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歴史

2015.07号 タイ編(3)

·2853 文字·6 分
皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。 今号では引き続きタイの歴史をお届けします。 タイはどのように独立を維持し絶対王制から立憲君主制に移行していったのか、現王朝で近代化を経て現在に至るまでを、例によって思いっきり要約して記します。 脅威はビルマから英仏へ 前回記したように、タイ(当時はシャム)にとっての脅威は隣国ビルマ(現ミャンマー)でした。 しかし、現王朝に移行してしばらく経つと様子が変わります。 19世紀には、三度の英緬戦争(イギリス-ビルマ戦争)を経てビルマはイギリス領となり、ベトナムはフランス領となります。 イギリスはマレー半島の南側も支配下に置いています。 中国(清)は、イギリスには阿片戦争で、フランスには仏清戦争で敗北します。 タイの周辺国はすべて英仏二国により武力で征服されてしまったわけです。 タイも大きな圧力を受け、フランスにいたっては軍艦を首都バンコクに乗り入れてきます(1893年パークナーム事件)。 この未曾有の危機を、タイは領土を割譲することで乗り切ります。 タイの属国であったラオスとカンボジアをフランスに、マレー半島北部の4つの州をイギリスに移譲します。 この時譲り渡したのは、タイの領土の実に半分におよび、文字通り身を切ることで独立を維持したのです。

2015.05号 タイ編(2)

·2945 文字·6 分
皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。 今号から二回に渡ってタイの歴史をお届けします。 タイは欧米や日本による支配を免れた東南アジア唯一の国で、絶対君主制から立憲君主制に移行したという点では日本との共通点があります。 一方で、途上国を脱した今でも軍によるクーデターが起き、しかもかなりの確率で成立するという特異性も持っています。 ASEAN諸国の中でも異色なこの国の歴史について、今号では歴代王朝の変遷を中心に記していきます。

2015.01号 フィリピン編(2)

·2366 文字·5 分
皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。今回はフィリピンの歴史をお届けします。 フィリピンの歴史概要 フィリピンの歴史については、ASEANの他国と比べると、意外に情報が少ないのが実情です。これはフィリピンが「島群であること」「大陸から距離があること」から、直接見聞きされることが少なかったため、と推測している歴史家もいます。 フィリピンの歴史は大きく「スペイン支配前」「スペイン支配時代」「アメリカ支配時代」「独立後」に分けることができます。例によって、各時代について思いっきり要約して記してみます。 スペイン支配前 古くは、マレー半島から移住してきた人達が焼畑農業を行って生活しており、後にやはりマレー半島からの移住者が増え、部族ごとに国家が存在していました。 インドネシア編の第2回で記したように、ASEAN地域は2つの大国インドと中国の交易の中間地点として機能し、物資とともに思想や宗教も流入してきます。 フィリピンでも、仏教→ヒンズー教→イスラム教のように宗教が移り変わり、14世紀後半にはイスラム教が浸透しています。 そんな中に、スペインが進行してきます。