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海外情報

2015.09号 ミャンマー編(1)

·2461 文字·5 分
皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。 今号からミャンマー編をお届けします。 ミャンマー概要 ミャンマー連邦共和国(Republic of the Union of Myanmar)は、面積が日本の1.8倍、人口5,142万人、ASEAN10カ国で最西端にあり、インドに唯一隣接する南北に伸びた国です。 日本との時差は2時間30分(日本のほうが進んでいる)、季節は3月中旬〜5月中旬の暑気、5月下旬〜10月中旬の雨期、10月下旬〜3月上旬の乾期の3つに分かれます。 1989年に当時の軍事政権が国名をビルマ(Burma。実際の発音は"バーマ"に近い)からミャンマー(Myanmar)に変更し、日本の外務省もミャンマーの呼称を用いています。 首都はネーピードーです。「ヤンゴンでは?」と思う方も多いでしょうが、2006年に、最大都市ヤンゴン(ラングーン)から北300kmの場所に、首都機能が移転されました。 国民の9割が仏教徒で、タイと同じ上座部仏教を信仰しています。 ビルマ族が7割を占めますが、130を超える少数民族が居住しており、この国の政治の難しさや紛争の要因になっています。 ※数字等は外務省のWebサイトから引用

2015.07号 タイ編(3)

·2853 文字·6 分
皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。 今号では引き続きタイの歴史をお届けします。 タイはどのように独立を維持し絶対王制から立憲君主制に移行していったのか、現王朝で近代化を経て現在に至るまでを、例によって思いっきり要約して記します。 脅威はビルマから英仏へ 前回記したように、タイ(当時はシャム)にとっての脅威は隣国ビルマ(現ミャンマー)でした。 しかし、現王朝に移行してしばらく経つと様子が変わります。 19世紀には、三度の英緬戦争(イギリス-ビルマ戦争)を経てビルマはイギリス領となり、ベトナムはフランス領となります。 イギリスはマレー半島の南側も支配下に置いています。 中国(清)は、イギリスには阿片戦争で、フランスには仏清戦争で敗北します。 タイの周辺国はすべて英仏二国により武力で征服されてしまったわけです。 タイも大きな圧力を受け、フランスにいたっては軍艦を首都バンコクに乗り入れてきます(1893年パークナーム事件)。 この未曾有の危機を、タイは領土を割譲することで乗り切ります。 タイの属国であったラオスとカンボジアをフランスに、マレー半島北部の4つの州をイギリスに移譲します。 この時譲り渡したのは、タイの領土の実に半分におよび、文字通り身を切ることで独立を維持したのです。

2015.05号 タイ編(2)

·2945 文字·6 分
皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。 今号から二回に渡ってタイの歴史をお届けします。 タイは欧米や日本による支配を免れた東南アジア唯一の国で、絶対君主制から立憲君主制に移行したという点では日本との共通点があります。 一方で、途上国を脱した今でも軍によるクーデターが起き、しかもかなりの確率で成立するという特異性も持っています。 ASEAN諸国の中でも異色なこの国の歴史について、今号では歴代王朝の変遷を中心に記していきます。

2015.03号 タイ編(1)

·2975 文字·6 分
皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。 今号からタイ編をお届けします。 タイは"微笑みの国"と呼ばれ、温暖な気候とおおらかな国民気質で知られますが、ASEAN諸国の中で欧米列強による植民地支配を免れ独立を維持した唯一の国です。

2015.02号 フィリピン編(3)

·2531 文字·6 分
皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。 フィリピン編最終回の今号では、現地の様子をお伝えします。 2つのマニラ フィリピンの首都はご存知のようにマニラですが、"マニラ"と言った場合に、マニラ市 をさす場合と、より広域の"マニラ首都圏(通称メトロ・マニラ)"をさす場合があります。メトロ・マニラは、マニラ市およびその周辺の16市1町からなる都市圏のことをさします。 今回は、マニラ市を中心に、加えてそのお隣のマカティ市についても少し触れます。"マニラ"と書いてあったら"メトロ首都圏"のことだと思ってください。

2015.01号 フィリピン編(2)

·2366 文字·5 分
皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。今回はフィリピンの歴史をお届けします。 フィリピンの歴史概要 フィリピンの歴史については、ASEANの他国と比べると、意外に情報が少ないのが実情です。これはフィリピンが「島群であること」「大陸から距離があること」から、直接見聞きされることが少なかったため、と推測している歴史家もいます。 フィリピンの歴史は大きく「スペイン支配前」「スペイン支配時代」「アメリカ支配時代」「独立後」に分けることができます。例によって、各時代について思いっきり要約して記してみます。 スペイン支配前 古くは、マレー半島から移住してきた人達が焼畑農業を行って生活しており、後にやはりマレー半島からの移住者が増え、部族ごとに国家が存在していました。 インドネシア編の第2回で記したように、ASEAN地域は2つの大国インドと中国の交易の中間地点として機能し、物資とともに思想や宗教も流入してきます。 フィリピンでも、仏教→ヒンズー教→イスラム教のように宗教が移り変わり、14世紀後半にはイスラム教が浸透しています。 そんな中に、スペインが進行してきます。

2014.12号 フィリピン編(1)

·2938 文字·6 分
皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。今号からフィリピン編をお届けします。 フィリピン概要 フィリピン共和国(Republic of the Philippines)は、面積が日本の約8割ほどの、2,109個の島からなる、ASEANで唯一のキリスト教国(人口の8割以上がカトリック教徒。その他キリスト教徒を含めると9割以上がキリスト教徒)です。 人口は2013年時点で9,748万人(数字はIMFの統計データによる)でしたが、今年の7月についに1億人を超えたとの報道(日本経済新聞社)がありました。 公用語はフィリピン語(フィリピノ語。タガログ語と実質同じ)と英語です。フィリピン人同士はフィリピン語で、外国人とは英語で会話をしています。 最近は英語の発音が奇麗な人が多いとよく聞きますが、実際には人によります。英語を話す人の割合は多いので、現地語ができなくても話が通じやすいのはありがたいです。