なほどです。 高級百貨店の電光掲示板。\n\u0026quot;HM KING BHUMIBOL\u0026apos;S ASCENT TO HEAVEN\u0026quot;(プーミポン国王陛下は天に召された)と書かれています。 ただ、26日の火葬が終わると、その後は、静かではあるものの、ひと段落したかのような雰囲気になっていました。\nタイで信仰される(上座部)仏教では輪廻転生が信じられており荼毘に付した後の悲しみが長引かない、という人もいます。\n火葬翌日の王宮前広場は、平日のためか、意外なことにがらんとしていました。 火葬施設 先述の火葬施設は、この時のためだけに、昨年の死去後から1年強(※設計期間を含む)かけて火葬施設が王宮前広場(サナーム・ルアン)に作られました。\n火葬後の一ヶ月間は一般に公開され、その後取り壊されます。\n私も実際に火葬施設を見てきましたが、そこの一角に展示されていた説明書きによると、\n「前国王の火葬場と28の建造物は、王宮前広場の儀式用敷地のおよそ３分の2を占め、377枚の略図を基に具現化された。この火葬施設は1,000トン以上の鉄で作られ、景観として500,000以上の植物が使われている。数千人の職人、芸術家、ボランティア、建設会社らによって、完成まで丸一年以上、忍耐を持って作り上げられた。(和訳・要約して記載)」\n火葬施設は須弥山(しゅみせん：仏教において世界の中心にそびえるとされる山。頂上には帝釈天が、中腹には帝釈天に仕える四天王〜持国天、増長天、広目天、多聞天〜が住むとされる)を模したもので、60メートル四方、高さ50メートルにおよぶ黄金色の豪華絢爛なものです。\n(失礼ながら)のんびりしたタイ人がこのような広壮な建物をわずか8か月間で作り上げたというのに驚きますが、「前国王のためなら」という気概がそれを実現したと思うと納得もできます。\n王宮前広場に建てられた黄金色の火葬施設。\n壮大できらびやかです。 葬儀後一ヶ月間は一般公開され、その後取り壊されます。 国王の本当の意味での交代 前国王の服喪期間が明け、黒い服を着た人は減り、電車内や町中の液晶モニタやデジタルサイネージ、音楽、などなど、崩御前に戻りました。\n街のあちらこちらに設置されていた白黒の横断幕、祭壇、肖像画のパネルはすべて撤去されました。\n弔意を表すものだけでなく、あれだけ国中にあふれていた前国王の\u0026quot;色\u0026quot;が完全に消えてしまったのです。\n王位交代による新時代への移行というのはこういうことなのかと実感しました。\n昭和天皇の崩御時には意識しなかったのですが、異国の地でそれをひしと感じました。\n葬儀期間最終日の夕方。鯨幕(白黒横断幕)を片付けていました。 前国王のパネルを取り外しているところ。\nついにこんな日が来てしまった... 今回は以上で終了です。\nではまた次号でお会いしましょう。\n※本文中の数値やURL等は執筆時点のものです\n","date":"2017年11月29日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1154/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今回はタイ番外編をお送りします。\n昨年2016年10月13日にプーミポン前国王(ラーマ９世)が死去した際に、現地の様子を番外編としてお届けしました。\nそれから一年が経ち、先月10月に国を挙げての大規模な葬儀が行われ、国民が偉大な前国王に最後のお別れをし、喪が明けました。\n今回はその様子を記していきます。\n","title":"2017.11号 タイ番外編","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号は前号に引き続き、カンボジアの歴史についてお届けします。\nフランスからの完全独立を果たした後から現在までを記していきます。\n1953年にフランスからの完全独立を果たしたカンボジアですが、直後の1955-1973年にはベトナム戦争があり、終戦後の1975-1979にはポル・ポト政権による恐怖政治が待ち構えています。\n背景 1945年の日本軍撤退後にフランスがインドシナの支配者として戻ってくると、抗仏独立運動が拡大し、ベトナムとフランスの間でインドシナ戦争が勃発します。\nフランスはカンボジアとの間には協定を結び、カンボジアでは憲法制定や政党結成が許され、フランスへの留学者が何人も出ます。この中に、後に自国民の大虐殺を行うポル・ポト(本名サロト・サル)も含まれています。ポル・ポトはフランス留学時代に共産主義に傾倒し、カンボジアがフランスから完全独立を果たした1953年に帰国し、共産党に入り、組織の頂に登っていきます。\nベトナム戦争については、「ベトナム編(1)」で触れていますが、ソ連・中国の支援を受ける北ベトナムと、アメリカの支持を受ける南ベトナムによる、米ソの代理戦争と言えます。ベトナムに隣接するカンボジアやラオスでも同様の状況が起きます。\n共産主義を抑えたいアメリカは、北ベトナムを叩き潰すための味方(傀儡政権)をあれやこれやの手で作ったためです。\n米国の攻撃対象は、北ベトナムだけでなく、北ベトナム側の物資や人員を戦地の南ベトナムに運ぶ補給路\u0026quot;ホーチミン・ルート\u0026quot;も含まれます。ホーチミン・ルートは北ベトナムから南ベトナムまでを迂回する経路であり、ラオスとカンボジアを通ります。このルートの攻撃(爆撃)を容認してくれる傀儡政権が欲しかったのです。\n独立直後 1960年代後半までは\u0026quot;独立の父\u0026quot;ノロドム・シハヌークが独裁政治を行うのですが、後のポル・ポト政権時代と比べれば比較にならないほどマシです。\nシハヌークは中立外交政策を取っていたものの、ホーチミン・ルートの存在を許容し、米国の爆撃を非難していたため、アメリカからは敵視されます。\n1970年、アメリカに担ぎ上げられたロン・ノル将軍がクーデターを起こし、シハヌークを追放、シハヌークは中国に亡命します。\nロン・ノル政権はアメリカの傀儡でお粗末な政権でした。反ベトナム活動を展開し、自国内のベトナム系住民を迫害し、米国が北ベトナムを攻撃するためにカンボジア領内に侵攻することを許します。これによりカンボジア国内の空爆等の被害は甚大になり、200万人の難民が発生します。\n中国に亡命したシハヌークは亡命政権「カンプチア王国民族連合政府」を結成し、それまで反目していたカンプチア共産党(クメール・ルージュ。ポル・ポト派。\u0026quot;カンプチア\u0026quot;とは\u0026quot;カンボジア\u0026quot;のこと)と手を組み、『解放勢力』を結成し、ロン・ノルに対抗姿勢を見せます。同じ敵(米国)を持つ北ベトナムも賛同します。こうしてカンボジアは内戦に突入していきます。\nプノンペン中心部にある\"独立の父\"ノロドム・シハヌークの像。右下に見えるのは独立記念塔。\u003c/ その近くの公園にある、カンボジア・ベトナム友好の塔。 内戦 ベトナム戦争の北ベトナム(中国支援)と南ベトナム(米国支援)の関係が、カンボジアにおける『解放勢力』(中国支援)とロン・ノル政権(米国支援)にあたります。\n『解放勢力』＆北ベトナムの連合軍と、ロン・ノル＆米国連合軍との戦いは熾烈化しますが、最終的には前者が勝ち、1973年に米軍と北ベトナム軍は撤退します。しかし、『解放勢力(ポル・ポト派)』はロン・ノル軍への攻撃を続け、1975年に首都プノンペンを陥落させ、内戦を収めます。これをポル・ポト派は「解放」と呼びます。北ベトナムが南ベトナムを負かす1ヶ月前のことです。\nポル・ポト政権 「米国を退けた」「ベトナムよりも先に国内統一を果たした」「史上最高の革命を成し遂げた」という\u0026quot;思い込み\u0026quot;が暴走を生み、ポル・ポト派は荒唐無稽な恐怖政治を行います。\n内戦を終わらせプノンペンに入城してきたポル・ポト派を市民は歓迎しますが、文字通りその直後から悪夢が始まります。\nポル・ポト派は以下を行います。\n・国民を都市部から農村部に強制移住させ農業に従事させる\n・他国を一切頼らない完全自主独立を目指し鎖国した\n・貨幣の廃止\n・機械の使用禁止\n・仏教の禁止と僧侶の迫害\n・旧体制、旧文化、外国文化の廃止と禁止\n・党に反対する者、スパイとみなされる者、知識人を処刑する\n・家族制度の廃止（知識に汚されていない子供を親から離して生活させ洗脳する）\n・自由な婚姻の禁止（党が決めた相手と結婚する）\n・徹底した秘密主義で政権を運営する（ポル・ポトがトップだとわからないようにした）\n・シハヌークを幽閉し、傀儡にして利用した\n・カンボジア内で何が行われているか国外に分からないように隠蔽した\n全国170か所に収容所を設け、反革命分子と見なした人達を連行し、拷問による自白を強要した後に、国内340か所に存在した虐殺場(キリング・フィールド)で処刑しました。集団墓地は19,400か所あると言われています。\nプノンペン市内にある通称\u0026quot;トゥール・スレン\u0026quot;(暗号名：S-21)がそれら収容所網の極秘センターとなり、この残虐非道の行為が続けられました。トゥール・スレンだけでも12,000-20,000人が収容され、確認されている生存者はわずか12名です。\nポル・ポト政権の崩壊 1975年の「解放」までは北ベトナムと手を組んでいましたが、解放後からは国境地帯で武力衝突が頻発し、ベトナムと対立が生じます。\nベトナムは中国と関係が悪化していて、中国の支援を受けていたカンボジアとも必然相反します。\n1978年、カンボジアのベトナム国境付近で、ポル・ポト政権打倒を目指す「カンボジア救国民族統一戦線」が結成され、ヘン・サムリンが指揮します。ヘン・サムリンはベトナム軍と共に大攻撃を行い、翌年初頭に首都プノンペンは陥落、ポル・ポトらはタイ国境のジャングルに逃走します。こうしてポル・ポト政権は終わります。1975年時点の人口789万人に対し、その2割以上の150-200万人が殺されました。ポル・ポトが政権を握った3年8ヶ月20日間に、毎日1,100人以上を死に追いやった計算です。\nトゥール・スレンS-21。元は高校の校舎で、クメール・ルージュにより拷問所として使われました。現在は虐殺博物館として公開されています。 シェムリアップにあるキリング・フィールド。中央の建物には遺骨が収められています。 ポル・ポト後 1979年、ヘン・サムリン首相による親ベトナムの政権「カンプチア人民共和国」が発足します。しかし、ベトナムの傀儡政権では他国から国家として認められません。カンボジア国内でも複数の反政府勢力との間で対立が残ります。この後国内および18ヶ国との間で様々な交渉が続けられます。\nようやく1991年にパリで和平協定が結ばれ、翌1992年から国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)による平和維持活動が行われます。1993年に国連の監視下で総選挙が行われ、ラナリット(シハヌークの息子)が第一首相、フン・センが第二首相の体制となり、新憲法が発布され、ノロドム・シハヌークを国王とする「カンボジア王国」が正式に発足します。\n1999年にはASEANに加盟します。現在の10ヶ国の加盟国の中で、最後の加入です。\nカンボジアの歴史編は以上で終了です。\nではまた次号でお会いしましょう。\n※本文中の数値やURL等は執筆時点のものです\n","date":"2017年10月24日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1137/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号は前号に引き続き、カンボジアの歴史についてお届けします。\nフランスからの完全独立を果たした後から現在までを記していきます。\n","title":"2017.10号 カンボジア編(3)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号と次号の二回にわたって、カンボジアの歴史についてお届けします。\nカンボジアの歴史については、正確に分かっていない部分が非常に多いのですが、大きく「プレ・アンコール期」「アンコール期」「ポスト・アンコール期」「植民地時代」「現代」に分けることができます。\n有力な王が国をまとめたかと思いきや、その王の死後には分裂し、それが繰り返されていきます。\nまた、王によって信仰する宗教も「大乗仏教」「バラモン教」「ヒンドゥー教」「上座部仏教」など変わっていきます。\n今号では、古代からフランスによる植民地時代までを、例によって、思いっきり要約して記します。\nプレ・アンコール期 現在のカンボジアの位置に、一世紀ごろに最初に現れたとされる国家は扶南(ふなん)です。メコン川下流域からチャオプラヤー川下流域を挟むような領土(現在のベトナム南部、カンボジア、タイ中央部)で、インドと中国を結ぶ中継地にあたり、交易都市として栄えました。\n六世紀頃にメコン川中流域に真臘(しんろう)が興り、当初は扶南の属国だったのですが、七世紀に真臘が扶南を征服します。以後、真臘はメコン川流域を中心にして栄えます。\n八世紀になると、真臘は、メコン川の水路を使って交易を行う南部の\u0026quot;水真臘\u0026quot;と、陸路で交易を行う北部の\u0026quot;陸真臘\u0026quot;に分裂し、弱体化していきます。\nこの時代には、現在のジャワ島を中心とした勢力(シャイレンドラとかシュリーヴィジャヤーと言われますが詳細は不明)があり、真臘は一時的にこのジャワ勢力の支配下に置かれます。\nこの時に、ジャワに捕虜として連行された王子(ジャヤーヴァルマン二世)が、後に祖国に帰国して挙兵し、ジャワに打ち勝ち、独立を果たします。こうして、アンコール王朝が興こります。\nアンコール期 ジャヤーヴァルマン二世がジャワからの独立を宣言して即位し、アンコール朝(クメール朝)を建てたのは九世紀初頭です。神王崇拝(王を神として崇めさせる)を推し進め、クメール人国家を統治します。\nその後も、有力な王の代には国は繁栄していきますが、王の逝去や勢力争い、近隣諸国の侵攻などにより混乱が続きます。\n隣接国や内紛を鎮圧し、アンコール王朝に安定をもたらしたのが、あのアンコール・ワットを建設した、スーリヤヴァルマン二世です。\n12世紀のスーリヤヴァルマン二世の治世では、国内統一のみでなく、東はベトナム南部から西はミャンマー国境までの版図を治めました。\nご存知アンコール・ワット。12世紀にスーリヤヴァルマン二世が建立したヒンドゥー教寺院。 アンコール・ワット第一回廊南面にあるスーリヤヴァルマン二世の壁画 スーリヤヴァルマン二世の死後、御多分に洩れず反乱が起き、隣国との戦争も起きますが、甥のジャヤーヴァルマン七世が平定して、過去最大の版図を得ます。そしてこの時代に、アンコール・トムやバイヨン寺院(元は大乗仏教寺院、後にヒンドゥー化)が建設されます。\nちなみに、\"アンコール\"は「王都」、\"ワット\"は「寺院」、\"トム\"は「大きな」という意味で、\"アンコール・ワット\"は「王都の寺院」、アンコール・トムは「大王都」を意味します。共にアンコール遺跡ではありますが、アンコール・ワットはヒンドゥー教寺院(現在は仏教寺院として使われている)、アンコール・トムは城塞都市で、位置付けが異なります。\nジャヤーヴァルマン七世の死後、内紛、隣国との戦乱、大規模建築などによりアンコール朝は衰退していきます。タイの最初の王朝とされる\"スコータイ朝\"がアンコール朝から独立したのはこの頃です。\n後に、スコータイ朝を併呑したタイのアユタヤ朝がアンコールを侵攻するようになり、15世紀についにアンコールの王都は陥落、600年に渡って続いた歴史に幕をおろします。 ポスト・アンコール期 タイのアユタヤ朝による占領により、クメール王族はアンコールを放棄し首都を移します。しかし、タイ(シャム)の侵攻は止まず、逃れるようにしてスレイ・サントー→プノンペン→ロンヴェック→ウドン→プノンペンへと、次々に遷都していきます。\nウドンに都をおいた17世紀から19世紀は、西のタイ(シャム)のみならず、東のベトナムからも侵攻を受けます。以降、フランスに保護領化されるまで、カンボジアはタイとベトナムの領地争いの対象として翻弄され続けることになります。\nシェムリアップの繁華街にひっそりと立つジャヤーヴァルマン七世の像。 アンコール・トムの中心にあるバイヨン寺院。当初は大乗仏教の寺院として建設されました。 植民地時代 19世紀になると、フランスがインドシナ半島に侵攻してきて、ベトナムを始めとして植民支配を進めます。時のカンボジア国王ノロドムは、タイやベトナムの支配から逃れるため、また、国内の反乱を収めるため、フランスと保護条約を締結します。この後、太平洋戦争期に日本軍が進駐してくるまでの80年あまりの間、カンボジアはフランスの植民地となります。\n1941年に日本軍が進駐してくるとほぼ同時期に、先王の死去によりノロドム・シハヌーク(ノロドム王の曽孫)が即位します。\nシハヌークは、日本軍がフランスをカンボジアから追い出した1945年に独立を宣言しますが、日本の敗戦・軍撤退後には再びフランスの植民地に戻ります。\nシハヌークはフランスからの独立運動を展開し、辛抱強くフランスに独立を求め、米国をはじめ諸外国を歴訪して国際世論にも訴えかけ、ついに1953年に独立を勝ち取り、「カンボジア王国」を成立させます。以降、シハヌークは『独立の父』と呼ばれます。\n念願かなった完全独立ですが、カンボジアの前には世界史上最悪と言われる試練が待ち構えています。\n今回は以上で終了です。次号も引き続きカンボジアの歴史をお届けします。\nではまた次号でお会いしましょう。\n※本文中の数値やURL等は執筆時点のものです\n","date":"2017年9月25日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1118/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号と次号の二回にわたって、カンボジアの歴史についてお届けします。\n","title":"2017.09号 カンボジア編(2)","type":"archives"},{"content":" PMBOKガイド®第6版公開に伴う、PMP®新試験移行時期について、PMI®から告知がなされました。\n2018年03月26日(月) に、PMBOKガイド®第6版に対応した新試験に移行するということです。\nPMBOKガイド®第5版の内容で受験する方は、2018年03月25日(日)が最終期限です。\n受験会場の予約がすぐに埋まってしまうため、早めの申し込みを強くお勧めいたします。\n※PMBOK、PMI、PMPはプロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute, Inc.)の登録商標です。\n","date":"2017年9月23日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1107/","section":"Archives","summary":" PMBOKガイド®第6版公開に伴う、PMP®新試験移行時期について、PMI®から告知がなされました。\n2018年03月26日(月) に、PMBOKガイド®第6版に対応した新試験に移行するということです。\n","title":"PMP®資格試験変更時期が告知されました","type":"archives"},{"content":" A Guide to the Project Management Body of Knowledge (PMBOK® Guide) 6th Edition（PMBOK®ガイド第6版）がつい先ほど公開されました。\nプロジェクトマネジメント協会 Project Management Institute, Inc(PMI)®の会員であれば、英語版や日本語版(全11カ国版)のPDFを無料でダウンロードできます。\n書籍版は、8/1のblog記事にあるように、2017/10/15（日本時間では翌日）から入手可能の予定です。\nプロセス周りで目に見えた変更点としては以下があります。\n・プロセス数：47(第5版) → 49(第6版)\n・知識エリア名の変更１：「タイム・マネジメント」→「スケジュール・マネジメント」\n・知識エリア名の変更２：「人的資源マネジメント」→「資源マネジメント」\n・統合マネジメントの実行プロセス群に「プロジェクト知識のマネジメント」が追加\n・タイム・マネジメントエリアの計画プロセス群から「アクティビティ資源見積もり」が削除\n→ 資源マネジネントの計画プロセス群に移動\n・品質マネジメントの実行プロセス群が「品質保証」から「品質のマネジメント」に変更\n・資源マネジメントの監視・コントロール・プロセス群に「資源のコントロール」が追加\n・リスク・マネジメントの実行プロセス群に「リスク対応策の実行」が追加\n・調達マネジメントの終結プロセス群から「調達終結」が削除\n予告通りAgile(アジャイル)の観点が取り入れられたり、テーラリングの際の考慮事項が付記されたり、各プロセスのInput/Outputに出てくる「プロジェクト文書」「同更新版」が見やすく記されるなど、色々な更新がなされています。\nプロジェクトマネジメントの講座を提供している我々のような企業では、これからテキスト類の改定や準備などに追われることになるのですが、５年振りの改定内容はもちろんのこと、今まで違和感があった部分の修正の有無など、非常に興味深い待望の新版です。\n※PMBOK、PMIはプロジェクトマネジメント協会 (Project Management Institute, Inc.)の登録商標です\n","date":"2017年9月7日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1091/","section":"Archives","summary":" A Guide to the Project Management Body of Knowledge (PMBOK® Guide) 6th Edition（PMBOK®ガイド第6版）がつい先ほど公開されました。\nプロジェクトマネジメント協会 Project Management Institute, Inc(PMI)®の会員であれば、英語版や日本語版(全11カ国版)のPDFを無料でダウンロードできます。\n書籍版は、8/1のblog記事にあるように、2017/10/15（日本時間では翌日）から入手可能の予定です。\n","title":"PMBOK®ガイド第6版公開","type":"archives"},{"content":"サービスの\u0026nbsp;主な実績\u0026nbsp;のページに、ご提供実績を追加更新いたしました。\n","date":"2017年8月31日","externalUrl":null,"permalink":"/info/2017-08-achievement-updated/","section":"お知らせ","summary":"サービスの 主な実績 のページに、ご提供実績を追加更新いたしました。\n","title":"「主な実績」のページを更新しました","type":"info"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号から、カンボジア編に移ります。\n史上最悪と言われる自国民による大虐殺を経ながらも、近年高成長を遂げている同国について、複数回にわたり情報をお届けします。\nカンボジア概要 カンボジア王国（Kingdom of Cambodia）は、インドシナ半島の南部にある、国土面積が日本の半分くらいの立憲君主制の国です。\n首都はプノンペン（Phnom Penh）です。\n人口は2015年時点でおよそ1,550万人(数字は国際連合の \u0026quot;World Population Prospects 2017\u0026quot; から引用)、大半がクメール人(カンボジア人)です。\n公用語はクメール語(カンボジア語)です。外国人が出入りする場所では英語が通じますが、周辺他国と比べる英語が達者な人は少ない印象です。\n国民の9割以上が仏教徒で、上座部仏教を国教としています。\n通貨はカンボジア・リエル(KHRと表記)ですが、米ドルが流通しています。為替レートはこの原稿執筆時点で大体1JPY=38KHR、1USD=4,100KHRです。\n1USD=4,000KHRとして、1米ドルの端数（セント）の代わりにリエル紙幣が使われています。例えば0.5USDの釣り銭の場合に2,000KHR紙幣が返ってきます。カンボジア出張時には、地元の小さな商店で買い物をする時などを除けば、リエルでなく米ドルを使うことが圧倒的に多いので、米ドルを持っていれば支障はないでしょう。\n物価は、モノによって異なりますが、感覚的に日本の三分の一くらいでしょうか。チップの習慣は基本的にありません。\nカンボジアでは米ドルの偽札が出回っているため、高額（目安で20USD以上）の米ドル紙幣を出すと、入念に紙幣を確認されます。ヨレヨレの紙幣を出そうものなら「新札はないのか」と言われます。\n日本との時差は２時間（日本が進んでいる）です。\n季節は大きく雨季と乾季に分かれ、6-10月が雨季、11-5月が乾季です。タイなどの周辺国と同様、4月が最も暑い時期です。\nカンボジアの入出国 カンボジアの国際空港は、プノンペン、シェムリアップ、シアヌークビルにあります。ビジネスではプノンペン、観光で後者2つを使うことが多いでしょう。\nプノンペン国際空港（旧称：ポチェントン国際空港） シェムリアップ国際空港（愛称：アンコール国際空港） 日本からは2016年に成田-プノンペンの直行便が就航しましたが、それ以外はバンコク(タイ)、ホーチミンシティやハノイ(ベトナム)、マレーシアなどを経由して行きます。\n入国にはビザが必要で、事前に日本で取得していくか、カンボジアの空港で取得します。事前に取得する場合は、インターネットで申請するeVisaが便利です。eVisaのWebサイトから申請し、クレジットカードで36USD（執筆時点。金額は変わるので最新情報をお調べください）を支払うと、たいてい1日以内でビザがｅメールで送られてきます。メールに添付されたビザを印刷してイミグレーション時に提示します。\n空港で取得する場合には、飛行機を降りて空港建物に入ってすぐのところにビザ取得カウンターがあるので、入国審査の前に、そこに並んで取得します。\n入国審査では、パスポートとビザ、機内で配られて記入した入国・出国カードを提示します。指紋も取られるので、手元の機械に指を置き、右手４本→右手親指→左手も同様、の順にスキャンを受けます。過去に入国したことがあって指紋の採取が済んでいる場合には、右手４本のみです。スキャナの精度が悪く、エラーが出やすいのですが、慌てずやり直しましょう。\n出口付近に税関申告所があります。特に申告するものがなければ、係員に税関申告書を渡す、もしくは申告書を入れる箱に書類を投入するだけです。 プノンペン国際空港内のバッゲージクレームがあるフロア。左のカウンターが両替所。奥に見えるのが税関。申告するものがない場合には、左側の緑のレーンの\"Nothing to declare\"へ、ある場合には右側の赤のレーンの\"Goods to declare\"へ進みます。 出国時のイミグレーションでは、パスポートと出国カードを提出します。指紋は右手4本のみ採取されます。イミグレーションの後に荷物のチェックを受けて出国手続き完了です。 入国後の３タスク 毎度おなじみの「両替」「SIMカード入手」「移動手段確保」です。以下は、プノンペン国際空港についてですが、シェムリアップ国際空港も空港の造りが似ていて、ほぼ同様です。\nバッゲージクレームのフロア内に両替所があります。日本円を問題なく両替でき、米ドルへの両替なのかリエルへかを聞かれます。他国同様、街中よりもレートが悪いです（私が両替した時は１割くらい悪かった）。\n空港を出て目の前に携帯事業者の販売カウンターが並んでいて、そこでSIMカードを購入できます。\n「通信のみか通話ありか？滞在日数は？」と聞かれます。「1$分の通話＋2.5GB分の通信で6$」「1$分の通話＋6GB分の通信で10$(30日間有効)」「11GB分の通信で15$(30日間有効)」など、様々なプランがあリます。\n店員は数日間の滞在でも二番目の10$のプランを強引に進めてきます。「違いは何か」と聞くと「Unlimited(通信料無制限)」との回答。でも、上述のように上限はあるし、2.5GBも使えるのであれば、最初に挙げた6$のプランで十分です。\n隣のカウンターで購入していた欧米人らしき旅行者は、出した紙幣がほんの少しヨレヨレだっただけなのですが、店員から「新札に代えてくれ」と断られていました。\nタクシー手配所はSIM売り場とは並んでおらず、道を渡った所にあります。行き先を伝えると、金額が書かれたチケットを渡され、タクシー運転手に引き合わされて、車に乗り込みます。値段は行き先により異なりますが、私が宿泊した王宮近くのホテルまでは12$でした。チケット代は手配所では払わず、降車する時にチケットに書かれた金額を支払うので、ぼったくりの心配はありません。\n空港から市街地までは車で30分くらいの距離ですが、渋滞がひどいため、たいてい１時間程度かかります。\nプノンペン国際空港の建物を出たところにあるタクシー手配所。行き先を告げると料金の書かれたチケットをもらえます。支払いは降車時に行います。 タクシーチケット 今回は以上で終了です。次号ではカンボジアの歴史をお届けします。\nではまた次号でお会いしましょう。\n※本文中の数値やURL等は執筆当時のものです\n","date":"2017年8月25日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1066/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号から、カンボジア編に移ります。\n史上最悪と言われる自国民による大虐殺を経ながらも、近年高成長を遂げている同国について、複数回にわたり情報をお届けします。\n","title":"2017.08号 カンボジア編(1)","type":"archives"},{"content":" PMI®からPMBOK®ガイド第6版の公開時期について具体的な日が告知されています。\n◆ 日本語版（全11ヶ国語翻訳版）\nPDF版：2017年09月06日\n書籍版：2017年10月15日\n◆ 英語版\nPDF版：2017年09月06日\n書籍版：2017年09月06日\n※日本時間では翌日\nPMBOK®ガイドの改定に伴い、PMP®資格試験も変更されますが、その時期については「2018年の第一４半期（具体的な日付は追って告知する）」という言及にとどまっています。\n※2017/09/23追記：PMI®から、2018年03月26日(月) に新試験に移行すると告知されました\n切り替えの直前の時期は受験者が増えるため、受験会場の予約が難しくなります。\n資格取得をお考えの方には、早めの申し込み（受験申請と会場予約）をお勧めします。\n※本記事は、執筆時点での発表に基づいて作成しています\n※PMI、PMP、PMBOKはプロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute, Inc.)の登録商標です。\n","date":"2017年8月1日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/1030/","section":"Archives","summary":" PMI®からPMBOK®ガイド第6版の公開時期について具体的な日が告知されています。\n◆ 日本語版（全11ヶ国語翻訳版）\nPDF版：2017年09月06日\n書籍版：2017年10月15日\n","title":"PMBOK®ガイド第6版公開時期とPMP®資格試験の変更時期","type":"archives"},{"content":"皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\nブルネイ編最後の今号では、首都バンダル・スリ・ブガワンの様子についてお届けします。 街の様子 人が少なく、街が空いています。治安は良く、安心して街を歩くことができます(もちろん、気を抜かず、気をつけていることが前提です)。前々回にも書きましたが、歩行者のために車が止まってくれるので、他の国のような危険を感じることがありません。もっとも、車社会で、歩いている人など旅行者くらいなのですが。\nイスラム教国ならでは ブルネイ編(1)で書いたように、お酒はありません(税関で申告すれば持ち込みは可能)。ホテルには、メッカの方向を示す矢印\u0026quot;キブラ(KIBLAT)\u0026quot;がシールで貼られています。私が宿泊したホテルのひとつには、天井にキブラがなかったので探したところ、クローゼットの引き出しの中に貼ってあり、一緒にお祈り用のマットとお祈りの時間表が収納されていました。もちろんコーランも置かれています。\n夕方、日没とともにモスクからコーランが流れてくるので、「イスラム教の国に来たな」というのを実感します。\nASEAN10カ国では、フィリピンのキリスト教を除けば、多くの人は仏教かイスラム教を信仰しています。各国に赴き、その国で信仰されている宗教が生活の(というか人生の)一部になっているのを見ると、不思議とその必要性や良さを感じます。これは、日本にいる時にはついぞ覚えたことのない感覚です。\nオールド・モスク。日没後にコーランが流れる中ライトアップされた姿には、何とも言えない風情があります。 新興の商業地区に建てられたニュー・モスク。ブルネイ最大規模で、5千人を収容可能。 法律により、金曜日の12:00-14:00は集団礼拝の時間と定められており、店舗やオフィスは一時閉館となります(ホテルは営業しています。併設レストランは閉まります)。食事や所要は早めに済ませておく必要があります。\n人に物を渡す時には右手を使い、何かを指す時には人差し指ではなく(右手の)親指を使います。マレーシアでも同じなのですが、クアラルンプールにいた時にはあまり意識したことはなく、ブルネイの時のほうがそれを強く感じました。 インフラ状況 電気は、電力不足などの心配はありません。\nブルネイの水道水は飲めると言われていますが、実際には、ホテルでバスタブに湯を溜めた時には黄色く濁っていたので、飲用にはミネラルウォーターをお勧めします。\n交通事情 先述のように車社会で、道路はきちんと整備されています。トヨタ、スズキ、ホンダ、日産などの日本車が多いですが、KIAやフォルクス・ワーゲンも見かけます。\n公共の乗り物としては路線バスがあります(流しのタクシーは、あるにはあるらしいのですが、無いに等しい)。バンダル・スリ・ブガワン中心部にバスターミナル（現地の人は\u0026quot;バンダー\u0026quot;と呼んでいます）があり、６方向に運行しています。料金は一律1B$(約80円)の前払い制で、乗車したら車掌さん(女性が多かった)か、ワンマンバスの場合には運転手に支払い、チケットをもらいます。行き先を伝えておけば、停留所が近づいたら教えてくれるので、利用しやすいです。\nバスターミナル。現地の人は\"バンダー\"と呼んでいます。バスには大きく数字が書かれているので、どこ行きのバスか一目でわかります。 ある時、バスに乗り込み、運転手にお金を支払い、目的地を伝えました。気のいい運転手からは「わかった！」という明るい返答。しかし、行けども行けども案内がありません。運転手に聞いたら「しまった、忘れてた！」と平謝り。時間に余裕があったので、結局終点(マレーシアとの国境！街が小さいとこういう時は助かる)まで行って、そのまま引き返してきました。もちろん、復路ではちゃんと案内してもらって無事目的地に着きました。\nなお、水上集落\"カンポン・アイール\"では水上タクシー(要するにボートのタクシーです)があります。 通信事情 電話の普及率は、2016年時点で、固定電話は17.11%、携帯電話は120.67%です(数字はITU（国際電気通信連合）の統計データから引用)。SIMカード販売所の店員さんに聞くと、スマートフォンは、サムスン、アップル、ファーウェイ製に人気があるとのこと。4Gの通信も十分な速度が出ており不自由はありません。\n食事 いつものように最後は食事で締めくくりましょう。\nブルネイ料理はマレーシア料理と大体同じです。米や麺を主食に、魚、肉(もちろん豚肉を除く)などの料理があります。\nブルネイ固有の料理として\u0026quot;アンブヤット\u0026quot;があります。サゴヤシから採れるデンプンを熱湯で溶いたものを、Ｙ字型の竹製の箸で巻き取り、酸味のあるソースに付けて食べます。サゴヤシ自体には味がなく、ソースで味が決まります。ソースには色々な種類があり、店によっては選べます。\nブルネイの郷土料理（右下の魚料理は後から出てきたので合成しました）。左上がアンブヤットで、右側の揚げ魚の上にあるのがソース。他は、左から、牛肉の煮込みと生野菜と青菜の炒め物。マレーシア料理でおなじみのナシ・ゴレン。 レストランで食事をしていた時のこと、会計を済ませて店を出て行こうとしていた一団が、明らかに外国人と分かる私に気軽に声をかけてきてくれました。「アンブヤットはそのソースを付けて食べるんだよ。味がないからね！」と教えてくれました。私は、サゴヤシをスプーンですくってお米の代わりにし、他の料理と一緒に食べていて、ソースは「何だ、この料理は？」と不思議に思っていたのです。\n幸いなことに、Ｙ字型の箸を二つに割ってそれで焼き魚を食べていたのは気づかれなかったようです... \u0026quot;永遠に平和な国\u0026quot;という意味のブルネイ・ダルサラーム国。資源に恵まれ、裕福で、人々はゆったりと暮らしています。我々には馴染みが薄いですが、この素敵なイスラム国は、日本でももっと知られて、人の行き来が増えてもいいはずです。\nブルネイ編は以上で終了です。次号からカンボジア編に移ります。\nではまた次号でお会いしましょう。\n※本文中の数値やURL等は執筆当時のものです\n","date":"2017年7月24日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/994/","section":"Archives","summary":"皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\nブルネイ編最後の今号では、首都バンダル・スリ・ブガワンの様子についてお届けします。 街の様子 人が少なく、街が空いています。治安は良く、安心して街を歩くことができます(もちろん、気を抜かず、気をつけていることが前提です)。前々回にも書きましたが、歩行者のために車が止まってくれるので、他の国のような危険を感じることがありません。もっとも、車社会で、歩いている人など旅行者くらいなのですが。\n","title":"2017.07号 ブルネイ編(3)","type":"archives"},{"content":"","date":"2017年7月24日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%8D%E3%82%A4%E7%B7%A8/","section":"Tags","summary":"","title":"ブルネイ編","type":"tags"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号ではブルネイの歴史についてお届けします。\nブルネイの国家としての始まりは正確には分かりませんが、ブルネイが各時代の中国（唐や宋や明など）に朝貢していた記録が中国の歴史書にあります。\nブルネイとしての歴史が明確に現れるのは、14世紀に最初の支配者Awang Alak Betatarがイスラム教に帰依して自身の名前をSultan Muhammad Shahと変えてイスラム教国家になった、ということからです。\nこの初代国王(スルタン)が、現在のブルネイ王室の祖先です（現ハサナル・ボルキア国王は第29代にあたります）。 ブルネイの地理的位置 歴史の話に入る前に、ブルネイの地理的位置について触れておきましょう。\n現在のブルネイは、南シナ海にあるボルネオ島(カリマンタン島とも言います)の北岸に、マレーシアに囲まれて存在する小さな国です。\n後で出てきますが、ブルネイの西側にマレーシアのサラワク州が、東側にサバ州があります。ボルネオ島の南部はインドネシアの領土です。\nブルネイを中心にさらに巨視すると、南シナ海を挟んで西側にマレー半島、北側にフィリピン諸島、南側にジャワ島(インドネシア)、そして東側に香辛料諸島と呼ばれたマルク諸島(モルッカ諸島)があります。\n東南アジアの他国と同様、交易の中継地点として機能する位置にありますが、16〜19世紀当時の主要航路からは少し外れています。\nすでに各国の歴史編で触れているように、16世紀以降、アジア諸国には欧州列強が侵入して植民地化し、時に武力で、時に協定で領土を獲得していきます。\n東南アジア地域の支配者は、マレー半島はポルトガル→オランダ→イギリス、インドネシアはオランダ、フィリピンはスペイン→アメリカのように移り変わっていきます。\nブルネイもその流れに巻き込まれていきます。 ブルネイとマレーシアの陸路の国境。出⼊国管理局があり、⾞が並んでいます。 大航海時代 1511年にポルトガルがマレー半島南西にあるマラッカを占領して東西交易を盛んに始めるようになってから、ブルネイもその中継港市として栄えます。\nこの頃ブルネイは、北にあるルソン島(フィリピン)からカリマンタン西部までの広範を支配下に置いていました。\n1521年にマゼラン遠征隊がブルネイに立ち寄った時の記録には「2万5千戸の海上家屋が存在する」と残されています。ちなみにこの海上家屋は、\u0026quot;カンポン・アイール(水上集落)\u0026quot;として現存します。\n先述のように、主要な交易航路からは少し外れているので、他のアジアの国と比べると欧州列強による争奪戦は激しくはなかったのですが、それでも海上覇権に出遅れたイギリスが、各国の支配地の隙間をつくようにして、ボルネオ島に目をつけてきます。\n⽔上集落\u0026quot;カンポン・アイール\u0026quot;。モスクも⾒えます。現在でも3万⼈がここで⽣活をしています。 イギリス領 マレーシアの歴史で述べたように、インド、ビルマ、マレー半島を支配下に置いていたイギリスは、1824年にオランダと協定を結び、マラッカ海峡から東側の支配圏を得ます。これにより、イギリスの影響がボルネオ島にも大きく及びます。\nブルネイの東側にあるサバ地区(北ボルネオ)ではイギリスが設立した\"北ボルネオ会社\"が天然ゴムなどのプランテーションを経営します。\nこの頃、ブルネイはボルネオ島の北部を中心に周辺を勢力下に置いていましたが、自国内の内紛により力が落ち、西側にある属国サラワクで反乱が起きます。そんな時に、イギリスから民間人ジェームズ・ブルックが派遣されてきます。ブルックが反乱を鎮圧し、ブルネイ王からサラワク王として認められます。\nボルネオ島北部が、イギリスの息のかかったサラワクとサバ(北ボルネオ)の二国、そしてブルネイと、都合三国に分けられたようなものです。\nその後も、ブルックはブルネイ周辺で起きた反乱や抗争を鎮圧し、その度に領土の割譲を迫り、ブルネイの領土は徐々に削り取られていきます。辛抱たまらずブルネイはイギリス本国に上申し、1888年にイギリスはサラワク、ブルネイ、サバ(北ボルネオ)の三地域を保護領とします。これにより一応はブルネイの維持存続が叶ったことになります。\nちょうど同時期に、フィリピンの領有権をスペインから買い取った米国が隣国のブルネイにも接近してきます。\n1903年にブルネイで石油が発見されると、イギリスは石油の採掘権を得るために、1888年の保護条約を強化します。ブルネイが米国側に逃げていってしまわないようにするためです。\nしかし、実際にはイギリスは保護強化の名目でブルネイに駐在官を置き、政治の実権を握ります。ブルネイは、形式上は独立国でも、実質は植民地になってしまったわけです。 太平洋戦争以降 太平洋戦争期になると、日本軍がブルネイにも進駐してきて、イギリスを追い出して占領します。狙いはもちろん石油です。\nしかし1945年に日本軍の支配は終わり、再びイギリスの支配に戻ります。\nイギリスは、マラヤ＋シンガポール＋サラワク＋北ボルネオ＋ブルネイをまとめた「マラヤ連合」を構想しますがうまくはいきません。\n1963年になってようやくマラヤ連邦＋シンガポール＋サラワク＋サバを統一した「マレーシア」を建国しますが、ブルネイはマレーシアには参加しませんでした。石油採掘の権利やマレーシア内におけるブルネイ王の序列に関して交渉が決裂したためです。\nブルネイはイギリス保護国の立場を継続しますが、独立を要求し続けますがそれは叶いません。\n1970年にイギリスで政権交代が起き、これをきっかけにブルネイ政策に変化が生じます。1971年にブルネイの完全自治が認められ、1984年に念願の完全独立を果たします。\n独立したその年にASEAN加盟と国連加盟を果たし、今日に至ります。 今回は以上です。次回はブルネイの現地情報をお届けします。\nではまた次号でお会いしましょう。 ※本文中の数値やURL等は執筆当時のものです ","date":"2017年3月24日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/986/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号ではブルネイの歴史についてお届けします。\n","title":"2017.03号 ブルネイ編(2)","type":"archives"},{"content":"Webサイトを新しくしました。\n現在コンテンツの調整を行っており、2017年2月10日を目処に完了する予定です。\n表示や掲載内容の変更等がありえますが、何卒ご理解いただきたくお願いいたします。\nご不便をおかけすることをお詫びいたします。\n","date":"2017年2月5日","externalUrl":null,"permalink":"/info/2017-02-site-renewed/","section":"お知らせ","summary":"Webサイトを新しくしました。\n現在コンテンツの調整を行っており、2017年2月10日を目処に完了する予定です。\n表示や掲載内容の変更等がありえますが、何卒ご理解いただきたくお願いいたします。\nご不便をおかけすることをお詫びいたします。\n","title":"Webサイトを刷新しました","type":"info"},{"content":"個人情報保護方針のページを追加しました。\n","date":"2017年1月29日","externalUrl":null,"permalink":"/info/2017-01-privacy-added/","section":"お知らせ","summary":"個人情報保護方針のページを追加しました。\n","title":"個人情報保護方針のページを追加しました。","type":"info"},{"content":" 株式会社コアブリッジ（以下「当社」）は、当社のお客様をはじめとした個人情報を適切に扱うことが重要な責務であると考え、以下の通り個人情報の取り扱いに関する方針を定め、遵守いたします。\n個人情報 本方針において、個人情報とは、生存する個人に関する情報で、当該情報に含まれる記述や組み合わせ等によって特定の個人を識別できるものを指します。\n個人情報の取得 個人情報を取得する場合には、収集する事項および利用目的を明確にし、合意を得た上で取得するとともに、その目的外の利用はいたしません。\n個人情報の管理 当社は、個人情報への不正アクセス、個人情報の紛失、破壊、改ざん、漏洩、滅失などのリスクに対して合理的な安全対策及び是正措置を講じます。\n個人情報の利用目的 当社が取得した個人情報は以下の目的で利用します。\n当社に対するお問合せやご依頼等に対する確認や対応を行うため 当社サービスで使用する教材や説明資料等の送付（紙や電子などの媒体を問いません） 当社サービスご提供時の出欠確認、状況記録、運営管理 サービスご提供後の報告業務 当社サービスの改良・開発を行うため 個人を特的できないように情報を加工した上で営業や販売促進の資料を作成・利用・提供するため 第三者への提供 当社は、取得した個人情報の取扱いの全部又は一部を委託する場合は、委託先を適切に選定し、また、委託先に安全管理措置を遵守させるために必要な契約を締結する等の必要な措置を講じます。\n個人情報の提供 当社は、次に挙げる場合を除いて、あらかじめ本人の同意を得ることなく第三者に個人情報を提供することはいたしません。\n法令に基づく場合 生命や財産等の保護のために必要で、かつ、本人の同意確認を得るのが困難な場合 公衆衛生、児童の健全育成に必要な場合 当社が利用目的の達成に必要な範囲内において個人情報の取り扱いの一部または全部を委託・委任する場合 お問い合わせ 当社の個人情報の取り扱いに関するお問い合わせや開示請求、訂正、利用停止、消去は、当社Webサイトの「お問い合わせ」から承り、所定の手続きにより本人確認を取った後に速やかかつ適切に対応いたします。\n制定日　2017年01月28日\n改定日　2022年04月01日\n株式会社コアブリッジ\n代表取締役　柳　恵太\n","date":"2017年1月23日","externalUrl":null,"permalink":"/privacypolicy/","section":"トップページ","summary":" 株式会社コアブリッジ（以下「当社」）は、当社のお客様をはじめとした個人情報を適切に扱うことが重要な責務であると考え、以下の通り個人情報の取り扱いに関する方針を定め、遵守いたします。\n","title":"個人情報保護方針","type":"page"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号からブルネイ編に移ります。\n日本ではあまり知られていない国かもしれませんが、天然資源に恵まれた裕福なイスラム教国で、石油や天然ガスの多くは日本に輸出されています。\nブルネイ概要 ブルネイは、正式名称がブルネイ・ダルサラーム国(Brunei Darussalam)、ボルネオ島の北西部の海岸沿いにある、国土面積が日本の三重県と同じくらいの小さな国です。\nボルネオ島と言ってもピンとこないかもしれませんが、マレー半島の東、南シナ海を渡ったところにある、マレーシアの一部、インドネシアの一部、ブルネイが共存している島です。\n日本では\"ブルネイ\"と呼びますが、実際には\"ブルナイ\"と発音します。\n首都はバンダル・スリ・ブガワン(Bandar Seri Begawan)です。\n首都バンダル・スリ・ブガワンの街並。 こじんまりしていて静かです。人が少なく混雑していません。 立憲君主制を敷いていますが、国王(スルタン)が圧倒的な権限を持っており、実際に現ハジ・ハサナル・ボルキア国王は、首相と国防相と蔵相と外務貿易相を兼ねています。\n人口はおよそ41万人で、マレー系が66%、中国系が10%（残りはその他）居住します(数字は Borneo Bulletin Yearbook:The Guide to Brunei Darussalam 2016 による)。\n公用語はマレー語(マレーシア語)ですが、広く英語も使われます。と言っても、私が滞在中には、英語を話さずマレー語のみという市民は少なからずいました。\nイスラム教を国教としており、国民の80%近くが信仰しています。このため、ブルネイ国内では酒類は販売されていません(申告すれば持ち込みは可能)。\n通貨はブルネイ・ドル(BNDと表記)で、ドル紙幣と補助通貨セントの硬貨があります。ブルネイ-シンガポール間の条約によりブルネイ・ドルはシンガポール・ドルと等価と決められており、ブルネイではシンガポールドル紙幣がそのまま使えます（硬貨はダメ）。為替レートはこの原稿執筆時点で大体1BND=80円です。\n物価は、モノによって異なりますが、感覚的に日本の半分くらいでしょうか。チップの習慣は基本的にありません。\n日本との時差は１時間（日本が進んでいる）で、シンガポールと同じ時間帯です。\n赤道に近く、一年を通して平均気温が30度を超える高温多雨の気候で、明確な季節はないものの、９月〜１月は雨が多くなります。12月が最も雨が多いのですが、現地の人に聞くと、夜の間だけ雨が降るとのこと。実際に私も12月に現地にいたことがあるのですが、昼間は快晴(暑い！)で、夜の間に雷とともに雨が降り、朝にはやんでいて地面が濡れている、という天候でした。\nブルネイは石油や天然ガスの資源国で、石油産業がGDPの半分以上、輸出の９割を占めます。非常に裕福な国で、国民一人あたりのGDPは米ドル換算で下表の通り、シンガポールにはおよばないものの、日本と同程度か上回る年もあります。\n国民一人あたりのGDP(米ドル換算) 2013年 2014年 2015年 日本 40,601 38,241 34,629 ブルネイ 43,971 41,022 30,553 シンガポール 55,557 55,635 52,239 ASEAN平均 12,167 11,821 10,299 ※数値は国連統計部の統計データから引用\n所得税がなく、健康保険は無料、公立の学校も無料、大学に行くには国内外を問わず政府が奨学金や教育ローンを提供しています。\n裕福なためにゆとりがあるのでしょうか、人々は穏やかで、治安は良く、安心して過ごすことができます。\n個人所得が高く、公共の交通機関があまりないため、各所帯に車があり、自動車社会なのですが、道路を渡ろうとすると歩行者のために車が止まってくれます！\nブルネイの入出国 日本からはブルネイへの直行便がないため、マレーシア、シンガポール、タイなどを経由して行きます。ブルネイ国際空港は２階建てのこじんまりした建物で、すぐとなりにモスクが併設されており、「イスラム教の国に来た」ということを実感します。\nちなみに、ロイヤル・ブルネイ航空の便では、ムスリム(イスラム教徒)向けの配慮で、出発時にコーランが流れ、飛行中はモニターにメッカの方向を示す映像が表示されます。\n日本国籍の人は、14日以内の滞在であればビザは不要です。\n入国審査は、イミグレーションでパスポートと機内で配布される入国カードに記入したものを提示するのみです。税関申告書も書きますが、特に申告するものがなければ出口付近で係員に渡すだけです。なお、先述のように、酒類を持ち込む場合には申告が必要です。\n出国税は航空券の料金に含まれており、チェックインカウンターでの支払いは不要です。\n先述のように日本への直航便がないため、チェックイン時に経由国から日本への便のチケット等の提示を求められます。\nブルネイ航空の便ではメッカの方向を示す矢印がモニタに表示されます。 空港のすぐ隣にモスクがあります。強烈な陽射しに照らされて陶器のように美しく輝いています。 ブルネイ国際空港。二階建ての小さな空港です。 左の写真の手前側にモスクがあり、右の写真のガラスの奥にそのモスクが写っています。 入国後の３タスク 毎度おなじみの「両替」「SIMカード入手」「移動手段確保」です。\n両替は、空港２階にある銀行の両替ブースで行うか、ATMが並んでいるのでクレジットカードによる外貨キャッシングでブルネイ・ドルを入手できます。\n携帯電話(スマートフォン)のSIMカードは空港１階に２つの通信事業者の店舗があり、そこで入手できます。\n30BND(約2,400円)でSIMカード、さらに10BNDで1GB分(15日間)の通信量を購入しました。他国に比べると少し高めですね。\n空港から市街地に向かうには、タクシー、バスが使えます。バスはいつ来るか分からないので、実際的にはタクシーでしょう(送迎をやっているホテルならば、それを頼むのが最良です)。\n空港の出口を出てすぐのところにタクシーカウンターがあるので、そこでタクシーを手配します。30BND(運賃25BND+空港税5BND)の定額制と聞いていたのですが、今はメータータクシーも出回っていて、私が使った時にはホテルまでメーターで31.25BNDでした。だいたい30〜35BND(2,500円くらい)と思っておけばよいでしょう。\nおおよそ15分くらいでバンダルスリブガワンの市街地に到着します。\n空港出口付近にあるタクシーカウンター。定額制かと思いきやメータータクシーに案内されました。 ※金額は執筆時点のもの。価格変更がありえますので必ず最新情報をご確認ください\n今回は以上で終了です。次回はブルネイの歴史をお届けします。\nではまた次号でお会いしましょう。\n","date":"2017年1月23日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/702/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号からブルネイ編に移ります。\n日本ではあまり知られていない国かもしれませんが、天然資源に恵まれた裕福なイスラム教国で、石油や天然ガスの多くは日本に輸出されています。\n","title":"2017.01号 ブルネイ編(1)","type":"archives"},{"content":"Webサイト全体を常時SSL化 (https) 化しました。\nお問い合わせ等を安全に行っていただけます。\n","date":"2017年1月22日","externalUrl":null,"permalink":"/info/2017-01-ssl-enabled/","section":"お知らせ","summary":"Webサイト全体を常時SSL化 (https) 化しました。\nお問い合わせ等を安全に行っていただけます。\n","title":"Webサイトを常時SSL化 (https化) しました","type":"info"},{"content":" 当社のコラムやブログをご覧いただけます。\nIT基礎知識 最新号：DX(3)\nバックナンバーはこちら\n株式会社日税ビジネスサービス様のメールマガジンに寄稿している「税理士が知っておくべきIT知識〜基本の\"き\"〜」です。\nITについてよく知らないという方向けに、ITの用語や概念を平易に解説しています。\n※文面等は、本Webサイト掲載用に若干加工してあります\n海外情報 最新号：台湾編（3）\nバックナンバーはこちら\n株式会社日税ビジネスサービス様のメールマガジンに寄稿している「海外基本情報」です。\nASEANや東アジアの国や地域の訪問時の様子を、その国の基本情報とともにお伝えしています。\n※文面等は、本Webサイト掲載用に若干加工してあります\nブログ 当社のブログ記事を不定期に掲載いたします。\nCB Blog\n","date":"2017年1月20日","externalUrl":null,"permalink":"/column/","section":"トップページ","summary":" 当社のコラムやブログをご覧いただけます。\nIT基礎知識 最新号：DX(3)\nバックナンバーはこちら\n株式会社日税ビジネスサービス様のメールマガジンに寄稿している「税理士が知っておくべきIT知識〜基本の\"き\"〜」です。\nITについてよく知らないという方向けに、ITの用語や概念を平易に解説しています。\n","title":"コラム","type":"page"},{"content":" 技術者やプロジェクトマネージャの早期育成、システム開発標準やプロジェクト管理手法の導入・改善、海外ベンダーとの協同…\nIT系企業には多くの課題が山積しています。\n未経験者と経験者、利用者と開発者、日本と海外、それらの隔たりを埋めるには大きな困難が伴います。\nコアブリッジはこれらの課題解決に全力で取り組み、サポートいたします。\n","date":"2017年1月12日","externalUrl":null,"permalink":"/","section":"トップページ","summary":" 技術者やプロジェクトマネージャの早期育成、システム開発標準やプロジェクト管理手法の導入・改善、海外ベンダーとの協同…\nIT系企業には多くの課題が山積しています。\n未経験者と経験者、利用者と開発者、日本と海外、それらの隔たりを埋めるには大きな困難が伴います。\nコアブリッジはこれらの課題解決に全力で取り組み、サポートいたします。\n","title":"トップページ","type":"page"},{"content":"株式会社コアブリッジ（以下「当社」）が運営するWebサイト（以下「当サイト」）のご利用にあたっては、以下の事項をご承諾いただいたものといたします。\n免責事項 当社では、当サイトの運営および掲載内容に細心の注意を払っておりますが、正確性、完全性、妥当性、有用性、その他について保証するものではありません。\n当サイトのご利用により、ご利用者または第三者にいかなる損害が発生した場合でも、当社は一切の責任を負わないものといたします。\n当サイトからリンクしているサイト、あるいは当サイトにリンクしているサイトの内容に対して、当社は一切の責任を負いません。\n当サイトに記載の内容は、予告なく変更される場合があります。\n知的財産権 当サイトのコンテンツ(文書、画像、その他著作物に該当する全てのものを含みます)の著作権は、当社または当社に対する許諾者に帰属します。当社の許諾なく使用、複製、転載することを禁じます。\n当サイトに記載の会社、製品、サービス等の名称は、一般に権利者の商標または登録商標です。なお、コンテンツ中において®や™などの記載を省略している場合があります。\n","date":"2017年1月5日","externalUrl":null,"permalink":"/terms/","section":"トップページ","summary":"株式会社コアブリッジ（以下「当社」）が運営するWebサイト（以下「当サイト」）のご利用にあたっては、以下の事項をご承諾いただいたものといたします。\n","title":"利用規約","type":"page"},{"content":" ホーム お知らせ サービス 研修サービス コンサルティングサービス 開発サービス 主な実績 会社概要 コラム 海外情報 IT基礎知識 ブログ Archives お問い合わせ 個人情報保護方針 利用規約 ","date":"2017年1月5日","externalUrl":null,"permalink":"/sitemap/","section":"トップページ","summary":" ホーム お知らせ サービス 研修サービス コンサルティングサービス 開発サービス 主な実績 会社概要 コラム 海外情報 IT基礎知識 ブログ Archives お問い合わせ 個人情報保護方針 利用規約 ","title":"サイトマップ","type":"page"},{"content":" 2016年12月後半のタイ(バンコク)の様子です。\nプーミポン前国王のご逝去から三ヶ月経ち、新国王が即位し、元の状況にだいぶ戻ってきています。\n街中クリスマスと新年の装飾がなされ、皆はしゃいで写真撮影しています。音楽も復活し、繁華街も華やかさを取り戻しました。\n服装も黒以外のものがかなり増えましたが、黒いリボンを着用している人はまだそれなりに多いです。さすがに蛍光色やパステル調のシャツを着ている人は見かけませんが、宿泊先のレストランのスタッフはオレンジ色のユニホームを着ていました。\nちなみに、平時のタイで鮮やかな色の服が多いのは、タイでは曜日ごとに色が決められていて、誕生日やその日の曜日の色に合わせて服を選ぶ人が多いためです。\n曜日の色は以下の通りです。\n日曜日：赤\n月曜日：黄\n火曜日：桃\n水曜日：緑\n木曜日：橙\n金曜日：青\n土曜日：紫\n駅ビルの前。以前は白黒の横断幕がありましたが、今は年末の装飾に変わっています。献花台はもちろんあります。 大手デパートの入り口付近にあった国王の肖像画。左がプーミポン前国王、右がワチラーロンコン現国王。 白黒の横断幕はまだ掲げられていますが、三ヶ月経ちだいぶくたびれてきています。多くの人が行き交う場所では、横断幕を外してクリスマスや新年の装飾に変わっている所も多いです。\n肖像画はまだ前国王のものが圧倒的に多いですが、新国王のものも置かれ始めています。\nこれから徐々に置き変わっていくのですね。\n","date":"2017年1月2日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/113/","section":"Archives","summary":" 2016年12月後半のタイ(バンコク)の様子です。\nプーミポン前国王のご逝去から三ヶ月経ち、新国王が即位し、元の状況にだいぶ戻ってきています。\n街中クリスマスと新年の装飾がなされ、皆はしゃいで写真撮影しています。音楽も復活し、繁華街も華やかさを取り戻しました。\n服装も黒以外のものがかなり増えましたが、黒いリボンを着用している人はまだそれなりに多いです。さすがに蛍光色やパステル調のシャツを着ている人は見かけませんが、宿泊先のレストランのスタッフはオレンジ色のユニホームを着ていました。\nちなみに、平時のタイで鮮やかな色の服が多いのは、タイでは曜日ごとに色が決められていて、誕生日やその日の曜日の色に合わせて服を選ぶ人が多いためです。\n曜日の色は以下の通りです。\n","title":"国王逝去後のタイ国の様子(3)","type":"archives"},{"content":" 2016.11.19に、プロジェクトマネジメントの資格The Project Management Professional(PMP)\u0026reg;を受験する際の公式研修時間(事前学習時間)について書きました。\nプロジェクトマネジメント協会Project Management Institute, Inc.(PMI)\u0026reg;の日本支部のWebサイトのFAQページの3−2には以下のように記されています。\n-----\nPDUはプロジェクトマネジメントの応用研修でも発行され受領もできますが、PMP\u0026reg;受験者に必要なのはPDUでなくPM公式研修時間です。 PMP\u0026reg;受験申請には、PMBOK\u0026reg;ガイドに準拠した総計35時間のPM公式研修時間の履修が必要です。 PM公式研修の履修証明書を発行してもらう必要があります。 まず研修提供機関に対して「該当する研修か否か」を確認してから受講しないと受講費が無駄になります。 自習は第三者情報として証明できないのでPM公式研修時間としては申請できません。 -----\nこれに従えば、プロジェクトマネジメントに関する研修を受講してPDUを獲得したからといっても、PMP資格受験のための公式研修時間として使えるとは限りません。\nこのため、11/19のブログでは「PDUを発行した教育機関に確認したほうがよい」と書きました。\n研修会社によって研修講座の説明記述は「PDUを取得できます」「PMP受験のための公式研修時間としてxx時間参入できます」などと様々で、どの申請に使えるのかが明確でない場合があるためです。\nここで、現在、PMIから認定を受けている研修機関(Registered Education Provider : R.E.P.)が、プロジェクトマネジメント研修をどのようにPMIに登録しているか、裏側を少しお話ししましょう。\n※あくまで現在の方法です。以前あるいは今後についてはこの限りではありません\nR.E.P.はPMIのWebサイトにログインし、新たに登録する研修講座の情報を入力していきます。\n研修名、研修番号、研修期間、提供形態(集合研修、eLearningなど)、どのPMI標準に準拠しているか(PMBOK\u0026reg;ガイド第5版など)、研修品質の評価方法、該当講座のレビューワー、などなどです。このうちの一つにPDU数もあります。\nこれでPMIから審査を受け、合格すればPDUや公式研修時間を発行できるようになります。\n説明の都合プロジェクトマネジメント研修を便宜的に分類すると、以下の４種類あります。\n（ａ）PDUを取得できる研修\n（ｂ）PMP対策研修(公式研修時間を取得できる）\n（ｃ）PMP対策研修ではないが公式研修時間を取得できる研修\n（ｄ）その他\nここでは（ｄ）は除外します。\n実は上記の（ａ）（ｂ）（ｃ）の各講座の登録方法に差異はなく、上述の情報を入力します。\n受講者に発行するPDU数も公式研修時間も、\"PDU数\"の入力欄に記入した数字になります。\n\"公式研修\"とは『受講証明書が発行される研修』のことを指し、よって現在は、教育機関が実施した研修のPDU数＝公式研修時間 となるのです。\n上記はあくまで現時点での話です。昔に受講した(＝昔に登録された)研修も同様とは限りませんので、やはり、公式研修時間(事前学習時間)として申請可能かどうかは確認したほうがよいです。\n※PMI、PMP、PMBOKはプロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute, Inc.)の登録商標です。\n","date":"2017年1月2日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/332/","section":"Archives","summary":" 2016.11.19に、プロジェクトマネジメントの資格The Project Management Professional(PMP)®を受験する際の公式研修時間(事前学習時間)について書きました。\nプロジェクトマネジメント協会Project Management Institute, Inc.(PMI)®の日本支部のWebサイトのFAQページの3−2には以下のように記されています。\n","title":"2017.01.02 PMP®資格試験の研修時間とPDU(2)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\nマレーシア編最後の今号では現地の様子をお届けします。\n街の様子 首都クアラルンプール(KL)は、東京やシンガポールとさほど変わらない街並みです。\n交通の中心地であるKLセントラル駅では、行き先案内に日本語が併記されているので、初めての場合でもだいぶ気が楽でしょう。\nイスラム教国のため、スカーフ（ヒジャブ）を被った女性を多く目にします。\nホテルの天井にはイスラム教の聖地\"メッカ\"の方角を指す矢印(キブラ：Qiblaといいます)のシールが貼られています。ムスリム(イスラム教徒)はこの矢印が指す方向を向いて一日５回お祈りをするのですね。\nKLセントラル駅。行き先案内には日本語が併記されています。ちょっと驚き！ ホテルの天井に貼られている、メッカの方角を示す矢印のシール。 インフラ状況 電気、通信、水道、どれもしっかりと整備され、なんの心配もありません。\n水道水は飲食用には適していないので、ミネラルウォーターを飲みます。\nマレーシアはシンガポールに水を輸出していて、シンガポールでは水道水が飲めるくらいなのにマレーシアではなぜ飲めないのか、と不思議に思えるのですが、浄水直後は日本と大差ないほどの綺麗さであっても、水道管や貯水槽が汚れているためです。\n交通事情 首都クアラルンプール(KL)では、電車、バス、タクシーが整備され、近距離長距離ともに移動手段が豊富です。\nKLを中心に敷設されているLRT/KLモノレール/KTMコミューターの３鉄道はKL内の移動に便利です。\nただ、路線図上の乗り換え駅でも改札間の距離が非常に離れていたり、自動券売機によっては小額紙幣(5RM以下)のみ受付可能なことがある(券売所窓口はスタッフ留守のことが多い)点は注意が必要です。\n長距離移動にはバスがよく使われ、空港と思えるほど巨大なバスターミナルに発着します。\n長距離バスが発着するTBSバスターミナル。空港のように巨大です。 バスの座席は豪華仕様で、長距離移動でも快適です。 タクシーには一般タクシーと高級タクシーがあります。後者は車全体が青色です(赤青二色の車体を見かけたらそれは一般タクシー)。\n高級タクシーは料金が一般タクシーの倍くらい（一般タクシーの初乗りが3RM(約80円)、200mまたは36秒ごとに0.25RM(約7円)ですが、元々料金が安いうえ、メーターを使ってくれるので、不慣れな場合でも比較的安心です（金額はマレーシア陸上公共交通委員会のWebサイトから引用)。\nただ、マレーシアのタクシードライバーにはマナーが悪い人が結構いて、ぼったくりや目的地と違う場所で降ろされることなどがあるので、おかしいと思ったらすぐに降りて別のタクシーを探すくらいの気でいたほうがよいです。\n通信事情 2015年時点での電話契約数は、固定電話が約440万(14.3%)、携帯電話が4,410万(143.9%)と、携帯電話の契約率はお隣シンガポールとほぼ同じです（数値はITUの統計データから引用）。\nスマートフォンがかなり普及し、通信会社も複数から選択でき、通信品質も高いです。\n多くの公共施設や商業施設では無線LANが無料で使えるため、通信は容易にできます。\nマレーシアの食事 最後はいつもの通り食事で締めましょう。\nマレーシアの食事には、構成民族にあわせて、大きくマレー/中華/インド/ニョニャの各料理があります。この食事情はシンガポールとほぼ同じです。\nちなみに、\"ニョニャ\"はプラナカンとも呼ばれ、マレーシア人と中華系移民の混血のことです。\nマレーシアで食べられる料理の代表格として、ココナツミルクで炊いたご飯に鶏肉などのおかずをのせて食べる\"ナシ・レマッ\"、豚肉をスープで煮込んだ\"バクテー(肉骨茶)\"、麺料理の\"ラクサ\"などがあります。辛すぎるなどということはなく、どれも日本人の口に合います。\nナシ・レマッのご飯はしつこくなく、ほんのり甘みがあります。\nバクテーはシンガポールでもよく食べられますが、味やスープの色が異なります。シンガポールのものはスープが白色で胡椒が効いているのに対し、マレーシアのものは黒色スープでコクがあり、ニンニクや鷹の爪を入れて調合したタレをつけて食べるとかなりイケます。\nラクサは地域によって食材や味付けが異なり、日本のラーメンのように食べ比べができます。\n豚肉を煮込んだ肉骨茶（バクテー） インド料理のビリヤニ。スパイスの効いた米料理 ココナツミルクで米を炊いたナシ・レマッ ニョニャ料理のカレー・ラクサ 治安、物価、環境面などで日本人にも人気のある親日国マレーシア。\n最近では、マレーシア-シンガポール間を結ぶ高速鉄道の受注を日本がなんとか獲得しようとしているなどの報道を度々見聞きします。\nLCC(AirAsia)の普及により行き来もしやすくなり、より身近になってきています。\n今回は以上で終了です。次回からはブルネイ編に移ります。\nではまた次号でお会いしましょう。\n","date":"2016年12月23日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/78/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\nマレーシア編最後の今号では現地の様子をお届けします。\n街の様子 首都クアラルンプール(KL)は、東京やシンガポールとさほど変わらない街並みです。\n交通の中心地であるKLセントラル駅では、行き先案内に日本語が併記されているので、初めての場合でもだいぶ気が楽でしょう。\nイスラム教国のため、スカーフ（ヒジャブ）を被った女性を多く目にします。\nホテルの天井にはイスラム教の聖地\"メッカ\"の方角を指す矢印(キブラ：Qiblaといいます)のシールが貼られています。ムスリム(イスラム教徒)はこの矢印が指す方向を向いて一日５回お祈りをするのですね。\n","title":"2016.12号 マレーシア編(3)","type":"archives"},{"content":"","date":"2016年12月23日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/%E3%83%9E%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%B7%A8/","section":"Tags","summary":"","title":"マレーシア編","type":"tags"},{"content":" 個人情報保護方針はこちら\nお問い合わせの分類[必須] 受講後の質問や意見（受講日と講座名を「内容」欄に御明記ください） 研修サービス コンサルティングサービス 開発サービス 海外情報 個人情報 その他 お名前[必須] お名前（カナ） 会社名（個人の方は「個人」とお書きください）[必須] メールアドレス[必須] 内容[必須] ※ 営業や勧誘等、本フォームの目的外と見なされるお問い合わせに対してはご返答しないことがございます。\n予めご了承のほどお願いいたします。\n送信 ","date":"2016年12月22日","externalUrl":null,"permalink":"/contact/","section":"トップページ","summary":" 個人情報保護方針はこちら\nお問い合わせの分類[必須] 受講後の質問や意見（受講日と講座名を「内容」欄に御明記ください） 研修サービス コンサルティングサービス 開発サービス 海外情報 個人情報 その他 お名前[必須] お名前（カナ） 会社名（個人の方は「個人」とお書きください）[必須] メールアドレス[必須] 内容[必須] ※ 営業や勧誘等、本フォームの目的外と見なされるお問い合わせに対してはご返答しないことがございます。\n予めご了承のほどお願いいたします。\n","title":"お問い合わせ","type":"page"},{"content":" 会社名株式会社コアブリッジ\nCoreBridge Corporation 登録番号T1020001104012 所在地〒213-0011\n神奈川県川崎市高津区久本3-13-8-605 連絡先電話　: 044-577-2341\nメール : contact＠corebridge.co.jp\n※メールアドレスは＠を半角で記載ください(上記は全角で記しております) 代表者代表取締役 柳　恵太 事業内容 人材育成や能力開発のための教育、研修、コンサルティング システム開発手法の導入や改善およびプロジェクトマネジメントに関するコンサルティング 海外情報の提供 システム/ソフトウェア開発（※現在、開発はお受けしておりません） 設立2014年1月 決算期12月 ","date":"2016年12月22日","externalUrl":null,"permalink":"/about/","section":"トップページ","summary":" 会社名株式会社コアブリッジ\nCoreBridge Corporation 登録番号T1020001104012 所在地〒213-0011\n神奈川県川崎市高津区久本3-13-8-605 連絡先電話　: 044-577-2341\nメール : contact＠corebridge.co.jp\n※メールアドレスは＠を半角で記載ください(上記は全角で記しております) 代表者代表取締役 柳　恵太 事業内容 人材育成や能力開発のための教育、研修、コンサルティング システム開発手法の導入や改善およびプロジェクトマネジメントに関するコンサルティング 海外情報の提供 システム/ソフトウェア開発（※現在、開発はお受けしておりません） 設立2014年1月 決算期12月 ","title":"会社概要","type":"page"},{"content":" PMP®対策講座 PMP®受験予定の方向けに実施。\nPMI®公式テキストと当社テキスト２冊（PMBOK®ガイド 第6版とアジャイル実務ガイドを要約した補助テキスト、PMI®が認定教育機関向けに公開したクローン問題を当社で和訳・編集した問題集）を使用し、受験に必要な35時間分の公式研修をご提供しました。講座中では、受験申請方法（プロジェクトマネジメント経験の英語での記述方法を含む）についても詳細に解説しています。\n品質管理研修 運輸系システム会社の中堅社員向けに実施。\nシステム/ソフトウェアの品質の定義と特性を理解し、プロダクトとプロセスの両方の観点で、開発活動の中で具体的に何を行うかを、講義と演習を踏まえて習得いただきました。\nプロジェクトマネジメント基礎研修 社会インフラ系事業会社の、システム部門に転属予定の中堅社員向けに実施。\nPMBOK®ガイド 第6版に基づいて、業界標準のプロジェクトマネジメントのプロセスを理解し、実務に適用させる知識を身につける講座です。\nシステム開発の、主に上流工程をスコープとしたプロジェクトを想定し、講義と演習により、計画の立て方、進捗管理の仕方等を具体的に学習いただきました。\nプロジェクトマネジメント基礎研修 社会インフラ系会社の中堅社員向けに実施。\nPMBOK®ガイド 第5版に基づいて、業界標準のプロジェクトマネジメントのプロセスを理解し、実務に適用させる知識を身につける講座です。\nこれまでの業務を振り返り、何が不足していたか、それに対してどのような手が打てるか、を各自で具体化し、実務に持ちかえっていただきました。\nプロジェクトマネジメント入門研修 社会インフラ系会社のIT企画業務部門に転属された社員様向けに実施。\nPMBOK®ガイド 第5版、改定後は同第6版に基づいて、プロジェクト活動およびプロジェクトマネジメントのプロセスの全容を把握し、プロジェクト活動における留意点とあるべき振る舞いについて身につける講座です。\nプロジェクトに参画したことを想定し、様々な場面でどのような考慮に基づき行動すべきかを、講義と演習で習得いただきました。\nソフトウェアテスト技法研修 社会インフラ系システム会社向けに実施。\nソフトウェアテストの手法、リスクヘッジを考慮したテストの考え方、各種技法を使ったテストケースの作成、テスト活動の管理の仕方について、講義と演習を通して習得いただきました。\nプロジェクトベース開発演習 システムインテグレーター、ソフトウェア開発会社などの若手社員向けに実施。\n仮想の顧客要望を基に開発プロジェクトを立ち上げ、要件定義からテストまでの全開発工程を実施いただく講座です。\n顧客役の講師を相手に打ち合せを行い、要件とスコープを定めた後、設計、構築、テストを実施し、最終成果物を納品して検収を受けます。\n完了時にはプロジェクトの終結を行い、成果と課題を明確にし、業務につながる教訓を残し、現場に持ちかえっていただきました。\n新入社員研修 システムインテグレーター、ソフトウェア開発会社、運輸系システム会社などの新入社員向けに実施。\nビジネスマナー、IT基礎知識、プログラミング、要求定義、設計技法、ソフトウェアテスト手法、プロジェクトマネジメント概要、開発演習、開発演習の総括（振り返り）、配属準備、の一連の講座を通じて、企業人の第一歩としての土台作りと、IT業界で活躍するための基礎技術を習得いただきました。\nその他 プロジェクトマネジメント、The Project Management Professional(PMP)®資格試験対策、BABOK®に基づくビジネス分析、SWEBOKに基づくソフトウェアエンジニアリング、要件定義、分析・設計手法、開発手法など多数。\n※PMI、PMBOK、PMPはプロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute, Inc.)の登録商標です ※BABOK®はInternational Institute of Business Analysisの登録商標です ","date":"2016年12月22日","externalUrl":null,"permalink":"/service/achievement/","section":"サービス概要","summary":" PMP®対策講座 PMP®受験予定の方向けに実施。\nPMI®公式テキストと当社テキスト２冊（PMBOK®ガイド 第6版とアジャイル実務ガイドを要約した補助テキスト、PMI®が認定教育機関向けに公開したクローン問題を当社で和訳・編集した問題集）を使用し、受験に必要な35時間分の公式研修をご提供しました。講座中では、受験申請方法（プロジェクトマネジメント経験の英語での記述方法を含む）についても詳細に解説しています。\n","title":"主な実績","type":"service"},{"content":" システム/ソフトウェアの開発 （※ 現在はお受けしておりません ※）\n","date":"2016年12月22日","externalUrl":null,"permalink":"/service/service3/","section":"サービス概要","summary":" システム/ソフトウェアの開発 （※ 現在はお受けしておりません ※）\n","title":"開発サービス","type":"service"},{"content":" 人材育成や教育に関するコンサルティング キャリアロードマップ、研修ロードマップ、評価法等の策定支援\n開発手法の導入や改善に関するコンサルティング 開発全体あるいは特定工程のプロセス導入や改善等\nプロジェクトマネジメントやオフショア開発に関するコンサルティング 国別施策、開発プロセス修正等の支援\n企業の海外進出に関する支援 ASEANや東アジア等の国や地域を主体とした情報の提供\n","date":"2016年12月22日","externalUrl":null,"permalink":"/service/service2/","section":"サービス概要","summary":" 人材育成や教育に関するコンサルティング キャリアロードマップ、研修ロードマップ、評価法等の策定支援\n開発手法の導入や改善に関するコンサルティング 開発全体あるいは特定工程のプロセス導入や改善等\n","title":"コンサルティングサービス","type":"service"},{"content":" IT技術研修 ソフトウェアエンジニアリング(SWEBOK)、要件定義、データモデリング、上流設計、データベース、品質管理、テスト技法等のシステム開発で活用する要素技術に関する研修\nIT導入、表計算ソフトウェア使用方法等のIT利活用の初等研修\nプロジェクトマネジメント研修 PMBOK®ガイド に基づいたプロジェクト管理手法を扱う研修\n擬似プロジェクト等による実践的研修（PBL:Project Based Learning）\n海外ベンダーと共同するプロジェクトの管理手法を扱う研修\n※PMBOK、PMP、PMIはプロジェクトマネジメント協会（Project Management Institute, Inc.）の登録商標です 新入社員研修 IT基礎知識、プログラミング、データベース、ITインフラ、プログラミング、ビジネスマナー、ドキュメント作成法、思考法、擬似開発演習などの新入社員促成\n社員年次研修、中堅社員研修 IT企画、ロジカルシンキング、問題解決、ステークホルダーマネジメント、会計、等の企業運営に必須の各階層向け研修\n","date":"2016年12月22日","externalUrl":null,"permalink":"/service/service1/","section":"サービス概要","summary":" IT技術研修 ソフトウェアエンジニアリング(SWEBOK)、要件定義、データモデリング、上流設計、データベース、品質管理、テスト技法等のシステム開発で活用する要素技術に関する研修\nIT導入、表計算ソフトウェア使用方法等のIT利活用の初等研修\n","title":"研修サービス","type":"service"},{"content":"当社のサービスは、大きく「研修」「コンサルティング」「開発」からなります。\n研修 システム開発者の早期戦力化、プロジェクトマネジメント力強化などの技術者育成\n→ 研修サービス\nコンサルティング 人材育成、システム開発手法、プロジェクトマネジメントに関するコンサルティング、 企業の海外進出に関する支援\n→ コンサルティングサービス\n開発 システム、ソフトウェアの開発\n※ 開発は現在お受けしておりません\n","date":"2016年12月22日","externalUrl":null,"permalink":"/service/","section":"サービス概要","summary":"当社のサービスは、大きく「研修」「コンサルティング」「開発」からなります。\n研修 システム開発者の早期戦力化、プロジェクトマネジメント力強化などの技術者育成\n→ 研修サービス\n","title":"サービス概要","type":"service"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号はタイ番外編です。\n※ブログと内容が被りますがご容赦ください\n先月10月13日に、タイのプーミポン国王（※\u0026quot;前国王\u0026quot;と書くべきかもしれませんが、新国王の即位がまだということもあり、あえて\u0026quot;国王\u0026quot;と記します）がご逝去されました。\n日本でも多くの報道がなされ、タイ国中が深い悲しみの中にあったことはご承知のことでしょう。\nプーミポン国王は、我々日本人からは想像が難しいくらい国民から敬愛されていて、それだけに同国を訪れる際には気を遣うし、実際にそうすべきです。\nタイでは、公務員は一年間喪に服し、国民も一ヶ月間は娯楽性の高い活動を控えよ、というお達しが出ています。\n黒い服を着ていない人(タイ人)が「不敬だ」と暴行される事件が起きたり、日本人がゴルフ後の打ち上げで度を越して騒いだために軍に連行されて厳重注意を受けた、などという事案も起きており、同国を訪れる機会がある人には普段と異なる状況に戸惑うこともあると思います。\nちょうど国王崩御の一週間後と一月後にタイ渡航の機会があったため、実際にどのような様子であったかご紹介します。これから渡航する方の参考になれば幸いです。\n街の様子 直後は、駅や商業施設の看板(電光掲示板)は宣伝をやめ、国王への弔意を示す白黒の表示に変わっていました。\nWebサイト、テレビ番組、ATMなどの機械の画面、電車内の液晶モニタ、電気店に展示されているPCのスクリーンセーバーなども同様です。\n飲食店や娯楽施設でも音楽は自粛するか音量を抑えていました。\n建物には弔意を表す白と黒の横断幕が掲げられ、デパートやオフィスビル、宿泊施設などには国王の肖像画と献花台、記帳台が付設されています。\n電車の中など公の場での会話は声を抑え気味にしています。そんな中ではっきりと聞こえてきたのが日本語だった時にはかなりがっかりな思いをしました...\n一ヶ月経った今では広告も再開され、店舗などでも音楽も流れていますが、音声はやはり控えめです。\nこれも、さらに時間が経てば、段々と元の状態に戻っていくでしょう。国民には生活がありますし、タイ人はたくましい(!)ですから。\n駅ビルの前。白黒の横断幕と献花台が設置されています。人々の服装も黒一色。 ビルの電光掲示板。宣伝は取りやめ、在りし日の国王の映像が白黒で流れています。 服装 「国民が皆黒い服を着ている」と聞くと、渡航時に持参する着替えに悩みますね。\n王宮の弔問者に対する注意書きに\n「派手な衣服を避け、敬意を持った(respectfully)服装にし、黒いリボン(※後述)の着用を推奨する」\nとあるので参考になりますが、基本的に黒か、黒でない場合には白などのおとなしい色のものにして\u0026quot;黒いリボン\u0026quot;を胸か上腕部につけるとよいです。\n一時は品切れ続出だった黒い衣服も今はだいぶ出回っているので、持ち合わせが無くても現地で買うのもよいでしょう。\nもっとも、直後は報道の通り上下黒の服装の人が大多数だったのですが、一ヶ月経つと、黒以外の服装がだいぶ増えてきているので、過度に神経質にならなくてもよいでしょう。\n\u0026quot;黒いリボン\u0026quot;とは、20cm長くらいの黒いリボンをα(アルファ)字状に交差させて安全ピンで留めたものです。\n先述の、黒い衣服を着ていない人に対する暴行事件が起きたことも一因でしょうが、そうそう黒い服ばかりとはいかないし、黒服を買えない人への考慮も必要なため、タイ政府が「黒服の代わりに黒いリボンの着用で構わない」というお達しを出し、一時期はあちこちで無料で配られていました。\n一ヶ月も経つと色々な形状のリボンあるいはそれに代わるものが出回り始め、リボンの交差部分にワンポイント入れたものや、女性用の髪飾りにしたもの、黒い喪服を着ている時用に交差リボンの形状をした白や銀色のブローチ、黒いリボンのイラストが描かれたバッチなど、色々なものを見かけます。\n黒い服も様々なデザインのものが出回っていて、特に若い女性向けのものは喪服というより新しいファッションになっているかのようです。\n販売しているのは黒服が大半なのですから当然といえば当然なのでしょう。\n黒いリボン。胸や上腕部につけている人が多かった。左は王宮付近で、右はビルの受付で配布されていたもの。 百貨店の衣料品売り場。置かれている服の半分以上が黒。喪服もデザインや展示の仕方により雰囲気が変わるものですね。 王宮 王宮には弔問に来る人々が引きも切りません。国中からものすごい数の人が駆けつけるので、交通整理、セキュリティチェック(Ｘ線や荷物チェック)、水や食事の無料提供、医療班待機、暑さ対策グッズ(うちわ、気付け薬、汗拭きタオル等)配布など、国やボランティアにより様々な考慮がなされています。\n王宮はバンコクの中心部からは少し行きにくい所にあり(近くに電車の駅はない)、バスや船あるいはタクシーを使うことになりますが、今は無料バスも出ています。また王宮からは近くの目的地まで無料で送るバイクやトゥクトゥクも出ています。\nもし王宮に行かれる場合には、日本人がバスに乗るのは何かと大変なので、チャオプラヤエクスプレスという船を使うと比較的楽に往復できます。\nBTSのサパーンタークシン(Saphan Taksin)駅を下車し、出口左方向にサトーン桟橋(Sathorn Pier)があるので、そこから船に乗りターチャーン桟橋(Tha Chang)で降りるとすぐ先が王宮です。\n王宮に入る人々の長蛇の列。 交通整理されていて、これが断続的に延々続いています。 日本でも昭和天皇崩御の時には予想以上に自粛が続き、経済や生活に影響がありました。\nタイ国民にとって、今回敬愛してやまない国王が亡くなった事は、その時以上の衝撃と言えるかもしれません。\n我々にとっては一時の出来事にすぎなくても、タイでは一年間服喪が続きます。引き続き理解と思いやりを持って接していきましょう。\n今回は以上で終了です。\nではまた次号でお会いしましょう。\n","date":"2016年11月22日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/746/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号はタイ番外編です。\n※ブログと内容が被りますがご容赦ください\n","title":"2016.11号 タイ番外編","type":"archives"},{"content":" 国王崩御一ヶ月後のタイ(バンコク)の様子です。\n国民に求められていた一ヶ月の服喪期間が過ぎ、自粛ムードもだいぶやわらいできました。\n宣伝広告や音楽が復活し、服装も黒以外のものが増え、少しずつですが平時の状態に戻りつつあります。ただし、音楽などの音量はまだ遠慮気味です。\n喪服や弔意を表す\"黒いリボン\"も、着用が長期に渡るとファッション化され、様々なデザインのものが出回っています。\nすれ違いざまについ興味を持って見てしまうのが「どんなリボンをしているのか」です。\nとても小さな\"蝶結び\"のもの、リボンの交差部分にワンポイント入ったもの、リボンが描かれたバッチ、(黒服用に)リボンの形状をした白色や銀色のブローチなど、多種多様です。\nプーミポン国王がラーマ９世にあたることから、タイ文字の９(象が横を向いているような形の文字)を象ったブローチや、タイ文字の９を印刷したＴシャツも売られ、よく見かけます。\n王宮の弔問はあいかわらずものすごい長蛇の列ですが、それを整理・監督するシステムもこなれてきた感じがします。 なお、王宮近辺には注意書きの看板が出ていて、こんな感じでした。\n安全のため荷物を確認します(係員に全ての荷物を見せてください)。 王宮は2016年11月1日以降8:30から15:30まで入場できます。 派手な服装は避け、敬意を持った服装をすること。黒いリボンの着用を推奨します。 詳細はツーリストポリスコールセンター1155までお問い合わせください。 先述のように、自粛ムードはだいぶ緩和されてきたので、派手な服装や言動を慎んでいれば、過度に神経質になる必要はなさそうです。\n","date":"2016年11月21日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/335/","section":"Archives","summary":" 国王崩御一ヶ月後のタイ(バンコク)の様子です。\n国民に求められていた一ヶ月の服喪期間が過ぎ、自粛ムードもだいぶやわらいできました。\n宣伝広告や音楽が復活し、服装も黒以外のものが増え、少しずつですが平時の状態に戻りつつあります。ただし、音楽などの音量はまだ遠慮気味です。\n喪服や弔意を表す\"黒いリボン\"も、着用が長期に渡るとファッション化され、様々なデザインのものが出回っています。\nすれ違いざまについ興味を持って見てしまうのが「どんなリボンをしているのか」です。\nとても小さな\"蝶結び\"のもの、リボンの交差部分にワンポイント入ったもの、リボンが描かれたバッチ、(黒服用に)リボンの形状をした白色や銀色のブローチなど、多種多様です。\nプーミポン国王がラーマ９世にあたることから、タイ文字の９(象が横を向いているような形の文字)を象ったブローチや、タイ文字の９を印刷したＴシャツも売られ、よく見かけます。\n","title":"2016.11.21 国王逝去後のタイ国の様子(2)","type":"archives"},{"content":" プロジェクトマネジメントの資格The Project Management Professional(PMP)\u0026reg;の対策講座をご提供する機会が非常に多くあります。\nPMPを受験するには、公式な研修機関が提供しているプロジェクトマネジメントに関する研修を事前に35時間(以上)受講し、それを申請する必要があります。\nここで紛らわしいのが、事前学習時間(プロジェクトマネジメント協会では\"公式研修時間\"と呼んでいます。以下は\"事前学習時間\"と記します)とPDUです。\n\"PDUと事前学習時間は異なる\"ことが意外に知られていません。\nPDUは、Professional Development Units の略で、PMP資格を取得後に、同資格を継続して保持するために必要な\"ポイント(大学で言うところの単位)\"のことです。\n研修機関でPDU対象の講座を受講したり、プロジェクトマネジメントに関する書籍を読んだり、執筆をしたり、実務をしたりすることで獲得することができます。\nしかし、このPDUはあくまでPMP資格継続のためのポイントであり、PMP受験のための事前学習時間とは本来別物です。\nもっとも、公式研修機関で提供されているプロジェクトマネジメント系の研修が、PDU対象であると同時に、事前学習時間の対象にもなっていることは多々あり、しかも「PDUが獲得できます」とのみ記載されていることがあるため、余計に誤解されているのでしょう。\nPMPを受験しようとされている方で、これから講座を受講する予定の方や、以前PDU対象講座を受講したことがある方は、その講座が事前学習時間に対応しているものか、その研修を提供した教育機関に念のため確認することをお勧めします。\n※PMPはプロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute, Inc.)の登録商標です。\n","date":"2016年11月19日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/339/","section":"Archives","summary":" プロジェクトマネジメントの資格The Project Management Professional(PMP)®の対策講座をご提供する機会が非常に多くあります。\nPMPを受験するには、公式な研修機関が提供しているプロジェクトマネジメントに関する研修を事前に35時間(以上)受講し、それを申請する必要があります。\nここで紛らわしいのが、事前学習時間(プロジェクトマネジメント協会では\"公式研修時間\"と呼んでいます。以下は\"事前学習時間\"と記します)とPDUです。\n\"PDUと事前学習時間は異なる\"ことが意外に知られていません。\n","title":"2016.11.19 PMP®資格試験の研修時間とPDU","type":"archives"},{"content":"ブログ『CB Blog』を始めました。\n","date":"2016年10月27日","externalUrl":null,"permalink":"/info/2016-10-blog-started/","section":"お知らせ","summary":"ブログ『CB Blog』を始めました。\n","title":"ブログ『CB Blog』を始めました。","type":"info"},{"content":" タイ全国民から絶大な信頼と尊敬を集めていたプーミポン・アドゥラヤデー国王が今月10月13日に逝去されました。\n日本でも多くの報道がなされ、タイ国中が深い悲しみに沈んでいることはご承知のことでしょう。\n我々日本人からは想像が難しいくらい国民から敬愛されていて、それだけに同国を訪れる際に気を遣うし、実際にそうすべきです。\nちょうどその一週間後にタイ渡航の機会があったため、実際にどのような様子であったかご紹介します。\nタイでは一年間服喪の期間となるため、これから渡航する方の参考になれば幸いです。\n「国民が皆黒い服を着ている」「メディアを問わず画面がモノクロ表示になっている」などはニュースで伝わってきていますが、まさにその通りです。\n電光掲示板などの\"デジタルサイネージ\"は首都バンコクで非常に多く使われていますが、その表示や、Webサイト、テレビ番組が白黒になっているほか、お金を引き出すATMやプリペイド式携帯電話のトップアップ(料金チャージ)用の機械の画面、電車の車両の中の液晶モニタ、電気店に展示されているPCのスクリーンセーバーなども、国王への哀悼の意を表す白黒の画像に置き換わっています。\n元々国王の肖像画が国のあちこちに飾られているお国柄ですが、徹底しています。\n宣伝広告のための音楽は消され、非常に静かで、国民も公の場で話をするときには声を抑えて会話をしています。\n電車に乗っていて目立って聞こえたのが日本語だった時には、ちょっと恥ずかしくなりました...\nただ、１週間も経つと、飲食店などでも音楽が流れ始めていて、直後と比べるとだいぶ緩和されてきています。\n国民にも普段の生活がありますからね。\n建物には弔意を表す白と黒の横断幕が掲げられ、デパートやオフィスビル、宿泊施設などには国王の肖像画と献花台、記帳台が付設されています。\n街行く人の多くは上下とも黒い衣服を着用し、そうでない人でも上は白系のおとなしいものにするなどし、普段よく着られているパステル系の色の衣服はほとんど見ません。\n国中で黒い衣服を着るため、衣料店を覗くと黒系の衣服が大半を占めています。\n一時は品切れだった黒い衣服も今はだいぶ出回っているので、持ち合わせが無くても現地で買うこともできます。\nさすがに毎日着る衣服が黒ばかりというわけにもいかず、\"黒いリボン\"を身につければ弔意を表すものとする、というお達しが出て、無料で配られていたりします。\n黒い服を着ていない人に「不敬だ」といって暴行事件が起きたことも一因でしょう。\nタイに出張される方で黒以外の衣服を着るときには、写真のような黒いリボンを胸あるいは腕に着けるとよいです。\n黒いリボン。左は王宮付近で配っていたもの。右は商業ビルの受付で配布されていたもの。\n大きさ(縦の長さ)は、右のもので10cmくらい。\n胸や上腕部に付けている人が多かった。 ","date":"2016年10月27日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/342/","section":"Archives","summary":" タイ全国民から絶大な信頼と尊敬を集めていたプーミポン・アドゥラヤデー国王が今月10月13日に逝去されました。\n日本でも多くの報道がなされ、タイ国中が深い悲しみに沈んでいることはご承知のことでしょう。\n我々日本人からは想像が難しいくらい国民から敬愛されていて、それだけに同国を訪れる際に気を遣うし、実際にそうすべきです。\nちょうどその一週間後にタイ渡航の機会があったため、実際にどのような様子であったかご紹介します。\nタイでは一年間服喪の期間となるため、これから渡航する方の参考になれば幸いです。\n","title":"2016.10.27 国王逝去後のタイ国の様子(1)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号ではマレーシアの歴史をお届けします。\nマレーシアの歴史は、支配者が何度も替わったり、他民族国家であるために複雑な経緯をたどるのですが、例によって思いっきり要約して記します。\nマラッカ王国 マレー半島は古くからインドと中国(さらに言うと欧州と中国)を結ぶ東西交易(海のシルクロード)の経由地にあたります。\n交易の船隊がマレー半島の西側にある\"マラッカ海峡\"を通過するため港市が発展する環境にあります。\n14世紀末から15世紀初めにマラッカ王国(ムラカ王国)が成立し、マレー半島とその南側のスマトラ島の東岸地域を支配します。\nマラッカは、当時の中国\"明\"に朝貢しながら、交易都市として大いに栄え、周辺の王国を従え、人口も大幅に増えてきます。\nマラッカ海峡。右手前に伸びているのはマラッカ川。 マラッカ川のほとりに建っている、朝貢貿易の使節として明から派遣された\"鄭和将軍\"の石碑。 大航海時代：ポルトガルの侵攻 15世紀の欧州列強の大航海時代に移ると、ポルトガルとスペインは競い合うように海に乗り出し、東西逆の経路で海路を開拓します。\nマラッカには16世紀初めにポルトガルがやってきて、東西貿易の経路としてマラッカを我が物にしようとします。マラッカは抵抗しますが、大砲を装備した船16隻で襲来されたら敵うはずがありません、1511年に占領されてしまいます。\n1641年に後からやってきたオランダから追放されるまでは、ポルトガルがマラッカを支配します。\nポルトガルからオランダへ ポルトガルは、マラッカを経由して西から東に抜けて香辛料諸島と呼ばれたマルク諸島(モルッカ諸島)までの航路を独占しましたが、競合するスペインや、少し遅れてやってきたオランダとの対立が激しくなります。\n結果として、この海域においてはオランダが優勢となり、マラッカはオランダの支配下に移ります。\nなお、後にマレー半島を支配するイギリスは、この頃マレー半島の北西、マラッカ海峡に浮かぶペナン島を占拠し、初のマレー入りを果たします。\nマラッカの街並み。 砦跡。手前にあるのはオランダとの戦いに備えるためにポルトガルが設置した大砲。 イギリスとオランダ オランダは交易航路を独占するも、18世紀後半には本国の状況により、イギリスに一旦引き渡すことになります。\nフランス革命後、ナポレオンの時代に、オランダがフランスに併合され、その時フランスの同盟国であったイギリスにオランダの植民地が移譲されたためです。\nしかし、この後状況が目まぐるしく変わり、結果的にそれらの植民地はイギリスからオランダに返還されます。\nイギリスとオランダとの間には1824年に条約が結ばれ、マラッカ海峡より東側はイギリスが、西側はオランダが支配すると合意します。\n現在のマレーシアとインドネシアの国境はこれに由来するわけです。\nイギリス支配 イギリスは条約により手に入れたマレー半島を\"英領マラヤ\"とし、特にシンガポール、ペナン、マラッカを\"海峡植民地\"として自由貿易港(関税のない港)として運営します。\nまた、この半島で採れる錫(スズ)の鉱山開発や、胡椒、さとうきび、コーヒー、ゴムなどの農園を経営します。\n錫は缶詰のブリキ(鉄板を錫で覆ったもの)の材料として、ゴムは自動車製造時に使われるため需要が大きく、後に二大輸出品となります。\n鉱山開発や農作物の生産が盛んになると、労働者や商人として中国やインドから多くの人が流入してきます。\n鉱山開発には、労働力や資金の調達ができる組織を持った中国人が集まります。一方、ゴム農園にはインド人が集まります。\nマレー半島には、主にマレー人、中国人、インド人が居住していましたが、このように職業が異なり、住む場所も分かれ、交わることがあまりなく、文字どおり住み分けていました。\n日本軍支配 太平洋戦争期になると、日本軍がマレー半島を占領し、軍政を敷きます。\n日本軍の現地調達により、深刻な食糧や物資の不足が起きます。さらに日中戦争下のため日本軍は中国人を警戒して逮捕・虐殺や献金の強要を行い、一方でマレー人やインド人に対しては懐柔を行います。\nこの頃、東南アジアでは、中国共産党の指導のもと、各国で共産党が結成され、マレー半島では、主として中国人で構成されています(マラヤ共産党)。\n中国人を敵視する日本軍政に対して、マラヤ共産党はゲリラ活動で抵抗します。\nイギリスの再支配 日本の敗戦後にはイギリスが再び戻ってきますが、戦争で疲弊したイギリスに植民地運営の力はなく、徐々に独立へ動き出します。\n主要三民族(マレー人、中国人、インド人)が混在し、小さな王国が集まった\"連邦\"の運営はただでさえ困難です。イギリス植民地政府は、色々な経緯により、マレー人を中心とした\"マラヤ連邦\"を成立させます。\nマラヤ連邦ではマレー人に種々の特権が与えられるため、これに対して中国系住民は反感を持ち、マラヤ共産党が武力蜂起し、ゲリラ戦を展開します。\n植民地政府は1948年に非常事態宣言を行い、これがようやく解除されるのは1960年です。\nこの1948-1960のマラヤ共産党による暴動は\"マラヤ危機(Malayan Emergency)\"と呼ばれ、死者や多くの逮捕者、中国への強制送還者などが出ます。\nクアラルンプール(KL)にある独立広場。高さ100mの国旗掲揚塔は世界最高。 同じくKLにある国家記念碑。大戦やマラヤ危機で犠牲になった人たちのために1966年に建てられたものです。 独立へ マレーシアのイギリスからの独立は段階を経て実現されます。\n1957年に、まず、シンガポールを除く英領マラヤがマラヤ連邦として独立をはたし、1959年にシンガポールが完全自治に移行します。\n1963年にはマラヤ連邦、シンガポール、イギリス直轄領のサラワクとサバ(ともにボルネオ島にある地域)が統一して\"マレーシア\"が建国されます。\n1965年にシンガポールがマレーシアから分離独立し、現在のマレーシアの体制となります。\n他国と異なり、支配国との間の独立戦争はありませんが、欧州列強や日本の支配の後、先述のマラヤ危機を乗り越え、多民族国家ならではの\"政治\"に苦慮しながら現在に至ります。\n今回は以上で終了です。\nではまた次号でお会いしましょう。\n","date":"2016年10月18日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/142/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号ではマレーシアの歴史をお届けします。\nマレーシアの歴史は、支配者が何度も替わったり、他民族国家であるために複雑な経緯をたどるのですが、例によって思いっきり要約して記します。\n","title":"2016.10号 マレーシア編(2)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号からマレーシア編をお届けします。\nマレーシア概要 マレーシア(Malaysia)は、国土面積が日本の９割くらい、海を挟んでマレー半島南部とボルネオ島北部を領土とする国です。首都はクアラルンプール(KL)です。\n一年を通して気温が30度前後で雨量も多いですが、雨季と乾季があります(時期は地域によって異なります)。乾季でもスコールがあり、雨季でも一日中雨が降り続くわけではありません。\n人口はおよそ３千万人(数字はマレーシア統計局の統計データによる)で、マレー系(７割弱)、中国系(２割強)、インド系(１割弱)が居住する多民族国家です。\n公用語はマレー語(マレーシア語)ですが、広く英語も使われます。\nイスラム教を国教としており、他にも仏教やヒンドゥー教なども信仰されています。信仰の割合は、前述の民族比率とだいたい一致します。\n特徴的なのは、国家元首の国王が選挙制ということです。マレーシアは小さな王国が集合して成立した国家であるため、世襲制ではなく５年を任期として選挙で決められます。\nなお、議会は二院制で、首相が行政の長というのは日本と同じです。\n通貨はマレーシアリンギット(RMあるいはMYRと表記)で、為替レートはこの原稿執筆時点で大体1RM=25円です。物価は、モノによって異なりますが、感覚的に日本の半分くらいでしょうか。\n日本との時差は１時間（日本が進んでいる）で、シンガポールと同じ時間帯です。\n時間帯の設定のためでしょうが、日の出が7:30くらい、日沈が19:30くらいと、朝明るくなるのが遅いです。日本人にとっては、時差が２時間だとちょうどいい感覚です。\nクアラルンプール(泥の川が交わる場所)という名前の由来である、クラン川とゴンパック川の合流地点。\n合流地点の奥に見える白い建物はKL最古のモスク\"マスジッド・ジャメ\"。 マレーシアの入出国 クアラルンプール(KL)の空の玄関口はクアラルンプール国際空港(略称KLIA)です。黒川紀章が設計し大成建設や竹中工務店などが建設した(※敬称略)、近代的で巨大なアジアのハブ空港です。\n空港はメインターミナルのKLIAと、マレーシアを本拠地とするAirAsiaが使うLCC用のKLIA2に分かれています。KLIAとKLIA2のターミナルビルは直結しておらず少し離れているので、乗り継ぎ時には注意が必要です(電車やバスが出ています)。\nちなみに、KLIAは\"キリア\"あるいは\"クリア\"と発音するとガイド等にあったのですが、向こうでそのように呼んでいるのを私は聞いたことがなく、移動時の券売所でも\"ケイ・エル・アイ・エイ\"と伝えてようやく分かってもらえました。\nクアラルンプール国際空港(KLIA2)。巨大で機能的な空港です。 クアラルンプール国際空港(KLIA2) 搭乗口近くにあったイスラム教徒向けの祈祷室（Prayer room）。 日本国籍の人は、90日以内の滞在であればビザは不要です。\n入国審査は、イミグレーションでパスポートを提示するのみで、入国カードなどの記入・提出は不要です。\nただし、係員によって差があるようなのですが、指紋登録を要求されることがあります。\n係員が両手の人差し指を見せるしぐさをしてきたら、手元にある小さなコピー機のような機械に、両手の人差し指の腹をしばらく軽く押し当てていればOKです。\n入国後の３タスク 毎度おなじみの「両替」「SIMカード入手」「移動手段確保」です。\n両替は、空港内にある銀行の両替ブースでできます。ただし、レートは街中よりも１割以上悪いです。\n携帯電話(スマートフォン)のSIMカードは、各通信事業者が競うように空港内に店舗を出しているため、選び放題です。\nプランも様々ですが、例えば、7日間で1GBの通信上限で8リンギット分の通話付きで27リンギット(約700円)、のようなものがあります。\n空港からKL市内に向かうには、タクシー、バス、電車(KLIA Ekspress)があります。\nタクシーは空港出口付近にチケットを購入するカウンターがあるので、そこで行き先を告げてお金を支払います。\nタクシーにはクーポンタクシーとメータータクシーの２種類あり、購入するカウンターが別になっています(クーポンは青い看板、メーターは赤い看板)。\n初めての方は定額制のクーポンタクシーのほうが安心でしょう。 クーポンタクシーにもBudget(4人乗り、普通車で安い)/Premier(同、高級車で高い)/Family(5〜9人用のバン)の３種類あるので、カウンターで車種を指定してクーポンを買います。\nクーポンの値段は、KL市内行きでそれぞれ74.8RM(約1,900円)/102.6RM(約2,600円)/200.2RM(約5,000円)です(※)。\n渋滞状況にもよりますが、１時間から１時間半くらいでKL市内に着きます。\nチケット売場。写真では６番５番の青いブースがクーポンタクシーの、４番の赤いブースがメータータクシーの、３〜１番のブースがバスのチケット販売カウンターです。 KLIA Ekspress。空港とKL Sentral駅の間を30分で結ぶ特急です。 タクシーと同様に、空港バスのチケットもカウンターで購入できます。空港からKL Sentral駅までのバスで、金額は10RM(約250円)、所要時間は約１時間です(※)。\n空港からKL市内までの最速の移動法は、KLIA Ekspressという特急です。KLIA2からKL Sentral駅までを結ぶ特急で、55RM(約1,400円)、所要時間は約30分です(※)。\n券売所窓口では、行き先と人数と片道/往復(One way/Both ways)を伝えます。クレジットカードでの支払いが可能なのが結構ありがたいです。\n※金額は執筆時点のもの。価格変更がありえますので必ず最新情報をご確認ください\n今回は以上で終了です。次回はマレーシアの歴史をお届けします。\nではまた次号でお会いしましょう。\n","date":"2016年9月16日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/153/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号からマレーシア編をお届けします。\nマレーシア概要 マレーシア(Malaysia)は、国土面積が日本の９割くらい、海を挟んでマレー半島南部とボルネオ島北部を領土とする国です。首都はクアラルンプール(KL)です。\n一年を通して気温が30度前後で雨量も多いですが、雨季と乾季があります(時期は地域によって異なります)。乾季でもスコールがあり、雨季でも一日中雨が降り続くわけではありません。\n人口はおよそ３千万人(数字はマレーシア統計局の統計データによる)で、マレー系(７割弱)、中国系(２割強)、インド系(１割弱)が居住する多民族国家です。\n公用語はマレー語(マレーシア語)ですが、広く英語も使われます。\nイスラム教を国教としており、他にも仏教やヒンドゥー教なども信仰されています。信仰の割合は、前述の民族比率とだいたい一致します。\n特徴的なのは、国家元首の国王が選挙制ということです。マレーシアは小さな王国が集合して成立した国家であるため、世襲制ではなく５年を任期として選挙で決められます。\nなお、議会は二院制で、首相が行政の長というのは日本と同じです。\n通貨はマレーシアリンギット(RMあるいはMYRと表記)で、為替レートはこの原稿執筆時点で大体1RM=25円です。物価は、モノによって異なりますが、感覚的に日本の半分くらいでしょうか。\n日本との時差は１時間（日本が進んでいる）で、シンガポールと同じ時間帯です。\n時間帯の設定のためでしょうが、日の出が7:30くらい、日沈が19:30くらいと、朝明るくなるのが遅いです。日本人にとっては、時差が２時間だとちょうどいい感覚です。\n","title":"2016.09号 マレーシア編(1)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号では現地の様子をお届けします。\n首都ビエンチャンでもとてもこじんまりとしていて、高い建物がなく、人や交通量が比較的少ないのが特徴的です。\n夜は18時にもなると、街灯が少ないため、暗くなります。街は、新興国にありがちな、ゴミが散乱して汚れているということはなくきれいです。\n交通手段はあまり整備されておらず、地下鉄はもちろんのこと、タクシーも流しのものはありません(すぐ拾えるのはトゥクトゥクくらい)。\n車の運転は比較的穏やかで、危険な感じがしないのは助かります。\nとはいえ、朝晩は他国の首都同様、自動車の渋滞になります。\nもっとも、他の国の首都と比べれば可愛いものですし、バイクの数はさほど多くはないです。\n渋滞緩和策として2012年から幹線道路を走る都バスが運行されています。バス停以外でも乗り降りできる方式です。\n日本から寄贈された車両が使われていて、バスターミナルに行くと日の丸マークの入ったバスが並んでいます。\nビエンチャンの街。ご覧の通り、高い建物がありません。 バスターミナル。左のバスは日本から寄贈されたもので、左下に日の丸が描かれているのが見えます。 街を走る自動車は、トヨタの他に、HYUNDAIやKIAなど韓国製が多いです。ラオスには韓国がだいぶ入り込んでいて、韓国語の看板や韓国人を多く見かけます。\nOECD(経済協力開発機構)のデータによると、2014年のラオスに対するODA(政府開発援助)の金額は、G7全体で174M$(※M$は100万米ドル)、そのうち日本が６割以上の107M$と突出しています。\n同年の韓国は29M$と、第２位のオーストラリアの53M$、第３位のドイツ32M$に次いで４位です。\nOECDのデータにはありませんが、隣接するタイ、ベトナム、中国の影響は大きいものです。特にメコン川を隔てた隣国タイの影響は大きく、工業製品の多くはタイからのものです。\n日本の存在感は正直あまりないのですが、総じて好意的に見られているようです。\nビエンチャンの街中の一角。\nMK RESTAURANTSは外食店、TURE COFFEEはカフェ、どちらもタイのチェーン店で、タイの影響はこんな所にも見えます。\nしかし電線の量のすごいこと... ラオスの人は基本的に穏やかで親切です。何というか、とても素朴で、スレている人が少なく、静かに暮しているという印象です。もっとも、プライドが高いというのは他の国と共通しているので、礼儀を持って接するのが前提ですが。\nちなみに、ラオスでは基本的にチップの習慣がなく、この点は気が楽です。\nインフラ状況 ラオスは水力発電による電力供給力が高く、隣国に電気を輸出しているほどです。\nカンボジアやミャンマーなどが深刻な電力不足であるのと対照的で、安価で安定して電気が供給されるというのは大きな長所です。\nただ、気温が上がり水が少なくなる乾季には、逆に電気を輸入しています。\n2015年時点の電話の普及率は、ITUの統計データによれば、固定電話は13.7%（お隣のタイは7.9%、日本は50.2%）、携帯電話は53.1%(タイは125.8%、日本は125.1%)です。携帯電話は高額商品のため、普及してきたのもここ数年です。\n現地の人に聞くと、スマートフォンはAppleやSamsungが人気らしいですが、やはり高く、中国のHUAWEIやOPPO製をよく見かけます。\n携帯電話の通信速度も、ムラはあるにせよ、3G通信で数MB程度出ていたので、通信環境はだいぶ整ってきている印象です。\nラオスの食事 主食は米ですが、餅米をよく食べます。手で取って食べるため、かなり固めの蒸し具合です。\nラオス料理はタイ北部(イーサーン地方)の料理と類似しています。ラオスの代表的な料理の一つに\"ラープ\"があります。\n肉(鶏、豚、牛、アヒルや魚)を細かく刻んだものにミントの葉や野菜を混ぜて、ライムと魚醤で味付けしたものです。\n餅米を片手で取って丸めて少しくぼみを作り、そこにラープを挟んで食べます。 他に、青パパイヤサラダの\"タム・マークフン\"(タイのソムタム)やローストチキンの\"ピン・ガイ\"(タイのガイ・ヤーン)などが定番です。\nルアンパバーンなどラオス北部では、辛味噌をのせた麺料理の\"カオ・ソーイ\"も有名です（タイのチェンマイのカオソーイはカレー味でそれとは違う料理です）。\nフランスの植民地であったこともあり、ベトナムと同様、コーヒーも特産品です。深煎りの豆で濃い目に入れ、たっぷりの練乳を入れて飲みます。非常に甘いですが、これがなかなかイケます。\n鶏肉のラープ。餅米にとても合います。 カオソーイ。ルアンパバーンなど北部でよく食べられます。ちょっと辛い、担々麺風きし麺。 日本人にはあまり馴染みのないラオス。国連から後発開発途上国に指定され、最貧国の一つと見なされています。\nしかし、タイ次の海外生産拠点として\"タイプラスワン\"の一国にも挙げられ、先月に行われたASEAN外相会議では議長国を務め、我々の目に触れることも増えてきました。\n昨年末に結成されたASEAN経済共同体AECの今後とともに注視していきましょう。\nラオス編は今回でひとまず終了です。次回からはマレーシア編をお届けします。\nではまた次号でお会いしましょう。\n","date":"2016年8月10日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/164/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号では現地の様子をお届けします。\n首都ビエンチャンでもとてもこじんまりとしていて、高い建物がなく、人や交通量が比較的少ないのが特徴的です。\n夜は18時にもなると、街灯が少ないため、暗くなります。街は、新興国にありがちな、ゴミが散乱して汚れているということはなくきれいです。\n交通手段はあまり整備されておらず、地下鉄はもちろんのこと、タクシーも流しのものはありません(すぐ拾えるのはトゥクトゥクくらい)。\n車の運転は比較的穏やかで、危険な感じがしないのは助かります。\nとはいえ、朝晩は他国の首都同様、自動車の渋滞になります。\nもっとも、他の国の首都と比べれば可愛いものですし、バイクの数はさほど多くはないです。\n渋滞緩和策として2012年から幹線道路を走る都バスが運行されています。バス停以外でも乗り降りできる方式です。\n日本から寄贈された車両が使われていて、バスターミナルに行くと日の丸マークの入ったバスが並んでいます。\n","title":"2016.08号 ラオス編(3)","type":"archives"},{"content":"","date":"2016年8月10日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/%E3%83%A9%E3%82%AA%E3%82%B9%E7%B7%A8/","section":"Tags","summary":"","title":"ラオス編","type":"tags"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号ではラオスの歴史をお届けします。\nラオスの歴史についてはあまり知られていませんが、大国に翻弄されてきた歴史とも言えます。\n時代は大きく「ラーンサーン王国時代」「三王国時代」「フランス植民地時代」「独立後」に分けることができます。\nでは、また例によって思いっきり要約して記していきます。\nラーンサーン王国時代 ラオスが歴史に記されるのは14世紀のラーンサーン王国からです。\n『タイ編(2)』の「タイの歴史」で触れましたが、この当時のインドシナ半島は、\"ムアン\"とよばれる集落が連合して国に相当するものを形成していました。1353年にファーグム王がラオ族のムアンを統合して統一国家を建てます。\nラーンサーン王国はその後三国に分裂するまでおよそ350年間続きます。\nファーグム王はルアンパバーン(現在は世界遺産に指定されていますね)に都を置き、現在のラオスとタイ東北部を版図にします。上座部仏教を国教とし、寺院建設を盛んに行います。\nファーグムの後はサームセンタイが王位を継ぎ、王国の軍や税制の基礎が作られます。\nラーンサーン王国は16世紀のセーターティラート王の治世に最盛期を迎えます。ラオスのシンボルである黄金の仏塔タート・ルアンはこの時に建立されています。\nこの頃、ラオスの近隣では、タイのアユタヤ朝とビルマのタウングー朝という大国が栄えています。それまではアユタヤ朝が絶頂を誇っていましたが、急成長を遂げたタウングー朝が周辺国への侵攻を積極的に行っています。\nセーターティラート王はタウングー朝の侵攻を避けるため、ルアンパバーンからビエンチャンに遷都します。1560年のことです。\nその後一時的にタウングー朝の支配下に置かれることはあったものの、再度独立し、スリニャウォンサー王の治世には文化的な隆盛期を迎えます。\nラーンサーン王国を建国したファーグム王の像 ラオスのシンボルである黄金の仏塔タート・ルアンとセーターティラート王の像 三王国時代 17世紀末にスリニャウォンサー王が没すると王位継承争いが起き、18世紀初頭に「ルアンパバーン王国」「ビエンチャン王国」「チャンパーサック王国」に分裂します。ここにラーンサーン王国の歴史は幕を下ろします。\n18世紀はお隣タイ(シャム)で王朝が交代し、精力的に近隣諸国を制圧していました。分裂して国力が低下した三王国はいずれもタイの支配下に置かれます。\n三王国の一つであるビエンチャン王国の王アヌウォンはタイに反旗を翻しますが、失敗し、結果としてビエンチャン王国は事実上滅びます。\nフランス植民地時代 19世紀にはフランスがインドシナ半島に侵攻してきます。ベトナム、カンボジアに続いて、ラオスも植民地化しようとします。\nこの時点でラオスの宗主国であるタイは、ASEANで唯一独立を保持した国ですが、フランスが首都バンコクに軍艦を乗り入れてタイを恫喝します(パークナーム事件)。\nこれによりラオスの支配権がタイからフランスに移譲され、仏領ラオスとなります。\nしかし、フランスは、ラオスは人口が少なく旨味が少ないと見切りをつけ、インフラや医療機関の整備、教育などの投資を消極的にし、逆に重税を課します。\nこれによりラオス人民は塗炭の苦しみを味わいます。\n1930年に、同じくフランスの植民地となっているベトナムでインドシナ共産党が発足したのをきっかけに、その指導のもと、ラオスでもフランスから独立しようという運動が活発化してきます。\n太平洋戦争末期に日本軍がインドシナ半島に進駐しフランスが撤退すると、ラオスはタイの傘下に戻ります。\nしかし、日本の敗戦後には再びフランスの支配下に置かれます。\n戻ってきたフランスと、被植民国のベトナム、ラオス、カンボジアの間で、独立をめぐってインドシナ戦争が起きます。インドシナ戦争や、この後起きるベトナム戦争は、ベトナムで起きているという印象が強いですが、ラオスも含まれているのです。\nこの後の展開は、ベトナムの状況と酷似しています。\nラオス国内は、親仏の右派と反仏派の左派に分裂し、内戦化します。\n1954年にインドシナ戦争は終結し、フランスが撤退してラオス王国は完全独立をはたしますが、今度はフランスに替わってアメリカが手を伸ばしてきます。\nベトナムが南北に分裂して、南はアメリカ、北はソ連が援助をして米ソの代理戦争になったのと同様、ラオスでは右派(ラオス王国)に対してはアメリカが、左派(NLHS：ネオ・ラーオ・ハク・サート：ラオス愛国戦線)に対してはソ連が援助をし、内戦が激化します。\n拡大するベトナム戦争にラオスが巻き込まれていった形です。\nこの時米軍がラオス領内の空爆に使った弾薬の量は、第二次大戦時に全世界で使用されたそれの総量を上回ると言われます。\n最終的には北ベトナム(ラオスでは左派のNLHS)側が勝利を収め、ようやく戦争が終結します。\nベトナム戦争時に投下された爆弾の不発弾。現在でも数多くの不発弾が残っていて、撤去作業が続けられているが、毎年被害者が出ている。 パトゥーサイ（凱旋門）。戦没者の慰霊碑として建設されたが、タート・ルアンと並んでビエンチャンのシンボルとなっている。 独立後 NLHS側の勝利により、二分されていたラオス国内も統一されます。形式的に続いていた王政が廃止され、現在の「ラオス人民民主共和国」が建国されます。\n当初は社会主義政策を採っていましたが、西側諸国からは援助が受けられず、経済が停滞し、物資不足に陥り、人口の一割が難民化するほどの深刻な状況に陥ります。\n後に市場経済に転換し、自由化・開放化が本格化し、1997年にASEAN加盟を果たし、現在に至ります。\n今号は以上で終了です。次回は現地の様子をお届けします。\nではまた次号でお会いしましょう。\n","date":"2016年7月15日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/171/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号ではラオスの歴史をお届けします。\nラオスの歴史についてはあまり知られていませんが、大国に翻弄されてきた歴史とも言えます。\n時代は大きく「ラーンサーン王国時代」「三王国時代」「フランス植民地時代」「独立後」に分けることができます。\nでは、また例によって思いっきり要約して記していきます。\n","title":"2016.07号 ラオス編(2)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号からラオス編に移ります。\nラオス概要 ラオス人民民主共和国(Lao People's Democratic Republic)は、中国、ベトナム、カンボジア、タイ、ミャンマーに囲まれた、インドシナ半島の内陸にある、ASEANで唯一海に接しない国です。\n面積はだいたい日本の本州と同じくらいですが、人口は2015年時点で649万人で、首都ビエンチャンでも人口82万人と、他国と比べると国民の数は少ないといえます。実際に、ビエンチャンの街も非常にこじんまりとしています。\n※数字はラオス統計局から引用。\n社会主義政党による一党独裁体制が布かれていますが、実際には資本主義が多く取り入れられています。ちなみに、街のあちこちに、ラオスの国旗とともに旧ソビエト連邦の国旗(赤字に黄色い鎌と鎚)が掲げられているのが印象的です。\nタイやミャンマーと同じく上座部仏教の国で、街中に寺院が点在します。どの寺院も華やかな色彩で、しかもとても綺麗な状態で維持されているのが特徴的です。\nメコン川沿いの広場。ラオス国旗と旧ソ連の国旗が並んで掲げられています。 ビエンチャンの街の真ん中にあるインペン寺。きらびやかな色彩で目を引きます。 言語はラオ語で、文字の形状も含めて、タイ語と似ています。ラオス南部は国土の南西側をタイと接していて、タイのテレビ放送を受信できるため、タイ語を理解する人が多いようです。実際に滞在していたホテルでも、タイの番組を放映しているチャンネルがいくつもありました。\n英語はあまり通じません。外国人が出入りするホテルや商業施設では英語での対話が可能ですが、他国と比べると達者な人は少ない印象です。空港で政府の職員と話をしたり、街中で課題活動中の大学生からアンケートを受けたりしましたが、どちらもやりとりは少し大変でした。\n通貨はKip(キープ。LAKと表記)です。この原稿を書いている時点でのレートはおよそ1JPY=70LAKで、現地通貨額を２桁切り下げて1.5倍すると日本円換算になります。\nラオスキープ以外にも、米ドルやタイバーツが流通しており、外貨支払いが可能な場合には価格表に３通貨の金額が表示されています。物価はものによりますが、物品の価格は日本の半分くらい、サービスや飲食などの料金は、感覚的に五分の一から四分の一くらいです。\n空港で売られている携帯電話SIMカードの価格表。\nラオスキープ、米ドル、タイバーツの３通貨で金額が表示されています。 日本との時差はマイナス２時間(日本の９時は現地の７時)です。\n気候は熱帯に属し、雨季(５〜10月)と乾期(11〜４月)に分かれ、最高気温は40度に達しますが、北部では最低気温は15度にまで下がります。南部にあるビエンチャンでも気温がかなり下がることがあり、実際に私が滞在していた時でも雨上がりには肌寒く、上着が欲しいくらいの日もありました。\n治安は比較的良いです。夜は、首都ビエンチャンでさえも、街灯が少なく街が暗くなってしまうので、一人歩きを避けるか十分注意する必要はありますが、日中は物騒な思いをすることは、他国と比較して、そうはありません。ぼったくりに出くわすことが少なく(滞在中はその素振りすら見られなかった)、それだけでも安心感はかなり違います。\n外でトイレに行きたくなった時のこと、有料の公衆トイレ(アジアの国ではよくあります)を見つけ入ろうとしましたが、あいにく小額紙幣がありません。緊急事態(?!)ゆえ、やむなく手持ちの一番小さな紙幣を受け付け(?)の老人に出したところ、\n「お釣りの手持ちがないので、くずしてくるから先に用を足していてくれ」\nとのこと。\n『あぁ、これはやられたかな...』と思いつつ済ませて外に出ると、ちゃんとお釣りを用意して渡してくれました。\nささいな、そして日本では当たり前のことですが、こんなことからも印象は変わってくるものです。\nラオスの入出国 首都ビエンチャンの空の玄関口はワッタイ国際空港です。バッゲージクレームが１つのみの、とてもこじんまりとした空港です。\n滞在期間が15日以内であれば、観光・商用問わずビザは不要です。入国手続きも、イミグレーションでパスポートと入国カードを提示するのみです。\nワッタイ国際空港。 簡素でこじんまりした空港です。 入国直後の三タスク 毎度おなじみの、両替と移動手段確保と携帯電話のSIMカード調達方法です。\n両替は、バッゲージクレームのあるフロアの出口か、空港ロビー内にある銀行のブースで行えます。\n空港から市街地への移動手段はタクシーです。カウンターでタクシー券を買います。このため、到着時のタクシーの客引きがなく、だいぶ気が楽です。\n市街地までのタクシーの料金は、車種によって異なりますが、普通車で57,000Kip(約850円)です。この時に乗ったタクシーの車両はエアコン付きの新車で、非常に快適でした。空港から市街地までは比較的近く、10〜15分程度です。\n携帯電話のSIMカードは、タクシー券を買ったカウンターの隣で販売されていました。3G方式の通信のみ(通話なし)、1.5GBの通信上限で70,000Kip(約1,000円)でした。他にも、通話ありや4G通信などのプランもあります。\nちなみに、ビエンチャンはメコン川を挟んでタイと接する位置にあるため、タイの携帯電話の電波がギリギリ届きます。\nタクシー券。普通車で57,000キープ(約850円)。空港のカウンターで購入します。 今号は以上で終了です。次回はラオスの歴史をお届けします。\nではまた次号でお会いしましょう。\n","date":"2016年3月14日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/177/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号からラオス編に移ります。\nラオス概要 ラオス人民民主共和国(Lao People's Democratic Republic)は、中国、ベトナム、カンボジア、タイ、ミャンマーに囲まれた、インドシナ半島の内陸にある、ASEANで唯一海に接しない国です。\n","title":"2016.03号 ラオス編(1)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号はシンガポール編の最終回で、現地の様子をお伝えします。\n現地の様子 赤道直下の高温多湿の国で、四季はありませんが、あえて言うならば4～9月の乾季と10～3月の雨期に分かれます。\n乾期とは言ってもスコールはありますし、雨季でも一日中雨が降っているわけではありません。気温の変動はあまりなく、一年を通して25～35度くらいです。\n治安が良くて清潔、ASEANの他国と比べると車の運転は穏やか(道路も広いですね)でバイクの数も少ないため、安心して街中を歩くことができます。\n日本人にとって助かるのは、チップの習慣が基本的にないことです。マレーシアやミャンマーもチップは原則不要ですので、旧イギリス領の国に共通することなのでしょうかね。\n人々は真面目でマナーが良く、日本にいるのとあまり変わらず過ごせます。\n罰金都市\"Fine City\" ゴミ捨ては罰金というのは有名ですね。汚い話で恐縮ですが、痰を吐くのにゴミ箱を探している人を見かけました。\n全ての人が全ての場所でマナーを守っている、というわけではありませんが、所構わずモノを捨てる国が多いのとは対照的です。\nまぁ、罰金制度が事細かに定められているというのもありますが。シンガポールは\"Fine City\"と呼ばれるほど罰則が多いのです(※\"Fine\"には「素晴らしい」の他に「罰金」の意味もあります)。\n電車などの公共の乗り物内で飲食不可というのは他国でもよくありますが、チューインガムの販売や国外からの持ち込みが禁止されているというのは特徴的です。もっとも、荷物検査があるわけではないですけどね。\n多民族国家 小さな国土ですが、中華街、インド人街、アラブ人街など、各民族の集まる街があり、商店や飲食店、寺院などがあります。\n各民族街の中に入れば宗教の匂いを強く感じることはありますが、それ以外の場所では宗教を意識することはあまりありません。\nシンガポールでの信仰について調べてみると、2010年時点での15歳以上の人口に占める信者の割合は、\n仏教：33.3% キリスト教：18.3% 無宗教：17.0% イスラム教：14.7% 道教：10.9% ヒンズー教：5.1% （数字は『CENSUS of population 2010(シンガポール国勢調査2010)』から引用。）\nとなっており、特定の宗教が図抜けて多いというわけではありません。これは、お隣マレーシア(イスラム教が６割)と大きく違うところです。\n罰金制度の多さについて先ほど触れましたが、これも多民族国家運営における統制のためです。\n中華街 リトルインディア アラブストリート それぞれに寺院や商店などがあり、独特な雰囲気があります。 シンガポールの食事 最後はいつも通り食事ネタで締めましょう。 主な３民族である、中華系、マレー系、インド系のそれぞれの料理がシンガポールの特徴的な食事です。他に、中華系移民とマレー人が結婚して生まれたその子孫の\"プラナカン\"も特有の文化を持っていて、その料理であるプラナカン料理(別名ニョニャ料理)というものがあります。これらの食事情は隣国マレーシアと一緒です。\n高級レストランから屋台を集めたホーカーズやショッピングセンター内にあるフードコートまで、店舗の形態や値段も様々です。\n魚の頭をカレーで煮込んだフィッシュヘッドカレー、チリソースでカニを炒めたチリクラブ、鶏肉のスープで炊いたチキンライス(海南鶏飯)、漢方スパイスで豚肉を煮込んだバクテー(肉骨茶)などが代表的な料理としてよく挙げられます。\n同じバクテーでも、シンガポールのものはスープが白色で胡椒がきいた味、マレーシアのそれはスープが黒色でコクが強い味をしています。\nまた、朝食の定番に\"カヤトースト\"があります。\"カヤ\"と呼ばれる、ココナツミルクと卵黄などから作る甘いジャムをトーストの間に挟んだもので、半熟卵に浸けて食べます。\n帰国する日の朝に試しに食べてみたところ、カヤジャム自体は非常に甘く、醤油をたらした半熟卵やバターの塩気と混じり合って、甘党の私にはなかなかいけます。\nしかし、ものすごい量のバターがパンの間に挟まれていて、生真面目に全部平らげたものですから、その後胃もたれを起こしながら空港に向かったのを覚えています... バクテー(肉骨茶)：胡椒がきいたスープにホロホロになるまで煮込んだ豚バラ肉が入っています。もちろんイスラム教徒は食べません。 カヤトースト：炙ったパンの間には、たっぷりのカヤジャムとバターが挟まっています。醤油をたらした半熟卵をつけて食べます。 ASEAN随一の先進国としてアジアを牽引する小さな都市国家シンガポール。\n地理的な位置や税制などの理由で多くの国から人、金、物が集まり、文字通り\"ハブ\"として機能し、進歩を続けています。\n一方で、成長率の減速や与党による事実上の独裁政治など、短期間で急成長を遂げた若い国としての課題もあります。\n建国50周年という節目を迎えた獅子の国が今後どのような奮迅をしていくのか注目していきましょう。\nシンガポール編は今回でひとまず終了です。次号からはラオス編をお届けします。\nではまた次回お会いしましょう。\n","date":"2016年2月15日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/185/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号はシンガポール編の最終回で、現地の様子をお伝えします。\n現地の様子 赤道直下の高温多湿の国で、四季はありませんが、あえて言うならば4～9月の乾季と10～3月の雨期に分かれます。\n乾期とは言ってもスコールはありますし、雨季でも一日中雨が降っているわけではありません。気温の変動はあまりなく、一年を通して25～35度くらいです。\n治安が良くて清潔、ASEANの他国と比べると車の運転は穏やか(道路も広いですね)でバイクの数も少ないため、安心して街中を歩くことができます。\n日本人にとって助かるのは、チップの習慣が基本的にないことです。マレーシアやミャンマーもチップは原則不要ですので、旧イギリス領の国に共通することなのでしょうかね。\n人々は真面目でマナーが良く、日本にいるのとあまり変わらず過ごせます。\n","title":"2016.02号 シンガポール編(3)","type":"archives"},{"content":"","date":"2016年2月15日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E7%B7%A8/","section":"Tags","summary":"","title":"シンガポール編","type":"tags"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号ではシンガポールの歴史をお届けします。\nシンガポールの歴史はマレー(マラヤ)の歴史と重なる部分が多いのですが、シンガポールの部分を抽出して、「テマセク、シンガプーラの時代」「イギリス統治時代」「日本軍統治時代」「独立後」に分け、例によって要約して記していきます。\nテマセク、シンガプーラの時代 古くは三世紀頃の中国の史書にマレー半島南端の国として「羅越(らえつ)」という名称が出てきます。また、14世紀頃の古書には「テマセク(\"海の町\"の意)」という港町についての記述があります。場所柄船が多く往来し海賊がいる漁村、というようなものです。14世紀頃から「シンガプーラ(獅子の町)」という名前で呼ばれるようになりました(名称の由来は諸説あります)。\nテマセク時代にせよシンガプーラ時代にせよ、この小さな町は、当時のこの地域の大国(マジャパヒト王国、マラッカ王国)の属国でした。\n16世紀になると欧州列強が東南アジアに侵入し、植民地化していきます。マレー半島の支配者は、様々な経緯により、ポルトガル→オランダ→イギリスと移り変わってきます。そして19世紀になると、ラッフルズホテルで有名な\"ラッフルズ\"が登場します。\n\"黒い\"ラッフルズ像。ビクトリア・シアター＆コンサートホールの前に建っています。\nもう一つ\"白い\"ラッフルズ像もありますが、こちらの黒い像が原型です。 イギリス統治時代 トマス・スタンフォード・ラッフルズ(Thomas Stamford Raffles)は、イギリス東インド会社の社員で、マレー半島、ジャワ島、スマトラ島に赴任し、第一書記官や副総統などを歴任してきた有能な人物です。ちなみに世界最大の花\"ラフレシア\"の名称は彼の名前に由来するものです。\nラッフルズはインド洋と太平洋を結ぶシンガポールの地理的な重要性を誰よりも先に見抜き、1819年にシンガプーラに上陸し、この港町を支配する首長に談判し、英国商館を建設してこの町を運営する権利を得、その後割譲を受けます。それまでは漁民と海賊のいる小さな港町にすぎなかったこの地を、関税のない自由貿易港にするべく様々実行し、名称も英風に\"シンガポール\"に変更します。ラッフルズの活躍により、この後140年に渡るイギリス統治の礎が築かれました。\n1824年には、東南アジア貿易で競い合っていたイギリスとオランダの二国間で条約が結ばれ、マラッカ海峡を境にして東側(マレー半島)がイギリス領に、西側(スマトラ島)がオランダ領になります。イギリス領となったマレー半島のうち、西南部(インド洋側)に位置する、航海の要所であるペナン、マラッカ、シンガポールなどを\"海峡植民地\"とし、シンガポールはその首都となります。\n自由港で船舶の行き来が大いに盛んになり、著しい経済成長を遂げ、労働力も必要とされるとなれば、周辺のインド、中国、マレーから大勢の人が流入してきます。これにより、現在の多民族国家が形成されます。\n日本軍統治時代 イギリスは東南アジア植民支配の拠点としてシンガポールに陸海軍を駐留させ、難攻不落の要塞を築いています。\n1941年に太平洋戦争が始まると、日本軍がマレー半島を制圧しながら侵入し、わずか10日足らずでイギリス軍を追い出しシンガポールを占領します。ここから日本軍による軍政が布かれます。日本軍占領下ではシンガポールは\"昭南島\"と呼ばれます。\n当時日中戦争の最中でもあった日本軍は、特に中華系住民の反抗を恐れ、反日の華僑を無理矢理あぶり出して処刑します。その数は不明ですが、数千から数万人と言われています。\n現在、シンガポールのマーライオン公園から少し歩いた所に戦争記念公園があり、園内には\"日本占領時期死難人民記念碑\"という高さ70メートル弱の塔がそびえ立っています。虐殺された華人の鎮魂とこのような惨劇を二度と繰り返さぬようにと、シンガポールと日本の両政府により建てられた慰霊塔です。\n日本占領時期死難人民記念碑。\n４本の柱からなり、それぞれ中国人、マレー人、インド人、ユーラシア（ヨーロッパとアジア）人を表します。 独立後 日本の敗戦後、イギリスがこの地域の植民支配を再開しますが、大戦で痛手を負った宗主国に統治を維持する力はありません。段階を経て自治権を認め、1957年にマラヤ連邦(マレー半島の連邦国家。シンガポールは含まれない)が独立し、シンガポールは1959年に完全自治領となります。1963年にはマラヤ連邦とシンガポール、ボルネオ、イギリス領サラワクが合併してマレーシア連邦を結成し、イギリスの手から離れます。\nマレーシアに移行してからも難題が続きます。マレーシア中央政府はマレー人優遇政策を取ろうとし、中華系人民が多数を占めるシンガポール側はそれに反発し対立が起きます。結果として、中央政府に従わないシンガポールを追放せざるをえない状況となり、シンガポールは望まぬ形でマレーシアから分離独立しました。1965年のことです。\n国土が小さく、資源や水源にも乏しいシンガポールの運営は絶望的です。しかし、独立後初代首相のリー・クアンユーは煩悶しながらも強力なリーダーシップを発揮し、国連参加、ASEAN結成、外国企業誘致など次々に手を打っていきます。折しも1960年代からシンガポールの主要産業である貿易と金融が急成長したことも後追いし、目覚ましい経済発展を遂げて先進国の仲間入りをし、今日に至っています。\n今回は以上で終了です。次号では現地の様子をお届けします。\nではまた次回お会いしましょう。\n","date":"2016年1月19日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/195/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号ではシンガポールの歴史をお届けします。\nシンガポールの歴史はマレー(マラヤ)の歴史と重なる部分が多いのですが、シンガポールの部分を抽出して、「テマセク、シンガプーラの時代」「イギリス統治時代」「日本軍統治時代」「独立後」に分け、例によって要約して記していきます。\n","title":"2016.01号 シンガポール編(2)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号からシンガポール編をお届けします。\nシンガポール概要 シンガポール共和国(Republic of Singapore)は、マレー半島の先端にある、赤道直下の都市国家です。ちょうど今年(2015年)で建国50周年を迎え、記念式典など様々なイベントが催されていたのをご存知の方も多いでしょう。\n面積は東京23区とほぼ同程度で、人口は554万人(2015年10月時点。数字はシンガポール統計局Webサイトから引用)、居住する民族は、中華系が７割強、マレー系が１割強、インド系が１割弱を占めます。\n公用語は英語、標準中国語(マンダリン)、マレー語、タミル語(インド系の言語)で、街中の標識などは大抵複数の言語で表記がなされています。英語がどこでも通じますが、いわゆる\"シングリッシュ(シンガポール英語)\"で、発音が聞き取りにくく苦労します。こちらの言っていることは理解してくれるのでその点は楽です。\nチャンギ国際空港内にある建国50周年記念のオブジェ 地下鉄で見た工事中の衝立。英語、中国語、マレー語、タミル語で書かれています 日本との時差は１時間(日本が進んでいる)、通貨はシンガポールドル(以下SGDまたはS$と略記します)で、原稿執筆時のレートは85〜86JPY/SGDです。物価は日本とさほど変わらず、モノによって高い安いがある、といった所です。\n赤道直下にあるため気温は一年を通して30度前後で、10月から1月くらいにかけては雨が多くなります。\nシンガポールの入出国 シンガポールの空の玄関口はチャンギ国際空港です。世界一の評価を受け続ける、近代的で快適な空港です。\nシンガポールは、30日以内の滞在であればビザは不要で、入国時に気をつけるべき事項も別段ありません。\n出国時には、荷物のセキュリティチェックを行うタイミングが他の国の空港よりも遅く、搭乗口直前で行います。ジャケットなどの上着を脱いでX線チェックを受けるのは常ですが、Tシャツの上に長袖のシャツを着てボタンを開けていたら「シャツを脱げ」と言われました。こんなのは初めてです...\n入国後の３タスク：両替、SIMカード購入、移動 両替所は空港のバッゲージクレームと同じフロアもしくは到着ロビーを出た所にあります。後者の両替所では携帯電話のSIMカードも購入できます。\nシンガポールへ向かう飛行機内でもSIMカードを販売しているので、シンガポールドルを持っていれば機内で購入可能です。紙幣の手持ちがあったので購入すると、フライトアテンダントから、\n「このSIMカードのパッケージは機内では封を開けちゃダメ。空港ロビーにあるSATSカスタマーサービス(というサービスカウンター)まで持って行き、そこで開通処理をしてもらうように」\nと、ものすごい早口でまくしたてられるように説明を受けました。シングリッシュではなかったのが幸いで、聴き取れてよかった...\n値段は15S$(1,300円くらい)、通信容量は5日間100GB、500分の国内通話と30分の国際電話、100通の国内SMSが可能という超大判振る舞い(!)です。\n入国後、SATSカウンターで開通をしてもらいましたが、「使えるようになるまで30分くらい待ってね」と言われ、ホテルに移動する間はスマートフォンが使えませんでした。入手後すぐに携帯電話を使用したい場合には注意が必要ですが、後述のように、無料でWifiが使えます。\n空港から市街地へは、タクシーか地下鉄MRTでの移動が便利です。金額は、タクシーで20〜30S$(1,700〜2,600円)程度、MRTならばその十分の一くらい、時間はどちらも30分程度です。到着ロビーを出た所で他の多くのASEANの国のようにタクシーの客引きにあうことがないのは助かります。\nMRTを利用して市街地に向かう場合は、２駅先のTanah Merah(タナメラ)駅で乗り換えます。ドアの両側が開くので、行き先を調べておいて、左右どちらのホーム側の列車に乗り換えるのか確認してから降りるとよいです。\nTanahMerah駅。ホームの天井でものすごく大きなファンが回っていて、ちょっと涼しい... 地下鉄の改札から。台湾やバンコクの地下鉄の駅と雰囲気が似ています インフラ状況 電気、水道、通信、移動手段など、しっかりと整備され、全く不安がありません。水道水はそのまま飲めるほどです(とは言っても飲料用にはミネラルウォーターを買いますが)。なお、国土が狭く保水力が小さいシンガポールでは、水を自国内で賄うだけでは足りず、お隣マレーシアから輸入しています。\n2014年時点での固定電話の契約率は35.5%、同携帯電話は158.1%(数値はITUの統計から引用)、スマートフォンの保有率が非常に高く、総務省の平成26年の調査では、93.1%という報告がなされています(日本は53.5%、米国は69.6%、韓国は88.7%)。\n通信品質は高く、非常に快適に使用することができます。Wifiも店や人が集まる場所では大抵使え、空港では無料でIDとパスワードを入手することができます。\n車の渋滞が他のASEAN諸国と比べて圧倒的に少ないのは大きな特長といえるでしょう。国で厳格な制度を設け、税金や登録料などを課して車両の増加に歯止めをかけています。車の購入には車両代の３倍かかるため、おいそれとは保有できないのですね。代わりに、東京や台湾などと同じように地下鉄やバスが整備されていて、移動に不便はありません。狭い国土に対して、緻密な計算により国家を運営しているのがうかがえます。\n今回は以上で終了です。次号はシンガポールの歴史をお届けします。\nではまた次回お会いしましょう。\n","date":"2015年12月31日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/200/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号からシンガポール編をお届けします。\nシンガポール概要 シンガポール共和国(Republic of Singapore)は、マレー半島の先端にある、赤道直下の都市国家です。ちょうど今年(2015年)で建国50周年を迎え、記念式典など様々なイベントが催されていたのをご存知の方も多いでしょう。\n面積は東京23区とほぼ同程度で、人口は554万人(2015年10月時点。数字はシンガポール統計局Webサイトから引用)、居住する民族は、中華系が７割強、マレー系が１割強、インド系が１割弱を占めます。\n公用語は英語、標準中国語(マンダリン)、マレー語、タミル語(インド系の言語)で、街中の標識などは大抵複数の言語で表記がなされています。英語がどこでも通じますが、いわゆる\"シングリッシュ(シンガポール英語)\"で、発音が聞き取りにくく苦労します。こちらの言っていることは理解してくれるのでその点は楽です。\n","title":"2015.12号 シンガポール編(1)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\nミャンマー編最終回の今号では、現地(最大都市ヤンゴン)の様子をお届けします。\nヤンゴンの街の様子 街中に多くの仏塔があり、人々がお祈りをしている姿をよく見かけ、仏教の香りが強くします。\n一方で、イギリス統治の影響も受け、欧州風の建物(市庁舎、裁判所、税関など)も立ち並びます。\nヤンゴンにもインド人街と中国人街があり、雰囲気や売っているものがどことなく違います。\nショッピングセンターやスーパーマーケットなどはもちろんありますが、小売店よりも市場や路上販売のほうが圧倒的に多く、９割を占めます(※数字は、日本小売業界による「ミャンマー・ハノイ・カンボジア最新流通視察会報告(ミャンマー・ヤンゴン編)」から引用)。\n路上販売がひしめく通りは、朝方などはかなり混雑していて、ものすごく活気があります。肉、魚、野菜、果物などの食料品から、生花や中古の携帯電話や何に使うのか分からないガラクタまで、様々なものを売っています。\n路上販売の様子。所狭しと店が並び、縁日のような混雑です。 左は肉屋のコーナー。肉や魚がこれでもかと生々しく並べてあるのは圧巻です。 一時期よりは経済が停滞気味と言われることもありますが、都市の開発は止むことなく、規模を問わず建物や道路の工事がそこここで行われています。宿泊先の近くでも歩道の舗装工事をしていたのですが、私服姿の４〜５人が、粗末なスコップを使って、懸命にコンクリートを均していました。\n歩道の舗装工事をしていました。スコップや木の棒を使って平らに均しています。 雨期のヤンゴン 先回訪れたのは雨季真っ最中でした(と言っても年の半分は雨季なのですが)。\n雨が降り出すと、暴力的と言ってもいいくらいのものすごい土砂降りで、傘など役に立たず、とても外を歩ける状況ではありません。\nしばらくすると小降りになるのですが、断続的に本降りになり、湿度もかなり上がります。\nもちろん、ずっと雨天というわけではなく、晴れ間もあります。日が出ると午前中から暑くなりますが、風通しの良い日陰にいれば結構快適です。\n交通事情 ヤンゴンの街で他の都市と大きく異なる点は、バイクが走っていないことです。\nヤンゴン市内のみバイクが法律で禁止されています(安全性やテロ警戒という理由)。とは言っても、自動車はあふれ、日常的に渋滞しています。\n「車は歩行者が避けるもの」と主張しているかのような運転で、歩行時はだいぶ気をつけました。クラクションも終始鳴りっぱなしなところは、お隣インドと似ています。\n街を走る車のほとんどが日本製の古い中古車で、全体の９割を占めます(※)。元々書かれていた日本語の社名がそのままにしてあったり、カーナビの日本語のエラー画面が表示されっぱなしだったりします。\n現地の人が\n「軍政時は車が一台○十万ドルもしてとても買えなかったが、今は△千ドルになり、ようやく買えるようになった」\nと言っていましたが、実際に調べてみると、民政移管直前の2010年では、中古のクラウンが200,000ドル(当時のレートで1,750万円)、ランドクルーザーの新車が400,000ドル(同3,500万円)とありました(※)。これでは手が出ませんね...\n(※数字は、一般財団法人日本自動車研究所による「ミャンマー連邦共和国における自動車登録・ 検査インフラの整備に係る実現可能性調査」から引用)\n市民の足にはバスがよく使われていて、車掌がドアに立って大声で叫び、運賃を受け取ってお客を乗せています。\n他の交通手段としてはミャンマー国鉄の電車やヤンゴン川を走るフェリーがあります。国鉄の車両はやはり中古車で、かなりの年代物です。\nヤンゴン川沿いの大通り。ご覧の通りバイクが走っていません。写ってはいませんが、左手にはフェリー乗 り場があります。 国鉄の電車。かなりの旧型です。左の尖った屋根の建物が駅。 インフラ状況 発展途上で、整備状況は悪いです。特に電気が不安定で、停電は日常茶飯事です。\n出張先でPCや携帯電話が使えないと何もできなくなってしまうので、とにかく充電をこまめにしていました。\nエアコンは不安定な電圧から機器を守るための制御装置に接続されています。暑くてエアコンを点けようにも、すぐには作動しないので、つい電源のOn-Offを何度も繰り返してしまいました...\n携帯電話やインターネットの回線も不安定で、切れやすかったり、つながっても速度に期待はできません。\nただ、携帯電話業界は国営企業による一社独占状態から外資系二社が参入した状況に変わり、体制および品質面でも徐々に良くなってきているようです。\n食事 最後はいつも通り食事で締めくくりましょう。 ミャンマー料理としては、カレーのような煮込み料理\"ヒン\"や麺料理が代表的でしょうか。ヒンは油が大量に使われ、日本人は胃がもたれたりお腹を壊しやすいと聞いていたので、あまり調子が良くなかったこの時は遠慮しておきました...\n多民族国家ならではの各地の料理も豊富で、マンダレー料理、ラカイン料理、シャン料理など、各民族の伝統料理があります。ちょうど宿泊先の近くにシャン料理のレストランがあったのでシャン族の伝統料理をいただきました。\nシャン料理は日本人の口に合うということで、確かに頼んだカレースープは油によるしつこさがなく、豆腐が使われた料理(揚げ豆腐を食べました)があったり、シャンカーソエという麺料理もかなり美味でした。\nシャン族の伝統料理。日本人の口に合います。炒飯とポテトコロッケとカレースープ。 手前がシャンカーソエという麺料理。左上は豚肉角煮。緑色のサラダの下にあるのが揚げ豆腐。 11月8日に実施された総選挙で、アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)が過半数の議席を得て、現政府も「平和的に政権を委譲する」と発表しているのは周知のとおりです。\n歴史的な政権交代の実現が期待される一方で、政治未経験者による運営能力や軍との軋轢による内乱発生などに対して不安視もされています。\n素朴で人なつこいミャンマーの人々の笑顔が見られる政治体制になるよう、切に祈るばかりです。\nミャンマー編は以上で終了です。次号からはシンガポール編をお届けします。\nではまた次回お会いしましょう。\n","date":"2015年11月16日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/206/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\nミャンマー編最終回の今号では、現地(最大都市ヤンゴン)の様子をお届けします。\n","title":"2015.11号 ミャンマー編(3)","type":"archives"},{"content":"","date":"2015年11月16日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/%E3%83%9F%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%BC%E7%B7%A8/","section":"Tags","summary":"","title":"ミャンマー編","type":"tags"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号ではミャンマーの歴史について、いつものように思いっきり要約して記します。\n王朝時代 現ミャンマーの人口の７割を占めるビルマ族は、古代に中国南部から南下してきたと言われます。\nビルマ族による最初の統一王朝は「バガン朝」です。バガン朝は初代アノータヤー王の即位(1044年)から、モンゴル帝国(元)に滅ぼされるまで(1287年)の約250年間続きました。このバガン朝時代に、上座部仏教が国教として定着し、400を超える仏塔が建立されます。現代のミャンマーのイメージの元は、この時に作られたものなのですね。\n世界最大規模の仏塔\"シュエダゴンパヤー\"。高さ99.4m、使用されている金箔8,788枚、5,451個のダイヤモンドの他大量の宝石がちりばめられています。 シュエダゴンパヤーへの入口。狛犬のでかいこと！ バガン朝滅亡後250年間は複数の勢力に分裂しそれぞれが王朝を開きますが、16世紀半ばに「タウングー朝」がビルマを統一します。タウングー朝は、途中一時的に崩壊しますが、ほどなく再興され、200年続きます。\nタウングー朝の後には「コンバウン朝」が続きます。\nタウングー朝とコンバウン朝については、タイ編（２）の回で、アユタヤー王朝を征服した話としても出てきました。\nコンバウン朝は過去最大の版図を獲得し、現在のミャンマーの領土の土台を作りました。\nそしてコンバウン朝が最盛期を迎えた頃から、お隣インドを支配していたイギリスの圧力がビルマにかかり始めます。\nイギリス支配時代 コンバウン朝はインド隣接部の領土問題をきっかけにイギリスとの戦争(第一次英緬戦争)をおこしますが、敗戦により領土を割譲します。英緬戦争は、原因は異なれど、三度に及び(1824年、1852年、1885年)、ビルマはその都度領土を削られ、最終的にビルマ全土がイギリスの領地になります(正確にはイギリス領インドに一州として編入される)。コンバウン朝は滅亡し、この後1948年に独立するまでの60年余り、イギリスの支配を受けます。\nイギリスの狡猾かつ理不尽な植民支配にさらされ続けるうちに、ビルマ内にビルマ民族として独立しようとする運動が起き始めます。政治団体が結成され、分裂や統合がありながらもイギリスに対して自治を訴え続けます。\n1920年にはビルマ人団体総評議会GCBAが、1930年にはタキン党(※\"タキン\"は\"主人\"の意。『ビルマの主人はビルマ人だ』という主張による)という政治団体が結成されます。タキン党は、\"建国の父\"アウンサンや、独立後初代首相のウーヌ、後に軍事独裁政権を築くネウィンらを排出します。\n折しも第一次世界大戦後で、東欧を中心に被支配国が独立する機運が国際的に高まってきていたため、イギリスのビルマに対する態度も徐々に軟化してきます。立法や行政の権限をビルマ人に段階的に委譲し、イギリス領インドからイギリス直轄領に\"格上げ\"し、さらに「いずれビルマを自治領にする」と宣言します。\n太平洋戦争期に入ると、日本軍がビルマに接近し、タキン党を支援し、日本軍に協力する現地人組織を作ろうとします。アウンサンらはそれに同調してビルマ独立義勇軍BIAを結成し、日本軍のビルマ侵攻作戦に協力し、イギリス軍の排除に成功します。しかし、日本軍占領下において、泰緬鉄道建設工事に代表される強制労働や一部の日本兵の暴虐など、塗炭の苦しみを味わい、日本軍に大きく失望します。アウンサンは反ファシスト人民自由連盟(パサパラ)を組織して抗日闘争に転換、日本の敗戦色が濃厚になると今度はイギリスと呼応し、日本軍を排除します。\n日本軍敗退後にイギリス支配が復活すると、アウンサンはパサパラの総裁としてイギリスと独立交渉を重ねます。９回の交渉を経て、イギリス政府はようやくビルマの独立を認めます。ビルマ統治にはパサパラのそしてアウンサンの政治的力量が必要であったこと、同時期にインドの独立問題も抱えていてビルマに軍を割けないこと、米ソ冷戦時代に入りビルマ内の共産党が反英勢力として増大することを防ぎたかったこと、などの背景があります。 ところが、念願の独立を実現目前にして、アウンサンは32歳の若さで政敵により暗殺されてしまいます。その首謀者の政敵はすぐに処刑され、アウンサンの後継者としてウーヌが初代首相に就き、1948年に完全独立をはたします。\n独立記念塔。ヤンゴンの街の中心部にあるマハバンドゥーラ公園の中にそびえたっています。 建国の父アウンサンの名前を持つボージョーアウンサン通りとボージョーアウンサン市場(左の白い建物)。\"ボージョー\"とは\"将軍\"という意味。 独立後の自治にはどの国でも尋常でない苦労を伴い、ビルマも例外ではありません。建国間もなく共産党の武装反乱や少数民族の武装闘争が起き、それが収まると、今度は与党パサパラが分裂し混乱が極まります。\nこの制御不能状態に対して、ウーヌ首相は、国軍最高司令官のネウィンに政権を渡し(1958年)、事態の収拾を図ります。\n一年半のネウィンの軍政により国内政情が落ち着くと、総選挙が行われ、再度ウーヌが首相に返り咲きます。しかし、総選挙時に行った軍政批判によりネウィンとの間に深い溝ができてしまいます。 政権復帰後もウーヌは国政をうまく運営できず、ついに1962年に国軍がクーデターを起こします。ここにウーヌ政権は倒され、ネウィンを議長とする革命評議会が全権を奪取し、軍政に移行します。\n軍事独裁政権期 その後国軍は、ビルマ社会主義計画党(BSPP)を結成し、ネウィンが総裁となり、一党独裁のビルマ式社会主義を採ります。外資を追放して経済の国有化を進め、外交も最低限に抑え、外国からの介入を防ぎます。結果として、経済は深刻な不振に陥り、国連からは世界最貧国の烙印を押されます。\n1988年に国民の不満が爆発し全国規模の民主化要求運動が起きます。軍はこれを武力で鎮圧しますが、ネウィンは退陣します。社会主義を放棄し、開発経済に移行しますが、依然として軍政は維持されたままです。\nこの民主化要求運動において、アウンサンの娘アウンサンスーチーが演説を行い、民主化運動の象徴となり、国民の期待を集めます。\n1990年の総選挙において、アウンサンスーチー率いる国民民主連盟(NLD)が圧倒的な勝利を収めるも、軍政側はこれを無視し、権力を持ち続けます。\n民主化 2007年に前任者の死去によりテインセインが首相に就任すると、ようやく政治体制の改革が行われるようになります。\n2008年の国民投票で新憲法案が可決されると民主化が押し進められます。\nテインセインは軍から離脱し、自ら連邦団結発展党を結成し、20年振りとなる総選挙を経て大統領に選出されます。\nアウンサンスーチーを含む、前政権で政治犯とされていた人々を放免し、不合理な法律や制度を廃止し、少数民族の反政府武装組織と停戦合意をするなど多くの改革を進め、他国からも評価されます。前政権に起因する他国からの経済制裁も緩和され、日本を始めとする多くの国の企業がミャンマーに進出し始めているのは周知の通りです。\n来月2015年11月8日には総選挙が実施される予定で、その行く末が見守られています。\n今回はこれで終了です。次号は現地の様子をお届けします。\nではまた次回お会いしましょう。\n","date":"2015年10月12日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/215/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号ではミャンマーの歴史について、いつものように思いっきり要約して記します。\n","title":"2015.10号 ミャンマー編(2)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号からミャンマー編をお届けします。\nミャンマー概要 ミャンマー連邦共和国(Republic of the Union of Myanmar)は、面積が日本の1.8倍、人口5,142万人、ASEAN10カ国で最西端にあり、インドに唯一隣接する南北に伸びた国です。\n日本との時差は2時間30分(日本のほうが進んでいる)、季節は３月中旬〜５月中旬の暑気、５月下旬〜10月中旬の雨期、10月下旬〜３月上旬の乾期の３つに分かれます。\n1989年に当時の軍事政権が国名をビルマ(Burma。実際の発音は\"バーマ\"に近い)からミャンマー(Myanmar)に変更し、日本の外務省もミャンマーの呼称を用いています。\n首都はネーピードーです。「ヤンゴンでは？」と思う方も多いでしょうが、2006年に、最大都市ヤンゴン(ラングーン)から北300kmの場所に、首都機能が移転されました。\n国民の９割が仏教徒で、タイと同じ上座部仏教を信仰しています。\nビルマ族が７割を占めますが、130を超える少数民族が居住しており、この国の政治の難しさや紛争の要因になっています。\n※数字等は外務省のWebサイトから引用\nヤンゴンの街の様子。\n右の写真に写っている金の仏塔は、街のど真ん中に建つ\"スーレーパヤー\"。 巨大な仏塔\"シュエダゴンパヤー\"とともにヤンゴンのシンボルです。 歴史の大きな流れとしては、\nビルマ各王朝→イギリス領→独立→社会主義→軍事独裁政治→民主化 のような変遷をたどり、現在に至っています（歴史については次回記します）。\n通貨はKyat(チャット。MMKと表記)です。執筆時点の為替レートは、1MMK=0.1JPYで、一桁切り下げれば日本円換算になります。\n現地では基本的にKyat支払いですが、空港やホテルなどでは米ドル支払いのみという所もあります。\n物価は、感覚的に、お隣タイの半分くらい、日本の五分の一くらいです。ただし、ホテルは慢性的に不足していて、値段が高く、設備等を考えるとかなり割高です。\n現地の言語はミャンマー語ですが、外国人が出入りするような所は英語が通じます。他のASEAN国(シンガポール、マレーシアを除く)と比べて、英語力はかなり高い印象を受けました。発音も比較的聴き取りやすく、言葉で困ることはあまりありませんでした。\nミャンマーの入出国 ミャンマーに入国するにはビザが必要です。インターネットで申請するeVISAが利用できるようになったので、事前に日本で申請しておきます。料金は50USDで、クレジットカードで支払います。申請が通ると、数日後にApproval Letterがメールで届くので、それを印刷して持参します。\nイミグレーションではその印刷したものを入国審査員に見せればOKです(空港でのArrival VISAの受け取りは不要。「eVISA取得済みの人はそのままイミグレーションへ進んでください」という看板が出ています)。\nなお、帰りの便の予約票の提示は不要でした。\n出国時の出国税や空港利用税は、以前は10USD必要だったようですが、現在は不要です。\nヤンゴン国際空港。 簡素な作りでこじんまりとしていますが、清潔です。 最初にする３つのこと：両替、SIM、タクシー まず両替ですね。ヤンゴン空港のバッゲージクレームの横に両替所が４カ所くらいあります。レートが異なるので、表示されている数字を比べて両替します。空港でのKyatへの両替は、米ドル、ユーロ、シンガポールドルのみが可能です。しかも高額紙幣の新札はレートが良いため、100USDや50USDの新札を調達して持参していくのがよいです。\n携帯電話のSIMカードも両替所の横の販売ブースで購入しました。通信量上限1GB、最長30日間の使用で11,500Kyat(約1200円)でした。\n到着口を出ると、ご多分に漏れずタクシーの客引きがすごいですが、他所の国よりも\"あつかましさ\"が少ないように感じました。ミャンマー人の人柄なのか、まだ外国人にスレきっていないからなのかは分かりませんが、振り切るのが楽なのは助かりました。\nタクシーはメーター制ではなく交渉制です。空港出口付近に定額タクシーのカウンターがあるので、面倒あるいは心配な方はそれを使うとよいでしょう。なお、相場(7,000Kyat前後。700円くらい)よりも1,000Kyat(100円)程度高いようです。\nこの時は、空港から少しだけ歩いて通りに出て、空港で乗客を降ろしたドライバーと交渉しました。他国でも同じですが、こうすると割安です。ふっかけてくるドライバーは袖にして、別のドライバーと交渉、それを数回繰り返し、最終的にダウンタウンのホテルまで6,500Kyat(約650円)で手を打ちました。\nヤンゴンでも渋滞は日常的で、曜日や時間帯によって度合いは異なりますが、この時はホテルまで50分くらいかかりました。\nミャンマーには人懐こい人が多い印象で、特に、何度も利用したタクシーでは、毎回色々と話しをしました。「両替してあげるよ」とか「明日の移動のドライバーやってあげるよ」とか商売気を見せはするのですが(どちらもお断りしました)、先述のように、あつかましさが少なく、どこか人の良さを感じます。\n滞在中話しをした複数のミャンマー人が\n「ちょっと前までの政府(軍事独裁政権)の時には、物価は高い、取り締まりは厳しい、国民の救済など全く考えていない、とひどいものだったが、今の政権に移ってからはかなり生活がしやすくなった」\nと異口同音に力説していたのは興味深いことでした。\nまた、「日本企業の進出が盛んで、日本人が非常に増えた。日本製品も多いよ」とも、好意的に語っていました。\nバッゲージクレーム横の両替所。微妙にレートが 異なります。\n人が並んでいる青いブースでは携帯電話のSIM カードを販売していました。 今回はこれで終了です。次号はミャンマーの歴史をお届けします。\nではまた次回お会いしましょう。\n","date":"2015年9月14日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/221/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号からミャンマー編をお届けします。\nミャンマー概要 ミャンマー連邦共和国(Republic of the Union of Myanmar)は、面積が日本の1.8倍、人口5,142万人、ASEAN10カ国で最西端にあり、インドに唯一隣接する南北に伸びた国です。\n日本との時差は2時間30分(日本のほうが進んでいる)、季節は３月中旬〜５月中旬の暑気、５月下旬〜10月中旬の雨期、10月下旬〜３月上旬の乾期の３つに分かれます。\n1989年に当時の軍事政権が国名をビルマ(Burma。実際の発音は\"バーマ\"に近い)からミャンマー(Myanmar)に変更し、日本の外務省もミャンマーの呼称を用いています。\n首都はネーピードーです。「ヤンゴンでは？」と思う方も多いでしょうが、2006年に、最大都市ヤンゴン(ラングーン)から北300kmの場所に、首都機能が移転されました。\n国民の９割が仏教徒で、タイと同じ上座部仏教を信仰しています。\nビルマ族が７割を占めますが、130を超える少数民族が居住しており、この国の政治の難しさや紛争の要因になっています。\n※数字等は外務省のWebサイトから引用\n","title":"2015.09号 ミャンマー編(1)","type":"archives"},{"content":"Webサイトを刷新しスマートフォンにも対応しました。\n","date":"2015年9月4日","externalUrl":null,"permalink":"/info/2015-09-site-renewed-sp/","section":"お知らせ","summary":"Webサイトを刷新しスマートフォンにも対応しました。\n","title":"Webサイトを刷新しスマートフォンにも対応しました。","type":"info"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\nタイ編最終回の今号では、現地(首都バンコク)の様子を中心にお伝えします。\n街の様子 バンコクはアジアを代表する大都市で、物資、電気、通信、交通など、インフラの面で不自由することはまずありません。もっとも、タイの中でもバンコクの発展は別格で、人口は828万人(出典：日本貿易振興機構「バンコクスタイル」)とタイの全人口の12%を占めており、周辺も含めたバンコク都市圏にいたっては1,500万人(※出典：「Demographia World Urban Areas 11th Annual Edition:2015:01」)で22%を占めます。よくタイ第二の都市と呼ばれるチェンマイでも、バンコクと比べるとだいぶおとなしく感じます。\n親日の国で、特に昨今では日本食の人気が高く、ショッピングコンプレックスのレストランフロアの大半が日本食店ということもざらにあります。\n治安は比較的良く、不安なく外を歩けますが、日本人を狙った変な輩はどこにもいるので、当然のことながら十分注意を払う必要はあります。\n以前夕食に出かけた時のこと、一人の女性(実はオカマらしい...)が英語で声をかけてきて、\n「パタヤから移動してきた時に盗難に遭って困っている。実家からお金を送金してもらうことにした。あなたの口座に一時送金するからクレジットカードで引き出してほしい(※かなり要約しています)」\nと、時折実家と電話をしているフリをしながら懇願してきます。適当にあしらって被害に遭うことはありませんでしたが、この手口、外務省の「海外安全ホームページ」に載っているのですよね。事前に安全情報を確認して手口を知っておくと安心です。\nタイならでは 敬虔な仏教徒の国で、いたるところに仏壇があり、通りすがりに頭を下げている場面をよく見かけます。僧侶に対する尊敬の念が篤く、食べ物を提供したり、跪いて拝んだり、乗り物など公共の場では優先席が設けられたりしています。周辺の他の仏教国と比べても、尊敬の度合いが高いように感じます。\n輪廻転生を信じ、この世で功徳を積む(タンブーンと言います)ことで来世にご利益があると考えられ、進んで\"施し\"を行います。お金がたやすく集まるせいでしょうか、物乞いをあちらこちらで見ます。\nまた、年の表記に西暦でなく仏滅紀元が用いられることがあります。釈迦が入滅した翌年の紀元前543年を元年とし、西暦に543年を加えた値で年を記載するものです。初めて見た時には誤記かと思いましたが、レシートや発行される書類など、日付の箇所に異様に大きな数字が書かれていたら543を引けば西暦になります。\n街中にある仏壇 寺院の付近では小鳥が売られています。籠から解き放してやることで功徳を積めると考えられています。鳥は戻ってくるよう調教されているという噂も... 前々回にも書きましたが、現国王は国民から絶大な支持と尊敬を集め、国中いたる所にパネルが設置されています。国王誕生日には、国民が黄色いシャツを着てお祝いをします（タイでは曜日に色が付けられていて、現プーミポン国王がお生まれになった月曜日は黄色）。\n朝８時と夕方６時には、テレビや公共の場で国家が流れ、国民は立ち止まって動きをやめ、敬意を表します。この時間帯に音楽が流れ、周りの人が動作を止めたら、それにならいましょう。\nなお、タイには王室(正確には、王、王妃、王位継承者、摂政)に対する『不敬罪』が存在するため、侮辱を行うと刑事罰の対象になります。つい最近にも、SNSで王室に批判的な発言を書き込んだ人が逮捕されています(政治的事情があると言う人もいますが...)。\n通信事情 2014年時点の電話契約数(出典：http://www.itu.int/en/ITU-D/Statistics/Pages/stat/default.aspx)は、固定電話が569万(8.5%)、携帯電話は9,710万(144.4%)と、携帯電話の保有率が非常に高くなっています。スマートフォンが普及し、Apple製やSamsung製に加え、最近はOPPOなど中国製品をよく見かけます。第四世代(4G)方式による通信に加え、店や公共の場所ではWifiが使えるところが多く、比較的快適にインターネットを使うことができます。\nFacebookやLineなどのSNSがよく利用され、電車の中や街中で、メッセージをやりとりする姿を頻繁に目にします。\nタイの食事 タイ料理と言うと「辛い」「パクチーが苦手」「トムヤムクン」などを思い浮かべる方も多いでしょう。日本人にとっては辛い料理が多いですが、もちろんそれだけではありません。もっとも、現地の味覚としては、辛味・甘味・酸味など色々な味が混ざったものが美味とされているようです。前述のように日本食の人気は高いですが、味が単一で、薄くて、物足りない、というタイ人もいます。\nタイ人は味付けにうるさく、屋台や食堂などでも、具材や調理の仕方に注文を付けているのをよく見かけます。好みに合わせて「辛くしないで（コー・マイ・ペーッ・カッ）」「パクチーを入れないで（マイ・サイ・パクチー・カッ）」と遠慮せずに注文してみるといいでしょう(※末尾の\"カッ(プ)\"は女性の場合には\"カー\")。外国人がタイ語を話すと喜んで聞いてくれるタイ人はとても多く、ヘタなタイ語でも懸命に伝えると、店員さんのとびっきりの笑顔が返ってくるかもしれませんよ。\nタイの食事処としては、数十バーツ(100〜200円)で食べられる屋台や食堂から、千バーツ(3,600円)以上のレストランまで様々ありますが、それぞれ値段に関係なく非常に美味しい料理を出す所が多いです。食べ物の料金とは一体何なんだろうか、とあらためて考えてしまいます。\nオフィス街のランチ時。屋台が集まっている所に会社員が吸い込まれていきます タイ料理の定番ガイヤーン（ローストチキン）とソムタム（青パパイヤの辛いサラダ）。注文時には「コー・マイ・ペーッ・ナ・カッ（辛くしないでね！）」と伝えました 皇室のつながり、企業の進出、観光などで、古くから日本との関係が深いタイ。洪水やクーデターなど深刻な事態が起きても、現地では明るくたくましく生活が営まれ、暑い日差しの中ゆったりとした時間が流れています。\nこれでタイ編は終了です。次号からはミャンマー編をお届けします。\nではまた次回お会いしましょう。\n","date":"2015年8月11日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/228/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\nタイ編最終回の今号では、現地(首都バンコク)の様子を中心にお伝えします。\n","title":"2015.08号 タイ編(4)","type":"archives"},{"content":"皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号では引き続きタイの歴史をお届けします。\nタイはどのように独立を維持し絶対王制から立憲君主制に移行していったのか、現王朝で近代化を経て現在に至るまでを、例によって思いっきり要約して記します。 脅威はビルマから英仏へ 前回記したように、タイ(当時はシャム)にとっての脅威は隣国ビルマ(現ミャンマー)でした。\nしかし、現王朝に移行してしばらく経つと様子が変わります。\n19世紀には、三度の英緬戦争(イギリス-ビルマ戦争)を経てビルマはイギリス領となり、ベトナムはフランス領となります。\nイギリスはマレー半島の南側も支配下に置いています。\n中国(清)は、イギリスには阿片戦争で、フランスには仏清戦争で敗北します。\nタイの周辺国はすべて英仏二国により武力で征服されてしまったわけです。\nタイも大きな圧力を受け、フランスにいたっては軍艦を首都バンコクに乗り入れてきます(1893年パークナーム事件)。\nこの未曾有の危機を、タイは領土を割譲することで乗り切ります。\nタイの属国であったラオスとカンボジアをフランスに、マレー半島北部の４つの州をイギリスに移譲します。\nこの時譲り渡したのは、タイの領土の実に半分におよび、文字通り身を切ることで独立を維持したのです。\nラーマ五世チュラーロンコーン王の近代化改革 英仏による侵略を何とかしのぐことができたのは領土割譲によるだけではありません。\n地理的にタイがビルマ(イギリス領)とベトナム(フランス領)の間に位置し、英仏が衝突を避けるための\u0026quot;緩衝地帯\u0026quot;になっていた、というがまず一つ。\nが、それ以上に、この当時タイはある程度近代化が図られていて、列強が植民支配するには支障があったこと、さらに、タイが外交によって条約締結による解決のための下地を作っていったということが挙げられます。\nタイ史上最も困難と言ってよいこの時期は、ラーマ五世チュラーロンコーン王の治世でした。チュラーロンコーン王は、「中央集権化」「官僚養成や庶民教育のための学校の設立」「徴兵制による近代的軍隊の整備」「鉄道の導入」「専門知識を持つ外国人の積極的登用」などを次々に行い、近代化を進めました。\n英仏との条約締結や過去の不平等条約の改正の裏にはこのお抱え外国人の活躍があり、その下地が作られていたわけです。 前回、アユタヤ朝において外国人官吏が積極的に使われていた、と述べたように、タイでは色々な国の人間を活用し、各国の良い所を吸収するとともに、バランスを取りながら各国を競わせることで自国により良い条件を引き出そうしてきました。\nこの\u0026quot;バランス感\u0026quot;は、この後の二つの世界大戦における処世でも発揮されます。\n二つの世界大戦で見せた処世術 第一次世界大戦が勃発すると、タイはまず中立を宣言し、戦況をじっと観察します。米国が大戦に加わり連合国が優勢と見極めるや、タイは連合国側として参戦し、結果として戦勝国に加わります。\nそしてこの立場を利用して、過去に締結させられた不平等条約の改正を行うなど、見事な（？）処世術を見せます。\n第二次世界大戦でも同様に、当初は中立を宣言し、自国に有利な状況を作ろうと戦局を見ています。\n苦しい状況のフランスに、以前割譲した領土周辺の国境線見直しを求めたり、それを有利に進めるべく、米国、英国、そして日本と接触したりもします。米英と日本は敵国ですから、タイは二重外交を行ったわけです。\n1941年に日本が東南アジアに進軍すると、タイは日本と軍事協定を結び、連合国側に戦線布告をしますが、意図的に不備のある署名を行い、「不本意ながら日本に従った」という演出をします。\n日本が敗戦するやいなや、タイは「あの宣戦布告は強制されたものであり、憲法上も無効である」と主張します。英国との間の戦後処理はあったにせよ、最終的には米国に宣戦布告の無効が認められ、戦争責任を問われることは辛くも免れ、国際社会にも早い段階で復帰します。まったくもってしたたかと言わざるをえません。\n戦勝記念塔。タイ語では\"アヌサーワリーチャイ\"。1940年に起きた、タイとフランスの国境紛争での戦死者を慰霊するために建てられました。紛争でフランスに勝利したわけではありませんが、過去にフランスに割譲した領土が返還され、”失地回復”したことを”戦勝”と表現しています。 絶対王制から立憲君主制へ ラーマ七世プラチャーティポック王の時代に、タイは絶対王制から立憲君主制への大転換を実現します。\n前王時代の浪費で国家財政が悪化したこと、世界中から絶対王政が消滅していること、議会制民主主義の必要性が声高に叫ばれるようになったことを背景として、さらには1929年に起きた世界恐慌に対する痛みを伴う経済政策を機に、絶対王制への不満が高まります。\nこの頃、官費でフランスに留学していた、後に首相となる、陸軍のピブーンやプリーディーらが\u0026quot;人民党\u0026quot;を結成します。\n人民党は立憲革命によりタイの政治体制を変えることを目的としており、やはり立憲君主制の実現を模索していた軍人を秘密裏に集め、1932年にクーデターを起こします。王族を人質に取り、王に立憲君主となることを要求、最終的に王はこれを受諾し臨時憲法に署名します。\n翌日新内閣が発足し、絶対王制が幕を閉じます。\nクーデターによる政変 立憲君主制への転換はクーデターにより実現しましたが、この後もクーデターによる政権交代が頻発します。\n翌年には早くもクーデターが起き、これを含め、1933年、1947年、1949年、1951年、1957年、1958年、1971年、1976年、1977年、1991年、2006年、2014年と、立憲革命後80余年の間に実に12回を数え、しかもそのうち10回も成功しています。\nこれは、ひとつには、立憲革命自体軍人が起こしたもので、軍自体が政治に密接に関与し、軍事力とともに発言力を持つことが挙げられます。\n選挙で選ばれた文民政権でさえも、軍の要求をある程度飲まなければ、不満を持った軍がクーデターを起こしかねないため、軍が一定の発言力を持てるよう配慮せざるをえない、というある種の悪循環が存在していると言えます。\nもっとも、軍も成功の見通しがなければクーデターは起こせないわけで、政情混乱の解決を国民が望んでいるという大義名分や対抗勢力の有無、指導者の軍の掌握度合いなど、複雑な条件が全て揃うことが前提です。\n現在の軍事政権は、これまでのところ国民からまずまずの評価が得られているようですが、選挙による新政府への移行はまだ先のこととなりそうです。\n\u0026nbsp; 2014年のデモ集会場。車の奥にはテントが並び、大勢が集まっています。 \u0026nbsp; その後。軍事政権に移行しましたが、街は平時の状態に戻りました。 今回は以上で終了です。次号はタイの現地の様子をお届けします。\nでは次号でまたお会いしましょう。\n※本文中の数値やURL等は執筆当時のものです ","date":"2015年7月13日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/236/","section":"Archives","summary":"皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号では引き続きタイの歴史をお届けします。\nタイはどのように独立を維持し絶対王制から立憲君主制に移行していったのか、現王朝で近代化を経て現在に至るまでを、例によって思いっきり要約して記します。 脅威はビルマから英仏へ 前回記したように、タイ(当時はシャム)にとっての脅威は隣国ビルマ(現ミャンマー)でした。\nしかし、現王朝に移行してしばらく経つと様子が変わります。\n19世紀には、三度の英緬戦争(イギリス-ビルマ戦争)を経てビルマはイギリス領となり、ベトナムはフランス領となります。\nイギリスはマレー半島の南側も支配下に置いています。\n中国(清)は、イギリスには阿片戦争で、フランスには仏清戦争で敗北します。\nタイの周辺国はすべて英仏二国により武力で征服されてしまったわけです。\nタイも大きな圧力を受け、フランスにいたっては軍艦を首都バンコクに乗り入れてきます(1893年パークナーム事件)。\nこの未曾有の危機を、タイは領土を割譲することで乗り切ります。\nタイの属国であったラオスとカンボジアをフランスに、マレー半島北部の４つの州をイギリスに移譲します。\nこの時譲り渡したのは、タイの領土の実に半分におよび、文字通り身を切ることで独立を維持したのです。\n","title":"2015.07号 タイ編(3)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号から二回に渡ってタイの歴史をお届けします。\nタイは欧米や日本による支配を免れた東南アジア唯一の国で、絶対君主制から立憲君主制に移行したという点では日本との共通点があります。\n一方で、途上国を脱した今でも軍によるクーデターが起き、しかもかなりの確率で成立するという特異性も持っています。\nASEAN諸国の中でも異色なこの国の歴史について、今号では歴代王朝の変遷を中心に記していきます。\nタイ史に記される４王朝 現在タイ人と呼ばれる民族(タイ族)は、中国南部やベトナム北部から南下してきたと言われています。\n自らの国家ができるまでは、古代カンボジアのクメール人による王国アンコール王朝(9世紀〜15世紀)の支配下にありました。\nタイの国家(王朝)として歴史に記されるのは以下の４つです。\nスコータイ王朝(13世紀〜15世紀) アユタヤー王朝(14世紀〜18世紀 ※スコータイ王朝と併存します) トンブリー王朝(18世紀中の15年間) チャクリー王朝(18世紀〜現在。ラタナコーシン王朝またはバンコク王朝とも呼ばれます) いずれもタイの国土を南北に流れる大河チャオプラヤーの流域に都市を築きました。\nチャオプラヤー川。以前は\"メナム川\"と言われました。 \"メナム(メーナーム)\"はタイ語で「川」という意味(メーが母、ナームが水。水の母＝川となる)で、タイ人が \"メーナーム・チャオプラヤー\" と言ったのを外国人が早とちりしたのですね。 スコータイ王朝成立以前にも、もちろんタイ族(シャム族というべきか)は居住していました。\n当時は小規模な部族が多数存在し、それぞれが\"ムアン\"と呼ばれる集落を作っていて、力の強いムアンを中心に集まり、共同体を形成していました。\n最初の王朝スコータイ 13世紀中頃、アンコール王朝で後継者争いが起こり支配力が弱まった隙に、タイ人がクメール人太守を追い出して、スコータイ朝が建てられました。\n当時チャオプラヤー川流域には多数のムアン(集落)が存在していたと先に述べましたが、スコータイ朝はこのようなムアンの巨大連合体のようなもので、三代目のラームカムヘーン王の時代に最盛期を迎えます。同王の時代に、現在のタイの領土を網羅するほどまで版図を広げました。スコータイがタイの歴史の中で最初の王朝とされるのはそのためです。\nなお、ラームカムヘーンの治世に、スリランカから入ってきた上座部仏教が国教となり、タイ文字が作られました(※諸説あり)。タイ編の第一回で記したように、タイ文字は表音文字ではあるものの修得が大変で、私がタイ文字の勉強に読んだある書籍のコラムには「タイ文字への不満はラームカムヘーン王に言え！」と書かれていました...\nタイにおける国王は、国民の父たる存在であり、かつ、国教である仏教を庇護する役割を担います。この伝統はラームカムヘーン王に始まるものです。\nちなみに、\n「ラームカムヘーン王(スコータイ朝第３代王)」\n「ナレースワン王(アユタヤー朝第21代王。後述)」\n「チュラーロンコーン王(チャクリー朝第５代王。次回登場)」\nがタイの三大王として崇められています。\n三人ともタイの大学の名前になっていて、チュラーロンコーン大学はタイの最高学府、ラームカムヘーン大学は誰でも入学できる懐の広い(?!)公開大学として知られます。\n400年続いたアユタヤー朝 14世紀中頃には、スコータイ朝の権威が及ばない南の地域でアユタヤー朝が興ります。\n北のスコータイに対する南のアユタヤーという構図で、勢力争いの末、スコータイはアユタヤーの属国になります。ムアン連合体のリーダーがスコータイからアユタヤーに移ったというわけですね。\n後にアユタヤー朝は、衰退したスコータイ朝を併呑し、アンコール朝も征服し、マレー半島をも勢力下に置きます。\n16世紀になると、隣国ビルマ(現ミャンマー)にタウングー朝が勃興し、強大化してアユタヤーに攻め込んできます。アユタヤー朝はタウングー朝に制圧され、王朝としての存続は認められるものの、一時的にタウングー朝の属国となります。\nここで、先に三大王の一として名前を挙げた、救国の英雄ナレースワンが登場してきます。\n軍術に秀でるナレースワンはビルマ軍を再三にわたって撃退し、ビルマの属国という立場から脱却することに成功し、アユタヤー王国を復活させます。その後も領土をタイ史上最大規模に拡大し、中央集権化を進めました。\n余談ですが、ナレースワンはタイ式キックボクシング\"ムエタイ\"の創始者としても知られます。\nアユタヤーは、地理的に海(タイ湾)に近いこともあり、チャオプラヤー川流域の交易にとどまらず、中国、インド、ヨーロッパの貿易の拠点として多いに栄えました。外国船が往来し、外国人街があちこちにできます。\nタイ人は有能な外国人を活用することに積極的で、ヨーロッパや日本の能吏を次々に登用します。日本人では山田長政がつとに有名ですね。\n山田長政は、朱印船貿易の商人としてアユタヤーに入って商業活動を行っており、あわせて日本人義勇兵の隊長として高く評価されました。当代の王から信認され、軍事と経済の両面で重要な役割を担い、最高の官位と欽賜名(王自ら与えるタイ人としての名前。この名前を使えばタイ人と区別がつかない)を得るほどになります。\nしかし、仕えた王の死後、王位継承騒動に巻き込まれて毒殺され、しかも日本が鎖国を開始した時期とも重なり、アユタヤーの日本人町は自然消滅してしまいます。\nアユタヤー遺跡。バンコクから車で１時間半ほどの所にあります。 大半の仏像は首から上を破壊されており「何てひどいことを」と胸が痛くなります... 一代限りの王朝トンブリー アユタヤー朝にも終わりの時がやってきます。\n18世紀に再びビルマ(コンバウン朝)から侵攻を受け、町は徹底的に破壊され、400年以上続いた歴史の幕をここに下ろします。\nビルマはアユタヤーを攻略したものの、中国(清)との関係が悪化し、軍の大部分を引き揚げざるを得なくなり、旧アユタヤー本土に隙が生じます。\n各地でビルマ軍を追放しようとする勢力が発生し、一地方の領主であったタークシン(※元首相のタクシンとは綴りが異なり、何の関係もありません)が連戦によりビルマ軍の排除に成功します。\nタークシンはアユタヤー本土を取り戻しはしましたが、廃墟と化した旧都を見限る決断をし、南方のトンブリー(バンコク)に移り、自ら王となってトンブリー朝を興します。\n戦う王タークシンは敵対する勢力を武力で次々に攻略し、タイのみでなく周辺のラオス、カンボジアも支配下に置きます。\nしかし、晩年に暴虐な奇行が増え(※それが事実かは不明)、最終的には処刑され、同時にこの王朝も終わりを迎えます。\nわずか15年間、一代限りの王朝でした。\nそして現王朝へ タークシン処刑後、その配下であったチャクリー将軍(後にラーマ一世と改名)が新たにチャクリー王朝を興します。\nこれが現在のバンコク王朝、別名ラタナコーシン王朝です。\n現プーミポン・アドゥラヤデー国王はその第九代にあたります(ラーマ九世)。\n今回は以上で終了です。次号はタイの歴史の続きをお送りします。\nでは次号でまたお会いしましょう。\n","date":"2015年5月3日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/241/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号から二回に渡ってタイの歴史をお届けします。\nタイは欧米や日本による支配を免れた東南アジア唯一の国で、絶対君主制から立憲君主制に移行したという点では日本との共通点があります。\n一方で、途上国を脱した今でも軍によるクーデターが起き、しかもかなりの確率で成立するという特異性も持っています。\nASEAN諸国の中でも異色なこの国の歴史について、今号では歴代王朝の変遷を中心に記していきます。\n","title":"2015.05号 タイ編(2)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号からタイ編をお届けします。\nタイは\"微笑みの国\"と呼ばれ、温暖な気候とおおらかな国民気質で知られますが、ASEAN諸国の中で欧米列強による植民地支配を免れ独立を維持した唯一の国です。\nタイの基本情報 タイ王国(Kingdom of Thailand)はインドシナ半島の中心部に位置する、国土が日本の約1.4倍の国です。 首都はバンコク(Bangkok)ですが、これは通称で、正式には\"クルンテープ・マハーナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロックポップ・ノッパラット・ラーチャタニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシット\"という、まるで落語の\"寿限無\"のような非常に長い名前です。タイ人は略して\"クルンテープ(天使の都)\"と呼びます。\n人口は、IMFによると、2013年時点で6,823万人、国民の大半がタイ族で、９割以上が仏教徒(※上座部仏教。小乗仏教とも呼ばれるが上座部仏教の蔑称。日本で多いのは大乗仏教で、宗派としては異なる)です。\n言語はタイ語で、文法は単純なものの声調があり、日本人にはとっつきやすくも発音が難しい言語と言えます。独特の形状を持つタイ文字は表音文字で、子音と母音を組み合わせて表記します。普段あまり使われない子音や例外規則もあるので、全てを修得するのは結構大変です。\nアユタヤ-バンコク間を往復する乗り合いバスの看板。\n上の行には、タイ文字で「アユタヤ-クルンテープ」と書かれています。 首都バンコクはアジアを代表する国際都市で、外国人に慣れているので、主要な所では英語が結構通じます。\n通貨はバーツ(THB)で、この原稿を執筆している時点でのレートは、１タイバーツがおよそ3.7円です。\n物価は感覚的に日本の三分の一から二分の一くらいです。人件費は安いのですが、物品はさほど安くはありません。\n常夏の国で、季節は大きく暑気(２月〜５月)、雨期(５月〜10月)、乾期(10月〜２月)の３つに分けることができます。暑季には40度に達することもありますが、意外にカラッとしています。４月に行われる水かけ祭り\"ソンクラーン\"は有名ですね。また、雨期と言っても随時雨が降っているわけではなく、ものすごいスコールが短時間降ってはあがる、というようなもので、雨後は気温が下がって過ごしやすくなります。\n現在のタイは、ご承知の通り、クーデター後の軍事政権下にあり、日本の外務省からも「渡航にあたっては十分注意してください」という通達が継続されています。が、現地の人の話では、むしろ治安は良くなり、ぼったくりなどの不正も減り、以前よりも安心して暮らせるようになったと聞きます。実際に現地に赴いてみても、至る所で軍による見回りや取り締まりがありはしますが、いたって平穏です。\n入出国 日本とバンコク間の直通便は、一部を除いて、2006年に開港したスワンナプーム国際空港に発着します。LCCやタイ国内線用にはそれ以前からあるドンムアン空港が使われます。\n30日以内の滞在であればビザは不要です。\n入国時には到着カード(出国カードと対になっている)に記入しイミグレーションを通るのみです。軍政になってから到着カードの記載チェック(特にタイでの滞在先)が厳しくなりました。\n出国時は、荷物の検査を受けた後、イミグレーションでパスポートと出国カードを提示すれば手続き完了です。空港利用料や出国税などはありません。\nスワンナプーム空港のバッゲージクレーム。仏教国なのになぜか１３番レーンがありません... ドンムアン空港。右上の壁に掲げられている２つのパネルはプミポン国王の写真。国中いたるところに国王のパネルが設置されています。 毎度おなじみの、入国直後にすることとして、「両替」「携帯電話のSIMカード購入」「市街地への移動手段確保」について記しましょう。\n両替所は空港内の到着フロアと地下一階にあります。街中よりもレートが悪いので最小限だけ両替するのは他の国と同様です。\n携帯電話のSIMカードも到着フロアで入手できます。三大通信事業社のAIS、True、DTACが販売カウンターを出しています。しょっちゅうプロモーションをやっているのでプランは色々ありますが、一例として、30日間最大1GBの通信量(1GBを超えると速度制限)で300THB(およそ1,100円)というものがあります。通信品質は、ムラがある時はあるにせよ、結構良いので、快適に使用することができます。\nスワンナプーム空港から市街地に出る手段としては、タクシー、電車、バスがあります。他国のように空港出口を出た所でものすごい数のタクシーの客引きにあうということがないというのは楽です。\nタクシー乗り場は、一階出口を出た所にあります。少し前まではそこで係員に行き先を伝えてタクシーを手配してもらっていましたが、最近システム化されて、自動発券機の画面をタッチすると番号と運転手の名前などが書かれた紙が出てきて、該当番号の乗り場に行ってタクシーに乗る、という仕組みに変わりました。\nスワンナプーム空港一階のタクシー乗り場。システム化され、自動発券機によりタクシーを手配します。\nタクシーの客引きは入ってこられないので、入国直後の煩わしさがありません。 真面目にメーターを使ってくれる運転手、値段交渉してくるドライバー、どちらもいますが、軍政になってから取り締まりが厳しくなり、だいぶドライバーのマナーは良くなったようです。料金は、おおよそ400THB(約1,500円)くらいです(高速代75THB、タクシーの空港利用料50THB込み)。所要時間は高速道路経由で３０分くらいですが、なにせ渋滞が有名な都市ですから、１時間以上かかることもざらです。\nマナーの悪いドライバーや渋滞を避けたい場合には、空港地下一階から出ているAirportRailLinkという電車が便利です。バンコク市内を走る他の電車(BTSやMRT)への乗換駅まで30分弱くらいで出られ、料金もMRT乗換駅まで35THB(約130円)、BTS乗換駅まで45THB(約170円)と安価です。\n交通事情 前述の通り、タクシー、電車(高架鉄道BTSと地下鉄MRT)、バスが整備され、ひどい渋滞はあるものの、移動手段は整っています。他にも、オートバイタクシー(モーターサイ)や乗り合いバス(ロットゥ)、乗り合いトラック(ソンテオ)、トゥクトゥク(三輪自動車)があり、行き先や用途に応じて、気軽に、あるいは安価に移動することができます。\n「金持ちは車に乗り、小金持は電車に乗り、庶民はバスに乗る」などと言う人もいますね。\nまた、タイの中心部には大きなチャオプラヤ川が流れており、そこを走る船も生活や観光の\"脚\"になっています。\nなお、地下鉄MRTは日本の円借款で開発され、各駅にその謝意を表すプレートが掲げられています。\n交通の要所”戦勝記念塔”。左下の白い車は乗り合いバス（ロットゥー）、ピンクと黄色の車両がタクシー。 地下鉄MRTの構内に掲げられている日本への謝意のプレート。 今回は以上で終了です。では次号でまたお会いしましょう。\n","date":"2015年3月9日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/247/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今号からタイ編をお届けします。\nタイは\"微笑みの国\"と呼ばれ、温暖な気候とおおらかな国民気質で知られますが、ASEAN諸国の中で欧米列強による植民地支配を免れ独立を維持した唯一の国です。\n","title":"2015.03号 タイ編(1)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\nフィリピン編最終回の今号では、現地の様子をお伝えします。\n２つのマニラ フィリピンの首都はご存知のようにマニラですが、\"マニラ\"と言った場合に、マニラ市 をさす場合と、より広域の\"マニラ首都圏(通称メトロ・マニラ)\"をさす場合があります。メトロ・マニラは、マニラ市およびその周辺の16市1町からなる都市圏のことをさします。\n今回は、マニラ市を中心に、加えてそのお隣のマカティ市についても少し触れます。\"マニラ\"と書いてあったら\"メトロ首都圏\"のことだと思ってください。\n街の様子 フィリピンがASEAN諸国の中で唯一のキリスト教国ということはこれまでにも書きました。教会があってミサを行っていますが、街としては宗教色はさほど感じません。ASEANの他国ですと、仏教やイスラム教の雰囲気が割とするものですけれどね。\n人々の外見も、中華系やベトナム系、タイ系ともまた違った容姿です。\nメトロ・マニラといっても、地域によってだいぶ様子が異なるので一括りにはできませんが、観光客が集まるマニラ市(マラテ・エルミタ地区)が雑然としているのに対して、隣のマカティ市は整然としています。そのまま治安や貧富の状況を表しているかのようです。\nマニラ市のほうは、街は奇麗とは言い難く、ゴミや汚水が道路にたまっていたりします。マニラ湾にもゴミがいっぱい浮いていました。\n大きなショッピングセンターがあると思えば、歩いてすぐの所にスラムがあり、そこで生活をしている人が大勢います。そこでは大人も子供も道路脇で桶からくんだ水で体を洗っていたりします。貧富の差があることを知ってはいても、繁華街からさほど離れていない所でですから、実際に目の当たりにするとちょっと衝撃を受けます。\n街をちょっと歩けば、物乞いをする老人や子供をあちこちに見かけ、「どこへ行くんだ？」と延々つきまとってくる男やしつこい物売り、ショッピングセンターでも男を引っ掛けようとする女などに出くわし(※真っ昼間です)、はっきり言って物騒で、疲れます...\nマニラ市中心部繁華街にある大型ショッピングセンター。 映画館、レストラン、スーパーマーケットなどが入った複合商業 施設です。\n携帯電話の SIM カードもここで買いました。 通りを歩いていた時のこと、10歳前後くらいの子供７〜８人がわーっと群がってきて、金をせびってきました。適当にいなしていると、ポケットに手を突っ込んできて金目のものを盗ろうとしてきます。相手が大人ならば毅然と無視していればいずれ去っていきますが、子供はそうはいきません、「まだかよ」と思うほど延々ついてきます。さすがにまいって、走って逃げました...\nホテルや両替所、ショッピングセンターには必ず警備員がいます。街中で両替をした後、警備員が曲がり角までガードしてくれました。両替に来た人を狙ったひったくりが多いためです。私は見かけませんでしたが、ショットガンや拳銃を持ったガードマンも当たり前にいるとのこと。とにかく用心するにこしたことはありません。\n治安の面では要注意ですが、人々は陽気で人なつこい印象です。ラテン系とアジアがほどよく混じった感じとでも言えるでしょうか。英語での会話がしやすいのでコミュニケーションが取りやすいということもあるのでしょうね。\nマニラ市中心部から電車を乗り継いで隣のマカティ市に行くと、がらっと雰囲気が変わります。\n現代的な作りの商業地および高級住宅街で、巨大なショッピングセンターや高層ビルが建ち並び、オフィスで働く人を多く見かけます。清潔で、治安も良く、安心して街を歩けます。同じマニラでもこうも違うのか、と驚きました。\n初めてマニラに滞在するという場合には、マニラ中心部よりもマカティのほうがいいかもしれませんね。\nマカティ市の様子。Ayala 駅近辺 Greenbelt というおしゃれなショッピングモール。 通信事情 フィリピンの2013年時点での携帯電話の契約率は104.5%、固定電話が3.2%と(出典：ITU )、周辺の国と比べると若干少なめの数字です。携帯電話の通信品質はあまり良くなく、つながらないことも結構ありました。\nスマートフォンはもちろん出回っていますが、従来型(ガラケー)を多く見かけます。\nある調査によると、2013年時点でのスマートフォンの普及率は、シンガポールで87%、マレーシアで80%、タイで49%であるのに対し、フィリピンでは15%とまだ低い数字です（数字はニールセン・カンパニー合同会社のスマートフォンインサイトレポートより引用）。\nフィリピンの食事 最後は、毎度おなじみの食事で締めましょう。 フィリピン料理と言っても、あまり馴染みはないかもしれませんね。味の特徴としては、甘味と酸味が強く、塩気は割とありますが、辛味はありません。酸味があるのは、温暖な気候なため、腐敗防止に酢を使うためらしいです。\n食事があまり美味しくない、と聞いていたのでちょっと警戒(?)していましたが、そんなこともなく、私の口には割と合いました。 あるレストランに入った時のこと、メニューがタガログ語で書かれていて全く理解できません。仕方がないので、店員さんに、どういう料理なのか英語で説明してもらいました。把握していない料理もあるようで、何度か他の人に聞いたりしながらも、嫌な顔せずに親切に教えてくれました。何だか嬉しかったので、少し多目に注文してしまい、久しぶりに「もうダメ」というくらい満腹になりました...\nガーリックライスとポークソテー。肉はちょっと甘めの味付け。 野菜炒めと牛肉の煮込みと蟹のスープ。うっかり頼んだものの辛すぎた、ということがないのは安心です。 国内の産業が育たず世界一の出稼ぎ国と言われるフィリピン。しかし、平均年齢は23歳と圧倒的に若く、経済成長率はASEAN内で一位、アジアでも中国に次いで二位を誇ります。距離的に比較的近く、貿易や要人の往来が多いという点でも、日本とは近しい国です。\nこれでフィリピン編は終了です。次号からは『タイ編』をお届けします。\nでは次回にまたお会いしましょう。\n※本文中の数値やURL等は執筆当時のものです\n","date":"2015年2月12日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/255/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\nフィリピン編最終回の今号では、現地の様子をお伝えします。\n２つのマニラ フィリピンの首都はご存知のようにマニラですが、\"マニラ\"と言った場合に、マニラ市 をさす場合と、より広域の\"マニラ首都圏(通称メトロ・マニラ)\"をさす場合があります。メトロ・マニラは、マニラ市およびその周辺の16市1町からなる都市圏のことをさします。\n今回は、マニラ市を中心に、加えてそのお隣のマカティ市についても少し触れます。\"マニラ\"と書いてあったら\"メトロ首都圏\"のことだと思ってください。\n","title":"2015.02号 フィリピン編(3)","type":"archives"},{"content":"","date":"2015年2月12日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%83%94%E3%83%B3%E7%B7%A8/","section":"Tags","summary":"","title":"フィリピン編","type":"tags"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。今回はフィリピンの歴史をお届けします。\nフィリピンの歴史概要 フィリピンの歴史については、ASEANの他国と比べると、意外に情報が少ないのが実情です。これはフィリピンが「島群であること」「大陸から距離があること」から、直接見聞きされることが少なかったため、と推測している歴史家もいます。\nフィリピンの歴史は大きく「スペイン支配前」「スペイン支配時代」「アメリカ支配時代」「独立後」に分けることができます。例によって、各時代について思いっきり要約して記してみます。\nスペイン支配前 古くは、マレー半島から移住してきた人達が焼畑農業を行って生活しており、後にやはりマレー半島からの移住者が増え、部族ごとに国家が存在していました。\nインドネシア編の第２回で記したように、ASEAN地域は２つの大国インドと中国の交易の中間地点として機能し、物資とともに思想や宗教も流入してきます。\nフィリピンでも、仏教→ヒンズー教→イスラム教のように宗教が移り変わり、14世紀後半にはイスラム教が浸透しています。\nそんな中に、スペインが進行してきます。\nスペイン支配時代 16世紀は、スペインとポルトガルの海上覇権の時代です。15世紀後半に、ポルトガルは自国を南下しアフリカを迂回してインドに到達する航路を開拓し、一方スペインは西進してインドへ行く海路を探ります。コロンブスが、インドと勘違いはしたものの、アメリカ大陸を発見したのがこの時ですね。\nスペイン国王の命を受けてこの西進海路をさらに延伸させたのが、有名なフェルディナンド・マゼランで、スペイン→南アメリカ大陸→グアムを経由して、1521年にフィリピンに到達します。マゼランは世界一周を成し遂げたとして知られますが、実際には途中のフィリピンで戦死しています。\n1542年にスペインは再度西回りの経路で船団を派遣します。当時のスペイン皇太子(後のフェリペ２世)にちなんで、この島群は『フェリペナス(フィリピナ)』と命名されました。\nこの時は島民の抵抗にあいフィリピンを離れますが、およそ25年後に三たびフィリピンに進行し、1571年に武力制圧によりマニラを占領します。ここから約300年にわたり、スペインがフィリピンを植民統治します。\nスペインは統治においてスペイン式を浸透させる方式をとります。前述のように、当時のフィリピンでは主にイスラム教が信仰されていたので、スペインはそれをキリスト教に改宗させます。フィリピンが他のASEAN地域と比べて西洋風が強く独特な雰囲気を持つのはこのような背景があるためです。\nスペインはフィリピン(マニラ)を中継地点として、もう一つの植民地であるメキシコと、交易相手である中国を結んで貿易を行います。\n19世紀になると、フィリピン内で民族主義運動が活発になり、秘密結社が組織されたりフィリピン解放運動が行われるようになります。こうした活動を押し進めた人として、独立運動の英雄ホセ・リサールや後に大統領となるエミリオ・アギナルドがいます。\nマニラ中心部をマニラ湾沿いに走るロハス通り。\n写真左手の先に、独立運動の英雄ホセ・リサールの名前がつく\"リサール公園\"があります。 アメリカ支配時代 19世紀末に、キューバ沖でのアメリカの戦艦爆破事故をきっかけに、それまで対立していたスペインとアメリカの間で米西戦争が勃発します。この影響はフィリピンにも波及します。\nアメリカはフィリピン国内で反スペインに協力する人を求め、先にあげたエミリオ・アギナルドと手を組みます。\nアギナルドは革命軍を指揮してスペインに独立戦争を挑み、スペイン軍を退けて独立を宣言します。アジアにおいて植民地支配から独立を宣言したのはこれが最初です。\nしかし、米西戦争で勝利した米国はフィリピンの独立を無視し、スペインと結んだパリ講和条約により、2,000万ドルでフィリピンの支配権を買い取ります。結果として、支配者が代っただけです。\nフィリピンはこれに反発し、アギナルドが自治政府を組織して大統領となりフィリピン(第一)共和国を建国、1899年に米比戦争に突入します。\nしかし、アメリカ軍に鎮圧され、1902年にフィリピン(第一)共和国は崩壊し、アメリカの支配下に入ります。\nこれ以降も、フィリピンはアメリカに対して独立を要求し続けます。1929年の大恐慌を機に、アメリカ側もフィリピン独立を容認する風潮に変わり、1934年にそれがアメリカ議会で可決され、10年後に独立することが承認されます。\nほどなく太平洋戦争が始まると、1941年に日本軍がフィリピンに上陸・占領し、軍政を布きます。日本軍は、フィリピン統治ができるだけの余裕がないこともあり、アメリカによる独立承認にならい、1943年にフィリピンの独立を認め、フィリピン(第二)共和国が樹立されます。\nしかし、1945年にアメリカ軍が日本軍からフィリピンを奪還し、(第二)共和国は消滅します。\nフィリピンはふたたびアメリカの植民地となりますが、以前の議会承認は実行に移され、1946年にようやく独立が叶います。\n独立後 独立後もしばらくはアメリカ主導の政権が続きます。\n1965年にフェルディナンド・マルコスが大統領に就き、20年に渡る独裁体制を築きます。当初は農地改革や経済開発、官僚制度整備などで成果をあげますが、長期政権により腐敗が進み、民衆の不満が爆発し、1986年のエドゥサ革命でマルコス政権は崩壊します。\n以降、コラソン・アキノ、ラモス、エストラーダ、アロヨ、そして現在のベニグノ・アキノ三世へと政権が移り今日に至ります。\n今回はこれで終了です。次号は現地の様子をお届けします。\nでは、また来月お会いしましょう。\n※本文中の数値やURL等は執筆当時のものです\n","date":"2015年1月17日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/273/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。今回はフィリピンの歴史をお届けします。\nフィリピンの歴史概要 フィリピンの歴史については、ASEANの他国と比べると、意外に情報が少ないのが実情です。これはフィリピンが「島群であること」「大陸から距離があること」から、直接見聞きされることが少なかったため、と推測している歴史家もいます。\nフィリピンの歴史は大きく「スペイン支配前」「スペイン支配時代」「アメリカ支配時代」「独立後」に分けることができます。例によって、各時代について思いっきり要約して記してみます。\nスペイン支配前 古くは、マレー半島から移住してきた人達が焼畑農業を行って生活しており、後にやはりマレー半島からの移住者が増え、部族ごとに国家が存在していました。\nインドネシア編の第２回で記したように、ASEAN地域は２つの大国インドと中国の交易の中間地点として機能し、物資とともに思想や宗教も流入してきます。\nフィリピンでも、仏教→ヒンズー教→イスラム教のように宗教が移り変わり、14世紀後半にはイスラム教が浸透しています。\nそんな中に、スペインが進行してきます。\n","title":"2015.01号 フィリピン編(2)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。今号からフィリピン編をお届けします。\nフィリピン概要 フィリピン共和国(Republic of the Philippines)は、面積が日本の約８割ほどの、2,109個の島からなる、ASEANで唯一のキリスト教国(人口の８割以上がカトリック教徒。その他キリスト教徒を含めると９割以上がキリスト教徒)です。\n人口は2013年時点で9,748万人(数字はIMFの統計データによる)でしたが、今年の７月についに１億人を超えたとの報道(日本経済新聞社)がありました。\n公用語はフィリピン語(フィリピノ語。タガログ語と実質同じ)と英語です。フィリピン人同士はフィリピン語で、外国人とは英語で会話をしています。\n最近は英語の発音が奇麗な人が多いとよく聞きますが、実際には人によります。英語を話す人の割合は多いので、現地語ができなくても話が通じやすいのはありがたいです。\n街の外観。 マニラ湾。奇麗な眺めですが、ゴミがたくさん浮いていたのが残念... 通貨はフィリピンペソ(PHP)で、この原稿執筆時点の為替レートは、1PHP=2.7JPYです。物価は、モノにもよりますが、\"感覚\"的には日本の三分の一から二分の一くらいでしょうか。\n他のASEAN諸国にも言えることですが、実際の現地での価値は、価額の数倍あります。\nフィリピンの平均年収は、フィリピン国家統計局の調査によると、2012年で23万5千PHP、今の円安の為替レートでおよそ64万円です。\n一方日本人の平均年収は、国税庁の平成25年分民間給与実態統計調査によると414万円で、フィリピン平均年収の６倍以上あります。\n100PHPは約270円ですが、実際には1,800円くらいの価値があるということになり、\"感覚\"以上にお金の価値は大きいです。現地で買物をする時やチップを渡す場合には、なるべくその地での価値を考慮するよう心がけています。\n特にフィリピンでは貧富の差が非常に大きく、より注意が必要です。この辺りについては、フィリピン編の三回目で述べる予定です。\n入出国 マニラの国際空港は「ニノイ・アキノ国際空港」略して\"NAIA(ナイアと発音する)\"と呼ばれ、第１から第４までのターミナルがあります。それぞれ地理的に離れているので、空港に向かう時やターミナル移動を伴う乗り継ぎ時には行き先を気にかけたほうがよいです。\n入国時の手続きはいたって簡素で、イミグレーションを通って荷物を受け取るだけです。到着Visaも不要です。\n出国時には、航空会社のチェックインを済ませた後、イミグレーションの手前にある窓口で空港税550PHP(※金額は最新のものをご確認ください)を支払います。\nNAIAは残念なことに評判が悪く、NAIA1の老朽化、空港スタッフの対応の悪さ、タクシーのぼったくりなど、世界のワースト空港という不名誉な評価をされています。\n私が利用したNAIA2は、こじんまりとした印象ですが、新しいターミナルのため設備面では不満はなく、賄賂の要求やぼったくりなどにも遭わなかったので幸いでした。後述しますが、空港建物を出た所に「空港コンシェルジュ」がいて、何かと教えてもらえてむしろ大変助かりました。\nなお、帰りの便でのこと、出国手続きを済ませてベンチに座って搭乗時間まで待っていたところ、いつの間にか搭乗口が変更になっていました(よくあることです)。ふと顔を上げて搭乗口のドアを見たら全く違う便名の貼紙がしてあるので、あわてて係員に確認したところ、「変更になったのでxxの搭乗口に移動してください」とのこと。放送を聞き逃したのか未連絡だったのかは分かりませんが、気を抜いてはだめですね...変更案内もあわせて書いておいてくれると助かるのですが、それは求め過ぎでしょうかね。\n入国直後 まず最初に調達するのは、毎度おなじみの、現地通貨と携帯電話用SIMカードとタクシーです。\n両替所は出口の外に３件並んでいました。微妙にレートが違うので、見比べて、最低限だけ両替します(街中のほうが当然レートが良い)。\nお次はSIMカード。他所の空港ではSIMカードを売っている店が必ずといっていいほどあるものなのですが、見当たりません。空港コンシェルジュに聞くと、店はなく代わりに自販機があるのでそれで買えとのこと。確かに自販機があって、カードを売っています。が、通信プランなどの説明書きがないので、どれを選んでいいのかが分かりません...やむなくここでの入手は断念して翌日街中で買うことにしました。\nそして最後にタクシーの手配。御多分に漏れずここでもタクシーの客引きが多くて鬱陶しいこと！当然のように無視してタクシークーポン売り場を探します。が、見当たらないので、再度コンシェルジュにたずねると、タクシー乗り場でクーポンを販売しているとのこと。行き先によって乗り場が異なり「xxxに行くのなら○番乗り場だよ」と教えてくれました。その乗り場に行って「yyyホテル」と伝えるとクーポンを売ってくれます。金額はメータータクシーの倍額くらい(クーポンで530PHP。帰りのタクシーでは諸々込みで250PHPくらいだった)ですが、慣れない地で安心を買えるのであれば許容範囲です。\n無愛想な運転手で、妙な所に行っていないかという懸念もありましたが、スマートフォンを使えないので確認のしようもなく、そのまま任せました。これまたどこの国にも共通の渋滞でしたが、無事ホテルに到着し、ようやく一息つけました。スマートフォンの依存症になっているのかもしれませんが、知らない土地でGPSが使えないのは不安なものです。 タクシークーポン。行き先を伝えて購入します。\n写真は乗客用の控え。車両のプレートナンバーや運賃が書かれています。行き先がホテル名でなく私の名前になっているのはご愛嬌。\nメータータクシーの倍額くらいですが、悪質なドライバーにぼったくられる恐れが減るので、安心料です。 交通事情 アジア諸国の首都ではどこも似たような状況ですが、マニラでも車の渋滞はひどいものです。渋滞の緩和策として高架鉄道が整備され、市民の脚になっています。MRT(Metro Rail Transit)、LRT(Light Rail Transit)の大きく二種類、計３路線あり、運賃は10〜15PHP(数十円)です。\n午前中11時くらいに乗ったのですが、この時間帯でもえらく混雑していて、駅で切符を買うのに長蛇の列、電車に乗るのにも一苦労、車両に乗っても満員です。目的地に着くまで気が抜けないのでだいぶ疲れました...\n興味深かったのが、座席に座っている男性の目の前に女性が立つと皆席を譲っていたことです。Ladies firstなんでしょうかね。そんな習慣があることを知らなかったもので、平気で座っていた自分はちょっと窮屈な思いをしました...\n乗換駅での様子。通勤帰宅の時間帯ではないのですが、長蛇の列です。荷物検査をしています。 プラットフォーム。混雑時には階段から乗り場まで行列ができます。 今回はこれで終了です。次号はフィリピンの歴史をお届けします。\nでは、また来月お会いしましょう。\n※本文中の数値やURL等は執筆当時のものです\n","date":"2014年12月8日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/278/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。今号からフィリピン編をお届けします。\nフィリピン概要 フィリピン共和国(Republic of the Philippines)は、面積が日本の約８割ほどの、2,109個の島からなる、ASEANで唯一のキリスト教国(人口の８割以上がカトリック教徒。その他キリスト教徒を含めると９割以上がキリスト教徒)です。\n人口は2013年時点で9,748万人(数字はIMFの統計データによる)でしたが、今年の７月についに１億人を超えたとの報道(日本経済新聞社)がありました。\n公用語はフィリピン語(フィリピノ語。タガログ語と実質同じ)と英語です。フィリピン人同士はフィリピン語で、外国人とは英語で会話をしています。\n最近は英語の発音が奇麗な人が多いとよく聞きますが、実際には人によります。英語を話す人の割合は多いので、現地語ができなくても話が通じやすいのはありがたいです。\n","title":"2014.12号 フィリピン編(1)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今月号はインドネシア編の最終回です。 今回は現地情報を中心にお届けします。\n街の様子 首都ジャカルタは、東南アジアを代表する大都市です。ビルの林立、交通渋滞なども他国の首都と共通しています。\n交通規制の一環として、時間限定で三人以上乗車している車のみ通ってよい、という区域もあるとのこと。それを逆手に取って、赤ちゃんを抱いた母親が車に同乗するアルバイトがある(※そうすれば運転手１人でも\"三人区域\"を通れる)というのだからたくましいものです。\nもちろん信号はありますが、車の往来が激しく、徒歩での横断は様子を見て十分に注意しながら渡る必要があります。日本やシンガポール、マレーシア(クアラルンプール)などは、道路をわたる時にさほど不安はないのですが、先回お伝えしているホーチミンシティ(ベトナム)やジャカルタでは、道路を横断しなければならない時に非常にストレスを感じます。\n道路の信号設計(数や周期など)は都市化度合いと直結するのではないかと漠然とですが考えています。タイのバンコクやフィリピンのマニラなどで、交通渋滞を緩和するために電車が整備されて市民の足になっているように、各国でも車以外の移動手段が整備されていくでしょう。\n街行く車は、感覚的に８割くらいがトヨタ車で、次に多いのがホンダ、たまにスズキやマツダを見かけます。運転は、他国と比べると荒いというほどではありませんが、事故は度々起きているようで、私が滞在中にも見かけました。\n店頭に並んでいる電化製品はSONY、SHARP、Panasonicなどの日本製や、SAMSUNG、LGなどの韓国製が大半でした。\n人々は概して親切な印象です。親日の国ですが、特に日本人であることを表に出さなくても、友好的に接してくれます。もっとも、愛想が悪い人も大勢いますけどね...\nここでもひったくりとぼったくりには要注意ですが、滞在中に危険な目に遭いそうになることはありませんでした。\nジャカルタ市街地。 独立記念広場入口から見た様子。 通信状況 携帯電話の普及率は121.5%、固定電話が16.1%です（出典：ITU）。\nインドネシアで特徴的なのが、携帯電話の機種としてBlackBerryが非常に多く使われていることです。スマートフォンの\"走り\"とも言える機種で、米国のオバマ大統領が愛用していたことでも知られますが、iPhoneやAndroid端末に押されて見かけなくなっているにもかかわらず、インドネシアではここかしこで目にします。\n通信品質は残念ながら良好とは言えません。ホテルで有線ネットワークを使っていてもすぐに切れたりします。\nイスラム圏ならでは レストランに食事に行きメニューを見ると、ベジタリアン向けの料理が必ずあり、また、各料理にはその食材が書かれています。最近日本でも\"ハラル\"という言葉で、ムスリム(イスラム教徒)向けの食事のことが話題に出ることがありますね。ハラル(ハラール)は、イスラムの教えに合致した\"合法的なもの\"という意味です。\nホテルで何気なくテレビを点けていた時のこと、ハリウッド映画の\"X-Men\"を放映していました。何度か見たことがあるし英語なら何とか分かるだろうとしばらく見ていたら、イスラム圏らしい編集が施されていました。主人公ウルヴァリンが葉巻を吸うシーンでは、葉巻にモザイクがかかっています。そしてキスシーンはカットされ、直前のシーンをスローモーションにして時間を引き延ばし音声だけ流していました。酒を飲むシーンはそのままだったので、どこまでが許容範囲なのかは理解できませんでしたが、お国事情が垣間見えました。\nインドネシアでの食事 最後はお約束の(?!)食事についてです。マレーシア/インドネシア料理ではナシ・ゴレンが有名ですね。ナシ(Nasi)は「米」、ゴレン(Goreng)は「揚げる」の意味で、いわゆる「焼き飯」です。鶏肉や牛肉など選んだ具が上に乗っていて、付け合わせに目玉焼きやえびせん(エビ味の揚げせんべい)が添えてあることが多いです。\nレストランに入ったら、\n「米にはNasi、鶏肉料理にはアヤム(Ayam)、麺にはミー(Mie)が付いているので、察しを付けて注文してくれ」\nと、店員さんが教えてくれました。焼鳥、焼きそば、魚介類など、日本でもおなじみで、味も馴染みやすいものが結構あります。\n現地で食べてみて「これは！」と思ったのが『ガドガド』です。茹でた野菜とゆで卵が皿に盛られていて、その上に濃厚なピーナッツ味の甘辛いソースがたっぷりとかけられています。これが実にイケます！出張中は野菜不足になりがちなのでビタミン補給を気にかけますが、皿一杯の野菜を平らげました。\n名前に\"Nasi(米)\"が付いていたので頼んだら出てきたのがこれ ガドガド。茹でた野菜に甘味のあるピーナツソースがかかった料理。予想以上に美味しかった！ この10月から大統領が替わって新体制になり、人口や経済の規模からも注目を浴びるインドネシア。日本とのゆかりは深く、今後も友好な関係が期待されます。\nこれでインドネシア編はひとまず終了です。次号からはフィリピン編をお届けします。\nでは、また来月お会いしましょう。\n※本文中の数値やURL等は執筆当時のものです\n","date":"2014年11月11日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/285/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。\n今月号はインドネシア編の最終回です。 今回は現地情報を中心にお届けします。\n","title":"2014.11号 インドネシア編(3)","type":"archives"},{"content":"","date":"2014年11月11日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%8D%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%B7%A8/","section":"Tags","summary":"","title":"インドネシア編","type":"tags"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。 今月号はインドネシア編の続きです。\n６月号の”ベトナムの歴史”に続いて、インドネシアの歴史について、おもいっきり要約して記します。\n東南アジア諸国の歴史の共通背景 インドネシアの歴史に触れる前に、アジア地域に共通する背景について簡単に触れておきます。\n古代アジアの中での大国は、中国とインドです。共に四大文明のうちの二つ(インダス文明、黄河文明)ですね。この二国間で、陸や海を使っての交易が紀元前から行われていて、中間に位置する現在のASEAN地域も、交易の中継地点として機能していました。\nまた、インドはエジプトやヨーロッパ(古代ローマ等)とも交易をしており、古のヨーロッパ人からすると「インドまでは馴染みがあってもそれより東側は未知の領域」という感がありました。\n14世紀頃にマルコ・ポーロの『東方見聞録』やイブン・バトゥータの『大旅行記』でアジア地域が紹介され、15世紀以降の大航海時代に入ると、欧州各国の船が東南アジア地域にまで進んできて香料をはじめ貿易が盛んに行われるようになります。その後、貿易にとどまらず、欧州列強は東南アジアの国々を植民地化していきます。\n20世紀に入り、アジアの中で唯一欧米列強と肩を並べるようになった日本は、「欧米からアジア諸国を解放する」という大東亜共栄圏の構想のもと、東南アジア一体に進行し、欧米勢を排除し、日本の支配下に置きます。しかし３年程度で日本は敗戦・撤退します。\n日本の敗戦直後は支配者がいない空白期間となり、被植民国にとっては独立をはたす絶好の機会です。多くの東南アジアの国々は独立宣言を出しますが、実質の独立とはいかず、この後戻ってきた旧支配者の欧米と戦い、本当の独立を勝ち取っていくわけです。\nこんなおおざっぱな背景とともに、個別の国の歴史をお読みください。\nインドネシアの歴史 インドネシアのジャワ島で\"ジャワ原人(ピテカントロプス・エレクトゥス)\"の化石が発掘され...というのはさておき、インドネシアは数々の島からなり、各地の民族が王国を立てて興亡してきました。先述の交易等により、西方から貿易品とともに宗教も入ってきます。王朝の入れ替わりや政治的要因などにより、浸透する宗教も仏教→ヒンドゥー教→イスラム教へと変遷していきます。\n時は17世紀、ジャワ島にはオランダ（正しくはオランダ東インド会社）が侵入し、植民地化していきます。以降、スマトラ島など周辺の島もオランダの支配下に置かれ、20世紀には東インド諸島と呼ばれる周辺一帯がオランダ領となります。この頃は、現在のインドネシアは「オランダ領東インド」と呼ばれます。\n植民地下のインドネシアは、過酷な労働、搾取、初等教育以上は受けられないなど、劣悪な環境を強いられます。このような状況下で、民族の一体化や独立が次第に叫ばれるようになってきます。後に初代大統領となるスカルノはその指導者の代表格です。 そんな中、アジアの中で唯一欧米列強と肩を並べるようになった日本が、東南アジア一帯に進行してきます。\n太平洋戦争当時の日本は、経済や物資が滞り、特にエネルギーの供給が絶たれたことで深刻な状態に陥ります。石油等天然資源が産出されるインドネシアは重要な地です。日本軍は、これまでインドネシアを支配し劣悪な環境に置いてきたオランダを短期間で排除し、インドネシアを支配下に置きます。\n日本軍は自分たちだけでは統治ができないため、当時オランダにより投獄されていたスカルノやハッタ（後の初代副大統領）という指導者を解放し、日本に協力するよう要請し、スカルノらもそれに同意します。\n日の丸や君が代、皇紀(神武天皇即位を元年とする紀元)の使用、食料供出、労務者動員などの強制がありましたが、これまで強いられてきたオランダによる各種締め付けを緩め、教育の拡充、現地軍の整備なども行われます。\n1945年、戦況が劣勢になると、日本はインドネシアに対して独立を促しますが、独立宣言がなされる前に、日本は８月１５日に降伏してしまいます。インドネシアは８月１７日に独立宣言を出し、スカルノが大統領に選出されます。\n日本が降伏した後は、インドネシア支配を取り戻そうとオランダが再びやってきます。ここから４年間にわたってインドネシアの対オランダの独立戦争が行われます。この際には、日本軍の残存兵や武器がインドネシア側に大きな力になったと言われています。1949年にオランダはようやく手を引き、インドネシアの独立が正式に認められます。\nジャカルタにあるムルデカ広場（独立広場）。 その中心部にそびえ立つモナス（独立記念塔）。 独立がかなったとは言え、多くの課題が残っています。停戦・独立の条件として締結させられた不平等条約の解除、そして何よりも政治的にも経済的にも自立することです。\n\"建国の父\"スカルノは、初代大統領として、広域かつ多民族の国家をまとめあげるため、分散している権力を自身に集中させて「指導される民主主義」を実践していきます。\n内政面では、力を持つ国軍や勢力を拡大している共産党などとのバランスを取り、外交面では「反植民地主義」を掲げて西側諸国と対立姿勢を見せます。\n後に外交政策が極端化して国際的な孤立を生み、経済は破綻寸前に陥り、さらには1965年9月30日に起きた「930事件」(※反スカルノ勢力のクーデターを防ぐという名目で起きたとされる陸軍将官殺害事件。その後、事件に加担した共産党の弾圧、華僑の虐殺にまで発展し死者が数十万人出たと言われるが、真相は不明)が決定的要因となって、21年間続いたスカルノ政権は幕を閉じます。\n次の大統領には930事件を鎮圧したスハルトが就きます。スハルトはスカルノと真逆に西側諸国寄りの方針に転換し、経済発展を実現させます。\nスカルノが政治に注力して国家建設を行った「建国の父」と呼ばれるのに対し、スハルトは経済成長を重視し「開発の父」と呼ばれます。スハルトの「開発独裁」と言われる体制は30年間続きますが、1997年のアジア通貨危機をきっかけに国民の不満が爆発し、デモや暴動が続発し、1998年に退陣します。\n以降、ハビビ(在位１年５ヶ月)、ワヒド(１年９ヶ月)、メガワティ(３年３ヶ月)、ユドヨノ(10年：現職。2014/10/20に退任予定)と政権が移り今日に至ります。\n今号は歴史ということでお固い内容になりましたが、次号はインドネシアの現地情報を中心にお伝えします。 では、また来月お会いしましょう。\n※本文中の数値やURL等は執筆当時のものです\n","date":"2014年10月8日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/294/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。 今月号はインドネシア編の続きです。\n６月号の”ベトナムの歴史”に続いて、インドネシアの歴史について、おもいっきり要約して記します。\n","title":"2014.10号 インドネシア編(2)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。今号からインドネシア編をお届けします。\nインドネシア概要 インドネシア共和国(正式名称：Republik Indonesia、英名：Republic of Indonesia)は、赤道直下にあり、大小１万数千もの島からなる、東西に長く伸びた国です。\n首都ジャカルタのあるジャワ島、マレー半島の南西にあるスマトラ島、観光地で有名なバリ島、オオトカゲで知られるコモド島などは皆さんもご存知でしょう。\n面積は日本のおよそ５倍、人口は約２億５千万人(世界人口白書2013)でASEANでは第一位、世界でも中国、インド、米国に次いで第四位の規模です。\n国民の９割近くがイスラム教徒ですので、世界最大のイスラム国と言えます。\n公用語はインドネシア語で、お隣マレーシアの母国語であるマレー語と非常に似通っています。私が最初に覚えたマレー語/インドネシア語は\"Terima kasih(ありがとう)\"で、次がなぜか\"Keluar(出口)\"でした...\nKeluarは空港などの施設でしょっちゅう見かけるものですから...\n英語は街中ではあまり通じず、私が行ったレストランなどでは１店舗に１人２人くらいの店員が話せるくらいでした。\n通貨はルピア(IDR)で、この原稿執筆時点のレートで、１ルピア＝0.0089円 です。100ルピアが１円弱なので、ルピアを２桁切り下げればおおよそ日本円の額になります。\n物価は、首都ジャカルタでは、感覚的に日本の三分の一から二分の一くらいでしょうか。\n参考までに、スーパーマーケットで買ったカップラーメンが3,490IDR、ポテトチップスが5,800IDR、リンゴが6,100IDR、現地マクドナルドのコカコーラが7,000IDRでした。\n大統領制で、現大統領はユドヨノ氏(第六代)ですが、この７月の選挙で次の第七代大統領が決まったばかりです(10月からジョコ・ウィドド氏)。\n初代スカルノ氏、第二代スハルト氏の名前はよく知られていますね。次号で記す予定のインドネシアの歴史でもこの２人の名前が出てきます。なお、第五代のメガワティ氏は、初代スカルノ氏の娘です。\nちなみに、スカルノやスハルトは、その１語でフルネームです（姓がなく、名も１語のみ。ジャワ人などは姓がない）。\n入出国時の注意 入国時には到着ビザが必要です。事前取得しなくても、現地の空港で入手できます(※ジャカルタのスカルノ・ハッタ空港の場合。以下スカルノ・ハッタ空港でのことを記します)。\n飛行機を降りて空港建物に入ったらすぐのところに窓口があり、25USドル(※金額は変更がありうるので必ず事前にお調べください)を支払うと到着ビザがもらえます。ここでの円→ドル両替は、円→ルピア→USドルのように二度手間で、その分余計にレートも悪くなるので、USドルをお釣りのないように持参することを強くお勧めします。私は日本で両替して持っていきました。\n到着ビザ。ジャカルタのスカルノ・ハッタ空港では現地で入手できます。\nUSドルで代金を支払うため、入国前に両替しておく必要があります。 イミグレーションでは、帰りの航空チケットの提示が求められます。ｅチケットの場合は印刷したものを見せれば大丈夫です。\n出国時には150,000ルピアの出国税が必要です。最低限、この分のルピアを残しておく必要があります。出国税はチェックインカウンターで支払いました。\nなお、スカルノ・ハッタ空港にはターミナルが３つあるので、どのターミナルで搭乗するのか調べておきましょう。私はこれを怠って、帰りのタクシーで運転手に任せていた結果、ターミナル３でなければならないところをターミナル２で降りてしまいました...\n電光掲示板でいくら探しても搭乗予定の飛行機の表示が見つかりません...\n周りを見回しているうちにエアポートサービスの窓口が目に入ったので、そこで係員にたずねたところ、ターミナル３に行かなければならないことが分かりました。ターミナル間移動用に無料のバス(黄色のバス)が出ているのでそれに乗ればよいとのこと。\nちょうど黄色いバスが来たので、その係員にお礼を言ってそそくさとバスに乗りました。\nスカルノ・ハッタ空港のターミナル3。 LCC 用に 2009 年に建てられました。 新しくて清潔です。 写真の右手奥に両替所とSIMカードを売っている店舗が、左手にコンビニエンスストアがあります。 入国直後にすること まずは両替ですね。ターミナル３の到着ロビーを出た所には一カ所だけ両替所がありました。しかし、日本円だけ異様にレートが悪い(２割くらい円安のレート)... これにはちょっと腹が立ちましたが、他にないので仕方なく最低限両替しました。空港の両替レートが悪いのはどこの国でも一緒ですが、ここまでひどいのは初めてでした。\n次にするのは、携帯電話(スマートフォン)を使えるようにすること。やはり空港内に店舗があるのでそこでSIMカードを購入。SIMカードそのものが105Kルピア(950円くらい)、通信料のプリペイド分が65Kルピア(600円くらい。すみません、また通信量上限は失念しました...)でした。\n空港内のコンビニエンスストアでお金をくずしてからタクシーへ。インドネシアでもタクシーのぼったくりは要注意です。BlueBirdグループという、青い車両のタクシー会社が比較的安心と聞きます。空港出口付近にたむろして声をかけてくるタクシーには目もくれず、空港に来た客を降ろした青いタクシーを探して、フロントガラスに\"BlueBird\"というステッカーが貼られていることを確認し、運転手に声をかけてから車に乗り込みます。気をつけないと、BlueBirdタクシーを真似たぼったくりタクシーもありますからね。\nタクシー代は、空港から市街地に行く時は、運賃の他に駐車代(おそらくタクシーが空港敷地に入った場合に支払う)と高速代がかかります。駐車代と高速代(二カ所分)が4K+8K+5.5K=17.5Kルピア(160円くらい)、私が泊まったホテル(ジャカルタ中心部)までの運賃が150Kルピア(1,400円くらい)ほどでした。\nこの運転手さん、英語はあまり話せませんが、ちゃんとメーターを使ってくれるし、人が良さそうな方だったので、その点は安心でした。\nしかし街の中心部まで来た所で「ごめん、ホテルまで道が分からない」というようなことを言い出して、他のタクシーに乗ってくれという雰囲気でした...\n冗談じゃないと思い、スマートフォンの地図アプリで誘導したりガードマンに道を尋ねたりして何とかホテルまでたどり着きました...\nジャカルタ出張者に聞くと、結構こんなことは多いようです。\n空港でSIMカードを買ってスマフォを使えるようにしておいて良かった、と心底思いました。\nなお、BlueBirdグループが比較的安心というのは、ホテルでヨーロッパ人と思われる女性がタクシーを頼む際に「BlueBird, please!」とポーターに言っていたので、他所の国でもよく知られているのでしょうね。ちなみに私が乗ったタクシーは、行きも帰りもBlueBirdグループのPUSAKAタクシーでした。\n次回はインドネシア編の続きをお届けします。次号でまたお会いしましょう。\n※本文中の数値やURL等は執筆当時のものです\n","date":"2014年9月11日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/298/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。今号からインドネシア編をお届けします。\nインドネシア概要 インドネシア共和国(正式名称：Republik Indonesia、英名：Republic of Indonesia)は、赤道直下にあり、大小１万数千もの島からなる、東西に長く伸びた国です。\n首都ジャカルタのあるジャワ島、マレー半島の南西にあるスマトラ島、観光地で有名なバリ島、オオトカゲで知られるコモド島などは皆さんもご存知でしょう。\n","title":"2014.09号 インドネシア編(1)","type":"archives"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。今号はベトナム編の最終回です。\n入出国時の注意 他国を訪問する時には、ビザの有無や入出国時の手続きなどに気を使うものですね。\nベトナムは、日本人の場合、15日以内の滞在であれば、ビジネス/観光ともにビザは不要です。\nただし、入国審査時に、パスポートとともに出国用の航空チケットの類いを提示する必要があります。\n初めてベトナムに渡航した時に、ベトナム入りの前日にインターネットでチェックインを済ませてからｅチケットを印刷しようとしたところ、前泊地のホテルのビジネスコーナーが閉まっていて印刷できませんでした。\n幸いチケット購入時にメールで送られてくる旅程表を印刷して持参していたので、それを提示することで入国できました。\n「印刷したものを所持していなかったために係員に別室に連れて行かれた」とか聞いたことがあったので、イミグレーションでは少し緊張しました...\nなお、空港利用税は、空港での支払は不要です(航空チケット代に含まれています)。\nタンソンニャット国際空港。ホーチミンシティの\"玄関\"。 国際線の新ターミナルは、日本のODAにより作られました。 謙虚なアジア人 ベトナム滞在中に興味深いことが２度ありました。\n一つは、夕食のレストランでの話です。\n店（別段高級な店ではありません）に入りテーブルに着くと、箸やスプーンなどの一式とおしぼり(よくあるビニールに入った使い捨ての薄いものです)を持ってきてくれるのですが、その時はおしぼりがありませんでした。注文してしばらく待っても出てこないので、店員に\n\"Can I have a paper towel?\"(おしぼりもらえる？)\nと頼みました。\n英語が分かる方だったようで、「おっとうっかり！」という素振りを見せながらすぐに持ってきてくれました。その際に「I'm sorry...」と言っておしぼりを渡してきたのです。\n自分の手落ちを素直に認めてきちんと謝るとは思ってもいませんでした。日本ではごく当たり前の事ですが、他所の国ではそう多くはない事です。\nもう一つはタクシーでのことです。\n空港に向かうのに、少し早めの時間にホテルからタクシーに乗りました。よくあることですが、メーターを作動させません。\n\"Would you please use a meter?\"(メーターを使ってもらえますか？)\nと丁寧に頼みました。するとドライバーは、何やら返答したいのだけれど英語で何と言うかが分からないようで口ごもっています。察するに、料金はメーターではなく交渉した値段にしてくれ、というおなじみのアレですね。明確な返答がないので、再度\"Use a meter, please.\"と頼むも、状況は変わりません。ここは毅然とした態度を取るべき所です、\"Use a meter!!\"と強い口調で伝えると、\"Yes, sir!\"と即答し、背筋を伸ばし、メーターを動かして運転し始めました。\n他の国では、「家族を養うのが大変でさぁ〜」とか「日本人なんだろ？いいじゃないか！」とかのたまわって粘ってくるのが大抵なのですが、この時は全く異なり、ちょっと拍子抜けしてしまいました。降りる時には、帰国時ということもあり、少しばかりチップは多目にしておきましたが...\nおなじみのサイゴン大聖堂。ちょっと切れてしまっていますが、下に写っている白い車はVINASUNタクシー。\nMAILINHタクシーとともに、比較的安心と言われています。\nちなみに私が利用したのはSAIGONタクシーでしたが、問題はありませんでした。 たまたまそれらの２人が極端な例だっただけかもしれませんが、ベトナムの人は真面目で謙虚さも持っていて、日本人とは比較的合いやすいのだろうなという印象を持ちました。もっとも、プライドが高いというのは、他国とも共通したことではありますけどね。\n日本との関係 日本はベトナムに対しての最大の援助国です。ベトナムへの援助全体のうちの４割が日本からで、また、日本の他国援助の15%強が対ベトナムです。\n政府開発援助ODA(Official Development Assistance)の額を調べると、2012年度の金額で、以下のような実績になっています。\n※数字はOECDの統計データのものを記載。単位は100万米ドル。以下同。\n対ベトナムへのODA額(上位５カ国) 1. 日本 1646.71 2. 韓国 200.32 3. 豪州 144.50 4. フランス 135.34 5. ドイツ 98.55 全体(上記以外含む) 4115.78 日本のASEAN諸国への援助(上位５カ国) 1. ベトナム 1646.71 2. カンボジア 182.44 3. モンゴル 110.65 4. ラオス 88.43 5. 東ティモール 18.84 全体(ASEAN以外含む) 10604.50 なお、ODAを分類すると\nODA多国間援助（国際機関を通じた支援） 二国間援助(日本が直接支援)貸与(円借款。要返済) 贈与(返済不要) 無償資金協力 技術協力 のようになり、2012年度の、日本の対ベトナムの二国間援助の内訳は、\n貸与(円借款)1478.05 無償資金協力20.38 技術協力148.27 合計1646.71 です。\n大半は円借款(返済が必要)で、金利は0.01〜1.4%です。これを資金として、高速道路、空港、鉄道、発電所などのインフラが整備されています。\n※金利はJICAおよび外務省の発表資料による。\nベトナム料理 ODAの数字を並べても退屈ですので(すみません...)、最後は食事で締めくくりましょう。\n主食は米で、米麺や粥もよく食べます。\n味の特徴は、南北に長い国のため地域によって差はありますが、辛味、酸味、甘味などがほどよく混ざって、日本人にも合う味、と言えばいいでしょうか。タイ料理のように極端に辛いということもなく、出てくる料理は素材を活かした薄味のものも多く、好みに合わせてタレや香菜などを加えて、場合によってはスープをかけて食べます。\n日本でも、米麺のフォー(PHO)や春巻きは有名ですね。先述のように、それ自体に濃い味がついているわけではなく、フォーには付け合わせの香菜やライムを入れて、春巻きにはタレをつけて食します。\nフォー・ガー（鶏肉のフォー）。\nそのまま食べても十分美味しいですが、ライムを絞って酸味を加え、\n香菜を入れて香り付けすると一層味わい深くなります。 フエ料理（※フエはベトナム中部の都市で、19〜20世紀の阮朝時代の都）のレストランでは、コムヘン(Com Hen)というベトナム版猫飯(?!)を食べました。ご飯の上にシジミの実や野菜、ピーナッツを砕いたものがのっていて、そのまま食べてもよいのですが、一緒に出てくるシジミのスープをかけて食べます。一粒で二度美味しい、というヤツですね。さすがに音を立ててすするのは避けましたが、日本を出て汁掛け飯を食べるというのは、何とも新鮮でした。\nそして、ベトナムといえば、ベトナムコーヒー。フランス統治時に生産していたものの一つですが、現在コーヒー豆の生産量はブラジルについで世界第二位です（ちなみに、第三位はインドネシアです。アジアの国が上位に入っているのですね※）。\n豆の種類や焙煎の仕方で味は変わりますが、深煎りで苦みが強く、濃い目に淹れ、コンデンスミルクを加えて（というか、コンデンスミルクにコーヒーを注いで、といったほうが正しいか）飲みます。これが実に私の好みに合っていてやみつきになり、それまではあまりコーヒーは飲まなかったのですが、以来常飲するほどになりました。\n※コーヒー生産量は、国際コーヒー機関ICO(International Coffee Organization)の2013年時点の統計データによる\nおわりに チャイナプラス１の最右翼という人も多いベトナム。ベトナム戦争後にも紆余曲折ありながら今の躍進に至っています。広島、カンボジアなども同様ですが、凄惨な戦争や内乱を乗り越えた土地に実際に赴き、発展している様子を目の当たりにすると、「よくぞここまで」という感慨が湧きます。ちょうど日本も終戦の時期です。あらためて、平和のありがたさや、自分たちが何をすべきかを考えさせられます。\nこれでベトナム編はひとまず終了です。次回はインドネシア編を予定しています。では、次号でまたお会いしましょう。\n※本文中の数値やURL等は執筆当時のものです\n","date":"2014年8月7日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/303/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。今号はベトナム編の最終回です。\n入出国時の注意 他国を訪問する時には、ビザの有無や入出国時の手続きなどに気を使うものですね。\nベトナムは、日本人の場合、15日以内の滞在であれば、ビジネス/観光ともにビザは不要です。\nただし、入国審査時に、パスポートとともに出国用の航空チケットの類いを提示する必要があります。\n初めてベトナムに渡航した時に、ベトナム入りの前日にインターネットでチェックインを済ませてからｅチケットを印刷しようとしたところ、前泊地のホテルのビジネスコーナーが閉まっていて印刷できませんでした。\n幸いチケット購入時にメールで送られてくる旅程表を印刷して持参していたので、それを提示することで入国できました。\n「印刷したものを所持していなかったために係員に別室に連れて行かれた」とか聞いたことがあったので、イミグレーションでは少し緊張しました...\nなお、空港利用税は、空港での支払は不要です(航空チケット代に含まれています)。\n","title":"2014.08号 ベトナム編(3)","type":"archives"},{"content":"","date":"2014年8月7日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/tag/%E3%83%99%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%A0%E7%B7%A8/","section":"Tags","summary":"","title":"ベトナム編","type":"tags"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。ベトナム編の続きをお届けします。前回は主にベトナムの歴史というお固い内容でしたが、今回は現地（ホーチミンシティ）事情をお伝えします。\nホーチミンシティの様子 とにかく車とバイクの数が多いこと！日本の通勤列車から乗客が出てくるかのように二輪と四輪が続々と連なります。信号の数が少なく、赤信号になると大量の車が一時期に止まるため、余計にその多さを感じます。街を歩くと道路を渡るのが大変で、車の切れ目を待っていると埒が明きません。\"Slow in, fast out\"なんてことを(日本の)自動車教習所の実技の時に何度も耳にしましたが、まさにそれです。ゆっくりと道に入って自分の存在を示し、車が速度を落としてくれたのを確認してからサッと渡ります。\n道路や電気などインフラの整備状況は都市化度合いの目安としてよく挙げられますが、混みいった都心部では信号の設置による交通の制御も指標になるのではないかと最近感じています。この辺りは、今後のインドネシア編やタイ編でも触れる予定です。\nバイク、バイク、バイク！ 夜７時くらいの目抜き通りの交差点。日本製バイクが非常に多く見られます。 滞在時に注意すること ベトナム渡航時に注意するようよく言われるのが、「ぼったくり」と「ひったくり」です。街中や人混みを歩く時にはスリやひったくりに十分注意する必要があります。スマートフォンはだいぶ普及していますが、iPhoneは高級品で、不用意にカメラを使っているとひったくりにあいやすいといいます。それを聞いていたので、撮影はあまりしなかったのですが、このコラムのために何枚かは写真が欲しいので、街中で足を止めてiPhoneで撮影をしました。すると、ポン引きのお兄さんが、適度に流暢な日本語で「アイフォンあぶないね」と親切に(!)声をかけてきてくれました...\nまた、両替や支払時には、規程料金以上請求されたり、おつりが足りなかったり、破損して使えない紙幣を渡されたりということがあるようで、とにかく金銭の受け取り時には注意を払っていました。\n空港から市街地までのタクシーは、空港でタクシークーポンを買うと、多少割高ではありますが、トラブルを回避できます。クーポン購入時にも注意は必要ですけどね。インフレで物価上昇が激しいので、ガイドやネットで見聞きした金額よりも高額になっていると、ふっかけられているのか値上がりしたのか判断つかないのが困ったことです。値段を聞いた際に、「えっ、この間はxxxVNDだったけど？」なんてこちらもカマをかけたりしました。\nちなみに、タクシークーポン以外にタクシーチケットというものも併売されていて、タクシーチケットのほうは車種指定のチャーターとなり、より高価です。\nタクシークーポン。普通に乗車するよりも割高ですが、運転手にぼったくられる心配はなくなります。 コンビニエンスストア事情 出張中は、ホテルに戻る前に、飲物や軽食等買物をよくします。ホーチミンシティにもコンビニはあるのですが、恥ずかしいことに店が見つからなくて、ちょっとあたふたしました。後で調べてみると、コンビニと言っても他の国で見慣れたものよりもずっと店構えが小さく、見過ごしたようです。幸い宿泊先から少し歩いた所に国営のスーパーマーケットがあり、買物に不自由はしませんでした。\n日本のコンビニ各社も他の業種同様アジア展開を進めています。有名どころの店舗数について調べてみました。\n全世界 日本 ベトナム タイ フィリピン インドネシア 中国 時期 SevenEleven 52,811 16,375 0 7,651 1,049 158 2,010 '14.03 FamilyMart 15,969 10,703 40 1,096 45 14 1,154 '14.05 Lawson 12,089 11,606 0 29 0 61 389 '14.02 MiniStop 4,592 2,197 17 0 0 7 47 '14.05 ※数字はコンビニ各社のWebサイトのもので、表の「時期」時点の店舗数を記載。 意外なことにベトナムの店舗数は少ないのですね。ベトナムにはENT(Economic Needs Test)という制度があって、外資が現地で二店舗以上出す場合には認可が必要です。このプロセスがやっかいで、小売業のベトナム進出は障壁が高くなっています。ENTは、直営でなく現地企業へのフランチャイズ制にする、店舗面積を500平方メートル未満にする、などにより不要になりますが、進出が難しいのはこの制度のためだけではありません。ベトナム進出で先行していたファミリーマートでも、昨年に現地のパートナー企業がタイの企業に買収されて提携解消となり、また一から開店をやりなおしています。それでも上記の数字にまで盛り返しているのは非常に素晴らしいことですが、海外展開においてはどのようなパートナーと手を組めるかが大きな鍵になっていることは、国は変われど共通しています。\n通信事情 固定電話よりも携帯電話の普及率のほうが圧倒的に高く、2013年時点では、固定電話普及率が10.1%に対し、携帯電話は130.9%となっています。(数字はITU統計データのもの)。\nスマートフォンが普及し、喫茶店やレストランなどの多くでWi-Fiが使えます。プリペイドのSIMカードが売られているので、私もSIMロック解除した移動機に入れて使っていました。速度や安定性は日本と比べるのは酷かもしれませんが、地図やWebでのちょっとした調べものなど、十分使えます。なおSIMカードは15万VND(およそ750円)でした(すみません、有効期限や通信上限は失念しました)。\nFacebookなどは政府の検閲や規制が入るとのこと。中国ほどの厳しさではないようですが、社会主義国のため、なにがしかの規制や統制はあるのですね。\nフランスに本部のある\"国境なき記者団(Reporters Without Borders)\"という団体は、毎年「報道の自由度」ランキングを発表しています。\n2014年度版の発表を見てみますと、ベトナムは180カ国中174位と、かなり下に位置します。同じ社会主義国の中国は175位です。なお、他のASEAN諸国は、タイが130位、インドネシアが132位、マレーシアが147位、フィリピンが149位、シンガポールが150位です。東アジアは、韓国が57位、日本は59位、香港が61位です。\n余談ですが、年末にホーチミンシティを訪れた時のこと、大きな百貨店は店舗前にクリスマス用の華やかなデコレーションを飾っています。カップルも親子も友だち連れも皆そのデコレーションを背景に携帯電話のカメラで写真を撮っています。ものすごい人だかりで、正直ちょっと唖然としましたが、とても楽しそうでした。\nクリスマス時期の百貨店前。クリスマス用オブジェの前で撮影大会！実際の人だかりは写真以上です。 次回でベトナム編は終了の予定です。\n※本文中の数値やURL等は執筆当時のものです\n","date":"2014年7月15日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/315/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。ベトナム編の続きをお届けします。前回は主にベトナムの歴史というお固い内容でしたが、今回は現地（ホーチミンシティ）事情をお伝えします。\n","title":"2014.07号 ベトナム編(2)","type":"archives"},{"content":"Webサイトを刷新いたしました。\n","date":"2014年7月15日","externalUrl":null,"permalink":"/info/2014-07-site-renewed/","section":"お知らせ","summary":"Webサイトを刷新いたしました。\n","title":"Webサイトを刷新いたしました。","type":"info"},{"content":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。今回からいよいよ各国の情報をお届けします。第一弾は『ベトナム』です。ベトナム編の初回は、同国の基本情報と歴史について触れてまいります。\nベトナムの基本情報 ベトナム社会主義共和国、英語名は『Socialist Republic of Viet Nam』(※スペル等は外務省のWebサイト\u0026lt;http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/vietnam/index.html\u0026gt;に記載のもので表記)、漢字表記は『越南』。ご存知のように、インドシナ半島の東部に位置し、中国、ラオス、カンボジアと国境を接する、南シナ海沿いの南北に伸びた国で、北部には夏以外は短いながらも四季があります。\n首都は北部のハノイですが、最大の都市は南部にあるホーチミンシティ（旧サイゴン）で、政治のハノイ、商業のホーチミンシティと言われることもあります。私が行った事があるのはホーチミンシティで、南部で暖かく（というか暑い）、中心部はブランドショップが並ぶ華やかな街です（詳細は次回お伝えします）。\n通貨はベトナムドン（VND）です。以前は米ドルが流通していましたが、現在は政府のお達しにより自国通貨に切り替わっています。執筆時点の為替レートで1VND=0.0048JPY、二桁切り下げたうえでさらに２で割ると日本円換算になります（三桁切り下げて５倍しても同じですが）。現地のスーパーマーケットでコーラ（390mlのPETボトル）を買ったら5,500VNDでしたので、２桁切り下げて55、それを半分にするから、およそ27円です。向こうで食べたフォー（米粉の麺。食欲がなくてもツルっといける）が49,000VND、だいたい250円くらいです。物価は、ものにもよりますが、日本のおよそ５分の１から４分の１くらいでしょうかね。紙幣の種類が多く（12種類もある！）、買物時にお金を出すのに苦労します。\n2013年時点での人口は、国連人口基金(UNFPA)『世界人口白書』によると約9,170万人、国際通貨基金(IMF)『World Economic Outlook Database』によると8,969万人で、毎年約1%ずつ増えてきています。ASEAN諸国の中では、インドネシア(2億4,795万人)、フィリピン(9,748万人)に次いで人口の多い国です（※数字はIMFの値を記載）。\n公用語はベトナム語で、文字はアルファベットに色々な記号が付きますが、とりあえず読めるだけでもありがたいです。街中では英語はあまり通じませんが、大き目の商業施設やホテル等では大体使えます(日本語で客引きをしている人も多いですけどね)。\nベトナムの歴史 ASEAN諸国の中でも、ベトナム戦争を経ている分独立までに時間がかかったベトナムですが、その歴史をおもいっきり要約して記してみます。\nベトナム(の北部地域)は古くから中国歴代王朝の支配下にありましたが、10世紀中頃以降に中国(宋)から独立王朝として認められ、「安南」「大越国」などの国号を名乗りました。独立王朝と言っても中国の影響は依然として大きく、さらに自国内でも王朝の交代を繰り返し、南北分裂も経験します。19世紀初頭(中国は清の時代)に分裂した南北が統一され、今のベトナムと同等の領土を有する「越南」王朝となります。\n19世紀は欧州列強が東南アジア地域の統治を強力に押し進めてきた時代です。イギリスがビルマ(現ミャンマー)、オランダがインドネシア、スペインがフィリピンに進攻する中、ベトナムには1847年にフランスが侵入してきます。ベトナムの宗主国といえる中国(清)は清仏戦争でフランスに破れ、1885年にベトナムの支配権をフランスに委譲します。ここからはベトナムはフランスからの独立を目指す事になります。独立運動の一つとして、共産主義に共感したホー・チ・ミンによる共産党結成が挙げられます。\nこの頃、日本は日清戦争(1894-5年)、日露戦争(1904-5年)、第一次世界大戦(1914-8年)で戦勝国となり、東アジアから東南アジアへとさらに南下していき、1940年には北部ベトナムに、1941年には南部ベトナムに進駐します。それに対しフランスは、本国がナチスドイツの占領を受けていたこともあり、ドイツと同盟関係にある日本と、ベトナムを共同統治することに同意します。\n日本は1941年末に太平洋戦争（大東亜戦争）に突入すると、驚くほど短期間で東南アジアのほぼ全域を占領下に置きます。しかし、周知のように1945年に日本は連合国軍に降伏して東南アジア諸国の占領を解きます。\nフランスは終戦翌年から再度ベトナムに進攻しますが、ホー・チ・ミン率いる反フランス側(※中国ソ連の助力下で共産主義をとなえています)が徹底抗戦し、９年間の戦いを経て、1954年にフランスが撤退します。\nこれで終わりと思いきや、今度はフランスのかわりにアメリカがベトナムに直接関与する事態に変わります。 この当時、ドイツの東西分裂や中華人民共和国建国など共産主義が拡大しつつあり、アメリカがそれを阻止しようとしたためです。\n当時のベトナムは、フランス支配(フランス撤退後はアメリカ支配にかわります)の南ベトナムとホー・チ・ミン率いる北ベトナム(ソ連が助力)に割れていました。結果、アメリカ対ソ連の代理戦争といえるベトナム戦争に突入していくのです。\n戦争証跡博物館。ベトナム戦争の写真や遺物、当時を再現したものなどが多数展示されている。 戦争がいかに悲惨かをあらためて痛感させられる。 最終的にはアメリカ軍が撤退し、北ベトナム（ホー・チ・ミン側）が南ベトナムを武力制圧し、1975年にようやく終戦を迎えます。翌年の1976年に総選挙により南北統一が果たされ、ベトナム社会主義共和国が成立します。南北統一後も周辺国との関係悪化や経済混乱など問題が続きます。1986年に「刷新」を意味するドイモイ政策を打ち出し、社会主義を取りながらも市場経済に転換、1995年にASEANに加盟し、今日の発展につなげていくのです。\nベトナムの歴史に文字数を割いたら、あっという間に紙面が埋まってしまいました。次回は現地情報を中心にお伝えします。\n※本文中の数値やURL等は執筆当時のものです\n","date":"2014年6月11日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/323/","section":"Archives","summary":" 皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。今回からいよいよ各国の情報をお届けします。第一弾は『ベトナム』です。ベトナム編の初回は、同国の基本情報と歴史について触れてまいります。\n","title":"2014.06号 ベトナム編(1)","type":"archives"},{"content":" はじめまして、株式会社コアブリッジの柳と申します。気楽に読める海外情報をお届けしたいこと、ただ単に私が書きたいため(！)、などいくつかの動機から、このコラムを設けました。肩肘張らずにお読みいただければ幸いです。\n本コラムでは、ASEAN諸国を中心に、各国の基本情報に触れてまいります。その際には、各種データ等の提示に加え、実際に私がその国を訪問した際に見聞きし感じたことをお伝えしていきます。\nASEAN(東南アジア諸国連合)は、インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオスの10カ国で構成されます（※１）。ちなみに『東アジア』というと、韓国、北朝鮮、台湾、中国、日本、香港、マカオ、モンゴルの国々が含まれます（※１）。\n今後、順に以下の国々についての執筆を予定しております。\n（１）はじめに　← 今回\n（２）ベトナム編\n（３）インドネシア編\n（４）フィリピン編\n（５）タイ編\n：　：\nさて、このコラムの内容検討時に、あらためて「何について触れるか」について考えてみました。訪問時のエピソードはさておき、各国の基本情報について語るとなると、首都、面積、人口、言語、宗教、産業、経済指標、などなどを列挙してえらそーに講釈をたれる、なんていうことが頭に浮かびましたが、とてもそのようなガラではございません... また、基本的な数字ならばちょっと探せばすぐに見つかるので、あらためて並べられても面白味がありませんね。もちろん、必要なデータとして言及すべきものはありますし、いざ調べるのも面倒なのでどこかにまとまっていると楽、ということはありますが。今回の趣旨として、それらの情報を基にしつつなるべく現地の状況をお伝えすることに置き、具体的には、日本と比較すると具体的にどうで、これから現地に行く時あるいは実際に現地に行った時にどのようなことに留意するか、について書いていく事にしました。\n例えば、 言語：現地語以外の言語（英語、日本語）がどのくらい通じるか 金銭：通貨、物価、税制 交通：交通網の整備状況、渋滞、電車/バス/タクシーの普及度や料金 通信：有線/無線LANや携帯電話の普及と実用度、SNSの利用状況 安全：治安、親日度 生活：気候、食事 といったことです。\nこれらに加えて、おおまかな歴史についても触れる予定です。\n以前、１〜２ヶ月間の海外インターンに出る大学生/大学院生向けの事前研修の仕事をしたことがあります。該当国初入国あるいは初の海外という人が大半で、皆不安で一杯です。自由質問の時間には、矢継ぎ早に色々な質問が出ました。こちらの知っている範囲ですが、少しでも不安を取り除こう、この機会に是非こんなことを体感してきて欲しい、ということを回答とともにその場でできるだけお話ししました。コラムの形式上方方向ではありますが、それに似たような事がこの場でできれば大変嬉しく思います。\nASEAN諸国を取り上げると申しましたが、あわせて忘れてならないのが、『日本はどうか』ということです。海外の人と話していると、「日本ではどうなの？」「なぜ日本ではそうなの？」という質問を非常に多く受けます。自国のことは意外と知らなかったり、空気のように当たり前に感じている事をいきなり聞かれて説明するのは結構難しいものです。詳しくはなくても、その場でまがりなりにも答えたい、と常々痛感します。まぁ、知ってはいても外国語で伝えるのが難しいという事情がありはするのですけどね。「日本と比較して各国について考える」と先述しましたが、各国と対比する事により、日本についてあらためて知る機会になれば一石二鳥、という狙いもあります。\n余談ですが、先日イタリア人の友人と夕食を取っている時に、\n「Ken(※私のことです)、教えてくれ。どうして日本の女性のお笑い芸人はブサイクな人ばかりなんだ？見栄えがいいほうがいいじゃないか！」\nと言われました（※当該芸人の名誉のために抽象的かつかなり控えめに和訳しています...）。う〜ん、さすがイタリー男！\n「美形は飽きられやすくてブサイクが残ってるんだよ」とか「ボケとツッコミという役割分担があってだねぇ...」とか思いつくままに答えましたが「いや、それは分かってるんだよ」と言われ結局消化不良の問答になってしまいました。お笑い業界のこと、よく知らんしな... あれやこれやで最後は「日本のお笑いは非常に面白い！」という同意に至りその場は収まり、日伊の友好関係は無事保たれました。\n同席していた彼のガールフレンド（※日本語堪能で、テレビを見ながら彼にお笑いの内容を要約して伝えるそうです。すごい！）は、「日本のお笑いはストーリー性があってよく考えられている」とか「下ネタや悪口以外のネタが多いのが良い」と言っていました。普段意識したことがなかったため、目から鱗です。お笑いも漫画やアニメーションに並ぶ特徴的文化になりうるのかもしれませんね。\n「それならば落語はどう？」とも言いかけましたが、江戸時代のことを知らないと分かりにくいですからねぇ、う〜ん、やっぱり歴史の知識って大事ですね。\nなお、\n「ツッコミ役がボケ役に突っ込む際に頭を殴るのは良くない！よく我慢しているな」\nとも。この辺の感じ方の差異も面白いですね。\n少々脱線しましたが、初回は本コラムの趣旨と今後の予定という内容でお届けしました。次回からいよいよ各国の情報をお伝えしてまいります。是非ともお付き合いのほどよろしくお願いいたします。\n※本文中の数値やURL等は執筆当時のものです\n","date":"2014年5月2日","externalUrl":null,"permalink":"/archives/328/","section":"Archives","summary":" はじめまして、株式会社コアブリッジの柳と申します。気楽に読める海外情報をお届けしたいこと、ただ単に私が書きたいため(！)、などいくつかの動機から、このコラムを設けました。肩肘張らずにお読みいただければ幸いです。\n","title":"2014.05号 はじめに","type":"archives"},{"content":"株式会社フレアリンクと提携いたしました。\n","date":"2014年2月17日","externalUrl":null,"permalink":"/info/2014-02-flarelink-partnership/","section":"お知らせ","summary":"株式会社フレアリンクと提携いたしました。\n","title":"株式会社フレアリンクと提携いたしました。","type":"info"},{"content":"Webサイトの運用を開始します。\n","date":"2014年1月28日","externalUrl":null,"permalink":"/info/2014-01-site-launched/","section":"お知らせ","summary":"Webサイトの運用を開始します。\n","title":"Webサイトの運用を開始します。","type":"info"},{"content":"株式会社コアブリッジが発足しました。\n","date":"2014年1月6日","externalUrl":null,"permalink":"/info/2014-01-founded/","section":"お知らせ","summary":"株式会社コアブリッジが発足しました。\n","title":"株式会社コアブリッジが発足しました。","type":"info"}]